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高木ゼミ3回「ぼくらとは」

 師走に入り、何かと忙しい時期に入りましたが、第3回目のゼミとなり、折り返し地点です。
3回目は第1回のレポート提出日であり、第2回に配布したプリントを記入して来る日であり、第3回のプリント配布日でもあります。時間があれば第3回のプリントを話し合いたいのですが、雑談やら質問やら意見やらの話し合いで宿題になっていきます。ゼミは講義ではないので、きっちりと『ぼくらの祖国』を踏まえながら、脱線OK、脇道裏道もどんどん、という風です。
 そうした雰囲気がやっと出来てきた第3回でした。

第3回

日時:平成24年12月12日 午後6時22分から午後8時35分まで
   質問が続いたので30分延長でした。
人数:5名
紹介した本など:三浦佑之訳・注釈『口語訳 古事記[完全版]』、田村仁人『合格手帳』、近藤ようこ『恋スル古事記』(マンガ)
配布プリント:「第1回レポート(高木記入)」4P、「第2回配布プリント記入済(高木記入)」4P、「第3回配布プリント」2P

 まず、最初に「第3回プリント」を、次に講義内容をザッと書いていきます。ただし、ゼミでは宿題であった「第2回配布プリント」の内容に終始しました。

平成24年12月12日
第3回高木ゼミプリント
   
 全国で大荒れの天気が続き、名古屋でも大雪が降り、肌を齧るような寒さが静岡にもやってきました。12月7日に節季が小雪から大雪に替り、暦通りに季節が巡っています。次の節季は冬至、クリスマスやお正月の季節になっていきます。前回は皆さんの疑問に皆さんが答え、沢山の意見が交換出来ました。5人居れば5つ違う意見が出る、という大切さを確認でき、良かったと思います。

-第2回レポート 「拉致とは?」- A4で手書き、パソコンOK。各800字以上
問1 あなたが拉致を語る時、最も大切にする点は何ですか?
問2 レポートをまとめての感想

 では、第3回に入ります。『ぼくらの祖国』 永遠の声の章 でテーマは「ぼくら」です。何も読まないで以下の問いに答えて下さい。
問1 「ぼくら」の言葉のあなたのイメージは?

問2 「ぼくら」の言葉の意味は?

問3 「ぼくら」という言葉は日常会話の中で聞いたことがありますか? はい・いいえ

問4 「ぼくら」と似たような言葉として思い浮かぶ言葉は? 5つくらい

問5 「ぼくら」と反対の言葉として思い浮かぶ言葉は? 5つくらい

問6 青山氏が「私達」ではなく「ぼくら」を使った理由は何でしょうか。


『ぼくらの祖国』 永遠の声の章を読んで以下の問いに答えなさい。
問7 「福島原発事故」のイメージは変わりましたか? はい・いいえ

問8 青山氏は事故前の「原子力発電」で何が問題だったと述べていますか? 


問9 青山氏は事故前の「原子力発電」で何が問題だったと述べていますか?

問10 13の節と14の節を、以下の動画と見比べながら、もう1度読みなさい。
【青山繁晴】4.22 福島第1原子力発電所構内リポート[桜H23/5/20」
http://www.youtube.com/watch?v=f4knc6IIFM0
特に36分から48分を。最も印象に残った箇所はどこですか?

問11 「出すべき情報を国民に出さない方が悪い」という台詞で、あなたが思い起こされる出来事は何ですか? [        ] どうしてですか?(以下に)
  
問12  南三陸町の文章と前回の宿題の動画を見て、あなたの最も心に残ったのは何ですか

問13 沖縄の看護隊の文章を読み、あなたの最も心に残ったのは何ですか

問14 青山氏の「ぼくらを貫くもの」(138P後ろから3行目)とは何を指しますか

問15 「ぼくらを貫くもの」はあなたの中にあると考えますか?

問18(16:訂正) 最も印象に残った一文を書いて下さい。

問20(17:訂正) 最も説明のほしい一文を書いて下さい。

問21(18:訂正) 感想



○講義内容

 6時20分に3階から2階に降りました。いつも良く頑張ってくれている人が「身内に・・・」というお話をお聞きし、1人新しく参加してくれました。長机の短い辺に1人と逆に私、長い辺に2名づつが座るように教室を作りました。
 「寒いですね~」の一言から、ぬるぬると会話が始まりました。12月7日が「大雪」という節気です。365日を24等分したのが節気です。「大雪」ですから、静岡は雪が降りませんが全国では大荒れの雪でした。「寒い」ですが暦通りで少し安心もしています、という話をしました。
 昔の暦は太陰暦=月を基準にした暦でした。29~30日周期の月だと365日が割り切れないので、閏月(うるうづき)などが良くありました。また、月の暦だと農業で大切な太陽の動きが分からないので、種まきや収穫などです、節気で太陽の動きを示していました。閏月などを入れて月の動きと太陽を基準にした365日を調整した暦を太陰太陽暦と言います。ちなみに、雑談ではしませんでしたが、世界で2番目に使われているヒジュラ暦(ムスリム)は完全に太陰暦です。ですから、断食であるラマダーンが毎年ずれるのです(太陽暦の季節と)。
 そして昔の日本は、お正月に全員が一緒に「年」を取りました。17歳は18歳に全員がなるわけです。だから「お年玉」を貰います。現在のように、自分の生まれた日に年を取るわけではないのです。そう考えると日本人は、お年玉、と「HAPPY BIRIHDAY PRESENT」、敢えて英語で書きましたが、誕生日プレゼントの2回ももらうのですから、ラッキーですね。大人になると関係ありませんが。こういう1つ1つのことも「祖国」そのものですから、雑談もいいなぁ~と思いました。

 思いついたので、続けて「小雪」→「大雪」→「何?」という質問をしました。「冬至(とうじ)」です。最も平均気温が寒いのは2月の第1週(1日~8日)くらいです。しかし、「冬に至る=冬真っ盛り」という訳です。冬至は最も太陽の短い日のことです。これは「最も寒い時期」よりも「太陽の最も短い日(冬至)」を日本人が大切にしてきたことを意味しています。これも中々面白いですね。私たちは「寒いかどうか」ばかり気にしますが、昔の人は「太陽の長さ」を気にしてきたのです。
 ここでもクイズを、では「冬至には何をする?」。
 おせち、お正月などが沢山出ました。太陽の長さ、に関係するのは「初詣と初日の出」と「クリスマス」です。昔は日暮れが1日の始めでした。ですから、お正月にみんなが集まって、わいわいやりながら、ご先祖様とお祝いをして最後に初日の出を拝むのです。「太陽の最も短い日」に太陽を拝む。つまり、「太陽がんばれ!」です。
 クリスマスも同じく「太陽がんばれ!」です。先に私の解釈を書きましたが、学生の皆さんに質問をしました。「日本人はクリスマスを祝っていいのでしょうか?」と。ある人は「宗教が違うのだから軽々しくは、と反対」、「イエス様ならお許し下さる、と賛成」、「他の宗教施設もお参りすこともあるから、と賛成」、「社会的なイベントとして成立しているから、と賛成」など違う視点からバラバラな意見が出ました。バラバラであることが重要で尊いと思いましたし、3回目になり学生の皆さんが自分の意見を言えるようになったのだと感じました。このことはこれ以降でも度々感じました。

 私の解釈は、「太陽がんばれ!と同じ意味、と賛成」です。根拠は2つあります。
①原点はユダヤ教の「ハヌカ」の祭りと北欧の「太陽頑張れ」だから。
 私は大学を留年していた時に渋谷の近く、広尾でヘブライ語を習っていました。ユダヤ親善協会の3階にはシナゴーグ(ユダヤ教寺院)があり、ハヌカのお祭りを知りました。家に帰って調べてみるとロウソクを7本立てるお祭りです。由来はユダヤ教が滅びを免(まぬが)れたお祭りだそうですが、大変大きなお祭りであることが分かりました。ユダヤ教から出発したキリスト教はそれに近いお祭りを、ということでクリスマスの原点の1つになったそうです。

②また、イエスの誕生日はどこにも書いてありませんが、その日に後から設定した点なども挙げられます。さらに、サンタクロースが北欧の人であるのは、キリスト教がヨーロッパに入っていく時に、前にあった自然崇拝のお祭りを乗っ取る形だったからです。北欧は冬に太陽が出ず「白夜」になります。そのため太陽信仰が根強く、いくら禁止しても中止できなかったので、「冬至のお祭りは本当はキリスト教のお祭りなんだよ」と言ったのです。また、サンタクロース=聖クルスは現在のトルコの人で、これも乗っ取りの1つです。ですが、原点は「太陽頑張れ」なのです。その点では日本のお正月と同じ深い意味を持つ行事なのです。もちろん、キリスト教はヨーロッパ、特に西ヨーロッパに入っていく段階で、自然信仰と結びつき、正統なキリスト教ではなくなっていきました。ついには正統なキリスト教からは破門されてしまうのです。ローマ・カトリックが、イエスの像を教会に飾ったり、ゴチック様式に数々の動植物などを飾るのは、モーセの十戒に明らかに反する行為であるのですが、西ヨーロッパの自然信仰を吸収する際に出てきた苦肉の策の結果なのです。この辺は、雑談ではしていません。
 他に、南アメリカにあったある文明では、「人々の中の最も優秀な人を殺して心臓を取り出し、太陽に捧げる」という行事を冬至にしていました。この意味も「太陽頑張れ」です。アメリカ大陸はユーラシア大陸とほぼ交流の無かった大陸の1つです。ですから、「太陽の長さ」は地域や文化などを超え、人間にとって共通する点の1つなのでしょう。
 「寒いですね~」から話が広がってしまいました。正味10分くらい、6時35分くらいになりました。

 今回初めての方がいるので、自己紹介をもう1回してもらいました。1人遅れてくるとの連絡があったので4人でした。初めての人の自己紹介の後、1人ずつ質問をしてもらいました。私は「使っている暖房器具は何ですか?」と聞いたのですが、それがちょっと流行りました。私も質問返しがあり「袢纏(はんてん:ちゃんちゃんこ)と毛布を足にかけています。時々、電気ストーブです」と答えました。この流れの中で「血液型は何型ですか?」と聞かれたので、雑談はそっちに飛んでいきました。

 (大分中断致しました。ウィルス性の腸炎だったようで丸2日寝ておりました。)

 「血液型に科学的根拠はあると思いますか?」と聞くと、意外にもNOが多かったです。
 「では、なぜ血液型の話を皆さんするのでしょうか?」と自然科学から社会科学へと問いを移しました。すると色々な答えが出て来ました。大変貴重な意見があり、私も思いつかないアイディアがあり勉強になりました。
 高木の答えは、太平洋諸島の大統領や元首相などが集まる会合「太平洋OBサミット」(大阪)のお手伝いをした時に得られました。近くの国々が政治問題で仲が悪いのは当たり前のことです。現在、日本は中国、韓国、北朝鮮、ロシアなどと仲が悪いですが、アメリカはカナダやメキシコと仲が悪く、フランスはイギリス、ドイツと仲が悪いのです。こうした国際会議の場で、政治の問題はもちろん話し合いますが、その後の晩餐会(ばんさんかい)や数々の会では、個人同士の話をします。その際にするのが、音楽や趣味の話など。それらを話すことで、個人的な信頼や信用でがっちりと手をつないでおくのです。そうしないと、政治の話だけになってしまい、疑心暗鬼が起こさなくて良い戦争や紛争、余分な費用などが必要になります。ですから、国際交流では片方では国益を主張しながら、もう片方ではがっちりと手をつないでおくのです。
 現代風に言うのなら、コミュニケーションツール、とかコミュニケーションのアイコンとして、音楽や趣味の話は大切なのです。昔の貴族が数々の教養を身につける、というのは単にお金があるから、ではなく貴族同士の余分なぶつかり合いで身を滅ぼさないための手段でもあるのです。

 血液型もコミュニケーションツールの1つです。留学経験のある学生は「血液型は日本だけ」と教えてくれました。日本ではA型40%、B型30%、O型20%、AB型10%とほぼ分かれていますので話題になります。南米のある国は97%がB型、これでは話題になりません。だって「何型?」と聞いてほぼ全員「B型」と答えが分かっていれば話は広がらないからです。でも日本では割合がばらけているので、「A型なら几帳面ですか?」と広がるのです。コミュニケーションツールとして血液型を考えると、コミュニケーションが男性より得意な女性が「血液型の話」をするのも納得がいきますし、少し仲好くなってきて「もう少し仲好くなりたい」という気持ちの時によく血液型の話が出るのも理解できるでしょう。このゼミも3回目、学生さんから質問で「先生血液型は何型ですか?」という質問が出てきたのは、コミュニケーションツールとして考えると、皆さんの仲が良くなってきた1つの証拠として観れるのです。ちなみに、高木は20歳くらいの時は「科学的な根拠のない血液型の話など無駄!」と思っていました。科学が万能で大切だ、と思っていたのですね。
 また、「このようなコミュニケーションツールは他に何がありますか?」と聞きました。音楽や趣味、化粧や、野球チーム、サッカーチームなどなどが出ました。まさにその通り。他に天気の話題などもそうで、イギリスと日本では共通しているようです。コミュニケーションツールから各国やそれぞれの文化などを考えてみても面白いかもしれません。案外各国で違いますし、日本国内でも違いますよね。

 さて、それでは、と本題に入りました。

「第1回レポート(高木記入)」4P、「第2回配布プリント記入済(高木記入)」4P、「第3回配布プリント」2Pを配布しました。そして、学生の皆さんの「第1回レポート」を回収して、「第2回レポート」を読みあげてもらいました。私の予想では期末テストと重なる時期でしたので、全て完璧にするのは難しいと思っていましたが、字数制限800字にひっかかる学生はいましたが、きちんとやってきた学生が殆どで、驚きました。こんなにも時間の使い方が上手く真剣なのに嬉しくなりました。

 それでも、学生の皆さんに時間の使い方を参考にしてもらうようにお話をしました。
 私が先ほどの3つのプリント(10P)の作成に6時間前後かかった事、資料集めなどを含めると10時間くらい掛かったことを話しました。大人になると仕事は大体が期限を区切られて任されます。①その量を時間換算でき、さらに②時間を日数で割り、③順調に出来ない場合に落ち込まず、④期限までに仕上げること、が求められます。これは勉強量をある程度集中しないと得られない経験です。さらには、結婚したり、子供が出来たり、親が介護が必要になったりすると、仕事以外で絶対的に必要な時間が増えます。残りの時間の中で①~④をこなさなければならないのです。
 そこで、田村仁人『合格手帳』の実物を紹介しました。この本では①~④が書いてあります。特に良いのは③です。出来なかった場合、「~で出来ませんでした反省」と書いて出来ないことを吐き出せます。吐き出せないと「あ~出来なかったなぁ~」と心の中でウジウジと溜まり、「やっぱ俺って勉強できない」とか「勉強に向いていない」になったり、「勉強嫌い」と勘違いしてしまうのです。この癖は中々治りません。実際、高木は高校時代そうでした。
 私は、高校の物理の非常勤講師を辞めた後、1年間家庭教師をしました。その学生さんにしてもらったのが、この『合格手帳』です。もう1つは「なぜ勉強するのか?」という問いを一緒に考えました。お医者さんになりたい、と決心したのが高校2年生の終わり、家庭教師は3年生からです。「なぜ医者になりたいのか?」と聞きました。最初は「親が医者だから・・・」という答えでしたが、この答えでは医学部に入れたとしても医者に成れたとしても必ず挫折したでしょう。ですから、ゆっくりと丁寧に話を聞いていきました。すると「おじいちゃんのように豪快で皆に信頼されて愛されるような、人のために役に立つようなお医者さんになりたい。おじいちゃんに可愛がってもらった」というのを思い出していきました。「医者が儲かるから」とか「医者なら安泰」という考えではある程度の所までは個人の才能で行けるかも知れませんが、そういう医者が医者になってどうなっているか、どういう風に社会から見られているか、分かりますか?と学生の皆さんに聞きました。よく皆さん社会を見ていました。
 
 そして家庭教師の時間の最初に必ず、『合格手帳』を見せてもらいました。書いていない部分だけを書き込んでもらうことにして、出来ていなくても一切責めませんでした。そして、「では質問は?」と聞きます。無い場合は、「では今日は何をしますか?」と聞くと、「これこれをします」と自分で言ってくれます。半分くらいは私は横で問題を解いている姿を見ているだけでした。「こんな話をして欲しい」と言われると、何やら雑談などをしました。恋愛の話をしたこともありましたし、大学時代の話をしたこともありましたし、何でも話しました。彼はセンターテストの点が500点弱から700点を超えるまでになりました。その後3年間浪人し医学部に合格しました。私は冷たい言い方に聞こえるかもしれませんが、医学部に合格しなければいけない、とは思っていませんでした。彼が勉強を通して①~④のプロセスを学んでくれれば、医者でなくとも立派な大人として社会のお役に立てる人になれると思っていたからです。教育の目的は、医者を作りだすことではなく社会にお役に立てる人を育てることなのです。
 ですから、合格した後に彼が何気なく最初に言った一言は大変嬉しかったです。

 「先生、もうこれ以上勉強できないよ。もう十分頑張ったよ。」

 彼の成長がはっきりと分かる言葉でした。これだけ十分頑張ってたのですから、①~④が充分見についたことでしょう。勉強は人生を渡っていくための訓練でもあるのです。こういう視点もないと、「勉強は単なる将来無駄になる知識を頭に詰め込むだけ」という風になってしまいます。そんな話も雑談でしたのを思い出しました。

(平成24年12月22日追記:本人に読んでもらい、3年間(2年間から訂正)の浪人中も、「合格手帳の形は利用していて遅れた部分が判るのが良かった」とコメントを貰いました。有り難う御座います。)

 次は「第2回配布プリント」を1人1人読みあげていってもらいました。
 数々の意見や視点がありました。

 特に印象に残ったのは、「問15」です。

問15 もしあなたの家族が「拉致」されたら見ないままにすると思いますか? 
はい・いいえ
理由を:

 4人全員が「はい」と答えてくれました。そして横田ご夫妻と同じように政府などの公的機関を頼りとし、その後でマスコミや国民などに訴えていく、という意見が多く出ました。学生の皆さんが持っている良識は現れていて嬉しかったです。ここにしっかりとした日本人がいるのです。彼らは明るい希望です。

また、「問20 最も説明のほしい一文を書いて下さい。」を前回と同様、他の学生の皆さんが答えてくれました。しっかりと読んでくれるからこそ素晴らしい答えが出て来ました。時に補足や広がりなどもコメントしました。

 詳細は省きますが、拉致問題の核心を正確に理解し、素直な心で向かい合ってくれました。さらには青山繁晴さんの意図をきちんと理解し、良識ある解答でした。第1回レポートも、まだ2回しか目を通していませんが、同じ想いが強くなります。

 ほぼ時間が来ましたので、家族で南三陸町に旅行した時の写真は次回としました。また、ノートパソコンの電源が切れてしまい、青山さんから直接メールを頂いた文面とブログに掲載された文章も次回となりました。

 そこで、ちょこっと残った時間で、日本の民話について話をしました。私は現在富士市で「日本の民話と東アジアの民話を比べて皆さんと話し合う」というのをやっています。中学校の教室のような場所で、6,7名でワイワイと思いついたことをポンポン言い合うのです。「うさぎとかめ」と同じように競争する話で「さるとかたつむり」があったり、「因幡の白兎(ワニの背中を兎が騙してぴょんぴょん飛ぶ話)」と結末が違い話などなどです。その話をチラッとしたら、「千と千尋の神隠し」の話になりました。前回の「ラオスの民話」で「どうして人は死ぬのか?」で『古事記』と「千と千尋の神隠し」が共通していて「死ぬ話」だから、という点です。それに興味を持ってくれたので、もっともっと話をしました。
 その際に近藤ようこ『恋スル古事記』(マンガ)を使って説明しました。
 近藤ようこさんの描く絵は非常に美しく、私は小林古径に通じる美しさがあると感じています。余分な線がほとんどなく、台詞も少ないながらも『古事記』の持つおどろおどろしさ、恐ろしさ、可憐さ、華やかさなどを伝えてくれます。「ヨモツヘグイ」という大切な単語は、『口語訳 古事記』で説明し、私独自の解釈である「千と千尋の神隠し」との共通点や、日本人独特の風習、お土産に食べ物を買う、との共通点も説明しました。そもそも、「土地で産まれたもの」=「土産(みやげ)」と読ませること自体意味があると思うのです。この文字を逆にすると「産土(うぶすな)」でお正月に神社にお参りするのです。
 他にも質問が沢山出て、沢山答えました。私独自の解釈は以下に詳しくあります。

学術論文:「なぜ、「千と千尋の神隠し」は大ヒットしたか」 -文化としての「千と千尋の神隠し」-」
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-110.html

 「千はどうして白の正体を思い出したか分かる?」と私が質問したり、「どうして豚になるんですか?」という質問から、「猪を山鯨と呼んで江戸時代食べていた」とか、「鹿は何と言って食べていたか知っている?」などに広がって行きました。そんな周辺知識なども含めていたので、30分もオーバーしてしまいました。まだまだ足りない感じでしたので、取り合えずこのブログの論文に目を通しておいて、と一旦閉めました。もし時間があれば、しっかりとやっても良いと思っています。

 意外にも、といっては失礼ですが「千と千尋の神隠し」は何十回も見ました、というコメントや「南三陸町行きましたよ」という人も居て、ボランティアで行ったそうです、嬉しかったです。

 ゼミの内容の半分くらいですが、以上を記録しておきます。
 次回も楽しみにしています。
 
 
 
 
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