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第4回レポート 「英霊とは」

平成25年1月23日

A4で手書き、パソコンOK。各800字以上

高木 健治郎


問1 「あぁ、硫黄島は、ぼくらの生きるヒントだ」と青山繁晴さんが207頁で述べています。その理由を説明した後、あなたの同意不同意を表明し、その理由を説明しなさい。

 206頁に述べられているのは硫黄島の英霊の方々が聞いているのは、「おれたちを忘れるな」や「戦争を悪く言うな」ではなく、「おれたちは祖国のために命を投げ出したけれど、祖国はどうだい?」という問いである。この問いは、「ぼくらの現在の生き方」を聞く問いである。
 現在の日本では、大東亜戦争の否定、戦争そのものの否定、武器や軍隊の否定という価値観が固定されている。価値観が固定されると「ぼくらの現在の生き方」が肯定か否定かに偏ってしまう。その生き方からは、本来人間が持つ力強い生き方が出来ないのである。 
もう1点、先ほどの否定は歴史を忘れていた、あるいは教育されなかったことに出発している。青山さん自身が硫黄島を忘れていた、と悔しがっている。悔しがって硫黄島に来たら英霊の方々の「公のために」という日本の伝統精神がはっきりと地下壕で見て取れた。現在の日本に欠けている「公のために」のヒントが硫黄島にあった。補足として「現場を見て考えよう」もある。
だから、「あぁ、硫黄島は、ぼくらの生きるヒントだ」と青山繁晴さんが207頁で述べた。
 私はこの説明に同意する。
 なぜならば、私自身の生き方が、硫黄島の英霊の方々の話を聞いて変わったからである。私は、ニコニコ動画で青山繁晴さんの語る硫黄島の英霊の方々のお話が伺い、現在まで毎日、硫黄島の英霊の方々にお水を捧げている。赤ちゃんをお風呂に入れパジャマを着せるなどし、かみさんにバトンタッチした後、冷蔵庫の上にタオルを敷いただけの祭壇に氷を入れた小さな器に水を入れ、手を合わす。
 手を合わせることで自分の存在を見つめなおすようになる。通常は「お腹が減った」、「あれをしなきゃならない」、「これは美味しい」など、自分の感覚や判断で時間が過ぎていく。休憩をするとは言っても「休憩しよう」と考えて休憩をする。しかし、祈りの時間はそうした心の声や体に現れた声が止まる時間である。そして思いは、自分の感覚や判断ではなく自分を支えてくれ、現在の日本を作ってくれた英霊の方々へと飛んでいく。通常とは全く違う時間なのである。
 わずか数秒、十数秒の時間ではあるが、この祈りの時間がアクセントとなり通常の時間に充足感を与え、かつ迷いや悩みや苦しみを一瞬でも忘れさせてくれる。鬱症に悩んだ大学院時代は、ずーっと悩み苦しみっぱなしであり、絶え間なさが苦しかった。バスケットに集中した一瞬だけ、断ち切れたのでバスケットにはまっていた。祈りの時間は、バスケットに替わる時間でもある。
 「将来どうしよう」という悩みや苦しみは誰にでもある。若くとも老いても同じである。だからこそ、悩みを一瞬でも断ち切る祈りの時間が人間には必要なのであろう。よく生きるために必要なのである。神の存在を低く観る仏教でさえ祈りの時間を求めるのはそうした理由であろう。何に祈るか、ばかりが論じられる現在の日本である。「キリスト教?」、「仏教?」ということばかりが問題になるが、本来、宗教の大切さは「祈るかどうか?」なのであろう。「祈ることで迷いをちょっとお休み出来る」のである。
 私は特定の宗教教団に帰依してきたことも、することもないと決意しているが、「祈りかどうか?」では「祈ることで迷いをちょっとお休み出来る」のを実感している。それが現在の生き方を、より良いものにしていることを実感している。
 硫黄島の英霊の方々が現在の日本を作り出してくれたのは間違いがない。それは「公のため」を示してくれているという意味で生きるヒントでもある。そのヒントを頂いて、自分の生き方として今後も生きたい。

問2 あなたが戦争を語る場合に最も気をつけなければならない、と考えるものは何ですか?

 私が戦争を語る場合に最も気をつけなければならない、と考えるのは「多角的な視点」です。戦争は多くの面を持っています。クラウゼビッツは「戦争は政治交渉の一手段にすぎない」と戦争の政治面について述べました。遡ること2000年近く、書物『孫子』は「戦わずして勝つことが最上の勝利である」と戦争を全体から捉え政治面から述べています。それによって戦争の情報戦の大切さを重要視します。
 また、第一次世界大戦や第二次世界大戦で人類が学んだのは、戦争によって経済的利益を上げるのは極めて難しい、という教訓でした。これによって領土を獲得するための侵略戦争はほぼ消え去りました。中華人民共和国が第二次世界大戦以降、領土獲得し続けている国家ですが、チベットなどは治安名目で軍隊を派遣する方法で獲得しています。また、オークランド紛争など小さな領土獲得戦争は絶えず起こっています。これらは戦争を経済収支の面からみた結果です。
 さらに、チェコ・スロバキアの内紛と国家分裂は宗教対立が原因であると報道されましたが、地方の経済格差が主な原因であるとの分析もあります。現在でも内紛が続くイラクでは北部と中部と南部が宗教や支配権、経済などが複雑に絡み合っていると言われています。このように戦争は原因や収束まで「多角的な視点」で捉える必要があると考えます。
 翻ってみれば、敗戦から現在まで日本において戦争は「悪い」の視点からしか語られていません。当時の経済状況、謀略戦、情報戦、政治の一手段として、理念上の衝突など「多角的な視点」で語られていないのです。それゆえ、現在の日本は60年以上前の敗戦を受け止められていません。敗戦後アメリカは、日米対立で世界を観て敵対国日本から、米ソ対立で世界を見て友好国日本として扱いを変えました。その米ソ冷戦が1990年に終了したにも関わらず、60年以上前の敗戦が続いているのです。それが現在の日本の数々の問題を引き起こしているのは言うまでもありません。
それらの問題の根本原因の1つが「戦争を多角的な視点で見ていないこと」だと考えます。ですから、私は私が戦争を語る場合に最も気をつけなければならない、と考えるのは「多角的な視点」です。

問3 レポートをまとめての感想

 レポートを書いている部屋は暖房を入れているのに寒い。紅茶を入れている蓋つきのコップも魔法瓶ではないせいで徐々に熱くなくなっている。寒い。
 一見、全くレポートの感想に関係がないような文章だが、実は関係がある。レポートをまとめてみて、漠然とだが感じるのは、レポートを書いている内容と、この肉体に関わる生活とが密接に結びついている、という点である。だから敢えて、この肉体に関わる生活を書いてみた。ちなみに、お昼過ぎまで授業があった教室で書いている。
 この肉体に関わる生活との関係は、問1で書いた硫黄島の英霊への祈りと私自身の心の持ちよう、生活態度が変化した点で触れた。40歳を前に「公のために」を意識して生活するようになり、生活態度は一変したと想う。
 20歳くらいの私は、大分生意気だったし偉そうだった。鼻もちならない奴だったし、自分の思ったことを振り回していた。青山さんの話や他の人々の伝記や話を聞いていると恥ずかしいことこの上ない。それでもちょっとでも進みたいと想う。
 進みたいと想うのも、これも書いたけれど、自分が清々しい気持ちになれるからである。「自分自身のためだけに生きる」と清々しくなくなり、暗く狭い世界に入り込むのはたくさん経験してきた。大学院時代は殆ど勉強せずに過ごし、親から離れた大阪におり、自由時間が1か月に20日以上あった。バイトも殆どしなかった。3か月もある夏休みはそれこそ1週間ずーっと人と話さないこともあったし、自分の好きなものを食べ、ネットをし、散歩をした。好き勝手し放題も飽きてくる。徐々に暗く狭い世界に入り込んでくる。その暗く狭い世界が自分を今度は縛るようになる。抜け出せなくなるのだ。そこでしがみ付くものは何もなかった。私の学問上の興味は25歳の時に尽きていて、「人間はどこまで知れるのか?」、「どこまで確実なものが知れるのか?」に答えは出ていたからである。あとは自分の感覚や判断の世界しかないと思っていた。狭い世界に入って私は詩や小説を書いた。
 その世界から抜け出せるようになったのが、静岡に帰ってきて教員になってからである。特に高校生からはたくさんのものをもらった。最初は「生徒のために」と一生懸命になり、それが徐々に「静岡のために」、「祖国のために」と広がっていった。最初から「祖国のために」と尽くせる人では私はなかった。家族に恵まれてその点でも広がった。
 そうした広がりが私の生活態度を変えてくれたのである。このレポートを書いて、この肉体に関わる生活との関係を思い出した。
 
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