講演記録「お薬と人間観」


 薬局に関わる方々の前で、講演を致しました。
 講演の読み上げ原稿と配布プリントを公開いたします。
 実際の講演では読み上げ原稿に加えた話もあり、削った話もあります。笑いが起こることもあり、また、皆様真剣に聞いてくださいました。

日時: 平成25年5月12日 午後1時10分から2時40分まで
場所: あざれあ2階

 ―読み上げ原稿―

平成25年5月12日

「お薬と人間観」

 皆様、こんにちは。高木健治郎です。本日は「お薬と人間観」というお話を致します。こうして御縁があって皆様にお逢い出来たこと、お話が出来ることに感謝申し上げます。精一杯頑張りますので宜しくお願い致します。また、何時でもご質問を受け付けておりますので、ご疑念、ご意見がありましたら挙手をお願い致します。

 それでは、始めます。
 まず、最初に私の背景を申し上げます。専門は科学哲学です。科学哲学、とは自然科学を哲学的に考える学問です。具体的に言いますと、国語を一生懸命やってもロケットやお薬を作れないのに、自然科学が発達すると、新しいロケットやお薬が出てくるのか? ということです。国語や社会、体育などと自然科学とは方法が違うから、というのが答えです。その方法の特徴は何か?というのを話しあっています。

 現在のテーマは福島原発事故を再発させないためには、自然科学が間違っていたのか、それとも製造過程か、運用過程か、法律整備か、などなどを考えています。そして少し前のテーマは、病院やお薬が発展することで人間の生きること、死ぬことが変わってきている。それが今後どのようになるか、を自然科学の方法の特徴から考える、というものでした。ですから、本日のお話と深く結びついておりました。

 ただし、学者の中で話されている専門的な会話は少し置いておいて、私の個人ブログに多少載っておりますので、1つのキーワードに絞ってお話したいと思います。そのキーワードとは「全体性(ホーリズム)」です。

 「全体性」とは、1つ1つの構成要素が全部集まった時、全体として新しく出てくる性質のことを指します。例えば、皆さん、毎年健康診断や人間ドックを受けられると、数値が載った一覧表を渡されます。中性脂肪の値が幾つ、ヘモグロビンの数か幾つ、という皆さんを構成する要素が記載されています。全体性は、その1つ1つの数値を幾ら細かくして重ねていっても、皆さんお一人お一人にはなりませんよ、ということです。
 皆さんが活きている、ということはどういうことでしょうか? 
命とは何でしょうか? 命が無くなるのは何故でしょうか? 命とは先ほどの数値を幾ら集めても表現できないのではないでしょうか。心臓、筋肉、肺、脳など全ての臓器を集めた所で命が出てくるでしょうか。生きている人と無くなった方の違いである命。命とは「1つ1つの構成要素が全部集まった時、全体として新しく出てくる性質」だと考える訳です。そして自然科学の方法論として、この全体性を捉えるのが難しい、とされています。
もう少し踏み込んで、皆さんにお聞きしてみましょう。
○質問
「あなたの自己紹介をして下さい」
その時、年齢や社会的地位、趣味、家族の有無などは皆さん自身の本質を表しているでしょうか? 年齢が変われば、あなたではなくなってしまいますか? では社会的地位が変わればどうでしょう? 趣味が変われば、家族が減ったり増えたりしてはどうでしょうか? では皆さんの変わらない本質とは何でしょうか? それは年齢や社会的地位や趣味など1つ1つの構成要素が全部集まった時、全体として新しく出てくる性質ではないでしょうか。この問題は、死から逃れられない人間、つまり全員が何千年も悩みぬいてきた問題ですので、奥が深いです。機会に恵まれましたら、お話出来ましたら幸いです。

では「全体性」については、なんとなく~知っていただいたので、具体的な事例を挙げて説明していきたいと思います。
「全体性」から、「お薬と人間観」に踏み込みますが、2つの方向があります。1つは、「お薬が人間観を変えた」という方向、もう1つは「人間観がお薬を変えた」という方向です。2つの方向を示していきますが、この講演は、大学の講義ではなくテストも出席もありませんので、1つでも何か覚えておいて下されば、講演をした価値があると思います。宜しくお願い致します。

 それではまず、「お薬が人間観を変えた」方向から行きたいと思います。
最適な事例としてフェノールとピルがあります。

○質問
フェノール、何か耳が聞いたことがあるけれど、一般の人は中々、具体的に何に使われているか想像しにくい化合物です。皆さんの中で具体的な用途が思いつく方がいらっしゃるでしょうか?

フェノールが切り開いた分野は、殺菌剤、プラスチック、象の保護、写真、ランの花などです。殺菌剤について触れたいと思います。

1860年、19世紀中頃まで、ヨーロッパでは殺菌、という考え方がありませんでした。日本では明治維新を成し遂げようとしていました。日本では御存知かもしれませんが、2000年以上前から、禊(みそぎ)を大切にしてきました。神社に行って手を洗うことで、水による洗浄や衛生概念が発展したのです。世界で初めて大都市の上下水道完備は江戸で完成しました。江戸では屎尿(しにょう)、つまり人の出す大便や小便の完全なるリサイクルが完成していました。1700年頃です。ヨーロッパの各都市は第二次世界大戦以降になって初めて下水処理システムが完成します。実に遅れること250年です。
ですから、1860年には、おまるに大便、小便を溜めて、道路にボトボトと落としていました。ヨーロッパで日傘や香水が発達したのも、この屎尿対策であったわけです。日本の香道、つまり香りを嗅ぎ、楽しむ方法は、部屋の中の臭いを楽しみます。対してヨーロッパの香水は体につけます。これは臭いを誤魔化すためなのです。
さて、少し遠回りしましたが、最初に戻しまして、1860年、と言えば悪臭漂っていたわけです。病院では除菌、殺菌という考えがありませんでした。しかし、1864年パスツールが「加熱沸騰で殺菌する実験に成功」します。これを知った、リスター医師はロンドンで石炭酸、主成分はフェノールです、で除菌の効果を確かめていきました。
当時は、瘴気(しょうき)説と言って、下水や汚水から出るガスが空気に混じっていて、このガスで死亡する、と考えていました。ですから、病院では前の患者が死亡してもベットのシーツは替えられず、手術度に熱を出して死ぬ確率は40%でした。ガスが原因である、と考えれば、ガスを吸わなければ良い、という考えになるからです。ですから、リスター医師の方法は当初相手にされませんでした。当時は、外科手術の後に、傷口を縫った糸を床まで長く伸ばした、というのです。
○質問
どういう意味かお分かりになりますでしょうか?

床まで長く伸びた糸を膿が伝うと、体内に回らないので良い兆候だ、と考えたからです。これも細菌の死骸が膿である、という考え方がなかった証拠の1つになります。

そしてその根拠として、ここが人間観に関わってくるのですが、「細菌という存在者が、もし見えないなら、存在するとはいえない」と言ったのです。人間のために世界が作られている、という聖書の考え方に立てば、当然の考え方でした。しかし、リスター医師は1つ1つ実績を積み重ね、また、コストも安かったので普及していきました。原料がコールタールだったのです。当時は都市の通りや家家にガス灯が灯りだしました。その副産物がフェノールだったのです。
さらに、湿布の形にして使いやすくしたのも成功の一因でしょう。さらに、リスターは空気中の細菌の除菌にも取り組みました。1878年、つまり15年程度で成果は認められ、世界中に広がりました。日本にも導入されましたが、ヨーロッパ医学の先進性に驚く人も多かったのです。
少し補足しますと、フェノールはマリファナの活性成分で、現在医療用に使われています。また、静岡県立大学が世界に先駆けている緑茶のガン予防の研究は、多くのフェノール基を持ちます。さらに、赤ワインに含まれるポリフェノールは、バター、チーズなど動物性脂肪が多い食事を取っても心臓病が少ないことの原因ではないか、と言われています。
お薬から離れますと、プラスチックの原料になりました。
皆さん、ビリヤードを遊んだことがあるでしょうか? ビリヤードで打つ玉は白い球と決まっています。その白い球に向いているのは象牙でした。きれいな玉になる象牙は50頭に1頭ほどでしたが、そのために象は絶滅の危機に瀕します。その代りになったのが、虫の分泌物と木を乾かしてとれるメタノールを合わせた、ベークライト(フェノール樹脂)です。象を絶滅から救ってくれただけでなく、電気の絶縁性があり、ガスから電気の普及に繋がりました。現在は、色つけ出来る他のフェノール樹脂に変わりましたが、電話機、お皿、どんぶり、コップ、ラジオ、お風呂用品などにも使われました。コールタールから石油が原料に変わりましたので、石油がどうしても現在の日常生活に必要になったのです。プラスチックは現在の日常生活に欠かせないですから。
曽野綾子さんは「電気がない所に民主主義はない」と世界中の貧困地域を回られた経験から言われています。その電気を普及させたのが、フェノールであり、それを普及させたのはお薬という使い道でした。お薬が、「民主主義は大切である」という私達の、特にここ100年の考え方の基礎にあるかと想うと中々、面白いかと思います。フェノールはお薬が人間観を変えた実例です。

次は、ピルです。
フェノールの除菌の後に、アスピリンやペニシリンなどのお薬の発達と共に社会制度の発展で平均寿命が延びました。50年前は結核やペスト、コレラなどで人間は儚い存在でした。それによって、家族は頭数をそろえるために子供を沢山作る、という必要性が低下してきました。そこで1960年に経口避妊薬「ザ・ピル」です。ピルとは丸い薬の意味です。
もちろん、避妊薬は世界各国に色々とありました。パセリやミントのハーブティーも避妊薬と信じられていましたし、ツタやヤナギ、ポプラのお茶も同様でした。数々の果物、ソラマメ、アンズもあり、中国では水銀、ギリシャでは銅の水溶液などもありました。島物ではラマ、メスの馬とオスのロバから生まれ、生殖能力がないラマは、内臓を食べられました。
しかし、安全で有効な手段は1960年まで待たねばなりませんでした。ピルは御存知かもしれませんが、妊娠時と同じ状態を思いこませます。もう少し詳しく言いますと、飲んでも活性を保つ人工プロゲステロンの合成がピルを生みだしたのです。しかし、最初は、馬に妊娠を保つためでした。現在でもレースで優勝した雄馬は種馬として、繁殖に使われています。1回で数十万とも言われますが昔も同じでした。妊娠した馬を流産させないためにプロゲステロンが使われたのですが、これが貴重だったのです。そして人間の体内でも活性を保ち、安いプロゲステロンがついにマーカー博士によって発見されました。
さて、殺菌のお薬は、わずか15年で世界に普及しましたが、ピルは中々広がりませんでした。もちろん、副作用の問題は見逃せませんが。ピルをいち早く取り入れた国、とイメージされるアメリカ、マサチューセッツ州(ニューヨークの東側の最も古い州の1つ)では、「避妊具を展示、販売、処方、供給すること、さらには避妊法を教えることは全て重罪」でした。これは1972年3月まで続きます。他方、1960年に多くのアメリカで認可を得て、5年後に四百万人の人がピルを飲むようになります。そしてアメリカではフェミニズム、男女同権が主張されるようになり、教育や雇用の均等が言われるようになりました。女性の社会や政治への進出も進みます。
この流れは、現在は何世紀もタブーであった、乳がん、家庭内暴力(夫による、世界一多い)、近親相姦も口にするようになってきました。最近は性同一性障害という問題をきちんと公的機関で対応されるようになってきました。ただ、年金番号で間違いを犯したことが報道されたのは悲しいことです。
女性の地位の向上が40年で進んだことの裏側には、ピルというお薬があったのです。アメリカではお薬によって人間観がずいぶんと変わりました。
他方、日本ではピルに社会的抵抗が大きかったのも事実です。その1つの原因として、実態として男女対等(平等はヨーロッパ風の考え方です)があったからだと考えています。
戦国時代にフランシスコザビエルを始めとするイエズス会が日本にやってきます。織田信長や豊臣秀吉などに逢ったことなどを記録に残しています。その記録が実に詳細で、当時の日本のことが良くわかるのです。その中で、イエズス会の宣教師たちは日本の男女対等に驚いています。いくつか挙げてみましょう。
① 女性が財産を持っている (ヨーロッパではない)
② 女性が社長になってビジネスをしている (ヨーロッパではない)
③ 女性が離婚を申し立てられる (ヨーロッパではない)
現在の先進国の女性が持っている権利を400年も前に持っていた訳です。さらに実態として面白いものがあります。
④ 日本では女性が先を歩き、男性が後をついていく。
みなさん、実態は如何でしょうか? うちの父は70歳を回っていますが、最近大分、母に連れまわされています。
⑤ 日本では妻も娘も主人に断りなしに、旅行に数日間行く
みなさんは如何でしょうか? 温泉旅行などおばさんたちの方が多い気がします。
もちろん、ヨーロッパでは女性が主人の断りなしに外出できるようになるのは、300年後、20世紀に入ってからです。
 日本では、女性を押さえつける男性的なシステムが極めて少ない国でした。これは江戸期に入るとさらに加速します。
 約300年後、明治維新後に来たヨーロッパ人が、また日本について記録しています。その中で「世界で最も女性の地位が高いのが日本だ」と述べています。そして「日本の強さは賢い母の強さである」とも述べています。「操作されているとも気がつかれずに夫を賢く操作しているのが妻なのである」と見抜いていました。
 これは現在も続いているようです。
 私は東アジアの学生にビジネスやパソコン、哲学の話なども講義していますが、最も驚かれることの1つに、現在の男女対等があります。
 サラリーマン家庭では、6割以上の夫が給料を全て妻に渡すのです、というと「なんで~?」とか「それじゃあ稼いでいる意味がないよ!」などの声が出てきます。夫は妻にお小遣いをもらうんです。平均3万円。1日1000円です、というと「それじゃあ飲みにもいけないよ!」と言われます。そういう時は「お願いします」とお小遣いを貰うんだよ、というと爆笑されます。男性が財産を管理する、あるいは全く別々に管理するという東アジアの文化と日本の文化は違うようです。これは哲学的には残存する最古の書物『古事記』までさかのぼることが出来ます。そこでは、男性の役割と女性の役割があり、それぞれ違うけれど対等である、とはっきりと書かれています。ですから、家では妻が上、夫が下。外では妻が下、夫が上、となるのです。先ほどの家庭内暴力、と言えば日本では子供が親を殴る、のを意味しますが、アメリカやヨーロッパなど世界各国では「夫が妻を殴る」の意味です。日本では家庭内では妻の方が上だからかもしれません。

少し柔らかいお話になりましたが、以上で「お薬が人間観を変えた」を終わりにします。
○質問
ご質問がありましたら、お願い致します。

 では次にもう1つの方「人間観がお薬を変える」に行きたいと思います。私は、理系大学に進学しながら、大学院で文系に行きました。理系では物性を、物の性質を学びました。物の性質がある、それをどう利用していくか、というのは、文系の学問だ、と思い文系に変わったわけです。という訳で、私が沢山語りたい分野です。 
その中で、2つの話題を取り上げたいです。1つは、作家の遠藤周作さんの死、もう1点はDDTとIPS細胞による遺伝子治療です。
『沈黙』や『深い河』などで知られる遠藤周作さんは、晩年を大変苦しみ抜かれました。妻である遠藤順子(じゅんこ)さんが、晩年を語られた本があります。辛い薬害に3年間接してこられた、遠藤順子さんは怨みごとを書かれるのではなく、現在の医療の在り方を語られます。苦しい3年間だったはずです。けれども恨み言を言われず、聖書の『ヨブ記』を引用され、神からの試練である、と受け止められる遠藤ご夫妻の態度は、見事な生き方であると思われてなりません。
さて、現在の医療の在り方ですが、人口透析の何割かは栄養指導で治るそうなのです。けれども、透析患者は1年間で600万円の収入になるそうですから、対応が遅れているとの現役医師のお話が載っていました。癌はホスピスや新薬などで大分苦しみを軽減できるようになったそうですが、腎臓病の人工透析はまだまだ遅れている、というお話も載っていました。
ここから出てくるのは、「お薬を販売できれば良い。患者さんにあった薬、患者さんの苦しみを取ることを第一に考えない」という考え方です。この考え方は、「人間を儲かるかどうかで見る」という見方です。もう少し深く捉えますと、「人間を金銭という数値で見る」という見方があります。「人を数値で見る」わけですね。
これは最初に全体性で述べた「人を数値で見る」という現在の西欧医療の根本的な見方があるのです。ですから健康診断で数値が出てきて、高い低い、と判断します。これは大切な見方です。対して、インドのヨガや東洋の漢方、マッサージや鍼灸(しんきゅう)は、全体性を大切にします。ですから、漢方を処方するときに「中性脂肪が高いので・・・」というのを聞くのではなく、「なんとなく体がだるいです」とか「めまいがします」などを聞きます。これは体全体を見て、「だるい」や「めまい」などを聞いて判断する訳です。ですから、アジアの医学は全体性を大切にする医学と言えるでしょう。そして「全体性で人間を捉える」という人間観にたって、お薬を作ってきました。
反対に西欧の医学は、人間を1つ1つの数値で切り取る人間観に立ってお薬を作ってきた訳です。再び、遠藤順子さんのお話に戻ります。読み上げます。

「K先生が帰られた後、主人と2人で難病と言われた肝臓病や糖尿病をやっと克服したねと、手を取り合えって喜んだのです。ところが翌月、腎臓が悪くなっていると言われました。「糖尿の数値が急によくなったときは、腎臓が悪くなっているときだというのは内科の常識です」と、その後入院したA病院で言われました。」

先ほどと同じく、遠藤順子さんはK先生を責められることなく、日本全体の医療へと目が向いていきます。読み上げます。

「今の医療は腎臓は腎臓、肝臓は肝臓というふうに人間の体を縦割りにして、それぞれの専門医がバラバラに診察し薬を投与して、まったくホーリスティック(全体的)な視点がないですね。」

数値ではありませんが、1つ1つの臓器に分けてみていく、という医療の体制がある、と言われています。言われればなるほど、と思います。最初に全体性のことを「ホーリズム」と述べましたが、同じく遠藤さんは「ホーリスティック」という言葉を使っていました。1つ1つを集めて人間と見るか、人間全体を見るか、という「人間観」の違いがはっきりと述べられていました。
医療の体制と同じく、お薬にも「人間観の違いからくる違い」というものがある、のを知って頂き、お薬を必要とする方々のお役に立てて下されば、今日の講演の意義があると思います。

それでは次の例として、DDTとIPS細胞による遺伝子治療を取り上げます。
DDT(ジクロロジフェニルトリクロロエタン)は、殺虫剤でマラリア対策と農薬に使われます。殺菌効果が発見されたのは1939年です。配布の資料をご覧ください。内閣の出している公式な説明です。DDTの特徴は、安く、効き目が長い、など人類に最も貢献したお薬の1つではないでしょうか。DDTによって約30年でヨーロッパのマラリアを絶滅させました。イタリアに気軽に旅行できるのもDDTのお蔭なのです。日本では馴染みの薄い、マラリアですが、平家物語の記述から「平清盛」はマラリアでなくなったといわれています。
私の勉強している科学の歴史の分野では、DDTはより注目されています。それがまさに「人間観の違いからくる違い」なのです。
「沈黙の春」という世界中に環境ホルモンなどを知らしめた本によって、DDTは発がん性物質や生物濃縮が疑われました。それによって、世界中でDDTは目の敵にされ、使われなくなっていきました。
例えばスリランカでは、人口の約4分の1に当たる年間250万人が、1948年から15年間で31人に減ったのです。しかし、使用禁止によって250万人に逆戻りしてしました。
ここで問題が2点出てきます。
① 確かにDDTに発がん性や生物濃縮があったとしても、年間数万人の死者よりは少ないこと。これはリスク・トレードオフ、と言われる問題です。リスクの大小を比較して検討する、という問題です。
しかしながら、現実には「DDTが人間にとって最も危険である」という先進国の人間観を持って禁止してしまうと、病院や下水処理、昆虫対策などの対策がとれない途上国では被害が拡大してしまうのです。
 また、補足になりますが、現在、DDTの発がん性は否定されていますので、WHOは室内の散布に限って、最も効果のある薬、といって推奨しています。

② もう1点は、人間観に基づいてお薬が、ノーベル賞受賞から悪魔の薬まで転落してしまう、ということです。「沈黙の春」によって環境保護や環境破壊のきっかけとなったお薬ですが、科学的根拠は薄かったのです。環境残存は2週間であり、海中でも9割が分解することが判りました。
この根本には何があるか、と言いますと、これまで講演で述べてきました1つ1つの要素に分けて考えていく、というお薬の成り立ちからして、全体性を求めることが出来ない、ということなのです。
DDTは昆虫特有の神経系に作用します。これは昆虫の中の神経系に効く薬、と言う点を見ているのですから、昆虫全体を、あるいは環境全体を見ていない訳です。ですから、DDTが昆虫全体に影響を与え、生物濃縮が起こる可能性がある、ということです。同じく、環境全体にどのような影響を与えるか分からない、悪影響を与える可能性がある、ということです。環境全体とは、最初に述べました「全体性」のことですから、「還元主義」と「全体性」のずれ、ということなのです。
 これは現在の西欧型のお薬が抱えている根本的な課題だと思います。
DDTは生物濃縮が起こる可能性がある、のをあるのだ!と言ってしまい、生物濃縮は人間にとって最も悪いことだ、と言う「沈黙の春」の主張が出てくる訳です。環境残存性が科学的にない、というデータが出ても、多くの先進国では現在も使用禁止になっています。これは「人間観の違いがお薬を変える」一例だと思います。
 DDTはきちんと評価されずマイナスのイメージがついたままですが、他のお薬で逆にプラスイメージだけがついているお薬もあるのではないでしょうか。
今日の講演で覚えておいていただきたいのは、還元主義の立場に立つ現在のお薬には、環境全体や人間全体などに悪い影響を与える可能性がなくせない、ことです。そしてそれによってお薬の使い方が人間観によって左右されてしまうことがありえるのです。
以上が、「お薬と人間観」です。
長らくのご清聴のほど、誠に有り難う御座います。


『スパイス、爆薬、医薬品 世界史を変えた17の化学物質』 ペニー・ルクーター、ジェイ・バーレサン著 中央公論新社
『大江戸リサイクル事情』石川英輔著 講談社
『夫・遠藤周作を語る』 遠藤順子著 文藝春秋
『科学哲学』 小林道夫著 産業図書

 -配布プリントー フェノール、ピル、DDTには化学式を付けてあります

平成25年5月12日
「お薬と人間観」

〇人間観の2つの立場
A) 還元:人間を1つ1つに分け考える :現在の医学やお薬の考え方。
 ⇕
B) 全体:人間全体として考える :マッサージ、鍼灸(しんきゅう)、漢方など

「全体性(Holism)」の語源:ギリシャ語「ホロス(holos)」:全体性で調和する
派生語「holy(聖なる)」「whole(全体)」、「heal(癒す)」、「health(健康)」 
 全て全体のこと。
「健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。」
(日本WHO協会訳)

●質問:自己紹介をして下さい。


〇フェノール:殺菌消毒薬です。手指・皮膚、医療用具、家具・物品、排泄物の消毒
痒疹(小児ストロフルスを含む)、じん麻疹、虫さされ。
副作用 かゆみ、かぶれ、発疹

●質問:19世紀半ばまで西洋における外科手術の後に、傷口を縫った糸を床まで長く伸ばしたのは何のため?


○ピル::経口避妊薬です。女性ホルモンの一つで,黄体ホルモンのこと。


○DDT:有機塩素化合物の殺虫剤。レイチェル・カーソン著「沈黙の春」がきっかけで、
農薬として禁止、残留農薬など環境汚染物質として認識された。2006年、
WHOは室内に限定したDDTの使用を推奨する方針をうちだした。(内閣府)


○まとめ
還元主義の立場に立つ現在のお薬は、環境全体や人間全体などに悪い影響を与える可能性がなくせない。それゆえ、お薬の使い方が人間観によって左右されてしまうことがあるのです。

ご興味を持たれた方に
『スパイス、爆薬、医薬品 世界史を変えた17の化学物質』 ペニー・ルクーター、ジェイ・バーレサン著 中央公論新社
『大江戸リサイクル事情』石川英輔著 講談社
『夫・遠藤周作を語る』 遠藤順子著 文藝春秋
『科学哲学』 小林道夫著 産業図書


 以上です。

 講演終了後に何人もの方に「有り難う御座いました」お礼のお言葉を頂き、品格のある方々の前でお話しできましたことを実感致し嬉しくなりました。
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