『ぼくらの祖国』第3回学生レポート抜粋集

 『ぼくらの祖国』第3回学生レポート抜粋集です。

 ジャガイモ畑を耕したら20分くらいで筋肉痛になりました。

  学生の皆さんが一生懸命考え、自分が生まれ変わったような体験が赤裸々に書かれています。是非ともお読み頂きたいです。1人1人が自分の頭で考え、だからこそ沢山の考え方が出てきています。ですから尊いと考えます。各回ごとにレポート毎にまとめてあります。部分抜粋とします。原文をそのまま掲載し、()は高木の補足です。スペースは次の人に移ることを意味します。

○第3回レポート

●問1 「永遠の声の章」で最も心に残った文章を挙げ、その理由を社会レベルで書きなさい(例えば、教育、道徳、社会制度、歴史、文化など)。さらにあなた自身の経験を書き対比して感想を書きなさい。
●問2 あなたが考える家族や友人とのつながりを支えるもの、根拠となるもの、は何ですか? 例えば、~があれば家族だ、~があれば友人だ、というものです。
●問3 レポートをまとめての感想

●問1 「永遠の声の章」で最も心に残った文章を挙げ、その理由を社会レベルで書きなさい(例えば、教育、道徳、社会制度、歴史、文化など)。さらにあなた自身の経験を書き対比して感想を書きなさい。

・青山氏はこの章の冒頭に硫黄島のことについて「忘れられた」と述べている。だが、私にとっては「忘れられた」というよりそのことについて何も「教えられなかった」のである。だからこそ私の最も心に残った文章(203~205頁の3行目まで)はとても新鮮であり、心を打たれた。
・私が言いたいのは、祖国の人々のために戦った方々についてまったく学ばない不自然な状況に私が置かれていたということだ。だが「知らなかった」のは教育だけのせいではなく、私自身にも責任がある。こうした不自然な状況に置かれながら、それに気がつかなかったのは私である。また物事には表と裏がある事を知っておきながら、戦争を始めた日本は悪者だと決めつけて日本が戦争を始めたいきさつを調べようとしなかったのも私である。
・私はこれらを通して教育は教えるものが限定された非常に受け身なものだと感じた。だからこそ表と裏の両面から物事を見る事が出来るよう、自分で調べ、多くの視点を持つ事が大切だと思った。

・原発内で働いてくれている人たちは放射線が怖くないのだと、大きな勘違いをしていた。表現が悪いかもしれないが、彼らは日本国民のために「犠牲」になっているのだ。「作業員だって放射線が怖いのに働いているのだ」ということをこの箇所(121頁9行目)を読んで気がつかされた。
・第三者である私たちは原発内に入って放射線を浴びながら仕事をしている方の気持ち、恐怖を考えたことがあるだろうか。自分は行きもしないのに批判ばかりしてこなかっただろうか。誰だって好きで放射線を浴びに行く人はいない。そんな中働いている作業員の方々に私たちは感謝する必要がある。
・原発へ行き手伝うことは出来ていないが、自分たちのために命を張って作業してくれている方々がいるのを忘れずに、感謝の気落ち(気持ち)を持つことが唯一出来ることではないかと感じる。

・私たちはまず、自分たちがいかに無知であったかという反省すべきだと私は考える。教育で子どもたちに原子力発電の仕組み、日本が原発を作るまでの経緯、原発の必要性、危険性、メリット。デメリット、すべてを公平に教えることができなかったことは大きな問題点だ。人々の無理を招いてしまった日本の教育、そしてそれを良しとしてきた社会制度をまず根本的に見直さなければならない。
・社会制度や教育など、震災を身の回りの責任だけにするつもりはない。私自身、自分がいかに無知であったかを思い知らされた。震災が起きたときのことを鮮明に思い出させてくれたのは六の節だ。私は震災が起こった当時、1年間の留学中でカナダに滞在していた。あの時、私はとてつもない恐怖に襲われた。自分の祖国がなくなってしまうかもしれない、祖国に帰れなくなるかもしれない、と思った事は自分の人生で一度も無かったからだ。…(中略)…私がもっと原発について知識があれば、「日本はもう終わりだ、人も自然も食物もすべて汚染されている」などと、まるで世界の終わりの予言について話すのと同じ調子で話している人たちに説明できたかもしれない。日本で、自分の祖国に起こっていることの原因や経緯を私は説明することが出来なかったのだ。第1に日本がどうして原発を所有しているのかさえ私にはわからなかった。
・このことから、私は無関心や自分が無知であるということに気がつかないことがとても怖いことだと考えている。必要な知識がなかったら、いざという時にパニックや危険を免れない。極度の楽観主義も良いこと(だけ)ではない。特に、現代の若者にはこの傾向が見られると思う。「難しいけどいいや」「分からないけれど知らなくても生きていける」これは私が会話の中で頻繁に聞く発言だ。こういった考えが広まってしまうと、自分自身を、あるいは祖国を失ってしまうことに繋がるかもしれないということを、私たちは認識すべきである。

・(静岡県ボランティア隊に参加) 岩手県へ行く前は不安で仕方なく正直怖かった。実際に現地に着いてみると、そこには人の気配がしなかった。家はあるのに人が住んでいない。そのような光景を私は初めて見て恐ろしくなった。
・現地の人がこの幼稚園は津波に飲み込まれて浸水したということを聞いた。壁の上のほうを見上げると水がここまで到達したかが分かる跡が残っていた。
・南三陸町の鉄道はまだ入ってはいけない所があった。そして鉄道の近くに隠(穏)やかな海があった。私はこんなにきれいで澄んだ多(大)勢の人の命を奪ったことが信じられなかった。
・復興するにはまだまだ時間がかかる。私はこれからもボランティアを続けていきたい。これらの地域に再び多くの人が戻れるようにしていきたいと思った。


●問2 あなたが考える家族や友人とのつながりを支えるもの、根拠となるもの、は何ですか? 例えば、~があれば家族だ、~があれば友人だ、というものです。

・家族や友人とのつながりを支えるものは、「信頼」だと考える。なぜなら、「信頼」があるからこそ、お互いに理解し合い、助け合いながら生活していくことができるからだ。
・血のつながりがなくてもお互いが信頼していれば、家族だと言うことができるのだと思う。カナダでのホームステイを通じて改めてそのことを実感できた。

・(血縁関係よりも信頼が大切と述べた後) では血縁関係の意義は何だろうかと考えてみた。血縁関係が無意味なものだとは思わない。なぜなら人には情があるからだ。自分の血が流れている子どもを前にすれば誰でも情が湧き、かわいいと感じるのではないか。
・目で確認できるものではないから、家族という関係を支えるのも、壊すのも自分、もしくは相手次第だ。もしかしたら私の考えは欧米的なのかもしれない。この考えの先には離婚を認める価値観があるように思える。欧米の近年の離婚する夫婦の数は日本より何倍も多いと聞いた。

・私は、「この人のために何かしたい」という気持ちが、友人や家族を支えるものであり根拠だと考える。
・ボランティアなどは、使命感から影響される部分もあると思うが、私の言う「何かをしてあげたい」という気持ちは、愛から生まれてくるものである。人と出会い、お互いを知っていくことにより、その人のいい所や悪い所も理解した上で生じる「何かしてあげたい」という想いは、家族にしろ友人にしろ1つの「愛」には変わりないように感じる。
・使命感や同情心からではなく、心から純粋に相手の事を「助けたい」、「与えたい」という気持ちが、目に見えつことは出来ない人との「つながり」の根拠であり支えであると言えるだろう。

・私が自分の友人を思い浮かべたときに、出てくる人に共通していることを考えてみると、次のことがでてくる。まず、気軽に話せるということである。これはかなり重要なことであると私は考える。
・また逆に知り合いではあるものの友人ではない人の共通点を思い浮かべると、これもまたいくつか出てくる。1つ目は気を使う場面が多い人である。私は良いか悪いかは別として、これまでの人生ほとんど相手の顔を見ながら、対応を決め生きてきた人間なので、人並み以上に人の感情の浮き沈みには敏感であると思う。そんな生活をしている中で、仲間の輪の中で自分の意見が通らないと機嫌が悪くなり、その輪のいい雰囲気を壊してしまう人を今までに何回かみたことがある、そういう人はやはり結果的に私の思う友達にはなっていない。2つ目は約束を守らない人間である。…(中略)…時間に30分遅れても何の謝罪もなしに「早く目的地に行こうぜ」と言っていた人を見たときは、さすがに憤りを覚えた。


●問3 レポートをまとめての感想

・今回の問は今までのものと比べ物にならないくらい難しかったです。友人や家族のつながりや根拠を考えても、普段何も意識せずに自分の感覚で家族と家族以外、友人と友人以外とを区別していたので、初めては根拠を考えても、「なんとなく」としかお餅きませんでした。あまりにも思考が煮詰まってしまったので、そこで息抜きをすることにしました。僕は漫画やアニメが大好きです。息抜きに漫画やアニメを見ていると、そこで僕は、いろんな作品の中で様々なキャラクターが友人(仲間)についてしゃべっていることに気づきました。
・僕は机に戻り、再びレポートづくりをはじめました。「なんとなく」を言語化するのは難しかったけど、自分にとっての根拠なるものが書けたと思います。

・作業員の方たちも被災者であるのに、原発の処理もしなくてはいけないと思うと胸が痛くなりました。
・問2は、自分の中にある何とも言えない感情を文章にしなければならなかったので大変でした。普段「つながり」とは何なのか考える機会もなかったので、いいきっかけになりました。
・全体的にもう少し自分の意見を長く書けるようになりたいです。

・今回のレポートは自分の家kンや経験を多く盛り込んだものなので、高木先生のレポート、そして他の生徒のレポートを読むのが楽しみである。学んだことを自分の経験したものに関連付けることで、より深いレベルで理解できるようになると考える。
・自分の中で確実に日本の、祖国への気持ちは変わって来ていると思う。今までは日本と言う自分が生まれ育った国への誇りといっても、なんとなく抽象的なイメージでしか捉えられていなかった。しかし、今は自分の祖国が、多くの人の思いや魂を歴史の中に感じている。

・このレポートをまとめるまでの私は、東日本大震災のことを少し忘れていました。受験や日々の生活で急が(忙)しく、とても被災地のことなどちゃんと考えている余裕がありませんでした。「永遠の声の章」を読み、レポートを書きながら考えを深めていくことができて良かったです。今、暮らしている生活がどんなに幸せで恵まれているか分かりました。これからも、支援を続けていきたいと考えています。
・時間を無駄にせず、今やるべきことに全力で取り込(組)んでいきたいと思いました。
・(問2について) 一番最初は、ただ単純に「血のつながり」があれば家族だと考えていました。しかし、「血のつながり」は無くても家族と呼べる人はいると思い考え直しました。カナダでのホームステイを思いだしてそこで得た信頼を思い出しました。

 以上が第3回提出のレポートの抜粋集です。
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