投稿論文「技術倫理へのカール・ポパーの試み ―福島原子力事故を念頭に―」が掲載されました。

訂正:平成25年4月15日午前11時55分 査読論文ではなく投稿論文でした。訂正致します。

 科学哲学者カール・ポパーを研究する日本で唯一の学会「日本ポパー哲学研究会」の学会誌(Studies in Critical Raitonalism)に、拙論「技術倫理へのカール・ポパーの試み ―福島原子力事故を念頭に―」が掲載されました。
「日本ポパー哲学研究会」:http://fs1.law.keio.ac.jp/~popper/popperindex-j.html

(削除:平成25年4月分訂正:「査読論文:審査員2名以上が審査して掲載を決める論文です。」)

○要点

「公共性が高い企業や独占事業では、事故や失敗を隠した方が経営的に得をする構造」があり、人災を生み出す原因である。福島原発事故の4つ全ての故調査報告書で人災が指摘された。事故再発防止のために、この構造を問う必要がある。

○感想

よりよい日本国にするためにお役に立てれば、と思ってきましたが、やっと1つ形になりました。今後も頑張りたいです。

○本文


「技術倫理へのカール・ポパーの試み ―福島原子力事故を念頭に―」
高木 健治郎

1.  はじめに

平成23年3月11日14時46分に三陸沖で発生した東北地方太平洋沖地震は、東日本大震災もたらした。その一部である福島第一原子力発電所1~4号機の事故(以下、福島原発事故)災害は、1年半を過ぎてなお継続中である。4を超える事故調査報告書が提出されてきたが、事故要因で共通するのは「人災」である。「人災」、中でも組織的原因から本論では切り込みたい。その視点は技術倫理である。なぜなら、「人災」は技術倫理において最も主要なテーマの1つであり、組織的原因を生み出す「製造物と社会背景」の議論が整理されているからである。技術倫理を踏まえた上で、カール・ポパーが主張する「議論の背景的知識には疑いを向け、批判に開かれていなければならない」という指摘とすり合わせたい。
技術倫理の分野にカール・ポパーの思想の視点を注ぐことで、技術倫理への一助と共に、福島原子力災害への有用な足掛かりとしたい。そのため本論では、冒頭で福島原発事故の分析を述べ、技術倫理の基本概念を確保しながら問題点を抽出し、カール・ポパーの背景的知識の議論とすり合わせる。
以上の理由から、本論は「技術倫理へのカール・ポパーの試み」をテーマとする。

2. 福島原発事故原因に対する分析
 
 福島原発事故原因に踏み込む前提として、原子力発電事業の概略を述べていきたい。
大枠から捉えると、原子力発電事業は日本の原子力政策の一部である。現在の日本の原子力政策は、敗戦後にアメリカ主導で再び始まり国際政治と安全保障と切り離せない。それゆえ原子力事業は米ソ冷戦構造や日本の核武装議論と繋がる。他方、発電事業であり独占を認められた民間企業の側面や、エネルギー供給という側面も存在する。発電システムを見ていくと、他の火力発電や水力発電と発電の構造は全く同じであると同時に、原子力発電特有の核廃棄物、構内作業者の被爆問題等々が現れてくる。
 次に、福島原子力発電所事故である。現在(平成24年12月)、福島原子力発電所2号機などの格納容器内に入れず、詳細な調査が不可能な状態である 。それゆえ、直接の事故原因と事故過程が明らかになっていない。格納容器内の放射線量が極めて高く、他の原子炉特有の事故であるスリーマイル島事故は10年過ぎてから入れ、チェルノブイリ事故は20年以上経っても入れないことを勘案すると、直接の事故原因と事故過程が明らかになるには、中長期的な時間を要する。各調査報告書では「事故原因に地震があるか否か」で分かれているが、格納容器内の詳しい調査を踏まえず推測を含みうるので当然の結論と言える 。現在提出されている事故調査報告書では、これらの問題に触れているケースもあるが、以上の理由で本論では検討しない。
本論では、現在知りうる情報を元にした各事故調査報告書でより強調されている「人災」について、国際政治や安全保障の側面、発電事業としての側面と関わる分析からそれぞれ触れる。
そもそも、原子力発電の導入はアメリカによる日本占領を延長する計画の一環である。導入と占領を延長する意図は指摘され続けてきたが、平成18年にアメリカ中央情報局(CIA)側の資料が発掘され、CIAと原子力委員会初代委員長正力松太郎氏の蜜月関係が明らかにされてきていた 。さらに技術面での依存関係が福島原子力災害によって資料によって裏付けられてきた。例えば、福島原発1号機~5号機と同型の「マーク1」は1970年代に圧力抑制プールの耐震設計についてアメリカの技術者が内部告発を行った。しかし、アメリカの電力会社の要請を受けアメリカ核規制員会(NRC)は、「無視できる」とし、これを根拠に日本の原子力安全委員会も「検討項目から外すこと」を行った。原発の導入から技術検査までアメリカに追従してきた現状が、福島原発事故を経て3か月後に明らかになった 。
他方、本論で述べていく組織的原因の面では、未だにGHQが一般電気事業社(電力会社)を10社と決め地域独占体制を確立した点など、認知が不十分な点も多い。
原子力発電を導入する国際政治の側面を述べてきたが、次に国内政治の主な要因、安全保障について触れたい。内閣府原子力員会専門委員など原子力政策に詳しい吉岡斉は、敗戦後の米ソ冷戦構造に触れながら
『「国家安全保障のための原子力」の公理というのは、日本は核武装を差し控えるが、核武装のための技術的・産業的な潜在力を保持する方針をとり、それを日本の安全保障政策の主要な一環とするということである。』
と述べる。電力会社の地域独占体制や原子力発電そのものが、深く安全保障と結びついている。それゆえ、民間企業ではありながら市場原理や競争原理が働く余地がない。冷戦構造の中で発展した抑止論(相互確証破壊)は、相手に対抗しうる核兵器の存在が相手の核の先制攻撃を抑止する、と考える。つまり、原子力発電から生み出される技術的見地、核燃料サイクルによる核兵器製造技術保持などが、核抑止論における「国家安全保障のための原子力」を担保しうる。原子力発電は経済的利益ではなく安全保障上のコストとして勘案され、市場原理や競争原理が働く余地がないのである。
これに沿う形で数々の国策協力が原子力発電にのみ、認められてきた。立地支援や安全規制コスト支援等の予算、電源三法などによる法制度である。事故原因である組織的原因を生み出す背景を「製造物と社会背景」として捉えれば、電気事業者には原子力発電において特異な社会背景が構築されていたのである。また、「原子力発電は安い」などとわざわざ宣伝する必要はないのである。元来、原子力発電は軍事利用で導入したが公に出来ず、敢えて市場原理に沿っているという経済的利用を宣伝しなければならないのである。このように原子力発電の特異な社会背景を検討していく。

3. 技術倫理の基本概念

技倫理の歴史と目的とその手段を大まかに述べる。技術倫理の思想は古くからあるが、日本で社会化したのは1990年前後である。技術者の質を世界で担保しようとするワシントン協定(Washington Accord)へ日本技術者教育認定機構(JABEE)が加盟したのが2005年である 。設立は1999年である。日本で制度化される直接の切っ掛けとして、3つの事故が挙げられる。東海村JCO臨界事故(1999年)、山陽新幹線トンネル落盤事故(1999年)、雪印集団食中毒事件(2000年)である。この3つの事件事故では製造過程上の問題のみならず「人災」の側面が強く認識された。例えばJCO臨界事故では作業手順を蔑ろにした「裏々マニュアルの存在」 、トンネル落盤事故では「10年は安全である」という安全宣言後の事故 、食中毒事件では安全基準を破り廃棄しなかったことなどである 。製造過程と共に「人災」による事故を防ぐため技術倫理が進められてきた。
技術者倫理の目的は初期の事故予防と再発防止であり、その要因を主に「人間による要因」と「製造物による要因」に分類する。その手段は、2つの要因を組織上、構造上などにおいて複線化(冗長化)することによる。例えば、高度を飛行する旅客機では事故が直ぐに人命と多大な被害に繋がるため、飛行士の居眠り運転防止装置の設置(人間による要因)や、片方のエンジンが壊れた場合でも、もう片方だけで十分に飛行可能とする構造(製造物による要因)が組み込まれている。設計上、「人間による要因」を防ぐ概念として「フール・プルーフ(fool proof)」、「製造物による要因」を防ぐ概念として「フェイル・セイフ(fail safe)」がある。
概要は以上であるが、技術倫理の体系化はまだ始まったばかり十分に議論の余地が残されている。例えば、「製造物」が社会全体に多大な影響を与えるようになったのが20世紀に入ってからであり、事故事例が蓄積されていないこと、「製造物」そのものの特性として1つ1つの事象(事件)に特異な原因を排除できないことなどが挙げられる。後者は「個別事象の特異性を排除できないこと」が根拠である。例えば同じ製造過程で作られたパソコン(製造物)数十台の中に、1台は初期不良が混じるのを排除できないのである。
しかし、福島原発事故の原因として各事故調査報告書で指摘されているのは、上記の2点ではない。技術倫理で検討される設計上の問題などの事故原因ではなく指摘されている「人災」に絞っていきたい。
数少ない「人災」の代表例であり、技術倫理で最も有名な事故事例であるスペースシャトルチャレンジャー事故を取り上げる。観点は、製造物を作成する際に組織的原因が安全対策を蔑ろにする点とする。1986年1月28日にスペースシャトルが爆発する事故を受けて、チャレンジャー号事故調査委会は「逸脱の日常化(normalization of deviance)」として組織的原因(organizational cause)」を事故原因の1つとして問題とした 。さらに、「逸脱の日常化」は長年の組織的体質で過去の事故でも拭い去れていない、とも指摘している。本論ではこの観点から取り上げたい。
他方、技術倫理では主に、技術者自身の問題として分析されている 。例えば、経営者と技術者の信頼関係や発言のあり方、内部告発の是非などなどである。さらに、高分子有機材料は金属などの材料に比べて御しがたくデータ不足であり材料の問題としても分析されている 。
製造物の事故原因は数々の原因に分解される。単独の原因による事故発生は少なく、材料段階や設計、製造、安全基準やその運用などにそれぞれ原因が見られることが多い。本論ではチャレンジャー事故調査委員会が指摘した「組織的原因」、具体的には安全基準やその運用について焦点を当てていきたい。繰り返しになるが、福島原子力発電所の格納容器内に立ち入れず、福島原発事故の原因が材料段階や設計、製造等において不明確だからである。

4. 福島原発事故の組織的原因

安全基準やその運用について、4つの事故調査報告書を見ていきたい。最も早く提出された民間による『福島原発事故独立検証委員会 調査・報告書』では、その冒頭から組織的原因について「なれ合い体質を打破できる抜本的な法的・組織的改革が行われない限り、原子力の安全性の確保は非常に困難だと言えます」 と述べている。濃淡の差はあれども、東京電力『福島原子力事故調査報告書』 、東京電力福島原子力発電所における 事故調査・検証委員会(内閣府)『最終報告』 、東京電力福島原子力発電所事故調査委員会『国会事故調 報告書』 でも組織的原因について触れている。国会事故調査委員会は、独立性と国政調査権に基づいた法的権限があり、かつ「組織的原因」を幾つかの点で浮かび上がらせた。代表的な点を以下に箇条書きする。ただし、事故直後の対応については、4つの事故調査報告書の後で、新たに資料(テレビ会議映像等)が提出され、さらなる検討が必要と考え本論では取り扱わない。

・電気事業者による耐震安全性評価の先送りし、行政も黙認
・津波による全電源喪失の認識しながらも先送りし、行政も黙認
・全交流電源喪失を考えなくてよい理由を電気事業者に作文させたこと
・国際的な安全基準無視を認識しながらも作送りし、行政も黙認
・9.11以降の新たな対策の情報を行政内に留め対策を取らなかったこと

以上が「組織的原因」の具体的内容である。福島原発事故以前から「組織的原因」を生み出す所轄官庁、電力業界、政治家、地方自治体という主な4者は「原子力ムラ」として指摘されてきた。技術倫理の目的は、初期の事故予防と再発防止であり「原子力ムラ」を否定するではない。技術倫理では「組織的要因」を考える場合に重要な1つの統計が出ている。
組織の責任者が安全基準違反や不十分な事故対策、あるいは事故発生などの失敗に気づいた時、その失敗を隠し通せたら支出しなくて済む金額(失敗利益額)と、失敗が隠し通せずに社会が罰として余分に課す金額(失敗損失額)を比較した統計である 。縦軸に失敗損失額を、横軸に失敗利益額を取り、左下から右上に斜め45度の線を引く。この線の上に先ほどの比較した点が来る場合、失敗損失額が失敗利益額を上回るので事故隠しは経済的失敗に終わったことを意味する。線の下に来れば、失敗隠しは経済的成功を意味する。
支出しなくて済む金額(失敗利益額)とはリコール費用や原材料費などであり、社会が罰として余分に課す金額(失敗損失額)とは、株価の低下や不買運動などである。中尾氏によれば失敗損失額が失敗利益額を上回るのは民間企業の不祥事が多く、100倍以上、リコールでは10倍以上となる。株価時価総額の減額が主な理由である。反対に、失敗損失額が失敗利益額を下回る、つまり、「安全基準違反や不十分な事故対策や事故発生を隠した方が企業の利益になる」のは、公共性の高いサービス、利用者の代替手段がない、の2つの条件を満たす場合である。山陽新幹線トンネル落盤事故や京福電車列車衝突事故(2001年)や東京電力トラブル隠しなどが挙げられている。
電気事業者は鉄道事業者より公共性の高いサービスを提供し、利用者の代替手段が少ない。鉄道には自家用車やタクシー、長距離であれば飛行機やバスが代替手段として存在する。しかし、電気には代替手段が存在しない場合、例えば照明、がある。以上から、電気事業者は事故や失敗などを隠した方が経済的利益になる、という社会構造を前提とした経済活動なのである。電源三法など特権的な法律面、地域独占を認められ、公正取引委員会から勧告の対象とならないなどの運用面も加わる 。さらに、原子力発電は安全保障などの軍事利用の側面もあり、失敗損失額が失敗利益額をかなり上回っても数々の手厚い保護を受けている 。
つまり、「現在の電力会社の体制、特に原子力発電では、事故や失敗を隠した方が経営的に有益である」と結論づけられる。失敗とは、安全基準違反や不十分な事故対策などを指す。こうした社会背景が、先ほど箇条書きした福島原発事故で指摘された「組織的原因」が生み出されるのである。次に、この社会背景についてカール・ポパーの議論を検討したい。

5. カール・ポパーの背景的知識と社会背景

ポパーは科学的成長を知識の面で強調し、重要な指摘を行っている。引用文中にある「背景的知識」への疑いは、本論において大切な視点である。

「ある問題を論じる間、われわれは、あらゆる種類のことがらを(一時的にすぎないにせよ)問題のないことがらとして受けいれるのがつねである。その間、この特定の問題の議論にたいして、それらのことがらは、わたくしが背景的知識として呼ぶものを構成する。この背景的知識の諸部分のうち、あらゆる文脈において絶対的に問題なしとして現れるものは、ほとんどない。・・・(中略)・・・かれ(反証主義者ないし誤謬可能主義者)は、それ(伝統的な知識)を試しにうけいれることさえも危険であることを知っているし、そのあらゆる部分が、たとえ漸近的にしか批判できないにしても、批判にたいして開かれていることを強調するのである。」

「背景的知識」という指摘は、数々の事故調査委員会の報告書で指摘され、最も求められた指摘の1つである。それゆえ議論の先送りや黙認という「背景的知識」への疑いを封殺する行動を戒める根拠となる。同時に先述したチャレンジャー事故調査委員会の指摘と福島原発事故の4つの調査委員会の指摘との共通点も描き出せる。
日本機械学会や日本原子力学会などの倫理規定では技術者の社会的責任として「公衆の福利(安全、健康、福利など)」を求めている 。さらに、公共性の高いサービスなどについて「高い倫理が求められる」などの表現がなされているが、具体的内容に乏しい。例えば、中尾氏は「国や公共事業体は失敗しても損はしない。だからこそ公共サービスのリーダは、noblesse oblige(高い身分にともなう道義上の義務)のような使命感をもって仕事にあたらなければならない」としている。ポパーの「背景的知識」への疑いは、これを具体化し充足する議論として適切である。
さらに「背景的知識」の観点を理論全体に押し広げたい。ポパーはアインシュタインへの反対論争を事例にして、科学者の取るべき態度と実際上の理論の選択問題を以下のように述べている。

「実際上、理論の決定的な反証証明(conclusively disproved)は不可能である。なぜなら、反証実験の結果が信頼できないと主張したり、反証実験の結果と理論との間に存在すると主張される不一致が単なる形式上の違いであり、さらに私たちの理解が深まることで解消できると主張したりすることは、常に可能だからである。」
 
先ほどの「背景的知識」と重ね合わせて考えると、「われわれは反証となるようなどんな経験も拒否できる」という実際上の可能性を指摘している。続けて、ポパーは以下のように述べる。

「もしあなた方が経験科学において厳密な証明(あるいは厳密な反対証明)に執着するならば、経験から決して利益を得ないであろうし、どんなに錯誤をしていても学ぶことはないであろう」

技術倫理の目的は、初期の事故予防と再発防止である。ポパーの指摘は、技術倫理の目的の1つ、再発防止に対して重要な指摘である。なぜならば、事故の原因を究明し私たちは事故に学ばなければならないからである。事故の原因を究明し学ぶことは自明の理ではない。チャレンジャー事故の組織的原因の1つは「逸脱の日常化」であるが、事故調査委員会の指摘通り過去の事故事例から学べなかった結果なのである。社会背景の介入によって「組織的原因」は改善されずに、チャレンジャー事故という再発事故を引き起こしたのである。再発防止を目指す際、社会背景に目を向ける「背景的知識」と「経験の拒否」は概念的足がかりを提出する。
事故原因の検証を進める前段階として「われわれは反証となるどのような経験も拒否できる」可能性を予め勘案しておく必要が出てくる。福島原発事故では、本論で指摘してきた国際政治や安全保障など社会背景の介入によって「経験の拒否」の可能性を予め勘案しておかなければならない
この点について福島原発事故以前の事例を挙げたい。原子力発電所ではJCO東海村ウラン加工施設における臨界事故(1999年)があり、高速増殖炉もんじゅでの数々の事故、美浜発電所における蒸気噴出事故(2004年)が連続して起こっている。JCOの臨界事故では現場の作業チームに事故原因があるとし、組織的原因として社会背景への疑いの目はむけられなかった。他の事故でも単に「製造物による要因」など技術的要因に還元され、事故の経験を生かすことはなかった。それらを見事に明示したのが『国会事故調 報告書』の指摘である。数々の原発関係の事故がありながら、社会背景の介入によって「人災」の側面には目を向けずに福島原発事故に帰着したのである。これは事故以前の事例から学べなかった結果であり、ポパーの議論の重要性がある、と考える。
原子力発電は国際政治や国内政治や安全保障など数々の社会背景を抱えており、技術倫理の統計から高い公共サービスに分類され、事故や失敗を隠す方が経済的利得を生む構造になっている。ポパーが語るようにこれらの社会背景に目を向け、「われわれは反証となるどのような経験も拒否できる」可能性を予め勘案しておく必要が、原子力発電においてより一層ある 。そして何よりも現在進行中の福島原発事故災害を事故事例として検討を続ける際に、極めて重要である。
 
6. まとめ

 本論の問題意識は、技術倫理の目的「初期の事故予防と再発防止」を如何なる方法で実現しうるかである。この視点から考察すると、福島原子力事故は過去の事故事例から学べなかった点、安全基準と事故対策の不十分さが浮かび上がる。4つの事故調査委員会の調査報告書は、濃淡はあるにせよ安全基準と事故対策の不十分さを生み出した「組織的原因」を指摘している。
 「組織的原因」を生み出す際、社会背景に疑いの目を向け、批判に開かれなければならない、というポパーの視座は有用である。さらに過去の事故事例から学ばない可能性を私たちに指し示す点も極めて有用である。なぜなら、原子力発電は、国際政治や軍事利用や国内政治、公共サービスであり独占事業体制や法整備に国策援助など特異な社会背景を有し、事故事例から学ばないという「経験の拒否」が容易に生じやすい環境にあるからである。
技術倫理から観ると福島原発事故は特別な事故ではない。前段階として幾つかの事故があり、その教訓を生かせなかった過去の例があるからである。同時に、ポパーの議論を基に福島原発事故を特別視せずに、今後の初期事故予防と再発防止の教訓を引き出せるからである。それが本論の問題意識であり、今後の展開につなげたい。
以上が、「技術倫理へのカール・ポパーの試み ―福島原子力事故を念頭に―」である。


文末脚注(本文中には繁栄されていません)

例えば、原子炉内、格納容器内に温度計が設置されているが、信頼性について議論されている段階に過ぎない。目視調査や専門機器による調査は行われていない。
「福島第一原子力発電所第1号機、第2号機及び第3号機の原子炉内温度計並びに原子炉格納容器内温度計の信頼性評価について (平成24年12月提出) 東京電力株式会社」
: http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/121203j0101.pdf
例えば、国会の事故調査委員会「国会事故調(NAIIC)」と日本政府の事故調査委員会「東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会」では見解が分かれている。
有馬哲夫『日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」』
「<米原子力規制委>耐震不安「無視」…福島と同型のマーク1」毎日新聞 平成23年6月9日
吉岡斉『原発と日本の未来 原子力は地球温暖化の切り札か』43P。また、詳細は同著者『原子力の社会史―その日本的展開』に詳しい。
日本技術者教育認定機構(JABEE) 現在、技術士認定のために「技術(者)倫理」が導入されつつある。
植草益「JCO臨界事故の教訓を今後のいかすために」『多発する事故から何を学ぶか―安全神話からリスク思想へ』
ただし、技術倫理上は「安全とは許容可能なリスク」であり「最小化されたリスク」の存在は認められている。そのため、何ら問題ではない。他方、一般社会では「リスクと安全」は対義語と捉えられており、大きな影響を与えた。斉藤了文『テクノリテラシーとは何か 巨大事故を読む技術』198-199頁
厚生労働省 「雪印乳業食中毒事件の原因究明調査結果について-低脂肪乳等による黄色ブドウ球菌エンテロトキシンA型食中毒の原因について-(最終報告)」
Report of the PRESIDENTIAL COMMISSION on the Space Shuttle Challenger
Charles E. Harris, Michael S. Pritchard, Michael J. Rabins Engineering Ethics: Concepts and Cases
中尾政之 『失敗百選 ―41の原因から未来の失敗を予測する―』 5高分子材料 90-93頁
福島原発事故独立検証委員会『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』7頁
東京電力株式会社『福島原子力事故調査報告書』
東京電力福島原子力発電所における 事故調査・検証委員会『最終報告』
東京電力福島原子力発電所事故調査委員会『国会事故調 報告書』
中尾政之 『失敗百選 ―41の原因から未来の失敗を予測する―』38-39頁
ただし、「東京電力株式会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について 平成24年6月22日 公正取引委員会」として注意を受けている。
この指摘は原子力委員会でも指摘されている。「有価証券報告書を用いた火力・原子力発電のコスト評価(松尾雄司氏資料)」 第35回原子力委員会定例会議 平成23年9月13日 5,6頁 :モデル計算ではなく実測値で計算すると発電時だけでも原子力発電は火力発電よりも高額である、と大島堅一氏が指摘したの論文
日本機械学会倫理規定 1.技術者としての社会的責任 2007年 原子力学会倫理規程 憲章2.2009年
Karl R. Popper, THE LOGIC OF SCIENTIFIC DISCOVERY,50p
同上書,50p
「高度で複雑な製造物になればなるほど、法整備や事業体や運用面など社会背景の介入の可能性が高くなるという製造物の特性」 を勘案すれば、一層、常に誤りうる可能性に目を向けさせる必要性が出てくる。



引用主要参考文献

著作
有馬哲夫 『日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」』 新潮社 2006年
伊東俊太郎・坂本賢三・山田慶児・村上陽一郎編 『[縮小版] 科学史技術史事典』 弘文堂 平成6年
岡本浩一 鎌田晶子『属人思考の心理学―組織風土改善の社会技術 (組織の社会技術3)』 新曜社 2006年
蔭山泰之 『批判的合理主義の思想』 未來社 2000年
小河原誠 『反証主義』 東北大学出版会 2010年
小河原誠 『ポパー -批判的合理主義(現代思想の冒険者たち)』 講談社 1997年
斉藤了文 『テクノリテラシーとは何か 巨大事故を読む技術』講談社選書メチエ 2005年
中尾政之 『失敗百選 ―41の原因から未来の失敗を予測する―』 森北出版 2011年
福島原発事故独立検証委員会 『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』 ディスアヴァー・トゥエンティワン 2012年
藤本 温(代表) 『技術者倫理の世界 第2版』 森北出版 2010年
吉岡斉 『原発と日本の未来 ――原子力発電は温暖化対策の切り札か』 岩波ブックレット 2011年
吉岡斉 『原子力の社会史―その日本的展開』 朝日新聞社 1999年

―――邦訳を下に付記―――
Bryan Magee, Philosophy and the Real World: An Introduction to Karl Popper. Open Count, La Salle, Illionis, 1985
ブライアン・マギー著 立花希一訳 『哲学と現実世界 -カール・ポパー入門』 恒星社厚生閣 2001年 
Charles E. Harris, Michael S. Pritchard, Michael J. Rabins: Engineering Ethics: Concepts and Cases, Wadsworth Pub Co; 3rd ,2004
チャールズ・E,ハリス他著 日本技術士会訳 『科学技術者の倫理 その考え方と事例 第3版』 丸善 2008年
Karl R. Popper, CONJECTURES AND REFUTATIONS The Growth of Scientific Knowledge, Routledge & Kegan Paul Ltd., London,1972
カール・R・ポパー著 藤本隆志/石垣壽郎/森博訳 『推測と反駁』 法政大学出版局 1997年
Karl R. Popper, THE LOGIC OF SCIENTIFIC DISCOVERY. Routledge, 1997
カール・R・ポパー著 大内義一・森博訳 『科学的発見の論理』 恒星社厚生閣 1993年 (但し、底本がHuchinson, 1959年である)

論文

植草益「JCO臨界事故の教訓を今後のいかすために」『多発する事故から何を学ぶか―安全神話からリスク思想へ』 日本学術協力財団,学術会議叢書5 2002年

資料等

日本技術者教育認定機構(JABEE : Japan Accreditation Board for Engineering Education)
http://www.jabee.org/
原子力委員会 「有価証券報告書を用いた火力・原子力発電のコスト評価(松尾雄司氏資料)」 第35回原子力委員会定例会議 平成23年9月13日
公正取引委員会 「東京電力株式会社に対する独占禁止法違反被疑事件の処理について 平成24年6月22日 公正取引委員会」
http://www.jftc.go.jp/pressrelease/09.march/09033104-01-tenpu.pdf
日本機械学会倫理規定 1.技術者としての社会的責任 2007年
http://www.jsme.or.jp/notice36.htm
原子力学会倫理規程 憲章2.2009年
http://www.aesj-ethics.org/02_/02_02_/

事故調査報告書 

福島原発事故独立検証委員会『福島原発事故独立検証委員会 調査・検証報告書』平成24年3月11日
東京電力福島原子力発電所事故調査委員会『国会事故調 報告書』 平成24年7月5日
http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/3856371/naiic.go.jp/blog/reports/main-report/index.html
東京電力福島原子力発電所における 事故調査・検証委員会『最終報告』 平成24年7月23日
http://icanps.go.jp/post-2.html
東京電力株式会社 『福島原子力事故調査報告書』 平成24年12月24日
http://www.tepco.co.jp/cc/press/betu12_j/images/120620j0301.pdf


 以上、投稿時の本文です。ご拝読有り難う御座います。


追記:平成25年2月10日
関連記事「事故隠しの体質について 論文との兼ね合い」
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-230.html
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