高木の哲学的立場 認識論、存在論、それ以降の突破として

 私の哲学上の立場を簡略して書きます。

・認識論:何が認識出るか?は、「どのような方法で知識が得られたか?」によって決定すると考えます。
     人文科学の知識は、個人の感性、感覚を基に知識が得られ、社会科学も個人の感性がありつつ、方法の洗練(数学の導入など)で知識が得られます。しかし、対象の次元を限ることは含まれていません。自然科学は対象の次元を限り、有効範囲を設定し、方法を数学的体系に限っています。このようの方法論的洗練によって知識が決まり、それを元にして認識できると考えます。人文科学の知識がまとまらない、自然科学が地域などを超えて議論可能、これらはこの「どのような方法で知識が得られたか?」によって決定するからです。
 さらに、自然科学の方法であっても、それは存在の持つ原理や事象の蓋然的映しに過ぎないと考えます。つまり、人間の認識の限界は、方法によって決定すると同時に、決して対象そのものを認識し得ない、のです。これは対象を全ての立場から切りぬく方法が持てない、という点でも認識し得ないと考えます。ここに人間という生物の限界、可知限界があると考えます。

 26,7歳の時に気がつき、それ以降、哲学への情熱が冷めてしまったことがありました。そして次に産まれてきたのは存在論です。

・存在論:何が存在しているか?は、先ほどの認識論によって、残った問題として「私」や「死」があります。「私」を考える際に、出てきたのは大学時代に強く思い描いた「生物学的衝動」です。これは「私」の中に「本能(全体)」があり、「私」そのものが存在しない、という考え方です。言いかえれば、人間の個性とは「本能」があり、それが環境因子によって多様性を持った1つに過ぎない、という考え方です。言いかえれば「存在」とは「生物学的衝動」から規定されるものなのです。その根拠の1つが先ほどの「決して対象そのものを認識し得ない」と考えるからです。人間の個性と言う時、それは必ず他との比較によって生じます。その比較の基準を規定するのが「本能」であり、「本能」の範囲外の基準を持てない、と考えます。

 それゆえ、27歳以降は、「私」が存在しえない、生物学的衝動から逃れられない、という詩や小説を沢山書き残しました。

・以上の突破として:これらの視点、特に存在論の視点は、「私」が出発点であり、それゆえ環境因子を乗り越えることが出来ませんでした。しかし、禅の思想を読んでいる時に「私」と「世界」が一体化するという表現に触れ、「世界」からの視点を得ることが出来ました。すると、「私」の中の存在だけを問題にしていることに気がつきました。「私」の外の存在だけを問題にする時、私に連なってきた遺伝情報などと共に、日本文化などの環境因子、これは単一の歴史であり比較不可能な環境因子に気がつきました。ここで「私」の出発点を世界から眺める、つまり「私」の外の存在だけを問題にすることに踏み込むようになりました。

 35歳を過ぎて、現在まで、高木の哲学的立場は此処にあります。
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