高木ゼミ第3回レポート 「ぼくらとは」

平成25年1月9日
 
高木 健治郎

問1 「永遠の声の章」で最も心に残った文章を挙げ、その理由を社会レベルで書きなさい(例えば、教育、道徳、社会制度、歴史、文化など)。さらにあなた自身の経験を書き対比して感想を書きなさい。

 「自衛官が、行方不明者の身体を傷つけないように機械を使わず、素手で探し続けていることに、こころの底から感謝しつつ、また赤い鉄骨の現場に戻った。」132頁が最も心に残りました。自衛隊は、敗戦後にアメリカ占領組織GHQが勝手に書いた憲法で9条第2項「…陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。」とあり、存在そのものに疑問符をつけられ続けてきた。さらに、GHQは朝鮮戦争によって自衛隊を創設し、大日本帝国陸海空軍を自衛隊に採用する、という明らかな矛盾も与えてきた。マッカーサー元帥はその後「日本の大東亜戦争は祖国防衛戦争であった」と述べるなど、さらなる多重の解釈を与えてきた。このように敗戦後の社会状況からも、日本を取り巻く国際状況(朝鮮戦争を始めとする米ソ冷戦)からも、アメリカ自身の多重の解釈からも、自衛隊はその存在に疑問符を投げかけられ続けている。それは現在でも変わらない。
 しかしながら、自衛隊の取った行動は、日本国民を守る、という国軍としての責務を果たしている。さらには、日本人の文化では「死者の身体は物ではなく大切な存在である」と考える。敗戦後60年以上が過ぎても遺骨収集が続いているのはその証拠である。その文化を自衛隊は尊重し、「素手で探し続けること」をしてくれたのである。これは国民の生命や財産を守る、という国軍の役割をさらに超えて、日本の文化を守る行動でさえあったのである。私も日本の文化を守る自衛隊のこの行動に深く胸を打たれた。
 私は2児の父である。子育ては一朝一夕では終わらない。言葉がまだ不十分な2歳半の長男には、「1つ1つ積み重ねること」でいろいろと教えている。「ご飯を食べる前に頂きます、と言いなさい」と言っても子供は言うことを聞かない。言葉のわかる前から、子供の前で「いただきます」と私が声に出して手を合わせて毎回毎回見せるのである。そうして行動を「1つ1つ積み重ねること」でやっと自分で自主的にするようになる。そしてそれを見ると、父親として誇らしくなる。
 これを自衛隊の先ほどの行動に照らし合わせてみよう。自衛隊はその存在に疑問符を投げつけられている中で、行動を「1つ1つ積み重ねること」をしてきたのが分かる。そうでなければ、このような隊員の怪我の確率が上がり、職務以上の行動をとることなど出来ない。自衛隊隊員が非難や批判の声に惑わされずに、自分の職務に誇りを持ち「1つ1つ積み重ねること」があったからこそ、東日本大震災の時に誇り高い行動が取れたのである。子育てと同じく、上官が命令したからと言って「行方不明者の身体を傷つけないように機械を使わず、素手で探し続けていること」は決して出来ないのである。目に見えなかった、もしかしたら1度も日の目を見ることなどない状況であっても「1つ1つ積み重ねること」を続けてこられた自衛隊を私は尊敬する。
 
問2 あなたが考える家族や友人とのつながりを支えるもの、根拠となるもの、は何ですか? 例えば、~があれば家族だ、~があれば友人だ、というものです。

 まず、家族と友人は根本的に異なる面と共通する面があると考える。家族と友人が根本的に異なる面は、逃れられるか逃れられないか、切れるか切れないか、である。例えば家族が行方不明になり発見された場合、家族に連絡が入る。それは決して逃れられない。こうした縁は切れない。法律上の面ではあるが同時に精神上も類似の面があるとも考える。小さい頃に両親の離婚で母親に引き取られた子供は、父親の顔が分らなくとも、法律上は切れていても成人後にふと父親の存在を意識することがある。それは無意識の面では切れていないからである。他方、友人にはこのような面があることは少ない。行方不明の場合に連絡は入らないし、連絡が途絶え意識の上で忘れてしまえば存在を意識するのは稀である。
 共通する面は心の交流である。友人も家族も年齢性別趣味性格などを超えて時に仲良くなり、特にぶつかりあう。多様性があり幾つもの関係が構築される。その際に、私が最も大切だと考えるようになったのは、30歳を過ぎてからは特に、「相手の弱点を受け入れる」という点である。30歳を過ぎると少しは人格ができてきて、好みや判断基準などがしっかりとしてくる。すると、当然合わない人が多くなる。私は好みや判断基準が極めてはっきりしていてしかも、譲れない場合が多い。そのまま家族や友人関係に当てはめればすべての人が敵になってしまうのだ。実際、20代後半は自分自身の強い好みや判断基準に悩んだ。
 その際に「相手の弱点を受け入れる」ことを強く意識するようになった。また、自分の判断基準とは結局の所、自分の自我=我儘に過ぎないことに気がついたのも大きかった。それに気が付いていく中で「自分自身の弱点を受け入れる」ことも徐々に出来るようになっていった。まだまだだが。この考え方を洗練していくと阿弥陀仏やイエスの愛の教えになっていくと予測している。
 設問に立ち返ると、以上のことから「家族や友人とのつながりを支えるもの、根拠となるもの」とは「弱点を受け入れること」だと考える。

問3 レポートをまとめての感想

問2で家族と友人について改めて考えてみた。改めて考えてみたけれど、具体的な顔が浮かぶとどうしても巧く纏まらなかった。そこでちょっと前に考えていた内容「相手の弱点を受け入れる」を思い出して、具体的な顔を浮かばないようにしたら、何とか書くことができた。具体的な顔を思い浮かべないで書いた文章に何某かの意味はあるのだろうか?というのがまとめてみての最初の感想です。
そこでもう1回考えると、この前かみさんと話した内容を今、思い出した。『私は「かみさんの足らない所を補ってあげている」という意識があるが、かみさんも「足りない所を補ってあげている」という意識があって、お互い様だね』という話した内容である。先ほどの「相手の弱点を受けいれる」ことがお互いに出来ているから、毎日笑顔なのだと感じた。もし、私が「あれもしてあげている。これもしてあげているのに、かみさんはちっとも何もしない」と私の立場からだけで一方的に判断して、怒りを感じたままにしたら、関係が拗(こじ)れていくだろう。友人も同じなのだろう、と思った。
ただ、私自身20代は、一方的に判断して怒りや絶望を感じていた。それは同時に自分の弱点にも怒りや絶望を感じていた。今後もそのようにならない、という保証はない。何といっても「老いると頑固になる」と言われているくらいだから。実際は老いと頑固は関係なく、人格と頑固が関係あると聞いたことがある。
問1の自衛隊と子育ての話は、実は別のところで文章を作っていた。昨日1月8日に内容にOKをもらったばかりだった。平成25年、今年、浜松で建国記念の日(本当は日本を建国した神武天皇が即位した記念日で「紀元節」という)の式典で、5,6分の意見表明をする。その内容である。子育てで「1つ1つ積み重ねること」が日本を素晴らしい国であり続けた秘訣である、という考えで、福島原子力災害で真っ先に飛び込んでくれた技術者の方々、法律上は物の扱いなのに人として扱ってくれた自衛隊の方々などを取り上げる。
そんな訳でちょっとだけさぼって文章を書いたので、なんとなく、という気持ちがある。
書き終わって振り返ると、そうは言っても書いてみてさらに理解が進んだことが実感できる。それは清々しい気持ちになるのが解るから。『ぼくらの祖国』を取り上げるゼミをやって清々しい気持ちになりっぱなしである。青山繁晴さん、諸先生方、そして学生の皆さんの協力によって、気持ちよくしてもらっている。本当に有難いことである。今日もこの後のゼミで「目一杯(めいっぱい)」頑張りたい。
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