『ぼくらの祖国』第1回から第5回までの全ての学生レポート抜粋集

 無事、好評で『ぼくらの祖国』の6回のゼミが終了しました。

 『ぼくらの祖国』の持つ力強さを改めて感じました。

 終了後、学生の皆さんとご飯を食べに行きました。皆さんの兄弟の話や、お小遣いの貰い方や使い方など色々な話になり、ゼミの真面目さとは違う面が見れて、とっても楽しかったです。ご飯も美味しかったです。こんな風に仲良くなれたのも、『ぼくらの祖国』の持つ力強さがあったからでしょう。

 さて、学生さんのレポートを見て頂きたいので、抜粋集を作りました。

 各回のレポート集をつなげた内容です。

 学生の皆さんが一生懸命考え、自分が生まれ変わったような体験が赤裸々に書かれています。是非ともお読み頂きたいです。1人1人が自分の頭で考え、だからこそ沢山の考え方が出てきています。ですから尊いと考えます。各回ごとにレポート毎にまとめてあります。部分抜粋とします。原文をそのまま掲載し、()は高木の補足です。誤字脱字あると思いますが、高木のタイプミスです。「出来る」と「できる」などの表記の違いは学生の表記をそのまま掲載しました。読みにくい箇所もあると思いますが、学生さんのレポートをそのまま掲載するのを優先することにしました。


○第1回レポート

●問1 祖国に必要なものは何か?
●問2 祖国を必要とするものは何か?
●問3 祖国とは何か?
●問4 レポートをまとめての感想

●問1 祖国に必要なものは何か? 

・私自身も祖国のことをよくわかっていない。日本史を勉強しているが、日本書紀に書かれているような神代のことは知らない。日本の文化である茶道や花道(華道)、歌舞伎のことは、知っているが、それが何かと聞かれたら、答えられない。
・国際交流をするうえで、外国人が求めているものは、昔からの日本の文化であり、私たちが知っていなければならないのも昔からの日本の文化である。
・祖国に必要なものは、祖国の歴史や文化を知り、祖国に対して誇りをもつことが必要であると私は考える。

 (スペースは次の人に行く場合です)
・私自身、この「ぼくらの祖国」という本を読むまでは、祖国という言葉を耳にすることも、目にすることも、ほとんどなかった。だから祖国について何か考えたりすることも、友人と話し合いこともなかった。それゆえゼミの初めに問いかけられた「祖国のイメージは何か」の質問には大変苦戦を強いられた。
・(祖国と)戦争とどのように結びついているのか、どこが結びついているのか、くわしく知ることで、新しい祖国に対する考え方が生まれてくるかもしれない。
・祖国に必要なものは、私たち日本人が祖国について学ぶことのできる教育だと考える。

・青山氏の本を読み初めて兵士の方々の思いを考えるようになり、充分誇るべき日本人の歴史だと感じた。
・私の友人の中にも天皇陛下のことを、「よくわからないただのおじいちゃん」と言う子がいて驚いたのを覚えている。しかしこれが、今の若者の天皇に対する意識の本当の姿なのかもしれない。
・私たちの祖国には世界共通である「誇り」と日本独自の「天皇」というものが必要なのである。

・祖国に必要なものはずっと昔からその国で続いてきた共通の言語だと思う。その国で続いてきた歴史を次の世代の人々に共通の言語で伝えていくことば祖国にとって大切で重要なことだと考える。その国の文化や歴史を大切にし、現代に生きる人々の人生の共通にになっていけば良いと思う。

・特に国際政治の場では、自らの祖国を知り、自分の立場や相手の立場を考えない発言を繰り返せば、場違いだと言われ国際的に孤立してしまう。また祖国を知らずに国際的な権威があるにもかかわらず、損をしてしまうこともある。
・このように祖国という共通のものを持たない国家や人と接するとき、自らの祖国を無しにして物事を語る事はできない。よって国際的な交流の場こそ祖国を必要とするものなのである。


●問2 祖国を必要とするものは何か?

・それらの先人の行ったこと(歴史上の英雄や悪者の行った戦争など)が後の祖国にいい影響を与えたが、そうでないかは別として、それらの人々に共通していることは、「この国をもっと良くしていこう。そして、祖国がいつまでも続く事が出来ることをしよう」という意志を持っていたことである。歴史に名を残した人々に比べて規模は小さいが、誰もが少なからず似たような意志を持っていると考える。私も、学校でクラス委員をしていた時は、クラスをもっと良くしていこうという意志を持って活動していた。
・20世紀の初めには国民の生活を脅かすロシアの南下政策を『国難』として受け止め、日本という国家を存続させるために国家としてこの問題に全力で立ち向かっていった。
・よって祖国に必要なものは、祖国を良くしていこうという思いと、祖国を受け継いでいかなければならないという意志を今生きる我々が持つことである。

・祖国がない国民はその国の秩序や平和を守っていくことはできないと思う。
・国民は生きる(ための)教訓や歴史を知りたいと思うから祖国が必要になってくるのだ。祖国は現代に生きる私たちに必要なものでなくてはならないものだ。
・国民に祖国があるからこそ、平和を大切に守り続けていくのだ。

・人は拠点があるから移動することが出来るのだと思う。私たちも、日本という帰る場所があるから安心して旅することができる。
・祖国を一番欲している人間が、祖国を知らないとは大きな矛盾となる。
・人間と祖国とはいわばイコールの関係にあるのだと感じる。

・祖国がどこかで消滅し、他国の人間に占領されてしまってたら、私は今日本語ではなくて、他国の言語を話していたかもしれないのだ。そのように考えると、祖国だけではなく、日本語にも自然と誇りを持つことができるものだ。大切に、丁寧に使い続けていこうと思う。
・私たち人間にとって祖国は1つだ。自己紹介をするとき、出身国が2つなのはあり得ないことである。誰にとっても大切な故郷は1つなのだ。
・したがって、祖国を必要とするものは、私たち国民だと考える。

・海外に行く前に、行き先の国のことを調べるように学校で指示された。これには納得したが、日本のことも調べるように指示された時は、自分の国の事なら分かっているから調べる必要なんてないと思っていた。実際に海外へ行き、現地の人と交流するなかで、聞かれたことに対して答えられないことが何回かあった。逆に相手に質問すればしっかりとした答えを返してくれた。その時には気にとめていなかったことだが、今思えばとても恥ずかしいことだったと気づかされた。
・相手の国のことを知れば、相手に対し理解を深めることができる。だから、祖国が培ってきた文化や伝統といったものを知っておくことが大切である。
・以上のことから、祖国を必要と知るのは人である。


●問3 祖国とは何か?

・祖国とは本来、自分の生まれた国のことである。戦後に生まれた私たちにとって、「祖国」という言葉は戦争を連想させるものであり、「祖国」が自分に取って身近なものという認識があまりない。だから「祖国とは何か」と問われても「祖国」が何を意味するのかわからないし、答えることもできない。このままではいけない。日本国民として、祖国とは自分の生まれた国のことであり、日本であると言えなければならない。
・日本の憲法はアメリカによって書かれ、学校では本来日本人が学ぶべきである神代のことや、道徳が教えられなくなった。逆に、教えられることは日本がどれだけ外国に対して悪いことをしてきたかといううようなマイナスなイメージをもたせることだ。これでは、自分の生まれたままの国だとしても誇りが持てなくて当然であり、愛国心を持てるはずがない。アメリカの思惑通りになってしまった。
・東日本大震災が起こり、日本人の絆が確かめられた今なら、自分の生まれた国である日本、祖国に誇りを持てるはずだ。
・だから、祖国とは自分の国の生まれた国のことであり、私たちにとってはそれが日本ではなくてはならない。将来は日本人全員がそう答えることができることを願う。

・私にとって祖国とは、私を生かしてくれるものだと考える。
・祖国がずっと続いているからこそ、私は生まれ、生きていることができるのだと思う。だから簡単に祖国を手放してはならないし、これからも祖国が存在し続けるように、私たち日本人が大切にしていくべきだろう。
・祖国を知ることで、初めて自分の生きている国のことがわかるのだから、祖国を学べる教育のない私たちは本当に損なことをしている。歴史を否定ばかりしていたら、祖国は見えてこないのだ、と筆者も述べている。
・祖国とは、誰にとっても同じくらい大切な存在で、どんなことがあっても変わらないものなのである。

・祖国は歴史だと私は考える。
・戦争により罪のない人々が多く犠牲になったことは許しがたいことだ。では、私たちは何故戦争を起こしたのか、兵士は何を守るために戦ったのかを教わったのだろうか?多くの人は教わっていないだろう。私たちは祖国を知るうえで重要な戦争という歴史を捨ててしまったのだ。
・過去から目をそらして築いている私たちの歴史は本物と言えるだろうか。

・祖国とは遠い昔の先祖から受け継いできた歴史で自分の生まれ育った大切な国である。
・祖国とは何かと考えて初めに思い浮かんだ言葉は自分の生まれ育った国であった。また戦後という言葉も思いついた。よく考えてみると、私は戦争について祖父母に尋ねた時に、祖国という言葉を使っていたことを思い出した。ずっと続いてきた歴史を次の世代の人々に伝えるには祖国という共通の地(下地?)が必要だと思う。日本が戦争に負けたということを日本はいつまでも引きづ(ず)っているので日本人は自分たちの祖国について語れないのだ。戦争に負けたからこそ(、)その時の教訓を生かし平和を大切にし自分をしっかりと持てば祖国を語ることができると私は考える。

・祖国とは誰にとっても1つしかないものである。そして同じ祖国に生まれた人々全てが、顔を知らなくても共有することができる最大の共同体である。
・共同体には仲間意識が生まれる。例えば家族がそれに当てはまる。…(中略)…日本人がノーベル賞を受賞すれば日本国の誇りとして、私は大きく胸を張る事が出来る。それは選手(中略部分にオリンピック選手の例がある)と私、学者と私との間に同じ『祖国』に属する者であるという共通点が存在するからである。
・人間はひとりで生きていけない。家なり、職場なり、あるいは地域なり、何らかの共同体に属さなければ生きていくことはできない。その最大のものが『祖国』でありそれより先はない。
・我々は祖国を選ぶことはできない。だが祖国は人々が協力することのできる最大の共同体であると共に唯一である。そしてそれらが無しでは人間は生きていけない。よって祖国とは我々にとって生きる上で無くてはならないものである。

●問4 レポートをまとめての感想

・こういう風にレポートの宿題をやるのは、初めてでした。正直言ってきつかったです。決まった答えがあるわけではないし、自分の考えを相手が納得できるような論理で主張しなければならないので、相当頭を使いました。文を何回も読み返していると、今自分か何を読んでいるのかわからなくなり、思考が停止します。今完成したつもりのレポートも気がつかないうちに大変なことになっているかもしれませんが、今回は目をつぶっていただけるとありがたいです。
・このレポートを書き終えて良かったと思うこともありました。レポートを書いているときに相当頭を使っていたので、少なからず自分の考える能力が上がったのではと実感することが出来たことです。自分はどうしようもないくらい軽率な言動をとる人間だと自負していますが、友人と日本の政治がどうなるのかという話をしているときに、前に比べてすこしまじめに考えるようになりました。また、レポートを終えたことによって、達成感を得られることが出来ました。それと同時に「大学の勉強は大変なんだな」ということも感じることが出来ました。
・自主的にこのゼミに参加して、祖国について考えることによって自分は一歩前に進めたのかなと思います。これからも様々なことに挑戦して1人の日本国民として誇りを持てるような人間になりたいです。

・800文字書くのはこんなに体力がいるのかと改めて知りました。
・今回、このレポートをまとめるのあたってまた「祖国」について深く考えることが出来た気がします。「祖国に必要なもの」と「祖国を必要とするもの」を書くときは本当に深く考えさせられました。
・欧米の文化や習慣をまねして取り入れることをするだけではなく、日本の祖国についても学んでいきたいと思います。

・今回のレポートをまとめるのはとても定期テストの時期とかぶっていたので、とても大変でした。
・問2の祖国を必要とするものは何か?という題は難しく、うまくまとめられませんでした。また他の人の意見を聞き、考え直したいです。
・初めて書いたレポートなので、戸惑うこともたくさんあったけれど、自分の意見を再度考えることが出来て良かったです。

・2週間前、800字のレポートを4枚書いてくるという宿題を言い渡されたときには、「計画的にやります」と言いましたが、定期考査やらなんやらで、まったく時間が確保できず、非常にあせりました・・・。しかし、やったことに対して、学んだことに対して、自分の考えや意見をまとめることはとても大切なことだと、今回、レポートを作成して感じました。自分の考えたことをもう1度振り返ることの出来る良いチャンスでしたし、自分の考えがより深く広がった気がします。どんな問に対しても、自分の考えをしっかり持ち、他者に伝えていくことのできる人になりたい、そう思いました。

 以上が第1回提出のレポートの抜粋集です。


 『ぼくらの祖国』第2回学生レポート抜粋集です。

○第2回レポート 「拉致とは?」
 題
●問1 あなたが拉致を語る時、最も大切にする点は何ですか?
●問2 レポートをまとめての感想

●問1 あなたが拉致を語る時、最も大切にする点は何ですか?

・私が拉致について語る時に最も大切にする点は、「拉致被害者のかたがたと同じ祖国をもつ私たちは拉致と関係ないと言えない」という点である。
・そんな北朝鮮と日本の政治家を動かすのはやはり国民である私たちだ。私たちは拉致被害者の御家族の声を聞き、気持ちを理解し、政府や北朝鮮に訴えかけなければいけない。
・今私は17歳だが、拉致されたら、と考えるだけで怖い。いきなり自分の知らない所へ連れていかされただ、だれだって怖い。そんな怖い思いをし、何十年も祖国に帰ることができないでいるめぐみさん。一秒でも早く祖国へ帰ってきたいと考えているはずだ。

・私が拉致の問題を語る上で一番重要であると考えるのは、拉致が新しいタイプの戦争であるということである。とても恥ずかしいことだが、私は青山氏の著書を読むまで拉致に関して日本が諸外国との間に抱える数ある外交問題のうちのひとつに過ぎないとしか考えていなかった。もちろん拉致被害者の方々の活動はテレビや新聞などでの報道を通じて知っていたが、北朝鮮と日本の交渉がうまくいかない限りは解決しないだろうと考えていた。
私たち日本人の意識の欠如が、拉致問題がなかなか進展しない一番の理由なのではないか。
・拉致の問題からもわかるように、私たち日本人には「祖国」という意識が欠けている。自分が日本国民であるというアイデンティティーもないために、祖国を守ろうという意識も低い。日本国内で怒っている問題に対しても自分に関係していないと思ってしまう。日本を国民ひとりひとりの祖国として捉えなければ、国際社会でも生き残ることができないのではないか。私たちができるのは、今まで教育されてきたように日本は平和な社会であるという常識をまず疑いこと、新しいタイプの戦争に対応できる政治家を国民の代表として選ぶことである。

・私が拉致を語る時に最も大切にすることは自分の感情だけで拉致は良くないと断言しないようにする点である。なぜなら、拉致はたしかに悪いことだが、いつまでたっても北朝鮮から拉致被害者を取り返すことができない日本も悪いからだ。
・(5名の帰国をしった北朝鮮にいる日本人は)日本がまたいつか日の丸の飛行機で助けにきてくれるかもしれない、という期待を持ったと思う。政府もその人たちのためにも最善をつくして解決していくべきだ。

・私たちは、拉致が起こったこと全てを北朝鮮の悪にしている。北朝鮮はもちろん許されないことを行ったが、だからと言って日本に非がないとは言えない。自らの判断で行動することの出来ない自衛隊、他国の船が簡単に侵入出来てしまう日本の海上保安の手薄さ、戦争に対する国民意識の低さなども拉致の原因の1つであるだろう。
・どうして拉致が起こってしまったのか。何故いまだに被害者を救出できていないのか。この疑問に政府、国民は正面から向き(合)ってきたとは言い難い。
・聞いたうえで、当時の過ちにたいして反省をし、学び、次に生かしていかなければならない。そのために私は、拉致の事を語る時、一方的な話にならないようにしていきたい。

・(憲法9条) この文のおかげで我々は戦争のない今の日本の平和が続いているのだということを教育されてきた。そのような教育を受けてきた我々は、「新しい戦争」である拉致という行為に対して、戦争であるという認識を持っている日本人はほどんどおらず、教育を受けた通りその憲法が唱っているような平和な世界が続いていると考えている人が多い。だが、初めのところで述べたように、拉致自体「戦争」なのであるのだから、平和が今なお続いているという我々が受けてきた教育は、まったくもってうそになる。
・自分の祖国が戦争を仕掛けられて、祖国のために行動しない人はいない。太平洋戦争の戦争中、女性までもが命の危険にさらされながらも、人のため、祖国のために行動していたことをみればそれは明らかなことである。拉致問題を解決するには、国全体で強い意識を持って問題解決に向かって圧力をかけることが重要なのである。


●問2 レポートをまとめての感想

・今回、青山さんと横田さんの本を読み、拉致の怖さと日本の防衛力の弱さを知りました。
・「祖国」に続き、拉致も学校では教えられる機会は少なく、今まで友人と議論することもありませんでした。なので、高木先生の授業内で5人の意見を聞き、レポートを通して自分の意見をまとめることが出来てよかったです。

・普通に生活してきた家族が離ればなれになってしまうことは辛いことだと思いました。また、自分の家族にこのようなことが起こってしまったら耐えられないと思いました。
・発展途上国のような貧しい国々を援助していくのも大切なことだと思うが、まずは自分の国、日本を見直して本当に平和だと言える国にしていくことが必要だ。

・時が経つにつれ、私たちはほかの問題に気にとられ、拉致問題について議論する機会が少なくなってしまったのではないだろうか。拉致問題という言葉は一種の流行語のように人々の心から忘れさえあれようとしているのではないか。私自身、青山氏の著書をよむまでテレビや新聞で拉致被害者の家族会の方々について報道されているのを見て心の中のどこかで「まだやってたのか。大変だな。」としか思わなくなっていた薄情な自分に気がついた。これは大変恥ずかしいことであるが、もし私のように考えてしまう人が多いとしたら、拉致問題もいつかは風化につながってしまうかもしれない。それこそ、最も避けるべき事態である。
・拉致問題も国家、または政治家の利益のために二転三転しているという。やはり、ここでも自分の祖国を守る、同じ祖国に生きる人々を守る、という意識が私たち日本人に欠けているのだと感じた。
・いまだに欧米に対して劣等感を抱き、欧米のものがより良いと考えている人も多い。それなのに同じアジアの国々に関しては無関心で、どちらかというと日本より劣っていると考える人が多いように感じる。これらは祖国に対する理解や愛情がないから起こるのではないかと考えた。
・私は日本人として恥ずかしくない人間になりたい。祖国を愛する人間でいたい。そのために私たちに何か必要とされているのかを学ぶため、そして自分の持つ疑問を解決するためにも青山氏の著書、そして高木先生の講義を通して学ぶべきことが多くある、そう強く感じた。

・レポートはいつも難しいです。しっかりした文章を作るのに、今回は7日間かかりました。1日1時間やっていたのですが、前の日に作った文章を見ると、「なんか違うんだよな」と思ってしまい、結局5,6回書き直してしまいました。やっとできたレポートも今見返してみると「なんか違うんだよな」と思ってしまいます。優柔不断なんです。僕。だから結婚するときは、意志の強い女性とけっこんしたいなと思ったりもします。尻に敷かれるのが似合うタイプだと思うんです。まあ何年も先も(の)話なので今はどうでもいいといえばいいんですけど。
・レポートをやっていてふと思ったのですが、考えれば考えるほど全ての物事は奥が深すぎて、難しいとおもうようになりました。だから、レポートをかいている途中でも、ある事を調べ直したりするというのが多かったです。調べている中で、自分と違う視点の考えをしている人もいてとても新鮮でした。確か前回も言ったのですが、高校までの勉強は、何もかもが決まり切っていて、自分から調べて新たなるものを知ることはほとんどありませんでした。だからこのレポートを作っているときは、いつもいつも新鮮な感じがして、辛いというものがある半面、とても楽しいです。僕は一般受験生なので、まだ進路先が決まっていないのですが、「大学っていつもこういう勉強をするのか」と思うとわくわくして仕方がありません。
・自分の意見がいつも正しいとは限りません。これは僕が今まで生きてきた人生を通して感じた事です。僕はその感情が心の奥底に強くあったせいで、あまりじぶんを主張せず、友人に合わせて生きてきた節がありました。でもレポートを書いたりするなかで、間違ってでも自分の意見を言わなければ、周りの人も自分にも何の利益もないのだということに気がつく事が出来ました。それも含めてこのゼミでやってきたことは今後自分にいい影響を与えてくれると思います。まだ進路も決まらなくて、大変な時期ですが、これからもがんばっていきたいです。

 以上が第2回提出のレポートの抜粋集です。


 『ぼくらの祖国』第3回学生レポート抜粋集です。

○第3回レポート

●問1 「永遠の声の章」で最も心に残った文章を挙げ、その理由を社会レベルで書きなさい(例えば、教育、道徳、社会制度、歴史、文化など)。さらにあなた自身の経験を書き対比して感想を書きなさい。
●問2 あなたが考える家族や友人とのつながりを支えるもの、根拠となるもの、は何ですか? 例えば、~があれば家族だ、~があれば友人だ、というものです。
●問3 レポートをまとめての感想

●問1 「永遠の声の章」で最も心に残った文章を挙げ、その理由を社会レベルで書きなさい(例えば、教育、道徳、社会制度、歴史、文化など)。さらにあなた自身の経験を書き対比して感想を書きなさい。

・青山氏はこの章の冒頭に硫黄島のことについて「忘れられた」と述べている。だが、私にとっては「忘れられた」というよりそのことについて何も「教えられなかった」のである。だからこそ私の最も心に残った文章(203~205頁の3行目まで)はとても新鮮であり、心を打たれた。
・私が言いたいのは、祖国の人々のために戦った方々についてまったく学ばない不自然な状況に私が置かれていたということだ。だが「知らなかった」のは教育だけのせいではなく、私自身にも責任がある。こうした不自然な状況に置かれながら、それに気がつかなかったのは私である。また物事には表と裏がある事を知っておきながら、戦争を始めた日本は悪者だと決めつけて日本が戦争を始めたいきさつを調べようとしなかったのも私である。
・私はこれらを通して教育は教えるものが限定された非常に受け身なものだと感じた。だからこそ表と裏の両面から物事を見る事が出来るよう、自分で調べ、多くの視点を持つ事が大切だと思った。

・原発内で働いてくれている人たちは放射線が怖くないのだと、大きな勘違いをしていた。表現が悪いかもしれないが、彼らは日本国民のために「犠牲」になっているのだ。「作業員だって放射線が怖いのに働いているのだ」ということをこの箇所(121頁9行目)を読んで気がつかされた。
・第三者である私たちは原発内に入って放射線を浴びながら仕事をしている方の気持ち、恐怖を考えたことがあるだろうか。自分は行きもしないのに批判ばかりしてこなかっただろうか。誰だって好きで放射線を浴びに行く人はいない。そんな中働いている作業員の方々に私たちは感謝する必要がある。
・原発へ行き手伝うことは出来ていないが、自分たちのために命を張って作業してくれている方々がいるのを忘れずに、感謝の気落ち(気持ち)を持つことが唯一出来ることではないかと感じる。

・私たちはまず、自分たちがいかに無知であったかという反省すべきだと私は考える。教育で子どもたちに原子力発電の仕組み、日本が原発を作るまでの経緯、原発の必要性、危険性、メリット。デメリット、すべてを公平に教えることができなかったことは大きな問題点だ。人々の無理を招いてしまった日本の教育、そしてそれを良しとしてきた社会制度をまず根本的に見直さなければならない。
・社会制度や教育など、震災を身の回りの責任だけにするつもりはない。私自身、自分がいかに無知であったかを思い知らされた。震災が起きたときのことを鮮明に思い出させてくれたのは六の節だ。私は震災が起こった当時、1年間の留学中でカナダに滞在していた。あの時、私はとてつもない恐怖に襲われた。自分の祖国がなくなってしまうかもしれない、祖国に帰れなくなるかもしれない、と思った事は自分の人生で一度も無かったからだ。…(中略)…私がもっと原発について知識があれば、「日本はもう終わりだ、人も自然も食物もすべて汚染されている」などと、まるで世界の終わりの予言について話すのと同じ調子で話している人たちに説明できたかもしれない。日本で、自分の祖国に起こっていることの原因や経緯を私は説明することが出来なかったのだ。第1に日本がどうして原発を所有しているのかさえ私にはわからなかった。
・このことから、私は無関心や自分が無知であるということに気がつかないことがとても怖いことだと考えている。必要な知識がなかったら、いざという時にパニックや危険を免れない。極度の楽観主義も良いこと(だけ)ではない。特に、現代の若者にはこの傾向が見られると思う。「難しいけどいいや」「分からないけれど知らなくても生きていける」これは私が会話の中で頻繁に聞く発言だ。こういった考えが広まってしまうと、自分自身を、あるいは祖国を失ってしまうことに繋がるかもしれないということを、私たちは認識すべきである。

・(静岡県ボランティア隊に参加) 岩手県へ行く前は不安で仕方なく正直怖かった。実際に現地に着いてみると、そこには人の気配がしなかった。家はあるのに人が住んでいない。そのような光景を私は初めて見て恐ろしくなった。
・現地の人がこの幼稚園は津波に飲み込まれて浸水したということを聞いた。壁の上のほうを見上げると水がここまで到達したかが分かる跡が残っていた。
・南三陸町の鉄道はまだ入ってはいけない所があった。そして鉄道の近くに隠(穏)やかな海があった。私はこんなにきれいで澄んだ多(大)勢の人の命を奪ったことが信じられなかった。
・復興するにはまだまだ時間がかかる。私はこれからもボランティアを続けていきたい。これらの地域に再び多くの人が戻れるようにしていきたいと思った。


●問2 あなたが考える家族や友人とのつながりを支えるもの、根拠となるもの、は何ですか? 例えば、~があれば家族だ、~があれば友人だ、というものです。

・家族や友人とのつながりを支えるものは、「信頼」だと考える。なぜなら、「信頼」があるからこそ、お互いに理解し合い、助け合いながら生活していくことができるからだ。
・血のつながりがなくてもお互いが信頼していれば、家族だと言うことができるのだと思う。カナダでのホームステイを通じて改めてそのことを実感できた。

・(血縁関係よりも信頼が大切と述べた後) では血縁関係の意義は何だろうかと考えてみた。血縁関係が無意味なものだとは思わない。なぜなら人には情があるからだ。自分の血が流れている子どもを前にすれば誰でも情が湧き、かわいいと感じるのではないか。
・目で確認できるものではないから、家族という関係を支えるのも、壊すのも自分、もしくは相手次第だ。もしかしたら私の考えは欧米的なのかもしれない。この考えの先には離婚を認める価値観があるように思える。欧米の近年の離婚する夫婦の数は日本より何倍も多いと聞いた。

・私は、「この人のために何かしたい」という気持ちが、友人や家族を支えるものであり根拠だと考える。
・ボランティアなどは、使命感から影響される部分もあると思うが、私の言う「何かをしてあげたい」という気持ちは、愛から生まれてくるものである。人と出会い、お互いを知っていくことにより、その人のいい所や悪い所も理解した上で生じる「何かしてあげたい」という想いは、家族にしろ友人にしろ1つの「愛」には変わりないように感じる。
・使命感や同情心からではなく、心から純粋に相手の事を「助けたい」、「与えたい」という気持ちが、目に見えつことは出来ない人との「つながり」の根拠であり支えであると言えるだろう。

・私が自分の友人を思い浮かべたときに、出てくる人に共通していることを考えてみると、次のことがでてくる。まず、気軽に話せるということである。これはかなり重要なことであると私は考える。
・また逆に知り合いではあるものの友人ではない人の共通点を思い浮かべると、これもまたいくつか出てくる。1つ目は気を使う場面が多い人である。私は良いか悪いかは別として、これまでの人生ほとんど相手の顔を見ながら、対応を決め生きてきた人間なので、人並み以上に人の感情の浮き沈みには敏感であると思う。そんな生活をしている中で、仲間の輪の中で自分の意見が通らないと機嫌が悪くなり、その輪のいい雰囲気を壊してしまう人を今までに何回かみたことがある、そういう人はやはり結果的に私の思う友達にはなっていない。2つ目は約束を守らない人間である。…(中略)…時間に30分遅れても何の謝罪もなしに「早く目的地に行こうぜ」と言っていた人を見たときは、さすがに憤りを覚えた。


●問3 レポートをまとめての感想

・今回の問は今までのものと比べ物にならないくらい難しかったです。友人や家族のつながりや根拠を考えても、普段何も意識せずに自分の感覚で家族と家族以外、友人と友人以外とを区別していたので、初めては根拠を考えても、「なんとなく」としかお餅きませんでした。あまりにも思考が煮詰まってしまったので、そこで息抜きをすることにしました。僕は漫画やアニメが大好きです。息抜きに漫画やアニメを見ていると、そこで僕は、いろんな作品の中で様々なキャラクターが友人(仲間)についてしゃべっていることに気づきました。
・僕は机に戻り、再びレポートづくりをはじめました。「なんとなく」を言語化するのは難しかったけど、自分にとっての根拠なるものが書けたと思います。

・作業員の方たちも被災者であるのに、原発の処理もしなくてはいけないと思うと胸が痛くなりました。
・問2は、自分の中にある何とも言えない感情を文章にしなければならなかったので大変でした。普段「つながり」とは何なのか考える機会もなかったので、いいきっかけになりました。
・全体的にもう少し自分の意見を長く書けるようになりたいです。

・今回のレポートは自分の家kンや経験を多く盛り込んだものなので、高木先生のレポート、そして他の生徒のレポートを読むのが楽しみである。学んだことを自分の経験したものに関連付けることで、より深いレベルで理解できるようになると考える。
・自分の中で確実に日本の、祖国への気持ちは変わって来ていると思う。今までは日本と言う自分が生まれ育った国への誇りといっても、なんとなく抽象的なイメージでしか捉えられていなかった。しかし、今は自分の祖国が、多くの人の思いや魂を歴史の中に感じている。

・このレポートをまとめるまでの私は、東日本大震災のことを少し忘れていました。受験や日々の生活で急が(忙)しく、とても被災地のことなどちゃんと考えている余裕がありませんでした。「永遠の声の章」を読み、レポートを書きながら考えを深めていくことができて良かったです。今、暮らしている生活がどんなに幸せで恵まれているか分かりました。これからも、支援を続けていきたいと考えています。
・時間を無駄にせず、今やるべきことに全力で取り込(組)んでいきたいと思いました。
・(問2について) 一番最初は、ただ単純に「血のつながり」があれば家族だと考えていました。しかし、「血のつながり」は無くても家族と呼べる人はいると思い考え直しました。カナダでのホームステイを思いだしてそこで得た信頼を思い出しました。

 以上が第3回提出のレポートの抜粋集です。


 『ぼくらの祖国』第4回学生レポート抜粋集です。

○第4回レポート
 題
●問1 「あぁ、硫黄島は、ぼくらの生きるヒントだ」と青山繁晴さんが207頁で述べています。その理由を説明した後、あなたの同意不同意を表明し、その理由を説明しなさい。
●問2 あなたが戦争を語る場合に最も気をつけなければならない、と考えるものは何ですか?
●問3 レポートをまとめての感想

●問1 「あぁ、硫黄島は、ぼくらの生きるヒントだ」と青山繁晴さんが207頁で述べています。その理由を説明した後、あなたの同意不同意を表明し、その理由を説明しなさい。

・日本兵たちは、本土の人を守るため、巨大な地下壕を掘り、死ぬほど熱い中そこに立てこもって、ほとんど戦いのプロのいない中、自らの利益のためではなく、本土の人々のため、公のため、子々孫々のため、そして祖国のために戦った。青山氏の言う「生きるヒント」は、このような日本兵の行動を言っているのではないだろうか。自分の利益とは関係なしに人のため、公のため、祖国のため、そして未来のために我々が生きていかなければならないということを硫黄島の歴史は物語っている。
・私は青山氏の意見に対して賛成である。東日本大震災が起こった時、我々日本人は誰に言われるでもなく、募金をしたり、現地に行ってがれきの撤去をしたり、支援物資をすぐに送った。私も学校の友人と募金活動をしたり、現地に行ってがれきの撤去をしたりした。私達がしたそれぞれの行動に自分が利益を得たいというものはなく、ただただ「人のために何かをしなくては」という想いからした行動であった。私はボランティアをし終わったとき「人のために頑張れた」という満足感を感じることができた。比べ物にならないが、硫黄島で戦った日本人たちもこういう想いだったのでhなあいかと改めて振り返ってみてそう思う。
 硫黄島は「人のために生きる」事を形として示した場所なのである。

・自分たちが助けた女性と子供を手がかりにしてよみがえっていった日本民族が、祖国をどんなよい国にしたのかを。英霊の方々に今の日本の話なんてできない。だから祖国をよみがえらせる必要がある。そのように思わせてくれるから、硫黄島を私たちの生きるヒントなのである。
・現に今、青山さんの硫黄島の話を聞いて、北海道から沖縄まで、若い人を含めてたくさんの人が、硫黄島の戦いの栗林忠道大将中将(どちらかの将官)を(の)法要に来ているという。硫黄島の話に心を動かされたからこそ、法要に来ている。そのことは、硫黄島がその人達にとって、生きるヒントになったのだという証拠であると、いえるかもしれない。

・青山さんが、硫黄島がぼくらの生きるヒントだと述べた理由は、硫黄島で起こったことを知ることで、私たちの祖先が祖国のために力を尽くしてきたことを知り、祖先が残してくれた祖国に現在生きている私たちがどのように生きれば、祖先に対して顔向けできるかということをしることができるからである、と私は考える。
 もちろん私はこれに同意する。
・どれほど苦労して祖先が祖国を守ってきたのか、祖国を守るためにどんな辛いことを耐えてきたのか、学校では教わらなかったから「硫黄島の章」で読んだことはどれも衝撃的だった。だから祖先に対し、今の祖国の様子を、胸をはって見せられない。このままでは私たちは祖先に顔向けできないと感じた。
・祖国のために尽くしてくれた人を悪者扱いし、その人たちの苦労を伝えないという現状を知ったら、戦場に赴き命を落とした人達が悲しむだろう。怒ってしまうだろう。でもそれは当り前のことである。自分が祖先の立場にあったら、やはりいてもたってもいられない。家族のいる平和な生活を捨てて戦場に行き、苦しみながら戦ったのに子孫がそてが伝えられていないのは納得がいかないことだ。
・私は、本を読み硫黄島で起きたことを知り、今までより祖先に対し、尊敬の念を覚えるようになった。また、祖先に対して胸をはって生きることができるようにな人間になろうと思うようになった。硫黄島で起こったことを知ることは、私たちの生きかたをなおすことにつながるのだ。

・戦争の話を聞いている時、なぜ当時の人は皆戦地に行ったのだろうと不思議に思っていた。もし自分が同じ立場にいたらどんなに軽蔑されても行かなかったと思う。日本男児としての義務だから。の一言で死への恐怖はまのがれないだろう。英霊の方々が命がけで戦えたのは「祖国」があったからだ。守りたい場所、家族そして日本があったからこそ彼らは死の恐怖に立ち向かい戦地へ行ったのだろう。
・「祖国」を知らずに育ってきた私たちは、今ある命の大切さにも気づくことができなくなっている。

・私はこの意見(青山氏の意見)に賛成である。なぜなら、硫黄島での戦争はとても悲惨で恐ろしかったであると同時に、日本兵たちが日本のことをどれほど大切にし戦ったかということが分かるからだ。
・私はこの本を読むまで「祖国とは何か」について考えたことはなかった。この本を読んで祖国について考えさせられ、大切なことを多く学ぶことができた。その中でも硫黄島の章はとても印象深かった。アメリカと日本の英霊の扱いにも衝撃を受けた。アメリカでは硫黄島や他の場所で戦った英霊は祖国を守った英雄として扱われているのだが、日本の英霊は日本のために戦ったのにも関わらず戦後教育のせいなどで、悪者だと教えられている。この箇所を読んだとき、この違いは何なのだろうか、敗戦国と戦勝国(順番が逆「戦勝国と敗戦国」)とはこんなにも扱いが違うのだろうかと疑問に思った。日本兵は祖国を守ろうとして戦った。しかし今ではその人たちの遺骨は日本に帰ってくるどころか、滑走路の下に埋まっている。日本兵たちは悪者ではない。強い信念を持って最後まで戦ったのだ。私は硫黄島での出来事を絶対に忘れてはならないと考える。そして、私たちの「祖国」というものもいつも心にとめておきたい。
・硫黄島であったことを忘れずに毎日過ごしていきたい。


●問2 あなたが戦争を語る場合に最も気をつけなければならない、と考えるものは何ですか?

・私が戦争を語る場合に最も気をつけなければならないと考えることは、日本が戦争に負けたからといって全てアメリカの支配下になり日本が悪かったと語らないようにすることだ。なぜなら、私たちの国、日本のために戦った日本兵たちのことを忘れてはならないからである。
・(本を読んで)祖国について初めて考えた時、自分は日本のことについて何も知らないということに気がつかされた。
・私は昔、祖父から戦争についての話を聞いた。私もそんな話を違う人に伝える時には日本兵が最後まで日本のために戦ったということを伝えたい。戦争を語ることで私たちが忘れててはならない大切なことを思い出させてくれると考える。

・私が戦争を語る時、最も気をつけなければならないのは、やはり英霊の方々は何のために戦ったのかという点で打。現代の教育では「戦争を起こした日本は悪い」というイメージを持たせている。戦争にどっちが悪かったかを求めるのは難しい。だが、「日本が悪かった」で終わってしまったら戦ってくれた日本兵の方々があまりにも報われない。だからこそ私は、戦争を「どっちが悪かったか」と語るのではなく、「何を守るために戦ったのか」ということを語っていきたい。日本の英霊の方々は、本土に居る女、子供を一人でも多く守り「日本」という国が無くならないように、子孫たちが幸せに暮らせるように「祖国」を守ってくれたんだ。ということを伝えたい。戦争で戦ってくださった方々はけっして「悪」ではないということをしっかりと教えていかなければならない。
・罪のない人々の命を奪っていく戦争は許されるものではないし、やってはいけないものだ。しかし、時には戦わなければ守れないものがあるものだろうし、逆に大切なものを守るために戦っている人だって存在するだろう。戦争と向かい合い、語る時に重要なのは、「誰が何のために戦ったのか」という」という点で(タイプミス)だと思う。

・私が考える「戦争を語る場合に最も気をつけなければならないこと」は、祖先が行った行動と祖先が何を考えて行動を起こしてきたかということ両方を伝えることだ。
・(栗林中将は)二万人を死に追い込んだといっても、戦争で人が死んでしまうのは仕方のないことで、なぜ戦争を起こした政府ではなく栗林中将を責めるのか、栗林中将が殺したわけではないじゃないか。こんなところから日本の考え方とは不思議なものだと感じた。
・話をもとにもどずが、50回忌をやることができないくらい地元の人の悪者扱いされてきた栗林中将がどんな思いで硫黄島で亡くなったのかを知らないからこそそんな扱いをしているのだろうと思った。栗林中将にだって家族がいて戦場になんて行きたくなかっただろう。それでも祖国のためいと思って最後まで戦い抜いたのだ。

・私が戦争を語る場合に最も気をつけなければならない、と考えるものは、「事実」を伝えるということである。それも詳しく。
・敗戦をしてなお立ち上がった、立ち直った日本は誇れるのである。
・私は、この本に出会うたんでその事実(硫黄島の戦い)を知らなかった。戦争中に祖国のために戦った人はいただろうとは思っていたけれど、確信はなかった。しかし2万1千人以上の日本人が祖国のために命を捧げていたのである。この事実は、日本という国が命を捧げられるだけの価値あるもの、誇ることができるものだということをあらわしていると言えるだろう。今、私は自分の生まれた国を誇ることができているだろうか。
・65年以上前に生まれていたとして、「祖国のために戦ってほしい」と言われたら、喜んで自分の命を捧げられたのだろうか。正直分からないけれど、日本のために命をかけて戦った日本人のことを、私は誇りに思う。それだけ祖国のことを思っているのだから。
・18年間生きていたのに、戦争で日本のために戦った人達の魂が今もなお、硫黄島に宿り続けている、という事実を知らなかった私。それどころが、その人達が祖国のために多々立ったのだということさえ知らなかった。我ながら、恥ずかしい。だから、この事実を1人でも多くの人達に知ってほしい。私のように恥ずかしい想いをしないためにも。このことを知ると、命がけで守っていただいた祖国を、私たちは守り続けていかなければならない、と思う。

・私が戦争を語る時に必要なのは、実際に起こった事実を様々な角度から見ること、そしてそれらの事実からフェアに物事を述べることである(最後の文を冒頭に表記します)。
・戦争はとても悲惨なものであり、起こってはならないことである。私も含めてだれもがそう思っている。争いによって人が死ぬのは悲しすぎる。人は何も事故なく人生を全うしていくべきである。だから戦争はよくない。ではその「戦争」はなぜ起こってしまうのだろうか。
・ではなぜ日本は戦争を仕掛けたのか。それにはいくつかの理由がある。まず1つ目は「ぼくらの祖国」にもあるように、アメリカに(が)日本のエネルギー資源の輸入ルートを封鎖したためである。これらは現在日本でABCD包囲網と言われている事実上の対日経済制裁である。経済制裁そのものは強制外交手段のひとつである、現在でも武力使用(交戦)による強制外交と同様に外交上の敵対行為と見なされている。…(中略)…2つ目は賛否両論あるが、事実上の最後通牒であったとされるハルノートの存在である。ハルノートは日本側の最終打開案(乙案)に対する拒否の回答と同時に、アメリカ側から提示された交渉案である。内容は中国(支那)・仏印(インドシナ半島=マレー半島)からの全面的無条件撤退、満州国・汪兆銘政権の否認、日独伊三国同盟の実質的廃棄など、満州事変以前の状態への復帰を要求するものであった。日本としては、このハルノートは、到底容認できるものではなく、日本は戦争を仕掛けざるを得なくなった。
 こうしてみると意味なく戦争を仕掛けたのではないことが分かる。日本国民の生活を守るため、日本の国益を守るために戦争をせざるを得なかったのである。


●問3 レポートをまとめての感想

・1月に入りました。あけましておめでとうございます。そして今年もよろしくお願いいたします。今年はいい年にしたいです。まずは第1ステップの大学受験を頑張ります(第1ステップのハードルが高い…)1回目に行っていないので、たぶん今回で高木先生のゼミは5回目です。毎回毎回行くのが楽しみで、前日からウキウキしています。でもゼミの時間になって、自分の発表の時になると、いつも緊張して声が震えてしまいます。正直とても恥ずかしいです。まだまだです。今日はなるべく噛まずに発表できるといいです。
・今回のゼミを(に)行くようになってから、今まで以上にニュースを気にかけるようになりました。最近気になるのはアルジェリアのニュースです。

・同じようなことを、何回も何回もつらつら書いてしまったかもしれない。レポートを打ち終えた後の心境はそんな感じだった。「英霊とは」の章を読んで、もっとも驚いたことは、戦争の時に硫黄島にいながら、祖国のことだけを考え、祖国のために硫黄島でできることを当時の日本人が行った、ということだ。そのことばかりに触れてしまったかなーと自分のレポートを読み返して思った。だけど、その事実が私の心に強く響いたという事実が分かりやすく反映されている、ということもできる。だからあえてそののままで提出させていただいた。この事実、ずっと忘れないようにしたい。そしていつか、私も青山さんのように、実際に硫黄島に行って、見ることのできる範囲の場所を周って、硫黄島の英霊の方々の声を聞きたい、そう思った。しかし、硫黄島の行く前に、英霊の方々の前に出ても恥ずかしくないようにあ日本人になっていなければなあーと思う。私はまだ、18歳。これから日本のために働く人間になるのだ。
・レポートを作成していて残念だったことがある。それは「いおうとう」と打っても「硫黄島」の漢字が変換されないことだ。「いおうじま」と打たないと漢字にならない。…(中略)…このパソコンに「いおうとう」で「硫黄島」なのだと教えてあげることはできないけれど、なんだか残念だった。恐るべしアメリカ!である。
・戦争のことももちろんだが、私たちは硫黄島で祖国のために戦った日本人がいたことを絶対に忘れてはならないはずだ。と、かっこいいことを言う私も、実際は戦争での日本人の行動や心をほとんど知らない。だからこそ、これからいろいろな本を読んで情報の収集をしたい。

・今回のレポートの問題も自分の中で深く考えさせられるものでした。やはり、専横で戦った英霊の方々のことを考えるといつも胸が苦しくなります。家族を残して死に向かっていくのはどんなに辛いか、きっと体験していない私には想像できないほどだと思います。そう思うと、今まで「戦争」という暗い歴史から目を反らして生きてきた自分が恥ずかしくなりました。そんな私が戦争を語る時、何に気をつければいいのか。とても悩みました。悩んだ結果、英霊の方々の「祖国」に対する想いや「守りたい」という純粋な気持ちを伝えていけたらなぁと思いました。
 でもまだまだ自分には語る勇気も知識もないのでもっと多くのことを学び、成長していきたいです。

・今回レポートをまとめてて、一番初めに本を読んだときに、祖国のために亡くなってくれた人に毎日感謝しようと決めたの忘れてしまっていたということに気がつきました。センター試験など、いろんなことが立て込んでて忙しかったのもありますが、完全に忘れてしまっていたので、忘れていた自分にショックだったし、情けないとも思いました。
・まだ祖先に対する感謝が足りないのかなと思いました。初めて「硫黄島の章」を読んだのは放課後の学校の教室でした。硫黄島で戦い今も生きている人のエピソード、栗林中将のエピソードどれも感動するもので、1人で泣きながら読みました。その時は本当に祖先に対して感謝をしたし、祖先に胸を張って生きることができるような人間になろうと決意したのに、1ヶ月もしないうちに忘れてしまったと考えたらショックでした。
 でもレポートを書くことでそれを思い出すことができたのはいいタイミングだったなとおもいました。忘れていた事に凹(へこ)んでばかりもいられないので、はやく立ち直らなければと思います。センター試験が終わり、いろいろなことが落ち着いてきたので、また本を読み返し祖国について考えてみようと思います。
・1回読んで終わり、ではなくこれから何回も読み込んでいけたらいいなと思います。

・今回レポートをまとめて思ったことは、この本、「ぼくらの祖国」に出会うことができてよかったなぁと思いました。この本に出会うことがなかったら、これから先絶対に「祖国」というものを考えることもなかったと思います。「祖国」について深く考えることが出来たり、硫黄島のことについて学ぶことができて自分の視野が広がったと感じました。
・そしてこの前のゼミで(中略)男の子がレポートを書くのに何日も書き直したりすると聞き衝撃を受けました。コツコツ勉強しているすごい人だなと思いました。私も見習ってこれから様々な物事を行うときにも事前にちゃんと計画してコツコツとしていきたいです。
・このゼミに出席することが出来て本当に良かったです。私はレポートにも書きましたが、アメリカに憧れを持っており、素晴らしい国だ、いつか日本を離れてアメリカに住みたいと思っていました。しかし様々なゼミを通してアメリカの医療費の高さやアメリカの歴史を学ぶことができました。また、いかに自分が日本の歴史について知らなくて祖国につてい考えていないか気づくことができました。アメリカに住みたい、英語をたくさん学びたいと思う前に、日本の歴史や文化についてたくさん学びしっかりとした日本語を話せつようにして日本人だという誇りを持ちたいです。

 以上が第4回提出のレポートの抜粋集です。

『ぼくらの祖国』第5回学生レポート抜粋集です。

○第5回レポート
 題
●問1 青山さんの主張によれば現在の日本の現状は厳しいですが、希望もあります。あなたの考える希望を3つ挙げ、挙げた理由を説明しなさい。その上で、日本が今後、世界全体に対してどのような理念を持ち行動をすべきかを述べなさい。抽象的な内容ですので他の内容などを参考にして構いません。例えば、「小さくでもキラリと光る国」や「アジアの民主主義の代表となる国」が理念です。
●問3 『ぼくらの祖国』の中で最も心に残った個所を挙げ、その理由を説明しなさい。
●問4 レポートを書き終わっての感想を

●問1 青山さんの主張によれば現在の日本の現状は厳しいですが、希望もあります。あなたの考える希望を3つ挙げ、挙げた理由を説明しなさい。その上で、日本が今後、世界全体に対してどのような理念を持ち行動をすべきかを述べなさい。抽象的な内容ですので他の内容などを参考にして構いません。例えば、「小さくでもキラリと光る国」や「アジアの民主主義の代表となる国」が理念です。

・わたくしが考える日本の希望は、「他国に頼らなくてもエネルギーの供給ができるようになるということ」、「大変なことが起こったときすぐに人のために行動できる人がたくさんいること」だ。
・なぜ調査(メタンハイドレート)のための予算が充分に用意されていないのか、わざわざ他国から資源を買わなくてもよくなるのに、積極的に実行されないのは不思議なはなしである。しかし日本に資源があったということは喜ばしいことである。
・それまで私は日本人は薄情だと思っているところがあった。だから(日本人の東日本大震災に対する奉仕活動の)ニュースや新聞を見て、日本人に情が厚いところがあるのだと知った。日本も捨てたものではないと思った。
・3つ目は「青山さんのような行動力のある人がいること」だ。硫黄島に入るため、尽くしたり、身の危険を冒してまで福島原発の現状を伝えるために現地に行ったりなど、並の行動力ではできないことをやれる人がいる。そういう人が一人でもいるだけで日本は変わっていくと思う。だからこれも日本にとって大きな希望だ。
 以上の3つが私の考える希望だ。

●問2 敗戦後の偏った教育や数々の制度は、現在疑いの目を向けられていません。あなたは「今後どのようになっていくべきか」を論じなさい。それに基づいて、あなた自身の行動はどのようにすべきである、と考えるかを書きなさい。

・世界での普通が、日本では普通ではないということを聞き、はじめて日本の教育や制度が偏っているのだと知った。例えば、他の国では祖国の神話や祖国を敬うことを幼い頃から教えられているのに対し、日本では祖国の神話を教えられることはなく、むしろ他の国のものを読ませることもある。授業では、祖国を悪く言うことが何回もある。それが普通となってしまっているから、日本が偏っていると気がつくのが困難なのだ。おそらく日本が偏っているという事実を知れば、現状がおかしいと気がつくひとは多いだろう。
・私が考える「今後どうなっていくべきか」は、学校でもっと祖国のことを教えるべき、ということだ。やはり学校で教えられることは大きな影響を与えることである。
・わたしはこのゼミで日本の教育や制度が偏っていることを知ることができた。だから、その偏った教育に流されないようにしていきたい。学校で教わったことを違った面から考えたりするなどして、偏った考え方をしないようにしていこうと思う。

・今後の教育は、戦争の事実をしっかり伝えるものになるべきだ。そうすることによって、「戦争=恥」という考え方が変わるだろうし、祖国のために戦った戦士が大勢いたのだということも知ることができる。その事実を知ることで、祖国に誇りを持てるようになるはずだ。
・制度は、安部(安倍)首相が主張しているように、国防軍を持てるものに変えるべきだ。現在の制度では、日本人がテロ組織に捕えられてしまっているのにもかかわらず、助けに行けない、助けに行けたとしても手ぶらで行かなければならない、それか飛行場で待っていないければならない。…(中略)…先月起きたアルジェリア事件では、お偉いさんが政府専用機で現地には行ったらしいが、結局何もできないままだった。その結果、尊い命が奪われてしまった。とは言っても、つらいのは自衛隊員の人達も同じのような気がする。助けたいのに助けることができない。歯がゆい思いに違いない。「人命第一」を掲げている日本だからこそ、国が守られるように自分たちが変えなければいけないはずだ。
・2年後に20歳になったときに、きちんと選挙に行って、自分の意見と一致する候補者に投票することは、1つの手なのではないかと思う。自分の選んだ人が少しでもよい制度にしてくれることに期待する。変わりに(替りに?)今の私自身が行動すべきことは、「ぼくらの祖国」という本を、多くの人に薦めて、周りの人に日本人のすばらしさやこれから替るべきことを訴えることだ。同時に私も、もっと戦争のことや拉致のこと、震災のことを積極的に調べ、本も読んで行こうと思う。
・18年間生きてきて、日本を自分の祖国だ、祖国とは一体何何かなどをまったく考えてたことがなかったから、自分なりの答えをこれからの人生で考えて行動していくように努めようと思う。

●問3 『ぼくらの祖国』の中で最も心に残った個所を挙げ、その理由を説明しなさい。

・「ぼくらの祖国」の中で最も心に残った個所は、硫黄島の章の、栗林中将の声なき声が青山さんに伝わってきた部分だ。“アメリカ軍の硫黄島への爆撃の目的は、もはや本土で女や子供を殺すことだ。すなわち民族を根絶やしにされると日本に恐れさせて降伏に導くのが、アメリカ軍が硫黄島を取る本当に理由である。だから今から穴を掘ろう、穴を掘って立てこもって、やがて、みな死ぬ。みな死に、故郷には帰れない。家族には会えない。しかし穴を掘って立てこもったら1日戦いを引き延ばせるかもしれない。そうしたら本土で女と子供が何日間か生き残れる。だから穴を掘ろう。”ああ、昔の人は、こんなにも日本のために、祖国のために、そして人のために戦えるのか、命を惜しまずにいられるのか、と驚いた。それと同時に、そのようなすばらしい人達と同じ日本人であることを誇りに思った。
・私はこの歌(海鳴りの終章)の中の“海鳴り”を加藤さんが戦争中に一緒に戦った戦友の声ととらえた。どんなにつらいことや悲しく苦しいことがあっても、くじけそうになってしまっても、ともにたたかった戦友のことを思えば、勇気がわいてきてパワーがみなぎるのだ、と私なりに解釈した。…(中略)…その人のことを思うだけで、パワーがみなぎってくる、そんな人に私も生きているうちに出会いたい。もうすでに出会っているのかもしれないが・・・。何かつらくてくじけそうになったとき、誰かのことを考えてみよう。

・『ぼくらの祖国』の中で心に残った個所はいくつもある。そのなかで、一番心に残ったのは、215ページから書かれているドラム缶の水のところだ。
 スコールが降ったときに必死で水を貯めたこと、皮膚や人間の肉が水に混じっているのに甘露のように美味しかったということ、末期の水として浸した水が熱すぎて唇が腫れてしまったということなど、どれも今の自分の生活のなかでは絶対に起こることがない出来事で、想像しながら読んでいて、とても寒気がするものだった。ぞっとした。
・この部分を読んだとき、人の皮膚や肉、髪が入っている水を想像し、とても気持ち悪く感じた。どれほど嫌な思いをして飲んだのだろうと思った。だからそれが甘くて美味しいだなんて信じられなかった。だが、実際に硫黄島で戦った人が言うのだから事実なのだ。きっと疲れた彼らの身体や心を癒してくれたのだろう。辛い戦いのなかで、彼らを癒してくれるものがあったと考えたら少しだけ安心することができた。
・215ページからの場面を読み、とても辛くなるものではあったが、これらのような辛い思いを祖先がしてくれたおかげで今の私たちがあるのだと思えるようになった。もちろんそう思ったのはほかの場面でもあったが、特にこの場面で感じた。
・硫黄島で亡くなった人達に感謝してこれから生きていきたい。

●問4 レポートを書き終わっての感想を(全文掲載します)

 最初に問の問題を読んだとき、とても難しそうだと思いましたが、書きはじめたら自分の意見がすらすらと出てきました。意見の書き方やまとめ方はまだまだ上手くいかないところもありましうが、前よりは文章を考えるのが上達したのではないかと思います。でもやっぱり問1問2は難しかったです。さっき問3まで書き終わって「終わったーーーーーーーーー」とほっとしました。
 問3で、一番心に残ったのはどこかと考えて、今まで読んできたところを思いだし、日本、祖国が前よりもずっと身近なものになったと思いました。拉致問題や硫黄島で起こったこと、日本が持っている資源など様々なことから日本について知り、たくさんんことを学びました。ゼミの宿題のレポートを書く事はとにかく大変なことでしたが、授業とレポート両方やったからこそ日本について深く学ぶことができたし、日本に対する考え方を変えることができたのだと思いました。また、レポートを書ききった時の達成感もあじわえました。
 ゼミの授業を受けていなかったら、今までと同じように日本に対して悪いイメージしかもてなかったし、日本の厳しい現状の中で希望が持てるのだと知らないままだったと思います。だからこの授業をうけられて本当に良かったと思います。
 わたしは日本語教師になることに興味があるので、もし本当に日本語教師になったら外国の人に「日本はとてもいい国だ」と伝えたいです。また、大学に入り留学する機会があったら、日本人であることに自信を持っていきたいと思っています。
 これから、さらに日本にたいする知識を増やしていきたいです。

 今回の内容は難しかった・・・。特に問1は、私の書いた希望が希望と呼べるものかは分からないが、私は自分の挙げた2つの目の希望と3つ目の希望は、日本が誇れるものだと思っている。特に3つ目の人のために行動できる日本人は、戦前から続いてきたことだろう。なんだかちょっとうれしくなる。一緒にゼミを受けたみんなは、どんなことを日本の希望ととらえたのだろう。
 書きやすかったのは問2である。私の持っている「こうなってほしい!」という気持ちを書くからだったからかもしれない。私の「こうなってほしい!」が実現するような社会になるように、私も貢献したい。
 最終回の後の食事会で、私はレポートをまず紙に書いてから、パソコンで打ち込むと言った。それはとても時間がかかり、大変だったし、受験生ということもあったので今回はいきなりパソコンからやってみた。そしたら意外と早くできる。はじめからこの方法をやっていればよかったなーといまさらながら後悔した。問1から問3のレポートを完成させるために使った時間は約4時間!書いてから打ち込む方式に比べたらだいぶ早い!パソコンの打ち込みはいまだに一本指でほとんどやっているけれど、ローマ字を探す時間が早くなった。われながら感動(笑)
 健治郎先生のブログにも書いてあったが、5年後や10年後に自分の書いたレポートを読み返して、高校時代の自分は何を思い、何を「ぼくらの祖国」で学んだのかを振り返るようにしたい。「ぼくらの祖国」も、時間ができたらまた読み返したい。新たな発見がうまれるかもしれない。
 なにか本を読んだ後に自分なりにその筆者の主張を考えたり、自分の考えを記したりするのは、今回の「ぼくらの祖国」が初めてだった。でも、レポートを書いてみると、そのときの自分が何を思ったのかが分かるし、自分の考えが明確になる。とても大切なことを学ぶことができた。そのことを教えてくださって健治郎先生に感謝。そして、健治郎先生やゼミの仲間に出会わせてくれた運命に感謝である。
 感想にまとまりがないが、この感想を打つのに約1時間。800字以上は1時間以上かかってしまうのが、今の私の速さのようだ。(笑)

 以上が第5回提出のレポートの抜粋集です。


付記:最後に少しだけ、感想を。
 
 学生の皆さんのレポートを3回読んだのに、改めて打つと読み込んでいなかったのに気がついた。学生の皆さんの真剣な、率直な、誠実な意見が、ぐわんぐわん、と私の胸を揺さぶった。揺さぶられて何回か涙がこぼれそうになった。日本という素晴らしい祖国に生まれたから、貴重な本、先生方、教え子に恵まれた。これからも、ぼちぼち「1つ1つ積み重ねること」を続けていきたい。書き終えて嬉しい。
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