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講義録11 社会背景における歴史と文化 『古事記』と『聖書』、宗教による労働倫理の異なり

 皆様、こんにちは。

 梅雨がやっと実感できるようになり、連日の雨や雨の心配をする天気になってきました。本日、7月に入りました。7月は「文月(ふみづき)」です。稲の「ふくらみ」の月、もう1つは七夕(たなばた)祭でささに文を付ける月という説があります。これまでの月の来歴を見て見ると、稲の「ふくらみ」の説を取りたくなってしまいます。そういえば「ふ」は「ふえる」、「ふとる」、「ふさふさ」など、中に入る、や中に留める、量が増えるなどの意味を持つ単語が多いように感じます。日本ではアジア最古の1万4000年前の土器が見つかっています。日本語は約1万年から8千年くらい前からの言葉だそうです。悠久の時を、皇紀(:こうき:日本のカレンダー)には感じます。
 話は変わりますが、日高敏隆著『人間はどういう動物か』を読んでいたら楽しくなりました。ふっと思い出したのは「人間の理性と感情は元来1つであって、生物の適応によって区別しているだけである」という大学時代の気づきでした。理性とは行動の結果に過ぎず、純粋概念として存在しない、ということです。江戸時代の伊藤仁斎が述べていることが後に判りました。人類の進歩とは概念の進歩ではなく、計器などに基づく行動の結果の進歩である、という考えが導き出せるでしょう。ここから、技術者倫理を基礎づけたい、と考え、まとめたものを別の個人ブログにUPしました。こういうことを考えるのが楽しいですし、知的刺激を受けられること、素晴らしい本を書いて下さったことに感謝したいです。学生の皆さんにとっての講義が、あるいはこのブログをお読み下さる方々にとってこの文章が、そうなることを願っております。いつも乱文、駄文、誤字脱字、意味不明など申し訳ありません、と想いながら書き続けていきます。

 それでは本文に入ります。

 昨年の講義録10を元に述べていきます。

紹介した資料
 :『メノン』 プラトン著、藤沢令夫訳 岩波文庫 500円+税


配布したプリントB4 1枚
 :『メノン』46-49頁
 :宿題プリント「科学技術者の倫理」 平成25年6月25日宿題
 詳しくは、http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-288.html


 --講義内容--

 最初に宿題について説明しました。大切なので別の頁にまとめてあります。
「科学技術者の倫理」 平成25年6月25日宿題
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-288.html

 前回、技術は社会に依存する、で主に軍事と欲求を取り上げました。今回は、歴史と文化を取り上げます。
日本では、宗教、というと社会と別の話、あるいは歴史や文化に関係がない、と想われがちですが、それは敗戦後教育の結果であり、思いこみに過ぎません。宗教は、歴史や文化の根底を支えるものであり、社会によって明確な違いを生み出す大きな要素の1つです。他の要素としては気候(和辻哲郎『風土』)や、食糧生産構造などが挙げられます。今回は宗教をキーワードに述べていきます。その前に宗教をきちんと定義しておきましょう。

宗教  =「おおもとの考え」→「人は何のために生きるか」、「どうして正しいことをするか」など
宗教教団=「人間の集団」 →「他の人間の教えを伝える」、「組織としてまとまりが大切」など

 日本では宗教教団と宗教が混同されています。宗教が宗教教団としてしか見られていない現状があります。例えば、お盆やお正月は、私達の御先祖様(死者)が帰ってくるので生きている人間がお迎えすること、です。これは宗教です。「死んだら年に2回(あるいはお彼岸も入れて4回)帰ってくる」→「だから正しいことをしよう」という考えに基づきます。これは特定の宗教教団に関係ありませんので、日本国ではお休みになっています。もちろん、宗教の違うインドではお休みではありません。「死者は生まれ変わる」→「善いことをすればよりよく生まれ変われる」→「だから正しいことをしよう」なのです。
 宗教教団は、組織を維持するために寄付や集金を行います。また、継続性を求めるために派閥争いなどもしばしば起こります。宗教は本来「そのままの貴方が素晴らしいのですよ。安心してください。しっかり生きてください」ということを言いますが、組織の維持のために、「お金を出した方が素晴らしいのですよ。不安になって下さい。組織のために生きてください」という要素が入ってきます。お金を出す以外にも、布教して何人勧誘しなさい、などもありますし、酷くなると「壺を幾つ売りなさい」などのノルマまで出てきます。日本人のイメージはこの宗教教団の組織維持の欲求を宗教とみなしているのではないでしょうか。
 ですから、宗教教育というと反発が起こるのです。特定の宗教教団の教育ではないのです。「何が正しいか」、「どうやって自分の人生を考えていけばいいか」という教育なのです。日本だけが宗教教育をしていないのです。日本が敗戦後に国際法に違反して禁止されたことを変えてこなかったからです。教育界の端っこに身を置くものとして高木にも大いに責任があります。

 まず、学生の皆さんに3つ聴きました。

問1 人間とは何ですか?

問2 善いことはなぜ判るのですか?

問3 働くことはどういうことですか?

 問1はこれまで述べてきた内容が応用できるか、と聞いています。約1割の人が応用出来ました。人間とは神に創られたものと世界の70%以上の人は考えます。日本では両親によって産まれたものと考えますが、これは約1~2割程度です。『孝経』で述べました。問2は、神から創られた人間だから理性があるから判る、という答えがあります。これはパターナリズムの所で少し述べました。また、今回古代ギリシャのプラトン著『メノン』も取り上げます。問3は今回初めてです。

 まず、最初に社会背景としての歴史や文化、あるいは宗教も含めて、以下のような考え方があります。

1)各国が全部バラバラな基準を持っている :倫理は各国ごと

2)各国が宗教で幾つかのグループとなる基準を持っている :倫理は宗教ごと

 となります。
高木が2)である理由をこれまでの講義録で述べてきた主張をさらに深めてみます。それは、

「「人間とは何か?」や「善とは何か?」を決めなければ、善悪を守ることは出来ない」

と考えるからです。言葉を足してみます。

「宗教によって「人間とは何か?」や「善とは何か?」を定義しないと、倫理の善悪を実際に守れない」

ということです。ここで、宗教と宗教教団と信仰の違いが出て来ます。
宗教は誤解されがちですが、「人間とは何なの?」、「善いこととは何なの?」に答えてくれることです。宗教教団はその教えを引き継ぐ集団に過ぎません。人間は弱いので集団になると直ぐに汚くなり、腐敗します。それを引き受けたイエスや仏陀や孔子を高木は尊敬しています。なかなか他人の汚い部分、愚かな部分に寛容になれないでいます。信仰とは、何かを「仰(おっしゃ)ることを信じること」です。ですから、「仰ったことが間違っていても信じることは信仰」になるのです。
 伝統的な宗教でもオウム真理教でも信仰はあります。しかし、宗教=「人間とは何なの?」、「善きこととは何なの?」がありません。
 テロ集団の「善きこと」とは「テロ集団内にとって都合の良いこと」でしかないのです。それは「善きこと」ではありません。さらに、「人間とは何なの?」は、テロ集団にとっては「テロ集団内の人間だけが人間であり、外部の人間は、被害を与えてもいい存在(人間ではない)」という考え方なのです。これは宗教ではありません。イエスが救おうとしたのは「全ての人間」です。仏陀が「善き本性(仏性)を持っているのは男女を問わず全ての人間」なのです。

 さて、現代の日本では、宗教というとキリスト教や仏教だけと考えられがちですが、古代ギリシャの哲学も宗教に基づいています。プラトンという古代ギリシャ人が、『メノン』という本で、
:『メノン』 プラトン著, 藤沢 令夫訳  岩波文庫 こちらのプレビューは15件です。ちなみに600円くらい。

 「徳(善いこと)は教えられうるか」
 「徳(善いこと)とはそもそも何であるか」

 という答えを出しています。この考えを元にプラトンは、当時のアテネの民主主義の現状を嘆きから、「哲学者だけが国家を統治できる」という考えを出します。実際には失敗しますが、身近な例から「善いこととは何か」と考えて具体的な方法を考えたのです。高木が学生の皆さんに「自分の心の声を聞いてほしい」と伝えているのも、こうした点からです。話を元に戻し文を引用します。45-46P 一部平仮名を漢字にしています。改行も。

「人間は、自分が知っているものも知らないものも、これを探求することは出来ない。

 というのは、まず、知っているものを探求することはありえないだろう。
 何故なら、知っているのだし、ひいてはその人には探求の必要が全くないわけだから。

 また、知らないものを探求するということもありえないだろう。
 何故ならその場合は、何を探求すべきかということを知らないはずだから」

 という議論の前提があります。これは当時議論で相手を負かして民主主義で自分に投票してもらう人々への批判です。こうした言葉遊びが、本当に大切な問題解決へと、あるいは戦略的行動へと移れない原因とプラトンは考えたのです。この言葉遊び、現在の、まさに今の日本にあるのではないでしょうか? これに対してプラトンは「ソクラテス」に(47-48P)、

 「魂は不死だから、死後の国(ハデスの国)とこの世の全てを学んできている。だから「善いものが分かる」」

 と述べます。「死後の世界や魂が滅びない」から、「善いものが分かる」のです。この説明は宗教です。そしてこの説明が、自然科学で説明されることは決してありません。先ほど述べたように、「善きものとは何か?」に宗教が答えた後、倫理が出て来ます。つまり、「死後の国でもこの世でも該当すること=多くの事柄に共通すること」ということです。プラトンは後に、死後の国の方が善いことがある、と言い、独自性を発揮していきます。

 この実例として、数学の図形の証明を持ち出します。正方形の辺が2倍になれば面積は4倍になる。これは元々その人の中にあった推論に基づいているでしょう。というのです。

 以上のように、古代ギリシャの哲学は、「魂の不死」や「魂の輪廻(りんね:生まれ変わり)」や「輪廻による記憶の保持」などを含んでいます。その上で、倫理が出て来ます。たった今の、身の回りの日本で

「魂って生まれ変わるんだよね。死んだ後もあるんだよ。だからね、人間は善いことをしないといけないよ」

というのは、堂々と言えないのではないでしょうか。これが如何に人間の歴史から偏っているか、判ると思います。そしてこの偏りは、これまでの講義録で述べてきたように原発でもあるのではないでしょうか。例えば、「原発は絶対再稼働反対」、「放射性物質は少しでも凄く危険」、「原発は安い発電方法」などなどです。

 本題に戻り終わりましょう。

 題に、社会背景とありますが、これはプラトンの古代の機能しない民主主義が挙げられるでしょう。民主主義を衆愚主義に貶(おとし)めてしまった言葉あそびを好む人々、あるいはその人々を称賛する民衆、あるいはくじ引きで公職者を選んでいた制度などです。現在の日本の民主主義は選挙で公職者の一部(国会議員など)を選んでいます。こうした文化や歴史、また、当時はペロポネソス戦争など軍事なども関わっていました。

 地球的視野は、2つの立場、1)各国が全部バラバラな基準を持っている、2)各国が宗教で幾つかのグループとなる基準を持っている、を示しましたが、過去の歴史に目を向けることも地球的視野になるでしょう。イエスや仏陀、プラトンなどの考え方も挙げました。

 次は、2つの立場が生み出す結論について述べていきます。

1)各国が全部バラバラ 

2)各国がグループとなりバラバラ 

 これは、

1)各国が全部バラバラ      ⇒国際標準を決める

2)各国がグループとなりバラバラ ⇒各グループ標準で良い

 となります。
経済や国際交流の分野で、上のような要求が出て来ます。シルクロードを例に考えると、ローマと支那(しな)の各王朝(漢、南北朝など)の交易は、金や銀などが国際標準となって行われました。交易による富が国際標準として担保されることで盛んになったのです。対して、大和朝廷が当時の世界最大国家「隋(ずい)」と交易を行ったのは、現在で言う「中華(支那)が世界の中心である」という各グループ標準の一部としてでした。隋がグループの中心で各国が支配を受ける代りに貢物をもっていく、という関係です。この関係は、現在の中華人民共和国と北朝鮮、あるいは中国国内の、共産党と各県知事(日本国より広く人が多い場合もあります)の関係と非常に似通っています。
 :『中国共産党 支配者たちの秘密の世界』 リチャード・マクレガー著、小谷まさ代訳  草思社 2415円
 この本は日中関係を考える際に最も読むべき1冊と思いました。

 ちなみに、聖徳太子は、世界最強最大、技術の上でも最先端を走っていた隋と対等外交を行い成功します。支那の近隣国家は、地政学上の影響もあり(海がないなど)対等外交は、ついに(現在まで)出来ていません。対して日本は聖徳太子によって、各グループ標準から抜け出し、日本だけのグループを構築します。
 そのために一命を賭した日本人の物語が本になっています。
 :『語り継ぎたい 美しい日本人の物語』 占部 賢志著 致知出版社 1470円

 ですので、日本は外交は各国で行う。あるいは経済は各国経済である、という意識がしみ込んでいます。しかし、経済や国際政治の実態は、1)国際標準で決める、2)各グループ標準で決める、のいずれかです。そして実際には、1)が強い時代と2)が強い時代が交互にやってきます。
 例えば、大東亜戦争敗戦後、アメリカなどの「連合国(United Nations)」は、そのまま「国際連合(United Nations)」となり、世界支配を継続しようとしました。1)です。その後、米ソが冷戦に入り、2)になりました。世界中に原発が巻かれたのは、米ソの冷戦ですから、つまり、1)⇒2)になったからです。さらに、イギリス、フランスなどは、2)の世界支配を部分的に残していますが、スペインやポルトガルの支配した南米アメリカは、完全にアメリカ(USA)の経済、政治の世界に組み込まれていきました。米ソのグループに対抗して、またきっかけは日本に対抗してEUという各グループ標準を決める、動きが出て来ました。
 世界経済や国際政治を見る時に、1)や2)の間で揺れ動くという視点は重要です。

 この視点で見てみると、アメリカの1)国際標準ルールで決める、のを日本では「グローバリゼーション」と言われます。国際標準ルールに参加してどんどん統一の標準で決めていこう、という動きです。会計ルールや医療、工業、農業などを統一しようという動きの一例が、TPP(環太平洋経済協定)です。
外務省 環太平洋パートナーシップ(TPP)協定交渉:http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/tpp/

 これに対する反対意見として、静岡県内で最大手の1つスズキ自動車の会長がTPP参加反対を述べています。軽自動車が日本特有のルールで、TPPに参加すると廃止される可能性が高いからです。もし、TPPに参加すれば、農業だけでなく静岡県の主要な企業であるスズキ自動車は倒産に近い影響を受けるでしょう。何故なら軽自動車に適用される補助金や優遇政策などが廃止されるからです。

 TPPのような国際標準=アメリカ標準に合わせる政策で成功したものは、「日米構造協議」があります。対日赤字を解消するために、アメリカの物を買ってくれ~!と始まった協議です。土地税制や大店法の規制緩和などがあります。これらアメリカにならって大店法を改正することで、浜松市は、郊外にイオンなどの大店舗が出来、浜松駅前がすっかり寂(さび)れてしまいました。そして街中でお洒落をしながらショッピングする女性層は、静岡市へと流れてきました。静岡市外にも大店舗が出来始めていますが、街は活性化しつつあります。
 改正前は地元商店街の意見を聴くことが定められるなど新規店舗が難しかったのです。アメリカの国際標準からすると日本は「閉鎖だから悪い」ということになり、数々の部分が変わっていきました。直接関節はありますが、終身雇用の崩壊、バイトやパートが多くなったこと、コンビニの店舗の急速な拡大(国内は落ち着きましたが)、国立大学の独立行政法人化(金を稼ぐのが大切ですという意味です)などが、学生の皆さんに関わることでしょうか。
 確かにこれらは、プラスの面もありマイナスの面もあります。

 ただ、大切なのは、「アメリカ」=国際標準であるからそれに合わせなさい、という要求が、敗戦後からずーっと日本に押し付けられ続けて来ている、という点です。それに対して、敗戦前の日本は主体的な外交や主体的な提案を行っていました。

 ちなみに、日米構造協議は名前を変え、「年次改革要望書」となりましたが、鳩山政権で廃止されました。その後出てきたのがTPPなのです。年次改革要望書でアメリカ側からの要望で実現されたのは、法科大学院の設置、労働者派遣法の改正(規制緩和)や郵政民営化などです。

 こうした流れは、世界経済の潮流と合わなくなってきています。

 というのも、ギリシャ、スペインなどのEU全体の経済危機が起こり、アメリカも凋落(ちょうらく)し始め、サブプライムローンの時に世界経済を救った中国も落ち込んできました。最も決定的なのは、先進国と途上国(後進国)という対立軸が崩れたことです。中国などが先進国に入る、というのではなく、世界全体を支配してコントロールしてきたヨーロッパという国際標準が崩れた、ということです。
 顕著なのは、スペインというこれまでの先進国から途上国(旧植民地)へ流れる人口の方が多くなった、のが昨年という点です。国際的な資本も10兆円以上流出しました。1)の根本であった欧米という国際標準が崩れてきた、という点です。

 こうした世界経済の潮流があります。

 日本も敗戦後にアメリカの支配に入ることで得てきた利益を得られなくなっています。アメリカの言うことを聞けば日本は安泰。経済は成功してきました。しかし、世界経済で唯一の勝者は日本です。日本が世界中に一番資産を持っており、その金利だけで10兆円以上ありました(東日本大震災以後は低下しましたが)。資産-借金ではアメリカが上回っていますが、アメリカは常時赤字の国です。ですから、日本が今後の世界経済を引っ張っていく時期ですし、その期待もされています。
 この時期に生まれてしまったのが宿命なのでしょうか。運命論だけでなく、選択し自分の運命を切り開いていく(つまり、運命は自分で作れる部分がある)ことを求められているのでしょう。
 
 その最も典型例が原子力政策なのではないでしょうか。
 安全基準にしても「海外がやっているから。アメリカを見習って」ではなく、日本人を信じて日本人が決めていくのが大切だと考えます。この視点を持って原発を今後考えていきたいです。

 話が大きく広がりましたが、ポイントは、

1)各国が全部バラバラ      ⇒国際標準を決める

2)各国がグループとなりバラバラ ⇒各グループ標準で良い

そして、

3)日本は一国で標準となってきた歴史がある、という点です。

 日本には聖徳太子という国際感覚に優れ自分たちで判断してきた歴史があるのです。

 次は、『聖書』と『古事記』に見る労働観です。
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