講義録8 法律を支える倫理 濃度規制と総量規制 内部告発の現状と可否

 皆様、こんにちは。

 「芒種(ぼうしゅ)」という耳慣れない節季に入りました。「芒(ぼう)」とは、稲や小麦など、種の先に何本も付いている棒を指します。日本では稲を指し、「稲の種をまく季節」=「芒種」だそうです。今月は「水無月」と田んぼに水を引く月、あるいはカンカンの天気で水がない月、の意味です。旧暦は、1か月から1ヶ月半遅れですので「卯月(うづき)」=稲を植える月、「皐月(さつき)」=苗を植える月に該当します。
 次の節季は「夏至(げし)」です。そういえば7時半過ぎに幼子2人を寝せる時に、まだまだ明るさが残っています。節季と現在の気候を照らし合わせると、1000年以上天候が同じなのがよく判ります。もちろん、年によって時代によって寒暖の差はありますが、稲をまく時期は変わらないのですね。
 奉職する大学は、色取り取りの緑に囲まれ、お茶畑も広がっています。窓のを外を見ると何十色もの緑が鮮やかです。学生の皆さんが真剣に聴いてくれ、問題を考えてもらう時間にホッとして外を見ると、なんとも幸せな気分を頂くのです。本当に有り難いことです。
 私は「何のために生きているのか?」と考えるのが好きで、あるいは癖で、考え込むことがあります。そこから見るとこの世の全ての存在者、出来事が虚しく思えてくるものです。その虚しさからこの世に引き戻そうとするのが哲学(キリスト教神学)や思想(禅、伝統仏教)ではないか、と想えるのです。では、そこに留まっているのは何と言うのでしょうか。何の表現があるのでしょうか。私は詩や散文だと感じました。面白いことに、そこを表現しようとすると哲学用語や思想表現を利用するのですが、根本の部分では、哲学や思想と離れた部分が出てきました。そしてその離れた部分の一部が、この世のことだけを見つめる考え(神道やアニミズムなど)と共通していると感じたのです。そこから、節季や神道などに興味を抱くようになりました。自然も豊かな緑色もそんな風に見たりもしています。前置きが長くなりました。

 それでは、本文に入ります。

 昨年度の講義録7を下地に述べていきます。

紹介した資料(回覧来週):『告発は終わらないーミーとホープ事件の真相』 赤羽喜六 軸丸靖子著 長崎出版

配布したプリント:B4 1枚
 (表):藤本温(代表) 『技術者倫理の世界 第2版』88,89P
 (裏):藤本温(代表) 『技術者倫理の世界 第2版』90,91P

 --講義内容--

 毎回挨拶から入っています。大声ではないですがきちんと返してくれます。

 お天気が良かったのもあり、講義録7の冒頭に述べた水無月と棚田の話から入りました。引用します。
「水無月(6月)に入り、いよいよ稲の成長を目で楽しむ季節になってまいりました。昨日(6月1日)に、島田の方で棚田の田植えに友人、親族、家族の計10人で参加してきました。棚田は先月世界農業遺産と認められた茶草場の一部です。お茶畑の周りにある草場に豊かな自然環境があり、虫や数々の草花が生息しています。さらにその草場を刈り取ってお茶畑の肥料とするそうです。棚田にはお玉杓子や水蜘蛛(みずぐも)などなどがおりました。
 最初は驚きましたが、すぐに田んぼの中にはいり、気にせずぐちゃぐちゃ、ドロドロ(泥泥)した感触を確かめておりました。2歳の長男は顔と背中の上以外は全部どろだらけ。嬉しそうに棚田を何往復もしていました。泥パックというエステがあるそうですが、なるほど、と思うほど夜まで何とも足元がほんわかしておりました。
 棚田は美しい。けれども、生産性は伴わない。だから、棚田オーナー制を皮切りに大学のボランティアや地元の協力(美味しいお昼を頂きました)などが一体になる新しいシステムが重要なのだと実感致しました。このシステムが、技術倫理の世界でも利用できないかな、と帰りの眠くなる自動車の中で想いました。また、棚田のシステムは中心人物が重要でした。技術の世界でも「はやぶさ」の川口氏のように中心人物を如何に据えるか、も大切だと感じました。」
 原子力発電は生産性が悪いことが福島原発事故ではっきりしました。それはエンドコスト(最終処分費)を無視して「運転時だけなら安い」と主張してきたのですが、エンドコストを合わせると膨大な費用になることが分かったからです。だからと言って「原発即停止」というのも製造物の本質を見誤っています。生産性の合わない技術や製造物が社会の中で長く受け入れられ続けているというのは技術史では当たり前にあります。生産性の悪いシステム=棚田のシステムを原発を含めた社会システムに導入できないか、と想像しました。

 先週は「製造物責任法」をやりました。技術者倫理に関わる最も大切な法律の1つです。今回は、その法律そのものを倫理が支えている点について述べていきます。「法律に関わる倫理的観点」です。講義第2回目に「法律と倫理とマナーと気遣い」の関係を説明しました。
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-253.html

 法律<倫理、となっています。これは法律は罰があり(ゆえに善悪あり)、倫理には罰がないが善悪がある、という包含関係にあると説明しました。法律では罰せられないけれども、悪いことがある、という意味です。この関係をもう1度深く捉え直してみます。結論は

 「法律を支えるものが倫理である」

ということです。法律は文章であり言葉で書かれています。その文言の解釈は色々とありますが文言そのものから出ることはありません。一歩離れて法律を見てみましょう。その法律を妥当とするものがあるはずです。法律と現実社会を結び付けているもの、と言っても良いでしょう。法律は、そうした現実社会との結びつきがないと、単なる文言になってしまい、意味や価値、という社会内の存在ではなくなってしまうのです。
 具体的な例を挙げます。
2013年現在、日本国憲法の改正案が出ています。この改正案が出てくる経緯は色々とありますが、改正を考える人々の根底には、日本国憲法はアメリカが自国のアメリカの憲法の中から3つの要素を抜いて日本に押し付けた、という歴史的事実があります。繰り返しますが、これは大日本帝国が加入していたハーグ陸戦条約という国際法に明らかに違反しています。押し付けたアメリカも、その後「あれは間違いでした」と当時の大統領、占領司令部なども公式に発言しています。しかし、それを改定していないのです。どうしてそのようになったか、については皆さんが調べて頂きたいのですが、大切なのは、日本国憲法は原文が英語なのです。しかも、日本を武装解除させようという意図で書かれていることです。
 つまり、日本人の歴史や文化、国体とは全く関係がない法律なのです。
 日本国憲法の中に、摂関政治をした藤原道真や徳川家康の武家諸法度などとの共通点を見出すことが出来ません。対して日本人が創った大日本帝国憲法にははっきりと共通点があります。もちろん、本質では共通している点がある、という論説もありますが、文言の中に日本の伝統文化を読み取るのは極めて困難です(そもそも日本語が変です)。

 ですから私達の実際の生活の中で「嘘をついてはいけない」ということを教える時に、

 「憲法にこれこれと書いてあるでしょう。これは日本人がずーっと大切にしてきたことなんですよ。」

 ということはありません。皆さんはあるでしょうか? これが法律を支える倫理との関係を考える上で判りやすいかと思います。つまり、日本国憲法はそれを支える倫理=日本人の倫理と隔絶しているのです。現在の改正で特に問題になっているのは、アメリカの憲法から抜いた部分です。「自衛権を持つこと」や「国民を守ること」なのです。自衛権を持つことは憲法に書く必要のないくらい当たり前ですが、日本国憲法では武装解除を謳い、自衛権を放棄しています。その根拠は前文にある「諸国民の信義を信頼し」です。しかし、敗戦直後、ソ連に五十万人以上の日本人を拉致され広大な領土を現在も奪われています。北朝鮮には拉致され、ソ連の強制連行で弱った日本人が数万人連れていかれました。大韓民国には竹島が奪われ何十人も殺されましたが、放置してきました。中華人民共和国には石油が天然ガスがあるため尖閣諸島を奪われそうになりました。「諸国民の信義を信頼し」て武装放棄した結果です。私達の現在生きている生活実感と憲法が全くかけ離れているのです。

 現在の改憲運動は、法律を支える倫理をもう1度当たり前の関係に戻す運動と見ることができます。

 そしてここから出てくるのは、「法律を支えるのはその国の歴史、文化、国体などです」。これは法律が各国によって異なることからも読み取れるのです。法律がその国の歴史、文化、国体などと切り離され、時代を超越する真理であるのならば、どの国でもどの時代でも同じはずです。しかし、法律史はそのような回答をしません。

 この観点を哲学や倫理に適用するのならば、哲学や倫理の語る真理というのものが、法律よりも変化しませんが少しずつ進歩という名の変化をしているのに気がつくでしょう。すると、哲学や倫理の語る真理とは、社会の歴史や文化や国体によって左右される存在にすぎない、という見方が出来るのではないでしょうか。アリストテレスの哲学が現在に通じる部分もありますが、論理学は19世紀以降に構築されなおしました。この節の考えは高木自身の考えだけであることを述べておきます。

 次は、これを技術者倫理に落とし込んで、具体的な「濃度規制と総量規制」を取り上げて考えていきます。
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