第5回「希望とは」2 問を深める

 長文になり2つに分けました。
 2番目は、問を深める、内容になっています。1つの問に対する正解は1つではない、という実例です。高校までの勉強では、正解は1つしかない、のです。何故ならテストで答えられないと困る、からです。

 現在の高校の勉強は大学入試(や資格試験)に重きを置きすぎており、そのため、正解が1つしかない問題、正解が1つである内容、に偏ってしまっています。あるいは社会科では特に正解を無理やり1つにしています。基礎の段階では確かに大切ですが、正解が1つしかない勉強は単調で飽きが来るものであります。
 反対に高校の勉強で正解が1つではない問題、正解が1つではない内容の代表例は、道徳、小論、家庭科の一部、ディベートなどです。道徳教育は放棄され、小論では書き方を1つにするように指導が入りますし、家庭科は授業時間数が少ないのです。欧米では殆どの学校にあると言われるディベート部も日本(静岡)ではとんと聞いたことがありません。
 大阪のある高校で体罰が原因で自殺者が出ました。この背景にあるのも共通していると考えます。つまり、

「スポーツにおける正解が1つしかなく、勝利である」

 と。高校の部活動は本来、教育活動の一環である、という大原則を忘れてしまったのも、「正解が1つしかない」という思考に高校教育界全体が囚われているからではないでしょうか。スポーツの有名高校だけの問題ではなく、高校教育界全体の問題だと私は考えました。つまり、しごきのような肉体的な行動ではなく、先生による生徒へのいじめ、利用などが有名進学校を目指す高校で起こっているのではないか、ということです。

「今年は、クラスから何人の国公立大学合格を出したから成功だった」
 とか
「あいつはやる気がないから適当にあしらって、合格しそうな奴に時間を割かないといけないな」
 とか
「昨年の学年は国公立100人だったから、今年はせめて80人は国公立を出さないと私の評価が下がる」

 などです。大学進学が唯一の正解、私立より国公立、地元国公立よりも旧帝大が正解、という志向です。しかし、デフレが続く中、家庭の経済状況等は各家庭でバラバラになってきています。学生個人の思考もバラバラになってきています。それはクラスが大きな集団を中心とせず、いくつかのグループやグループに属さない人が増えているように私は感じているからです。そうした状況を無視するような志向が高校教育会全体にあるのではないか、と考えました。

 以上は余談でした。以下が講義の内容になります。前回の最後の一文から始めます。


 さて、次は、ある学生さんのレポートをご本人に読みあげてもらいました。第2回レポートの感想です。


意訳してあります。
 
・しっかりした文章を作るのに今回は7日かかった(レポートは第2回の問は1問だけです)。
・1日1時間だったが、結局5,6回書き直した。
・書いてもなんか違うんだよな、と思ってしまう。優柔不断なんです。だから、意志の強い女性と結婚して尻に敷かれるタイプだと思います。
・レポートをやっていてふと思ったのは、考えれば考えるほど全ての物事は奥が深い、難しい。
・だから、調べなおすことが多く、自分と違う視点の人がいて新鮮だった。
・いつもいつも新鮮で、辛いのが半面で、とても楽しかったです。
・大学の進学先が決まっていませんが、「大学っていつもこういう勉強をするのか」と思うとわくわくして仕方ありません。
・自分の意見がいつも正しいとは限らない、という経験があったので、あまり自分を主張せず友達に合わせて生きてきた節がありました。
・でもレポートを書くなかで、間違ってでも自分の意見を言わないと、周りの人にも自分にも何の利益もないのだ、ということに気がつきました。
・それも含めて、このゼミでやってきたことは今後の自分にいい影響を与えてくれると思います。
・まだ進路が決まっていなくて大変な時期ですが、これからもがんばりたいです。

 学生本人に声を出して読んでもらいました。たどたどしい所もありましたが一生懸命読んでくれ、また学生の皆さんがしっかり耳を傾けてくれました。「尻に敷かれるタイプなんです」では笑顔が思いがけず、こぼれました。ゼミの良い点は、仲間の顔を見て話し合いながら意見をぶつけ合える点です。それは相手を知っていくことでもあります。このゼミでは日本全体にとって重要な問題を話し合うのですから、教室の中で時間を共有する人々の別の面が見えるのも良い点です。

 私は、ある専門学校で「ターミナルケアにおける死」という「死」の問題を20歳前後と中心とした学生さんと話し合う講義をしました。介護士を目指す学生さんたちは、「死」という重要な問題を、学問的な視点を切り口にして話し合いました。必ず前に出てきて1人で発表をしてもらい、別の学生さんにコメントや質問をしてもらいました。普段、日常生活を共有する友人の別の面を見てもらいたかったからです。別の面が見えてくると自然に相手への敬意や尊敬の念が生まれることがありました。「普段はわがまま放題だけれど、親を大切にしているのだ」とか「無口で話し合うのは苦手だけれど、しっかり考えているのはすごい」とかです。実際、若くして介護士の方向に来る学生さんは、おじいさんやおばあさんとの大切な思い出があることもあります。就職できそうだからと来た学生さんは、他の学生さんの意見に感化されることもあります。今回の感想の発表もそういう訳で本人の声で発表してもらいました。他にも素晴らしいレポートと感想がありました。

 
 次に、第3回レポート(記入済)、第4回プリント(記入済)、第5回プリントを配布して確認してもらいました。そして第4回プリントの発表に移りました。

 5名出席で1名前回欠席でしたので4名の発表になりました。問1から問13(誤表記で問21)までの13問を読み上げてもらいました。
 この話し合いはゼミで最も大切な部分であり、実り多き内容となりました。

 ただ、文字で伝えるのは難しい面もある内容です。私の感想としては、第1回の発表からグーン!!と急激に伸びているのが感じられます。文章表現もさることながら、読解力があるお陰で青山さんの意見をしっかりと理解し文章に載せられるようになりました。また、文を書く背景となる意識が高尚になってきているのも聞き取れました。人を思いやる優しい心、祖国を大切にして来た人々の意思をしっかり理解する心が感じられました。どうして軍人ではないのに硫黄島で亡くなったのか、その志(老人、女性、子供を守るため)を正確に発表してくれました。「硫黄島の章」を外で読み涙が止まらなかった、と発表してくれました。
 さらに、感想を書く視点がはっきりしてきたので、1人1人の個性が浮かび上がってきました。それも感想を聞いていて気がつきました。

 少し時間が余ったので、私も発表しました。第4回高木ゼミプリント(記入済)を読んでいくつかの質問を話し合いました。

 残り20分弱、前回お休みの人(発表をしていない人)に「誰かに質問はないですか? あるいは、どの問が話し合いたいですか?」と聞きました。問4、問8、問11が話し合いになりました。先ほど述べたように、学生の皆さんの理解力や意識が向上しているので、さらに深めてみました。具体的に書いていきます。まず、設問と私の解答を書きます。

問4 『「あなたは一体何を言っているんだ」と大声で言った』(154頁後ろから2行目)で青山さんは何に憤っているのですか。また、その具体的な例を1つ挙げなさい。

 高木:日本国は日本国民のために存在し、日本国民のためになるように動くのが当然だ、という考えに反したから、憤っている。北朝鮮による拉致事件をはじめ、大東亜戦争終結後に北方領土で日本国民に殺人、強姦、強盗、50万人以上の拉致を行ったソビエト連邦の問題を見ないようにしてきた日本政府が、その具体的な例である。

 感想を読み上げてくれた学生さんが言っていたように、正解は「日本国は日本国民のものである」という基本原則を破ったから、の1つだけではありません。多くの人がいるように、いることの価値があるように、例え先生の解釈であっても解答も1つになってしまっては、実りが少なくなってしまうのです。また、学問としても社会科学においては正解が1つである、としてはならないように気をつけなければなりません。
 話し合いの結果は、「日本国は日本国民のものである」という基本原則を破ったから、にまとまりました。読解力が学生の皆さんにあるからですし、話し合いながら気づいていってくれたからです。
 その上で、まとまった上で、「別の考え方はありませんか?」と敢えて聞きました。

 すると、

・「青山さんと制服組の幹部は友人だったから、怒れた」
・「制服組の得意げな態度に怒った」
・「敗戦後の支配体制が日本の組織の中にあるから怒った」

などの意見が出ました。前者は怒れた理由から考え、後者は個人への怒りではない、という解釈に立っています。これも成り立つ解答です。私は、前頁の153頁の「アメリカは戦争ばかりしている困った国だけれど、素晴らしく率直な、つきあいやすいところもある。見ず知らずのぼくに、あっという間に返事が来た。」の一文を挙げて、

・「日本の官僚組織の、率直でないところに怒った」
・「返事が遅いところに怒った」

を挙げました。後者は152頁に「ぼくはもちろん考え方を変えず、その後ちょうど二か月のあいだ、日程の合間をどうにか縫って四度、防衛庁に行き、ずっと同じ言い合いの繰り返しになった。」の一文を補足しました。ご縁のないハリウッドからメール一通で率直な返事が来るのに、日本の官僚組織では原理原則が守られず、しかもその理由がはっきりしない。ご縁のある方に4度交渉しても何も前進しない、という意味です。青山さんは、戦艦大和を例に挙げ日本の官僚組織の遅さを指摘しています。航空戦力が決定力になることを真珠湾攻撃で皇軍(日本軍)が示したのに、大砲主義を捨てられず戦艦大和を作ってしまった、という失敗経験が日本にはあるのです。
 
 以上のように青山さんの怒りの原因は1つではありません。それが読み取れる文章であり、ゼミの本に選んだ理由の1つです。先ほど「学生の皆さんの理解力や意識が向上しているので、さらに深めてみました」と書いたのは、1つの問に答えが1つではない、という点に気がついて欲しかったからです。ですから、人との話し合いが大切であり、反対の立場から公平に見ることは大切なのです。

 次は問8でした。

問8 栗林家から伝えられた内容をワシントンDCで裏取り(202頁6行目)しなければならない理由は何故ですか?
 人間の接する情報は全て偏り(バイアス)がある。であるから、反対側の意見、出来れば多くの情報源から多角的な情報を取った上で判断しなければならない。いくら思いを寄せる栗林家からの情報であってもそれは変わらない。一言でいえば両側から見る「公平さ」のために裏取りをしなければならない。

・「本当に親米派だったのか確認しなければならないから」
・「日本の評価だと栗林中将は低いが、逆にアメリカだと高いのかを調べる必要があったから」
・「人によって見方が違うから、公正さを求めるため」
・「本当に女子供が標的だったのかの確認」

 などの意見が出ました。とても良い意見があります。私は以下のように考えました。

・「情報は必ず偏りがあるから(先ほどの解答)」
・「情報は偏るという原理を栗林家への親近感で曲げてはならない、という原則を守るため」
・「この硫黄島の章の最も重要な文意の1つ「公のために命を投げ出す」という点に、「アメリカが女子供を標的とするかどうか」が関わるから。」

 などを出しました。硫黄島の英霊の方々は自分が肉体死を迎えることは受け入れて硫黄島に向かいました。その迎える理由が何だったのか?ということです。
 
 ここで意見が出ました。
「戦争時の教育によって多くの人々は命を投げ出せるようになったのだから、教育の大切さが分かった」

 当然の意見です。他方、私は「本当に教育で多くの人々は命を投げ出せるのだろうか?」と聞いてみました。皆さん考えてくれました。私の少しの教員体験で感じるのは「教育の力は少しだけ」という点です。例えば、教員が幾ら熱心に頑張っても高校生全員に毎日5時間の自宅学習を求めることは出来ませんでした。ましてや命を投げ出す、という行為を教育だけで求めることが出来るでしょうか?
 アメリカ軍の特殊部隊シールズでは「仲間のために」と命を投げ出す兵士が沢山います。しかし、それは数十万人いるアメリカ軍のごく一部の優秀な隊員を集めたから出来るのです。他方、皇軍は優秀な兵士は大東亜戦争当初に亡くなり、硫黄島の兵士の中で軍人は約1割、残りは普通のお魚屋さんや八百屋さんなどでした。平均年齢30歳を過ぎていたそうです。この普通の人々が「仲間のために」と命を投げ出したのです。私は教育の力ではなく、大日本帝国が掲げた大義「その土地に住む人がその土地を治める」や「全ての民族や文化は対等な権利を与えられるべきである」が持つ力だと考えています。大義の力は限りなく大きく、それに比べて「教育の力は少しだけ」だと感じるのです。私自身、先生に「勉強しろ」と言われても中々出来ませんでした。
 また、アメリカは硫黄島の事実を知り、日本を占領するには100万人以上の駐留軍が必要である、と推測したそうです。日本人が現在イラクで行われているようなゲリラ戦を展開したら、100万人ではすまなかったでしょう。それゆえ、アメリカは日本を心の奥底から恐怖したのです。同時に、天皇陛下が玉音放送をなされて、ピタッと鎮まったことにも心の奥底から恐怖したことでしょう。その後、アメリカはその恐怖を忘れ、ベトナムで大失敗をし、現在、イラクやパキスタンでも失敗し続けています。日本統治の成功体験で慢心して世界戦略を誤ったのです。

 次は問11です。

問11 なぜ、青山さんは戦争を語るのでしょうか。
 現在の日本の閉塞状況、閉塞感を打破し、私達が希望を持ち力強く生きていくため。現在の日本の閉塞状況は、突き詰めていくと敗戦後のアメリカ支配に行き当たる。60年以上経った現在だけを見てもアメリカ支配は存在する。それが現在の私達の邪魔をしているのである。そのためには、もう1度、アメリカ支配が現在まで続くようになった原因、つまり日本だけが悪い、戦争をした日本が悪い、負けたのだからアメリカの言うことを全て聞く、という点から見直さないとならないと考えたから、青山さんは戦争を語る。

・「祖国のために亡くなった方々を忘れないため」
・「公のために生きることの原点があるから」

などなどの意見が出ました。私が強調したのは、

・「現在の日本を良い国にしたいから」

という点です。「良い国」にしようとすると、アメリカによる支配構造、敗戦後の既得権益集団などなどが出てきて邪魔をするからです。現在の日本を良い国、住みやすい国、風通しのよい国にするためには、敗戦を、戦争を語らなければならないと考えるからです。硫黄島に向かう際に邪魔をした、風通しが良くなかった原因は、アメリカの言うことは日本国民の言うことより上、アメリカは素晴らしい、アメリカの言うことは聞かないといけない、というアメリカの支配構造です。さらには、「自分の利益だけを考えていきなさい」という社会になってしまったのも、アメリカが日本を弱体化させるためです。そして日本人の中に、その考え方にひっついて利益を得ている集団があります。この支配構造や利益集団を変えていくためには、どうしても敗戦を語らなければなりません。講義では出来ませんでしたが、戦艦大和を作った官僚組織の悪弊を語ることも、つまり日本が戦争に負ける理由を語ることも、青山さんの言う「戦争を語ること」に入ると私は考えます。

 以上のように、問4、問8、問11で色々な解答を出してもらいました。

 最後に話し合いたいこと、疑問に思っていることはないですか? と聞きました。

幾つかの質問をまとめます。

「私達はこのゼミで『ぼくらの祖国』を読み、祖国の大切さ(自然と祖国と使ってくれました)を知ることが出来ました。日本人が何を目指して戦争をしたのかも知りました。日本人の素晴らしさを知れたことに感謝しています。けれども、このゼミを取っていない人、『ぼくらの祖国』を読んでいない人に伝えようとすると、「カベ(壁)」を感じるのです。変な風に誤解されちゃうんじゃないかな、とか、公平な情報を知らないからこそぶつかっちゃうんじゃないかな、と感じるのです。周りの人たちに語りかけていくべきなのでしょうか? どうしたらこの良さを伝えられるのでしょうか?」

 この文章を書いているのは、ゼミ終了後5日は過ぎています。更新が遅くて申し訳ありません。けれども、私の胸の中にはっきりと鳴り響いている質問です。皆さんと話し合いましょうか?あるいは私が見解を述べたほうが良いでしょうか?と聞きますと後者だったので答えることにしました。まとめてあります。

「現在のまま、何もしなくて良いと思います。意外かもしれませんが、2つ理由があります。まず1つ、祖国を知ることには、お正月できちっと初詣に行くや、お祈りの作法を知るなども含まれると考えます。そうした1つ1つが祖国を知ることになると思いますし最も大切なことです。ゼミで取りあえげた藤原先生は「パトリオティズム(愛国心)とナショナリズム(国家主義)を別のものである」と書いています。祖国の習慣や文化や言葉を大切にすることは愛国心です。他方、ナショナリズムは強固になると自国優越主義になり戦争の原因になります。私は現状ではまず愛国心を育てることが大切だと考えます。これが1つ目です。
もう1つ、愛国心は普段では表に出てこないものだと考えるからです。例えば選挙の投票の時、誰に投票するかで日本の議員が決まります。その判断基準に愛国心が出てくるでしょう。何か危機がある、という情報が来た時にだけ愛国心がひょいっと顔を出すでしょう。そしてそういう時に人に自然と伝わるのではないでしょうか。私も子育てをしていますが普段は「日本を愛する人になって欲しい」などと言いません。けれども、何かのきっかけ、あるいは問いかけでひょいっと出てくるでしょう。例えば問いかけを投げかけてくれた時に相手に最も伝わるのではないでしょうか。
私は今回の東日本大震災で日本人が「公のために行動した事実」を見て希望を感じました。それも普段は「日本大好き!」と言っていない人、反日的な言動、自衛隊がいるから戦争になるなど反日的な言動を普通に思っている人、国旗を祝日に掲げない人たちだったのです。アメリカの新聞は「日本は変わっていなかった」と論評したそうですが、それはいざという時に日本人は「道徳心に沿った行動を取った」ことを指し、アメリカの占領政策が心の根深いところを破壊し得なかったことを示していると考えています。ですから、学生の皆さんの中に私は希望を感じているのです。

少し補足も入りましたが以上のような意見を述べました。

「それでも私は周りの人たちに伝えていきたいと考えています」

という力強い意見が2人の学生さんから出ました。私はとっても嬉しくなりました。そして

「それで良いと思います」

と答えました。無責任なように映るかもしれませんが、ご本人の強い心の声が出てきたならば、是非ともやってみるべきです。その上で考えていけば良いのです。私自身の考えは私の経験や知識に依存しています。経験としてはとっても小さく、知識は人間の持つ知識の100万分の1、100億分の1にも満たないものです。だからこそ、ゼミで皆さんと話し合うのが大切だと感じているのです。この2人の意見、言葉には出さなかったけれど賛同した人もいるでしょう、は大変貴重です。
『ぼくらの祖国』をきちっと理解した上での意見なので学問が生活と結びつく、という重要な意見であったことも付け加えておきます。

次回、最終回。楽しみです。終了後は直会でご飯を食べにいく予定です。
スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

No title

いつも教室で生徒がお世話になっております。
高木ゼミのおかげで、彼、彼女たちを立派な大学生として自信を持って4月に送り出せます。

講師一同もいつも先生のブログを拝見しておりますので、ぜひ石上国語教室のブログから先生のブログへ行きやすいように、教室のブログに先生のブログのブックマークを貼らせてください。
よろしくお願いいたします。

コメント有り難う御座います

石上国語教室の諸先生方

こちらこそいつもお世話になっております。
丁寧なコメント有り難う御座います。

乱文をお読み下さっているとのこと嬉しいです。
嬉しいですが、校正の殆ど入っていない拙文で、お恥ずかしい気持ちでもあります。

>教室のブログに先生のブログのブックマークを貼らせてください。

嬉しいお申し出です。是非ともお願い致します。

今後とも精一杯頑張りたいと思います。
プロフィール

    名前:高木健治郎

書いたもの(平成29年度)
哲学(平成28年度)
科学技術者の倫理(平成28年度)
書いたもの(平成28年)
科学技術者の倫理(平成27年度)
哲学(平成27年度)
書いたもの(平成27年)
哲学(平成26年度)
「科学技術者の倫理(平成26年度)
講義録「哲学」
書いたもの(平成26年)
書いたもの(平成25年)
論文(高木健治郎の)
講義録「科学技術者の倫理」(平成25年度)
高木ゼミ『銃・病原菌・鉄』
高木ゼミ全6回『ぼくらの祖国』
教養講座6回分(平成24年度)   講義録21~
講義録「科学技術者の倫理」(平成24年度)     講義録1~15
最新記事
講義録「科学技術者の倫理」(平成23年度)
石上国語教室で行われた講演のレジュメです。哲学が足りなかったのが、福島原発事故の原因の1つではないか、と考えています。

「哲学のススメ2」レジュメ

最新コメント
カテゴリ