講義録9-1 内部告発の理想と現実の差 

 まず、先ほどミート・ホープ事件で浮かび上がった点だけを書き出してみます。次に概念で整理します。

A)食中毒という実害報告がない
B)食中毒の方向がないからといって実害がない訳ではない
C)行政組織が内部告発を隠蔽(いんぺい)してきた
D)内部告発があっても文書など軽い処分で済ませてきた
F)コロッケの5割から7割はミート・ホープの偽装肉だった
G)日本の倫理は徳倫理であり義務倫理ではない
H)兄弟を含む身内から内部告発の否定
I)マスコミの偏向報道ぶりとむちゃくちゃな論理
J)内部告発者の心の葛藤
 J-1)告発者が被告に共感や同情をしめす
 J-2)告発者が判断するのは徳倫理である
K)行政組織が故意に「公衆の福利」反する行為をする場合がある
L)行政組織の責任の取り方は社会通念に反する場合がある
M)告発者の中で残ったのは、退職後で年金生活者(赤羽氏)だけ
N)食品偽装が表に出てきて、企業間検査が厳格化しJAS法改正、消費者庁が前倒しして発足
O)内部告発者は、住む場所、仕事、同居者などを全て失う
P)告発された会社、内部告発者の在籍した会社は倒産
Q)内部告発がなければ現在もミート・ホープ社が存続している可能性が高い
R)内部告発は「公衆の福利」という消費者を守る気持ちが関係ない場合もある
S)裁判の刑罰は、「社会を騒がせた」という「行為」に関係ない要素が入る
T)天才的技術者でさえ社会背景を考慮しないと犯罪者になる

 以上が浮かび上がった点です。

 次に、教科書と教員(高木)の内部告発に対して異なる点を3つ挙げます。
学んでもらいたいのは、どちらか一方の意見に賛成するのではなく、賛否の両方をきちんと捉えた上で、新しく自身の考えを作り上げる大切さ、です。教科書は配布プリントの92-95頁参照です。

 では対立点の3点を挙げていきます。

① 実名告発か、匿名告発か

教科書:匿名に影響力がないので実名で(92頁)
 VS
教員 :匿名にも影響力はある。実態を考えると匿名で

 教科書は形成外科の手術事故隠しを挙げています。対して高木はミート・ホープ事件などが挙げられます。以下昨年度の引用になります。

「一般に、匿名で出された秘密情報や内幕話が、多くの人の注意を喚起することはあまりないようです。」92Pと述べています。これは「形成外科の手術の事故隠し」の事例を挙げています。他方、高木は、匿名でも多くの人の注意を喚起する、と考えています。事例としては、「ミートホープ偽装事件」は最初匿名でしたし、「尖閣諸島中国漁船衝突映像流出事件」も最初匿名で大いに注目されました。また、現在騒がれている生活保護費の不正受給疑惑です。この疑惑は法律違反ではないですが反倫理であっても多くの人の関心を集め問題が動こうとしています。この事件は、匿名のリークによって政治家などに情報が漏れたようです。極めつけは、

「核燃サイクル原案:秘密会議で評価書き換え 再処理を有利」毎日新聞 2012年05月24日 02時30分(最終更新 05月24日 02時57分)の記事です。

「4月24日の秘密会議(勉強会)に配布された報告書の原案。表紙の右上には「取扱注意」と記載されている

 内閣府原子力委員会が原発の使用済み核燃料の再処理政策を論議してきた原子力委・小委員会の報告案を作成するため4月24日、経済産業省・資源エネルギー庁、電気事業者ら推進側だけを集め「勉強会」と称する秘密会議を開いていたことが分かった。表紙に「取扱注意」と記載された報告案の原案が配られ、再処理に有利になるよう求める事業者側の意向に沿って、結論部分に当たる「総合評価」が書き換えられ、小委員会に提出された。政府がゼロベースの見直しを強調する裏で、政策がゆがめられている実態が浮かんだ。

 小委員会は修正後の総合評価を踏襲して取りまとめ、23日、「新大綱策定会議」(議長・近藤駿介原子力委員長)に報告して事実上解散した。近く政府のエネルギー・環境会議に報告される。

 毎日新聞はA4判79ページの資料を入手した。表紙右上に「4/24勉強会用【取扱注意】」、表題は「原子力発電・核燃料サイクル技術等検討小委員会(第13回)」で、4月27日に論議される予定の報告案の原案だった。」

 この情報が出てきたのは、匿名によるリークだと推測されます。現在の原子力委員会の委員長のみならず、野田首相の首が飛んでも可笑しくない程の大事件です。また、こうしたことをやっている原子力委員会に基づいて原子力政策を進めてはならない、と判断できるほどの大きな事件でした。この事件が、発表されてスーッと流されていっていますが、この社会と内部告発の関係については、講義録8-3で述べていきます。問題は、匿名によるリークが世間の注目を集めて影響があるかないか、とう点です。

②共犯理論で正当化を説明できる、できない

教科書:共犯理論で正当化を説明できる(95頁)
 VS
教員 :共犯理論で説明できるのは個人的動機だけ。行為全体の正当化を説明できない

 共犯理論とは「自分が悪事の共犯になってしまうから、それを避けなければならないという義務感の遂行である」という見方です。教科書ではその前文を含め、

 「実は、内部告発が正当化可能なのは、多くの場合、それが公衆への危害を予防することが可能だからというよりも、このままでは自分が悪事の共犯となってしまうから、それを避けなければならないという義務感の遂行であることによるという見方があります。ギルベイン・ゴールドにおいても・・・」

 と続きます。対立しているのは「正当化」という点です。教科書では「内部告発が善い!=正当化」に共犯理論を用いています。しかし、教員は「内部告発が善い!=公衆の福利」である、と考えます。それは赤羽氏の行為が社会の中で驚きと共に認められ賞賛されたのは、「ミート・ホープのような偽装肉は悪い。一般の人々にとって悪い行為である」という判断基準からだと考えるからです。もし、赤羽氏の内部告発が「社会全体の利益をもたらさない内部告発だったならば、JAS法の改正などに結び付いた」と言えるでしょうか? あくまで正当化の判断基準は「公衆の福利」だと高木は考えるのです。

③内部告発の理想と現実の可否(賛成と不賛成)

教科書:理想上はYES(内部告発を勧める) 現実はNO(実際には奨めない)
 VS
教員 :理想上はNO(匿名の告発まで)  現実はYES(賞賛に値する)

 最も重要な対立点ですので、ポイントを挙げておきます。それは「成功とは何か?」です。それでは昨年度から引用します。


内部告発の是非

教科書 :内部告発は「非」である =条件を考えたら無理だから
      ↑
     :義務になる内部告発はない =現実には会社がつぶれ、自分は解雇される
     :内部告発は「成功しない」
 ↑
:ディジョージの逆説 =内部告発の条件は、敢えて内部告発が無理なことを強調するためである

 ↓高木の解釈では

つまり、自分の利益と会社の利益 > 公衆の福利 


 VS

高木  :内部告発な「是」である =条件を考えたら無理だから(だから倫理的に善)
      ↑
     :義務になる内部告発はある =現実には会社がつぶれ、自分は解雇される
     :内部告発は「成功しうる」
      ↑
     :ディジョージの順説(言葉通り) =内部告発の条件は、内部告発で実際、倒産や解雇しても成功というためである

      ↓高木の解釈では

      つまり、自分の利益と会社の利益 < 公衆の福利


ということです。この図式が書き終わると、

問1 あなたの義務は誰、どこから与えられていますか?

を出しました。回答例です。数多くの意見が、そして幅広い意見が出てきました。初回の回答をチェックしていますが、幅広くなっていることを実感しました。
親から大学にきちんと行く義務がある。義務はない。神道や仏教の宗教観から。小中学校で学ぶ。就職することは周りから。国民年金を払うことは国から。生きる義務。親や親戚から結婚する義務。納税は国から。授業は義務。

 などなどです。自分の言葉が多く色々な表現で書かれているのが良かったです。ただ、世界の70%以上の人が書く解答を、240名の内で1,2名だけしか書いていませんでした。その点は伝えました。「神から義務が与えられている」がなかったのです。
 この「神からの義務」は、教科書と高木の考えの決定的な違いを生み出します。技術者倫理ではJABEEの「地球規模の視野を持つ」とい点が大切にされますから、「神からの義務」は伝えておかなければならない、と考えます。同時に「神からの義務」を普段、日常生活で感じない、殆ど感じられない日本人が、地球規模の視野からすると少数派であることを知ってもらいたいです。また、福島原発事故の対応が酷かった点でも、この点があると昨年度の講義で結論付けました。そして、1年が経ち、現在、国会の事故調査委員会が参考人招致(なぜ、強制力のある証人喚問をしないのか理解できませんが)でも、「神からの義務」がない日本人の特徴が出てしまっている、と考えています。この点は後の講義で述べていきます。
 「神からの義務」に戻りましょう。
ユダヤ人の聖典である『聖書』(キリスト教は『旧約聖書』と言う)の出エジプト記20章と申命記5章に「モーセの十戒(じっかい)」があります。神から10の戒(いまし)めが与えられた、とユダヤ教、キリスト教、イスラム教で認められています。世界人口の70%の人がこれらの三大宗教に入っています。

 モーセの十戒

①あなたには、わたしのほかに、ほかの神々があってはならない。

②あなたは、自分のために、偶像を造ってはならない。・・・それらを拝んではならない。それらに仕えてはならない。

③あなたは、あなたの神、主の御名を、みだりに唱えてはならない。

④安息日を覚えて、これを聖なる日とせよ。

⑤あなたの父と母を敬え。

⑥殺してはならない。

⑦姦淫してはならない。

⑧盗んではならない。

⑨あなたの隣人に対し、偽りの証言をしてはならない。

⑩あなたの隣人の家を欲しがってはならない。

 西ヨーロッパのローマ・カトリックはこれを多少変えました。
つまり、日本人以外の多くの人々は、国や集団という人間世界からの義務だけでなく、人間以外の世界からの義務がある、と考えているのです。また、日本人、と書きましたが現在の日本人、というべきかもしれません。明治時代になって日本人は豚や牛を食べるようになりましたが(沖縄はもう少し前)、それ以前は宗教によって戒められていました(実際は緩かったようです)。現在、食べ物に関する戒めは、ユダヤ教の一部とイスラム教ではしっかり守られています。イスラム教ではハラールという食事規定があり、有名な豚の他に犬やロバなど、殺し方などにも細かな規定があります。サウジアラビアなどは持ち込むことも禁止され販売すると犯罪になります。
 現在の日本人は、宗教的な戒律を殆ど気にしません。そのせいなのか、義務についてもあまり意識が行っていないようです。日本国憲法(国際法上違法の憲法ですが)では、「教育、納税、勤労」の三大義務があります。教育は義務教育というように、「親が子供に教育を受けさせる義務」です。納税は税金を納めること、勤労は働くことですがマルクス・レーニン主義的な考え方を持った人がGHQの中にいたのでしょうか。この主義では建前として「財産は全ての人で分け合う(あるいは共有する)ので、全員が働かないといけない」ことになります。そうでなければ怠けた人が得をすることになります。金銭を得るための労働をしなければならない、というのならば、勤労の義務を全うしていない人が沢山いることになります。学生結婚をして専業主婦になった人は勤労の義務を果たさないことになりますが、一向に非難されません。この点で現在の日本国憲法と実際の日常生活が乖離しています。ですから、大学卒業後、すぐに就職する義務は学生の皆さんに課されていないのです。ただし、社会全体からすると大学を卒業した優秀な人を遊ばせておくことは、損になってしまうので就職をするようにと圧力がかかります。しかし、その圧力は義務ではありません。
 この点について、エッセイを書きました。

「義務」の限界 民主主義と日本の伝統
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-134.html

 他に、法律は罰を与えられる点で義務に近いものがあります。また、会社やバイト先の服務規程は金銭の対価として求められる義務に近いものです。
 これらの義務、あるいは義務に近いものが現代日本人の私たちに課せられています。


先ほどの図式の解説に行きましょう。ここでポイントなのは、内部告発と技術者倫理(公衆の福利)の関係です。

「教科書を92Pから96Pまで原文を丁寧に読んでいきました。意訳すると以下のようになります。

「内部告発には両極端の立場「いつでも絶対OK 」と「いつでも絶対NO」があるが、それは取らない。その場合、条件がいるのでディジョージの5つの条件を参考にする。
1. 一般大衆へ及ぶか?
2. 上司へ報告したか?
3. 内部的に可能な手段を試しつくしたか?
4. 自分に正しいことの証拠があるか?
5. リスクを考慮したか、成功する可能性はあるか?
1,2,3が満たされると内部告発は許される、4,5が満たされると義務になる。
ギルベイン・ゴールドの事例だと成功する可能性はあるのでしょうか? 
長いですが重要なので原文をそのまま引用します。95pです。
:「たとえば、内部告発によって会社が廃業に追い込まれると、それが成功でしょうか? 自分が職を失うことのほかに、社員がみな、職を失うのです。それを成功というでしょうか? 「個人が負うリスクとその人にふりかかる危険に見合う成功」とは何なのか、それが実現されることはほとんどないように感じられます。このように考えると、5番目の条件を満たすことは非常に難しいことがわかります。あるいは、義務になるような内部告発はほとんどないのだ、ということをディジョージは言いたいのかもしれません。」
 このようにディジョージの条件は「内部告発が成功しない」→「内部告発の条件は実際に無理なことを強調するためである」として捨ててしまいます。
次に、チャレンジャー事故のボイジョリー氏の例を挙げながら、「共犯理論:自分が不正の共犯になりたくない」という理論を挙げ、「1つの重要な視点を提供しています」とします。」

以上が、内部告発に対する教科書の考え方です。

 前提として「内部告発は会社を廃業に追い込み、解雇される例が殆どである」という点は共有していますが、その他がザックリと殆ど違います。まず、ポイントは先ほど図式に描いたように、

「自分の利益と会社の利益 > 公衆の福利」

という点です。廃業や解雇は自分や会社の利益です。しかし、内部告発は「公衆の福利」の実現を目的としています。教科書の視点では、自分の利益や会社の利益だけしか考えず、内部告発をした人が「公衆の福利」を守ったことを支持できないのです。ボイジョリー氏の個人的な心情は「共犯理論」で説明できるでしょう。しかし、ボイジョリー氏の行った行為は、NASAとその関連会社全体に蔓延(はびこ)る組織的問題や検査体制や技術者と経営者の関係などを改善する上で「公衆の福利」に適う行為でした。この点からボイジョリー氏の行動を正当化しないとなりません。「共犯者になりたくない」や「自分は悪いことをしたくないんだ」という個人の心理だけで判断すると「公衆の福利」という社会全体からの大きな視点が欠けることになります。このようになると、今後ボイジョリー氏に続いて「公衆の福利」を行おうとする人を支えることが出来なくなります。内部告発の現実は厳しいですから巡り巡って「内部告発」は不活発になり、技術者倫理の最も大きな目標「初期の事故予防」と「再発防止」が達成できなくなります。
内部告発を技術者倫理から見ると「自分の利益や会社の利益 > 公衆の福利」では、初期の事故予防と再発防止が出来なくなる、と考えます。
具体的に見てみましょう。福島原発事故を見てみましょう。「自分の利益や会社の利益 > 公衆の福利」であったからこそ、津波対策を含めた数々の安全対策を怠ったのではないでしょうか。
 これは、「国会 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」が5月17日に公表した「現時点での論点整理(第一回)」でも明らかです。5つの論点の内、3つに安全文化の問題がある、と述べています。これは組織の問題が非常に大きな要因であったことが示されています。

「現時点での論点整理(第一回)」:http://www.naiic.jp/wp-content/uploads/2012/05/c3c52ccda219200c479a68f7258449b51.pdf

 次に高木が、教科書の考え方と違う点があります。
① 「成功」が、個人の利益や会社の利益ではない点
② 神の義務を入れるかどうかで「成功」の意味内容が変わってくる点
③ 法律違反=内部告発OKではない点。(法律OKでも内部告発OKがある点)
次の公益通報者保護法につながります

 ①「成功」が、個人の利益や会社の利益ではない点、についてですが、先ほど多少述べました。この点を考える前に、前提であるディジョージの条件について、教科書と違う考えなので整理します。
 ディジョージの条件について、高木は理念としては良いが、条件とするには同意できません。具体的事例に即していないからです。前回の講義録7で詳しく触れた「ミートホープ事件の赤羽氏の事例」にディジョージの条件を適用してみましょう。学生の皆さんに答えてもらいました。
 赤羽氏の事例
1. 一般大衆へ及ぶか?
→NO:業者からのクレームは多かったが消費者(一般大衆)からのクレームはなかった。また食中毒など実害がなかった。
2. 上司へ報告したか?
→NO:上司である社長には直言しなかった。社長からは心理的圧力を受けたと言っている。
3. 内部的に可能な手段を試しつくしたか?
→NO:取引業者には色々と漏らしたし、新聞社等にリークは行っていたが内部的の手段はつくしていない。社長の独裁や社員がばらばらであったなどと言っている。
4. 自分に正しいことの証拠があるか?
→YES:農政事務所に食品偽装サンプルを持っていった。
5. リスクを考慮したか、成功する可能性はあるか?
→NO:自分の人生の最後を汚したくないという「共犯理論」を述べている。解雇のリスクは年金をもらっているので小さかった。他の匿名でのリーク段階での協力者はリスクを考慮して内部告発を辞退した。成功、の意味内容が異なる。ただし、赤羽氏は北海道に住めなくなり、家族と住めなくなり、親類から厳しく抗議を受けた。高齢もあるが再就職も出来ず、顕彰もされていない。一般社会の考えでは失敗である。

 このように、5項目で4つがNOである。赤羽氏の実名での内部告発はその後の日本社会と加工食品を大きく変える点で「公衆の福利」に適う行為であったが、ディジョージの条件を当てはめると内部告発は、「許可されない」や「義務ではない」事例である。このような意味において、ディジョージの条件は、(日本人の考えを踏まえた上での)実際には適用しにくい条件となる。しかしながら、ディジョージの内部告発には「許可」と「義務」があるという抽象的な考え方は、実際に適用できる。それは、②神の義務を入れるかどうかで「成功」の意味内容が変わってくる点に関わる。
 
 
②神の義務を入れるかどうかで「成功」の意味内容が変わってくる点も、問1で義務についてモーセの十戒で述べてきた。ポイントは「成功」が、人間世界だけかどうか、である。
教科書の言う会社の廃業や自分の解雇は、この世という人間世界だけの物差しで判断している。すると、当然、「成功」は難しいことになる。
他方、高木の推測でディジョージの「成功」は、あの世という宗教世界の物差しで判断している、と考える。すると、当然、廃業や解雇されても「成功」なのである。つまり、

「成功」は、この世か? あの世か?

の2択になる。
あの世の「成功」とは、当然、神の国=天国に行くことである。ユダヤ教やキリスト教、イスラム教は、この世が全て壊れた後、最後の審判がやってくる。その時、神(イエスの場合もある)の前に立って自分の名前を言う。神はこの世=宇宙全体、原子を始め自然科学では説明できない生命までも作り出した凄い存在であるから、嘘は容易に見抜く。そこで、「私は正しく生きました」と言えることが「成功」となる。この考えは現代の日本人では一般的ではないが、前にも述べたように人類では一般的である。世界の殆どの国々では倫理を守るために、このように神の存在を導入している。導入している、とは高木の日本人の視点に基づくが、結果として「死後の世界を考えろ!今目先の利益に動かされるな」というために、神を持ち出すのである。であるから、「無宗教です」と日本人が何気なく言うと世界の人々から信頼されないことになる。

「そうか、あいつは究極的に、倫理を守るものがないのか。信頼できないな」

という訳である。宇宙の創造から人間個人の倫理まで見事につながった論理(つながっているという意味)があり、地域や文化を超えてキリスト教やイスラム教は普及した。ユダヤ教はユダヤ人しか救われない、という前提に立っている。
 「神からの義務」にも欠点があります。それはA)「神からの義務」だから絶対に従わないといけないこと、とB)「神からの義務」を決めるのが人間であること、です。
 モーセの十戒は比較的分かりやすいものですが、生きていれば色々と問題が出てきます。その場合はどのようにしたら良いか?というのは、「神からの義務」で生きている人には問題になってきます。例えば、イエス・キリスト自身は「ユダヤ教の預言者」として死にました。それを後から「キリスト教の創始者」としたのです。ですから、キリスト教は経典や教義などが不十分でもめにもめて、キリスト教徒自身が決めるのではなく、ローマ皇帝に決めてもらいました。宗教の問題を政治が決めたのです。これはキリスト教、特にローマ・カトリックに大きな禍根(かこん)を残しました。

 この辺は、『神の歴史』 カレン・アームストロング著 柏書房 または読みやすいものとしては、『ローマ人の物語り 最後の努力[下] 37』 塩野七生著 の第3部です。この本は大変読みやすいですが、塩野氏の解釈である点も指摘されており、導入としてはお奨めです。私も全て読んできています。学術的なのは『神の歴史』です。

 次の「唯一神教の倫理と日本の倫理」に続きます。







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