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講義録9 内部告発の現実であるミート・ホープ事件 理論と現実の差 唯一神教の倫理と日本の倫理

 皆様、こんにちは。

 梅雨に入り、雨がしとしとと降るかと想えば、曇りの日が続いております。風呂場の掃除をしていたら、小蠅(こばえ)が舞っていて、驚くとともに、「五月蠅なす(さばえな)」=5月は梅雨でシトシトして湿気があり、気温が上がるので小さな蠅が沢山出てきて五月蠅(うるさ)い、の意味です。「五月蠅い」にも5月がついています。この5月は旧暦の5月=皐月(さつき)で、現在の梅雨のことです。密封に近いお風呂場で小蠅が出てくるのですから、木造建築の日本家屋なら、どれほど出てきたのだろうか、と想いが広がりました。
 学問として深めて見ましょう。
 「五月蠅なす」は残っている中で最古の書物(写本は少し時代が戻りますが)『古事記』の中に、「さばえなす」と言う言葉が出て来ます。スサノオ命(すさのおのみこと)が、お母さんに逢いたいと地上から離れる時です。神様が居なくなり天変地異が起こる、その表現に「さばえなす」が使われました。日本では面白い事に、神様に役割(お仕事)があり、個人的な感情でお仕事を変えることが出来るのです。唯一神教の神様はずーっと神様で、役割もありません。面白いですね。日本では損得を超えて、つまり目先の利益を超えていく時に「御役目ですから」と言ったり「社会のために」という言葉を聞くことがあります。対してキリスト教、イスラム教圏では「神の御心」という言葉が出てくるのではないでしょうか。私は少数例しか知りませんが。私達がどのように、欲望をコントロールし、はたまた自我を溶かしていくのか、というのにも参考になりそうです。
 また、神様が荒ぶると災害になり、御役目を果たされると鎮まる、というのも日本の考え方です。唯一神教では神様が「荒ぶる」という人格を持った神様、という考えは神学上禁止です。ただし、信仰に目覚めたばかりの人々、目覚めを促す場合に使いことを認めています。これを相手に合わせて話を替える、という意味で「対機説法」と言います。講義もこのようにしています。
 週末に中学以来の友達が飲みに誘ってくれました。詳しくは省略しますが、40歳前後の私達が目を向けている課題が、この「欲望のコントロール、はたまた自我の溶かし方」だと感じました。美味しいお酒でした。また前置きが長くなりました。

 それでは、本文に入ります。

 昨年の講義録7と8を下地に述べていきます。

紹介した資料(閲覧クラスもあり):『告発は終わらないーミーとホープ事件の真相』 赤羽喜六 軸丸靖子著 長崎出版

配布したプリントB4 2枚
 1枚目
 :『告発は終わらないーミーとホープ事件の真相』 76,77,102,103,180,181,184,185頁
 2枚目
 :『告発は終わらないーミーとホープ事件の真相』 210,211,200,201頁(順番が頁順ではないですが内容順としました)
 :藤本温(代表) 『技術者倫理の世界 第2版』92-95頁


 --講義内容--

 それではミート・ホープ事件に入ります。この事件を取り上げるのは、以下の3点の理由です。
1)日本の倫理と世界の多くの倫理が違うから、理想化した架空のギルベイン・ゴールド事件では現実を考えられない
2)現在の食品偽装や消費者庁の実態を考えるよい教訓が入っている。
3)原発事故や他の事故との共通点が見られる

 プリントを順々に読み上げながら、述べていきます。
76,77頁です。77ページを中心に読み上げました。
そこで強調したのは、
A)食中毒という実害報告がない
B)食中毒の方向がないからといって実害がない訳ではない。
 例えば、下痢、便秘、体調不良などはあったかもしれない。しかし、食物は毎日のことで、毎回のことであるから、どれが原因であるか、という特定が難しい、ということです。私は、つい先週、お昼ごはんに御煎餅(おせんべい)を食べながらパソコンに向かっていました。食べ終わって2,3分後、急に吐き気がしてきて止まりませんでした。後で御煎餅の材料を見ると「たんぱく加水分解物」との表示があります。私はラーメンやインスタント商品が大好きで食べていたのですが、安いですしね、でも、この講義をする前に予習でいろいろと本を読んでいたら、この「たんぱく加水分解物」は塩酸(HCL)を掛けて作り、発がん性物質であることを知りました。それから数年辞めていたのです。ラーメンは止められないので無添加ラーメン1袋100円位のを食べていました。すっかり「たんぱく加水分解物」で異常を起こすようになってしまいました。その分、便秘や夏バテなど色々な良い面が出てきましたが、それらのどれが原因であるか、という特定が難しいのです。今回の吐き気も、御煎餅と紅茶しか飲んでいませんが、朝ご飯だったかもしれません。計測した特定というのは、人間の全体性を考えると極めて難しいです。それをした近年の例は、ナチスドイツの人体実験と、アメリカの核爆弾以後の日本人の実験データくらいではないでしょうか。チェルノブイリについて色々とデータが出ていますが、統一的な計測がなされていないのは、原発に対して賛否の両方の立場の人が同意する点だと思います。計測から考えると、チェルノブイリとフクシマ(福島原子力災害)を比べることは出来ない、あるいはかなりの条件に限ることになります。フクシマがきちんと計測されているからです。
 話を元に戻しましょう。ミート・ホープ事件では、羅列された項目を見ると、目をそむけたくなりますが、食中毒の実害が出ていないのです。

 102,103頁
C)行政組織が内部告発を隠蔽(いんぺい)してきた
D)内部告発があっても文書など軽い処分で済ませてきた
F)コロッケの5割から7割はミート・ホープの偽装肉だった
 
 ここでは、最初赤羽さんが匿名では信用されず、実名で農政事務所に告発したら、あっさりと行政官に断られ無視されたことが書かれています。行政組織の大きな問題点の1つである、「行政は行政手続きのためにある。国民のためではない」という点が実例ではっきりと判ります。
 また、文章だけの指導で終わってしまう実態が載っています。別のページには検査の日は事前に知らせるので、証拠を一切消している、という話も載っています。これらは、全て原発の行政組織の問題と一致します。原発事故前、極めて重大な内部告発があっても行政組織は指導文書を出すだけで終わり、さらにその検査の日も事前に知らせる、ということでした。
 最後は、5年以上前、給食などで皆さんコロッケを食べませんでしたか? 
 よくよく考えてみてください。コロッケ、じゃかいもとお肉で作っていて、あの大きさで1個20円、30円で売って利益が出るでしょうか? 出るわけがありません。どこかにからくりがあるのです。そのからくりを考えない消費者は、マクドナルドが安い値段を考えない消費者と同じなのです。マックのパテも元か18円です。コロッケは揚げる油代も含めて、30円くらいなのですから。マックを挙げたのは営業妨害のためではなく、最も有名で最も売り上げが多いからです(店舗が多いのはモス・バーガーだったと記憶しています)。私はこのミート・ホープ事件で考えるべきは、消費者だと思うのです。消費者の意識は高いですが実際に行動するの人の少ないこと少ないこと、です。これは食品業界に限らず、本日開票があった静岡県知事選挙でも感じました。投票率は5割を切るそうです。意識と行動の差です。

 180、181頁
G)日本の倫理は徳倫理であり義務倫理ではない
H)兄弟を含む身内から内部告発の否定
I)マスコミの偏向報道ぶりとむちゃくちゃな論理
J)内部告発者の心の葛藤

 兄弟などからは「親族の恥さらしだ。いますぐやめさせろ」「お世話になった人を刑務所にぶち込んだ恥知らずだ。孫の就職に影響が出たらどうしてくれるんだ」という言葉が聞かれる。消費者庁が前倒しになり、法律改正まで行われるほど社会にとって善い行為をした赤羽さんは、日本の倫理では否定される。これは前回の「人格」を見る徳倫理=人間関係重視、であり「行為」を見る義務倫理ではないというのがはっきりと判ります。義務倫理はカントを始めとして西欧社会に定着しているようですが、日本の現実の倫理とは全く異なるのです。日本にモラルヒーローがいない理由もはっきりします。
 マスコミの偏向報道と、それによって「匿名から実名にしなさいよ」と赤羽さんを説得する様子がよくわかります。

 「マスコミが自分たちで赤羽さんを容疑者のように報道しておきながら、匿名だと害があるから実名にした方が良いと薦める」

 のです。驚きの論理ですが、赤羽さんは気が付いていないようです。簡単に言うと、近所の人が嘘の陰口であなたの評判を悪くした後、その近所の人が「引っ越した方がいいよ」とあなたにいう、のと同じです。
 赤羽さんはそのマスコミに押しつけられた葛藤の中で

「僕が告発したことで、社長は日本中から批判を浴びて、逮捕された。従業員もみな解雇された。・・・僕だってミート・ホープの肉を売っていたんだ。加担していた。社長のやったことは確かに許されないが、では僕は許されるのか?」

 と問います。徳倫理の問です。赤羽さんは許されるのです。偽装「行為」を行っていのですから。「行為」を行っていないのですから、当然、裁判でも裁かれません。しかし、赤羽さんは日本の倫理、徳倫理で自らを考えます。そして実名告発に切り替えるのです。ここでも、ギルベイン・ゴールドの架空の事例では見られないことが浮かび上がってきます。

J-1)告発者が被告に共感や同情をしめす
J-2)告発者が判断するのは徳倫理である

 そして赤羽さんの心理は次のような結論を出します。

 184,185頁
K)行政組織が故意に「公衆の福利」反する行為をする場合がある
L)行政組織の責任の取り方は社会通念に反する場合がある

 赤羽さんは「ミート・ホープ事件の真犯人は、偽装を故意に見逃し続けた行政組織にある」と言いきっています。社長の罰を否定しませんが、根本は行政にある、と。これは102,103頁の農政事務所の対応を読むと説得性が出てきます。さらには、赤羽氏に何も報告がなく、「インターネットで報告書を公開して、勝手見ろよという態度だよ。役所の処分なんて、訓告とか戒告とか厳重注意で終わり。3日もたてば消えるような処分だろう。」というのです。一般企業では考えられない対応です。赤羽さんが真に告発したかったのは、日本の行政組織の怠慢、なのでしょう。

 210,211頁
M)告発者の中で残ったのは、退職後で年金生活者(赤羽氏)だけ
N)食品偽装が表に出てきて、企業間検査が厳格化しJAS法改正、消費者庁が前倒しして発足
O)内部告発者は、住む場所、仕事、同居者などを全て失う
P)告発された会社、内部告発者の在籍した会社は倒産
Q)内部告発がなければ現在もミート・ホープ社が存続している可能性が高い。

 77頁の資料には「告発グループの1人・・・」とあります。最初はグループだったのです。しかし、身分保障がある赤羽氏だけが残ったそうです。自分の手柄を誇らない赤羽氏の人柄が判るエピソードです。
 N)は赤羽氏の功績が良く判ります。これほどの社会的善、つまり「公衆の福利」に貢献したのですから、私はエベレスト登頂をしたご老人も素晴らしいと思いますが、より、社会的善を推進した人物だと考えます。国民栄誉賞や、陛下からの叙勲に値すると考えています。しかし、日本の現実はそうではありません。対してチャレンジャー事故の内部告発者は、当然顕彰されているのです。
 o)は日本の現実です。チャレンジャー事故の内部告発者も仕事や住む場所を失いましたが社会的名誉を得ました。しかし、日本では社会的名誉も失うのです。学生の皆さんが、あるいは皆さんのご両親が内部告発をすれば、職を失い、現在の家を失うのです。大学の学費を払うことも出来なくなるでしょう。親戚づきあいも終わってしまうでしょう。それが日本社会の現実の1つであることが、赤羽さんの実例ではっきりします。(この話を聞いた後でも私は内部告発をします、と書いてくれる学生が何十人もいて、私は感銘を受けました。私も恥ずかしくありたい、と想います。)
 P)も現実です。逆に内部告発者を冷遇した会社は、会社間の取引が続いていく例があります。昨年の講義録7-3からの引用です。

『「運輸業界のヤミ(違法)カルテルを内部告発した串岡 弘昭(くしおか ひろあき)氏」にも触れました。内部告発した後、所属するトナミ運輸は串岡氏を草とりをする閑職に追い込み出世できないようにしました。裁判ではこれが認められ賠償金を払うことになりました。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/2C910577E7600CD549256FBE002EC591.pdf

 もう1つ問題があります。このように内部告発を受けた会社、しかもその社員を不当な扱いをしているのにも関わらず、日本企業は取引を続け、トナミ運輸を存続させているのです。つまり、企業間から考えると内部告発は、社会的信用を失うマイナスの行為ではなく、企業に打撃を与える行為にしか過ぎないのです。この点は、実態を考える上で見過ごせない点です。ミートホープ事件では会社は倒産しましたが、もし行政の対応が違っていれば、現在でもミートホープという会社が現存している可能性が高いのではないでしょうか。』
 これがQ)の理由です。

 200,201頁
R)内部告発は「公衆の福利」という消費者を守る気持ちが関係ない場合もある
S)裁判の刑罰は、「社会を騒がせた」という「行為」に関係ない要素が入る
T)天才的技術者でさえ社会背景を考慮しないと犯罪者になる

 R)は、赤羽氏の赤裸々な告白によって明らかになります。

「正直にいえば赤羽だって、告発しているときはそこまで考えていなかった。営業した取引先に偽装肉を売りつけて申し訳ないという気持ちはあったものの、その先に消費者がいて、食べた人の健康を脅かしてるとまでは考えていなかった。」

 よく中華人民共和国の食品の重金属混入や偽装などが問題になります。これを単に倫理が低いと見るのではなく、範囲で考えられるかもしれません。つまり、赤羽氏は取引先や家族までが倫理の及ぶ範囲である。現在の中国の人々は自分の家族だけが倫理の及ぶ範囲である、と。少し暴論かもしれませんが、思いつきました。戻りましょう。
 「公衆の福利」を主張すれば倫理行動が出来る、というのが空想でしかない、という事例の1つではないでしょうか。私達はそのように理念的目標、理性的規範で行動が決まらない、ということです。この辺りは唯一神に対する実感がある西欧社会と汎神が根本にある日本社会との差かも知れません。これは原発に対する運動でも感じられます。

 S)は何とも恐ろしいことです。「社会を騒がせれば罪が重くなり、すいません、とすぐに謝れば騒がせないので軽くなる」というのですから。これでは

 「騒がれたらとにかく謝れ!」

 という態度が出来てしまい、議論されている問題点、原因を追及することなどが出来なくなります。あるいは巧妙にすり替えられてしまいます。学問の公平性や中立性が担保できなくなってしまうのです。私は徳倫理である大学院教授の例を挙げましたが、これも同様の例になるのかもしれません。

 T)での天才的技術者とはミート・ホープの田中社長のことです。肉をブレンドしながら似ている味に出来るのですから。そして自分で食べてはきちんと確認して、利益を出せるのです。極めて高い技術者です。しかし、彼は人格的な面や社会に合わない面、マスコミに偏向報道された面などで、通常よりも相当重い罪を背負わされます。そして徳倫理の支配する日本では二度とこの天才的な技術を生かせないでしょう。刑務所に入り罪を償うという「行為」を行っても、平等には扱われないのです。
 どのような素晴らしい技術、技術者であっても社会背景に逆らうと全てを失うことになる、という好例です。

 以上が、昨年度の講義に本年度を合わせた講義です。以下に昨年度の講義を添付しておきます。よろしければお読みください。


講義録7-3内部告発の事例「ミートホープ事件」
 次はミートホープ事件です。

 2007年、世間をアッと言わせたミートホープ事件は、食品業界の中でも加工食品が引き起こした事件ですので、特に講義で取り上げます。2000年の雪印乳業による集団食中毒事件、2002年の牛肉偽装事件は、加工段階がないので、ミートホープ事件にします。
 また、内部告発の実際の事例として、本人の証言が残る事例ですし、実は「食中毒を起こすなのどの被害のない事件」ですので、純粋に倫理的観点から捉える最適の例の1つであると考えます。

 本人の証言と実態が分かる本は、紹介して教室内を回した本『告発は終わらないーミーとホープ事件の真相』 赤羽喜六 軸丸靖子著 長崎出版 です。抜粋は、

 配布プリント

2枚目(B4サイズ)
 (裏):『告発は終わらないーミーとホープ事件の真相』76,77,88,89P

2枚目(B4サイズ)
 (表):『告発は終わらないーミーとホープ事件の真相』102,103,180,181P
 (裏):『告発は終わらないーミーとホープ事件の真相』210,211P

 です。

 講義録7-2と比較しながら見て行きましょう。

まず、77,78頁に「ミートホープの偽装一覧」(原本より一部改訂)があります。この中には、33項目の反倫理的行為や法律違反が箇条書されています。これでも、(10)匿名によるリークでは相手にされませんでした。ということは、

 2,3の法律違反や倫理違反では相手にされない可能性が実際は、高い

ということです。具体的に見て行きましょう。

・細菌検査の実数値改竄(かいざん)、・肉の種別の管理無視 ・ネズミがかじった肉、ベーコンとうをそのまま使用 ・汚水を海に垂れ流し ・食品衛生法違反の商品を命令無視で大量出荷 ・まんじゅうを牛の血で染め、各種ひき肉とする ・肉に水を入れ水増し ・ひき肉、カット、スライス肉をグルタミン酸ソーダで量目増量・・・

 これら全てがあっても行政は対応せず、警察や新聞社は重い腰を挙げませんでした。というのも事故がなかったから、だそうです。これは初期事故予防からすると対応できていないことになります。これらを(10)匿名でリークでは取り上げられず、2007年に朝日新聞が取り上げて大ニュースになります。さて、講義録7-2で見ていたように、赤羽氏は、(3)同じ部署の同僚に相談、(4)上司に相談=社長に相談を経て、(8)会社外の友人に相談などを経て(10)へと至ります。実態として、いきなり(11)実名で内部告発でなかったこと、が分かります。

 赤羽氏は、(3)、(4)の段階で心療内科を受診します。仕事に対するプライドがあり「人生の限界が見えた時、2人の子供に誇れる人生を送りたい」(88,89頁を一部要約)と決意して、(8)へと進みます。その中で正直な発言があります。

「赤羽は、告発を繰り返していたが、消費者に申し訳ないといった気持で動いていたわけではない、とあっさりと言い切る」89頁

 この言葉に、「技術者の社会的責任を自覚し」という一文が吹き飛んでいることが分かります。「自分の得意先に申し訳ない気持ちはあったけれど」(同89頁)、という言葉が社会的責任を感じさせます。実際には、触れ合ったことのない、抽象的な消費者、国民という概念よりも、2人の子供という「身近な人」という具体的なイメージが倫理的行動を後押しするのでしょう。
 また、このように事件が大きくなった後、社会にとって都合の善いいい訳を吐かないからこそ、赤羽氏の証言は参考になると考えます。

 赤羽氏は、(10)匿名によるリークを繰り返しますが、行政も警察も新聞社も殆ど相手にしません。そこで(11)実名で内部告発に踏み切ります。

 しかし、農政事務所で名刺交換した後、解雇覚悟で内部告発の牛挽肉を出すと、係長は「受け取れない」と突き返します。「どこから持ってきたか分からない」というのです。そこで赤羽氏は工場に戻り、ラベルを貼ってもらって直ぐに帰ってくる。(この間に身元確認をしない、という行政上の怠慢があると高木は考えるが)、その係長は、「シールはどこでも作れるでしょう」だから、

 「食品偽装は行政の人間が、お客のふりをして買って来ないと証明にならない」

 と言い放つ。言い放つ、と強い言葉にしたのは、このように行政官の体質が被害を拡大させたからである。と同時にこの問題は単に係長を特定して個人攻撃すれば終わりではなく、行政官の体質として「ある」という前提を持ち、対策をこらさなければならない。1つは政治家の監視、管理であり、1つはマスコミの権力チェックなどである。それゆえ、これは例えば、大学教員と研究費を出す行政官(官僚)との関係(時間があれば)、東京電力などの電力会社と行政官(官僚)との関係にも当てはまると考えられます。

 しかも、この係長は、

 「ミートホープがトラブルの多い会社であることを知っていてこれまで、2度の検査で「クロ(偽装)」であることを知っていた」
 
 のにも関わらず、こうした対応でした。
 さらに、「クロ」に対して(指導)文章を出しただけ、なのです。

 (11)実名による内部告発 のリスクはここでも挙げられます。つまり、

「内部告発で会社は文章で注意されるだけに終わる」

 というリスクです。もちろん、告発者はほぼ解雇されてしまいます。すると、実際に

 「内部に残って改善する道を取る方が、結果として「公衆の福利」に適う」

 のかもしれません。赤羽氏の農政事務所の対応はこれを予感させます。と同時に原発関係の技術者でもこうした行動を苦渋の決断として取った人々がいたことが、福島原発事故で日本国民に分かったのではないでしょうか。そういう人々は、誇らず言わずそして積み上げてきた人々でしょう。ここに福島原発事故での希望が見てきます。何とか次につなげたいものです。

 さらに、原発のデータ偽造と同じ構図です。原発の行政官によるチェックは事前に日にちを決めて行きます。さらに、内部告発等で「データ偽造が発覚」しても指導文章で終わってしまいました。何故なら、東京電力が独占をしていて、原子力安全委員会等が自分たちでデータ収集を、事務処理として行えないからです。必ず東京電力や経済産業省に関係する人々がデータ収集を行うのです。このように、

 「事務処理の独占によって、「データ偽造が発覚」しても、次のデータも東京電力等に任せるしかない体制」

 なのです。ですから、原子力発電の大きな問題の1つは、この点にあるでしょう。つまり、

 「どんなにデータ偽装しても、どんなに失敗しても悪いことをしても、次も任せてもらえる体制が問題」

 ということです。
しかし、この問題をどのように改善していくか、は大きく根深い課題があります。


 次に、180、181頁に行きましょう。実際に内部告発した後の実態が書いてあります。

「女房はもっと痛烈な批判を受けていたみたいだった。『親族の恥さらしだ。いますぐやめさせろ』『お世話になった人を刑務所にぶち込んだ恥知らずだ。孫の就職に影響が出たらどうしてくれるんだ』と。」

 学生の皆さんが実際に内部告発したら、このようになるでしょう。また、クラスで先ほど挙手してもらった結果と一致します。

 親戚から総スカンをくらい、兄弟がいたら責められ、家族は非難される、というのが日本社会の内部告発の実態です。

 211頁には、

 「その(内部告発の)すべての対価として、赤羽は長野に1人で暮らす。」

 チャレンジャー事故で内部告発した人は、その後社会から表彰され社会的名誉は回復されました。しかし、日本はそういう扱いをしていません。内部告発の実態を見てみましょう。

①家族から見放される(一緒に暮らせなくなる)

②現在住んでいる場所にいれなくなる

③仕事は奪われる

④その後、時々、メディアの取材がくる

 です。

 しかし、社会は内部告発者から多大な利益を受ける。赤羽氏が「公衆の福利」を成し遂げることも事実である。210頁に

「ミートホープ事件をきっかけに、全国で内部告発が相次ぎ、食品偽装が次々と明るみに出た。消費者は企業に疑いの目を向け、食べ物がとこでどう作られたのか、目を光らせるようになった。企業同士の監視も厳しくなった。食品企業は下請け企業を抜き打ち検査し、原材料を精査するようになった。JAS法は改正され、企業間取引にも製造者責任が発生することが明記された。
 2009年9月には、予定前倒しで消費者庁が発足した。」

 多大な影響を与えた内部告発であったことが判る。さらに、農作物を顔が見える農家からインターネットなどを通して直接買う消費行動までも変えた、と感じている。また、ファミレスなど、加工食品を使っていた業界では検査が厳しくなり原価率が上がり、倒産なども増えた、と推測している。その中で「サイゼリア」は14%という驚異的な利益率を上げる。他のファミレスが2~3%でしかない。その秘訣は、加工食品の自社工場での作成にある(『図解「儲け」の裏側が面白いほどわかる本』 インタービジョン21 三笠書房 28,29頁)。企業間の監視か厳しくなり、原価率を上げることで業界の利益率を変えるまでになった、と推測している。

 これほど、「公衆の福利」に貢献した人を顕彰する制度が必要なのではないだろうか。
 例えば、スポーツで日本人を勇気付ける行為と同レベルであると高木は考えるので、あるいは、実際の行動をよりよくする、という意味において上回っているかもしれない、国民栄誉賞や内閣官房長官表彰等がされるべきではないだろうか。

 また、講義では「運輸業界のヤミ(違法)カルテルを内部告発した串岡 弘昭(くしおか ひろあき)氏」にも触れました。内部告発した後、所属するトナミ運輸は串岡氏を草とりをする閑職に追い込み出世できないようにしました。裁判ではこれが認められ賠償金を払うことになりました。

http://www.courts.go.jp/hanrei/pdf/2C910577E7600CD549256FBE002EC591.pdf

 もう1つ問題があります。このように内部告発を受けた会社、しかもその社員を不当な扱いをしているのにも関わらず、日本企業は取引を続け、トナミ運輸を存続させているのです。つまり、企業間から考えると内部告発は、社会的信用を失うマイナスの行為ではなく、企業に打撃を与える行為にしか過ぎないのです。この点は、実態を考える上で見過ごせない点です。ミートホープ事件では会社は倒産しましたが、もし行政の対応が違っていれば、現在でもミートホープという会社が現存している可能性が高いのではないでしょうか。


講義録8-1 内部告発の2つの考え方
 講義録8で書いた図式をもう1回書いてスタートしましょう。

 内部告発の是非

教科書 :内部告発は「非」である =条件を考えたら無理だから
      ↑
     :義務になる内部告発はない =現実には会社がつぶれ、自分は解雇される
     :内部告発は「成功しない」
 ↑
:ディジョージの逆説 =内部告発の条件は、敢えて内部告発が無理なことを強調するためである

 ↓高木の解釈では

つまり、自分の利益と会社の利益 > 公衆の福利 


 VS

高木  :内部告発な「是」である =条件を考えたら無理だから(だから倫理的に善)
      ↑
     :義務になる内部告発はある =現実には会社がつぶれ、自分は解雇される
     :内部告発は「成功しうる」
      ↑
     :ディジョージの順説(言葉通り) =内部告発の条件は、内部告発で実際、倒産や解雇しても成功というためである

      ↓高木の解釈では

      つまり、自分の利益と会社の利益 < 公衆の福利



先ほどの図式の解説に行きましょう。ここでポイントなのは、内部告発と技術者倫理(公衆の福利)の関係です。

「教科書を92Pから96Pまで原文を丁寧に読んでいきました。意訳すると以下のようになります。

「内部告発には両極端の立場「いつでも絶対OK 」と「いつでも絶対NO」があるが、それは取らない。その場合、条件がいるのでディジョージの5つの条件を参考にする。
1. 一般大衆へ及ぶか?
2. 上司へ報告したか?
3. 内部的に可能な手段を試しつくしたか?
4. 自分に正しいことの証拠があるか?
5. リスクを考慮したか、成功する可能性はあるか?
1,2,3が満たされると内部告発は許される、4,5が満たされると義務になる。
ギルベイン・ゴールドの事例だと成功する可能性はあるのでしょうか? 
長いですが重要なので原文をそのまま引用します。95pです。
:「たとえば、内部告発によって会社が廃業に追い込まれると、それが成功でしょうか? 自分が職を失うことのほかに、社員がみな、職を失うのです。それを成功というでしょうか? 「個人が負うリスクとその人にふりかかる危険に見合う成功」とは何なのか、それが実現されることはほとんどないように感じられます。このように考えると、5番目の条件を満たすことは非常に難しいことがわかります。あるいは、義務になるような内部告発はほとんどないのだ、ということをディジョージは言いたいのかもしれません。」
 このようにディジョージの条件は「内部告発が成功しない」→「内部告発の条件は実際に無理なことを強調するためである」として捨ててしまいます。
次に、チャレンジャー事故のボイジョリー氏の例を挙げながら、「共犯理論:自分が不正の共犯になりたくない」という理論を挙げ、「1つの重要な視点を提供しています」とします。」

以上が、内部告発に対する教科書の考え方です。

 前提として「内部告発は会社を廃業に追い込み、解雇される例が殆どである」という点は共有していますが、その他がザックリと殆ど違います。まず、ポイントは先ほど図式に描いたように、

「自分の利益と会社の利益 > 公衆の福利」

という点です。廃業や解雇は自分や会社の利益です。しかし、内部告発は「公衆の福利」の実現を目的としています。教科書の視点では、自分の利益や会社の利益だけしか考えず、内部告発をした人が「公衆の福利」を守ったことを支持できないのです。ボイジョリー氏の個人的な心情は「共犯理論」で説明できるでしょう。しかし、ボイジョリー氏の行った行為は、NASAとその関連会社全体に蔓延(はびこ)る組織的問題や検査体制や技術者と経営者の関係などを改善する上で「公衆の福利」に適う行為でした。この点からボイジョリー氏の行動を正当化しないとなりません。「共犯者になりたくない」や「自分は悪いことをしたくないんだ」という個人の心理だけで判断すると「公衆の福利」という社会全体からの大きな視点が欠けることになります。このようになると、今後ボイジョリー氏に続いて「公衆の福利」を行おうとする人を支えることが出来なくなります。内部告発の現実は厳しいですから巡り巡って「内部告発」は不活発になり、技術者倫理の最も大きな目標「初期の事故予防」と「再発防止」が達成できなくなります。
内部告発を技術者倫理から見ると「自分の利益や会社の利益 > 公衆の福利」では、初期の事故予防と再発防止が出来なくなる、と考えます。
具体的に見てみましょう。福島原発事故を見てみましょう。「自分の利益や会社の利益 > 公衆の福利」であったからこそ、津波対策を含めた数々の安全対策を怠ったのではないでしょうか。
 これは、「国会 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」が5月17日に公表した「現時点での論点整理(第一回)」でも明らかです。5つの論点の内、3つに安全文化の問題がある、と述べています。これは組織の問題が非常に大きな要因であったことが示されています。

「現時点での論点整理(第一回)」:http://www.naiic.jp/wp-content/uploads/2012/05/c3c52ccda219200c479a68f7258449b51.pdf

 次に高木が、教科書の考え方と違う点があります。
① 「成功」が、個人の利益や会社の利益ではない点
② 神の義務を入れるかどうかで「成功」の意味内容が変わってくる点
③ 法律違反=内部告発OKではない点。(法律OKでも内部告発OKがある点)
次の公益通報者保護法につながります

 ①「成功」が、個人の利益や会社の利益ではない点、についてですが、先ほど多少述べました。この点を考える前に、前提であるディジョージの条件について、教科書と違う考えなので整理します。
 ディジョージの条件について、高木は理念としては良いが、条件とするには同意できません。具体的事例に即していないからです。前回の講義録7で詳しく触れた「ミートホープ事件の赤羽氏の事例」にディジョージの条件を適用してみましょう。学生の皆さんに答えてもらいました。
 赤羽氏の事例
1. 一般大衆へ及ぶか?
→NO:業者からのクレームは多かったが消費者(一般大衆)からのクレームはなかった。また食中毒など実害がなかった。
2. 上司へ報告したか?
→NO:上司である社長には直言しなかった。社長からは心理的圧力を受けたと言っている。
3. 内部的に可能な手段を試しつくしたか?
→NO:取引業者には色々と漏らしたし、新聞社等にリークは行っていたが内部的の手段はつくしていない。社長の独裁や社員がばらばらであったなどと言っている。
4. 自分に正しいことの証拠があるか?
→YES:農政事務所に食品偽装サンプルを持っていった。
5. リスクを考慮したか、成功する可能性はあるか?
→NO:自分の人生の最後を汚したくないという「共犯理論」を述べている。解雇のリスクは年金をもらっているので小さかった。他の匿名でのリーク段階での協力者はリスクを考慮して内部告発を辞退した。成功、の意味内容が異なる。ただし、赤羽氏は北海道に住めなくなり、家族と住めなくなり、親類から厳しく抗議を受けた。高齢もあるが再就職も出来ず、顕彰もされていない。一般社会の考えでは失敗である。

 このように、5項目で4つがNOである。赤羽氏の実名での内部告発はその後の日本社会と加工食品を大きく変える点で「公衆の福利」に適う行為であったが、ディジョージの条件を当てはめると内部告発は、「許可されない」や「義務ではない」事例である。このような意味において、ディジョージの条件は、(日本人の考えを踏まえた上での)実際には適用しにくい条件となる。しかしながら、ディジョージの内部告発には「許可」と「義務」があるという抽象的な考え方は、実際に適用できる。それは、②神の義務を入れるかどうかで「成功」の意味内容が変わってくる点に関わる。
 
 
②神の義務を入れるかどうかで「成功」の意味内容が変わってくる点も、問1で義務についてモーセの十戒で述べてきた。ポイントは「成功」が、人間世界だけかどうか、である。
教科書の言う会社の廃業や自分の解雇は、この世という人間世界だけの物差しで判断している。すると、当然、「成功」は難しいことになる。
他方、高木の推測でディジョージの「成功」は、あの世という宗教世界の物差しで判断している、と考える。すると、当然、廃業や解雇されても「成功」なのである。つまり、

「成功」は、この世か? あの世か?

の2択になる。
あの世の「成功」とは、当然、神の国=天国に行くことである。ユダヤ教やキリスト教、イスラム教は、この世が全て壊れた後、最後の審判がやってくる。その時、神(イエスの場合もある)の前に立って自分の名前を言う。神はこの世=宇宙全体、原子を始め自然科学では説明できない生命までも作り出した凄い存在であるから、嘘は容易に見抜く。そこで、「私は正しく生きました」と言えることが「成功」となる。この考えは現代の日本人では一般的ではないが、前にも述べたように人類では一般的である。世界の殆どの国々では倫理を守るために、このように神の存在を導入している。導入している、とは高木の日本人の視点に基づくが、結果として「死後の世界を考えろ!今目先の利益に動かされるな」というために、神を持ち出すのである。であるから、「無宗教です」と日本人が何気なく言うと世界の人々から信頼されないことになる。

「そうか、あいつは究極的に、倫理を守るものがないのか。信頼できないな」

という訳である。宇宙の創造から人間個人の倫理まで見事につながった論理(つながっているという意味)があり、地域や文化を超えてキリスト教やイスラム教は普及した。ユダヤ教はユダヤ人しか救われない、という前提に立っている。
 「神からの義務」にも欠点があります。それはA)「神からの義務」だから絶対に従わないといけないこと、とB)「神からの義務」を決めるのが人間であること、です。
 モーセの十戒は比較的分かりやすいものですが、生きていれば色々と問題が出てきます。その場合はどのようにしたら良いか?というのは、「神からの義務」で生きている人には問題になってきます。例えば、イエス・キリスト自身は「ユダヤ教の預言者」として死にました。それを後から「キリスト教の創始者」としたのです。ですから、キリスト教は経典や教義などが不十分でもめにもめて、キリスト教徒自身が決めるのではなく、ローマ皇帝に決めてもらいました。宗教の問題を政治が決めたのです。これはキリスト教、特にローマ・カトリックに大きな禍根(かこん)を残しました。

 この辺は、『神の歴史』 カレン・アームストロング著 柏書房 または読みやすいものとしては、『ローマ人の物語り 最後の努力[下] 37』 塩野七生著 の第3部です。この本は大変読みやすいですが、塩野氏の解釈である点も指摘されており、導入としてはお奨めです。私も全て読んできています。学術的なのは『神の歴史』です。

 このようにゆれ続けるキリスト教は、印刷技術が出てきて聖書を多くの人が読めるようになると矛盾だらけなのが暴露されてしまいます。当時は寒冷化していたのも一因で悪魔狩り、魔女狩りが起こります。ローマ・カトリックとそれに抗議する(プロテスト)宗派で御互いに「悪魔!」や「魔女!」と呼び合い殺し合います。大体1000万人(30万人~2000万人以上の説も)が殺されました。高木はアメリカの富を収奪するまでヨーロッパは世界で最も遅れた貧しい地域の1つであったから、口減らしの意味もあったと考えています。
 この魔女狩りの根本原因は、A) 神からの義務」だから絶対に従わないといけないこと、とB)「神からの義務」を決めるのが人間であること、だと考えています。B)で互いを悪魔としてしまう原因となったのです。映画「クルーシブル」を見ると、よく分かります。17世紀末の実際にあった魔女狩りの話を基にした映画です。前の学生に舞台となったマサチューセッツ州セイラムには魔女狩り博物館がある、と聴いたことがあります。調べてみたら本当にありました。

セーラム魔女博物館 - Salem Witch Museum 
http://www.salemwitchmuseum.com/

のアメリカでも魔女狩りが沢山行われていたこと、魔女がいることを疑う人は罰せられたこと、魔女がいると副知事が認めていたことなどが分かります。もう1つ「神からの義務」で自分の命のみならず愛する妻や胎児を殺し、2人の息子を捨てることも分かります。それほどまでに、「神からの義務」は、重く受け止められていました。これらは現代日本人からすると欠点になります。もちろん、キリスト教徒からすると欠点ではありません。そして、それゆえに、現代日本人に沿(そ)う倫理を考える必要があると思います。

 カントの倫理は、「人間の理性は神から与えられているが、倫理は全ての人に当てはまる考え方にしましょう」という義務倫理です。カントは微妙に神を表に出してきていませんが(『実践理性批判』)、高木の解釈では、魔女狩りで先ほどのA)とB)の反省を込めたように思われます。そして最後の『判断力批判』で道徳的理想として神を肯定します。
 高木からすると、カントは宗教による殺戮(さつりく)の反省と神の肯定を目的とした哲学に他なりません。ですが、日本の歴史では宗教による殺戮は驚くほど少なく、また鎌倉時代以降では、安土桃山時代にポツリ、キリスト教が巻き起こしたものがポツリ、とあるくらいです。さらに日本の神は、人間によって肯定される存在や、人間の道徳的理想としての神などではありません。『古事記』を読めば分かります。例えば大国主命は、嫉妬深い父親であり道理の分からない側面を持っています。
 ですから、カントの哲学を研究している日本の若手哲学科の人と話が合わなかったのもこの点でした。カントをやるだけでは全く意味がないと高木は考えていたのです。日本の神道や仏教を勉強しながら日本人としての無意識を開拓していかないと、カントの理解は、文字の上だけの理解になってしまう、と考えていたのです。私は哲学若手研究者フォーラム(旧「全国若手哲学研究者ゼミナール」)で発表や論文を書かせてもらいましたが、その時に、何人の人かとこういう話をさせてもらいました。もちろん私の感じたズレは埋まりませんでした。

 哲学若手研究者フォーラムは、飛び入りの私を快く迎え入れてくれ、色々なことを教えてくれました。
HP:http://www.wakate-forum.org/

 大変感謝しております。

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