講義録8‐3  「コメント集 うつ病の開放に向けて 荒茶問題の希望」

(文意不明、文末の言い回しミス、誤字脱字は沢山あると思います。ご了承下さいませ。また、講義内容に大分加筆しています。)

 学生の皆さんのコメント集です。
(読みやすいように「かな」を「漢字」に変換、誤字脱字など訂正してあります)

・他の人の情報や意見を見て、原発に対して考えが少し変わった気がする。
 (私:こういう学生同士の高めあいが嬉しいなぁ:コメントではなく感想)

・自分でまとめきらない部分を他人から意見を参考にすることでまとめやすくなった。

・事実、論拠、結論・・・この流れで物事を考えていくことがすごく面白くスッキリしました。だんだん授業が面白くなってきました。義務感、使命感で勉強するよりも、自分の考えをもって勉強していくことが大事だなと感じました。ただ、「周りに合わせる」というのは社会の中で生きていく上で「0」にしてはいけないと思います。調和の中で個性を見出して行ったら、その社会は発展していくと思います。
 私:孔子は「君子は和して同せず、小人は同じて和せず」と言っています。(来週言ってあげたい。)

・「みんなちがってみんないい」 詞かなにかで聞いた言葉だったけど、本当にそれを実感できたと思う。人それぞれ気になる出来事や注目する点がつ会うんだなと思った。それにしても6枚のプリントはきたない字も多くて先生は全員分読むの大変ですね・・・。ていねいに書こうとしても急ぐとつい雑になってしまいます。すいません笑
 私:お心遣い有り難う御座います。私の字の方が読みにくいと思います。

・感情からの出発というのが、文章でも学問でも重要という先生の考えは面白いと思った。「感情の発見」という言葉がよかった。
 私:有り難う御座います。

・文句を言うのは簡単
 私:その通りですね。説明と分析がきちんと出来るようになりたいです。

・(ある学生さんはヨウ素について調べてきてくれました。新聞の縮小コピーを3枚もつけてくれました。日付と出典を書いてくれ、色鉛筆で重要な個所を引いてくれました。)
 私:本当に有り難う御座います。全コピー致します。

・意見の交換は意外とできそうでできないものだ。授業でもこういう機会がなければ自分の視野の狭さを認識できない。これが社会では人的ミスに通じるものだろうと思った。
 私:◎鋭いです。

・原発の意見は自分も含め疑問になることが多かった。これは原発について、まだまだ知識がなかったと思います。
 私:うれしい気付きです。

・ブレンストーミング?を通じて人の感覚は個々で大きな差があると考えた。それには過去の経験等大きく関わっていると思った。
 私:その通りです。鋭いですね。(同じ年代、同じ性別、同じ県内に住んでいても違う、ということに気がついてくれて嬉しい。だからこそ他人と話し合う意味があると思います。)

・このような形式で講義を受けたのははじめてだったので緊張したが、とてもいい経験になった。次は人数を増やしてやってみたいです。人数が増えると結論にたどりつくまでが大変になるのだろうか?
 私:大変になりますが、日本はそうした大変さを選挙で引き受けている国です。引き受けない独裁国家もありますね。

・意見交換をしてみて、みんな同じことを思っているんだな、とか、そこか、とか思う所があって良かったです。色々気づかされました。

・感情がそれぞれ違うことにより、みんな違うんだな、と思った。またやりたいです。

・大学に入って、クラスというものがなかったので、グループを作って討論するのが、慣しく(?読み解けませんでした)、楽しかったです。でも何度もやりたくないな、と思いました。

・今までの授業の中で一番難しい内容でした。一人一人意見が違うので一つにまとめることはとても難しいことだと思いました。

・自分は原発はどちらかというと推進派である。問3では推進すべきと書こうかと思ったが、そうすると上で挙げたのからしてもしっくりこないため、推進すべきでない、と書いた。これをやってみて自分が調べたものの殆どが、反対派の意見だったと感じた。
 私:私もそう感じていました。ぜひとも推進派の事実を探して、あなた(実名)の意見を作り上げて下さい。それが講義の本当の目的です。(この人の意見は自省と判断が見受けられ、とても嬉しかった。)

・レポートは自分の意見しか見ていなかったけれど、他人の意見を聞いてみて、人によって考え方がバラバラなので自分の意見だけではなく、他人の意見を聞くべきたと思いました。そうしなければ結論は見えてこない。

・もっと時間を場所を取ってやってみたい。人の意見は、自分の考えをさらに広げる良い刺激になると思う。

・今回の講義は今までと異なった進め方でとても興味深かったです。今後も機会があればやってみたいと思いました。それと出来ることなら先生の奥さんを見てみたいと思いました。
 (かみさんが講義に来てグループワークも一緒に前の時間に参加しました。その話をちらっとしたのでこの感想になりました。)

・知らない方と意見を言い合うのはちょっと苦手なのでもうやりたくないと思いました。でも、他人の意見を聞けて良かったです。
 私:正直な気持ちを有り難う御座います。参考にします。(本当に正直だなぁ、と感じました。でも~が嬉しかったです。いつかそういう機会が人生の中で来るので、お役にたてれば、と感じました。)

・原発のことを調べると沢山悪い所はある。しかし今の日本は原発をすぐになすくことは出来ない。ある程度のリスクがある事は判ったが、今度はどのようにそのリスクをなくしていくかが大切だと思った。
 私:その通り!!ですね。実態をみて未来志向、素晴らしいですね。

・今日やったブレインストーミングは教職の授業でやりました。研究や教育にも応用できることを知りました。今まで話したことがなかったり名前すらしラナ会った人と意見を発表しあうのはとてもタメになることだと思った。
 (教職でもやっていたのは初めて知りました。大学の最初のオリエンテーションで導入するといいのかなぁ、と思いました。交流のためにも)

・意見交換も研究の1つということを知ったので、研究は何も実験だけではないということを知ることが出来てよかったと思います。
 (理系でも意見交換はとても大切。その公平さや中立性、地位や権威から離れて意見交換が出来るのがアメリカが世界の科学儀技術をリードしている要因の1つ。)

・しゃべるのが苦手でちょっときつかった。しっかりしゃべれなくて聞き返された・・・。
 私:苦手ですよ、誰でも 何回も失敗して、やっと何とかなって行きます。私もそうでしたし、思い出します。

・楽しかったですが、意見交換は面倒くさいと感じました。
 (楽しかったですが、が後から書きたされています。この心の動きがこの人の心の苦手意識を溶かす第一歩になればいいな~と思いました。)

・意見を聞き合うことは、自分の考えをもう1度考え直すことにとても良いと思った。これを、行えば就活にも役立つと思う。
 (自分の意見をもう1度考え直す、というのは嬉しい。就活に役立つ、というコメントは他にも何人も見られた。)

・先生の声が少しうるさ過ぎた。
 私:有り難う御座います。「常に声が大きい」のでしょうか? 「書いている時にしゃべる」からでしょうか?

・とりあえず、僕が読書嫌いである理由は、字を読むのが遅い事だという事を再確認した。
 私:講義ではタイムリミットがありますが、普段はありません。遅い、からこその良い所もありますよ。

 以上がコメント選抜集です。
グループワークについての感想が殆どでした。肯定的な意見は100名以上と予想外で、否定的な意見は6,7名でした。


補足:うつ病の開放にむけて

うつ病の原因を、事実→感情による選抜→私の論理的な考え という流れが反対の向きになる、という風に指摘しました。
他人の論理的な考え(世間的な常識や社会や企業からの要求)→自分の感情抜き→事実の肯定

 例えば子育てノイローゼは、「母親は子どもを可愛がるもの」という世間的な常識や要求が出発点になり、目の前の赤ちゃんとの関わり、という事実が反するとストレスをためる、というもの。「男はお金を稼ぐもの」や「大学を卒業したら就職する」なども世間的な常識や要求で、目の前の個人の育ってきた環境や経歴、現在の環境などの事実とぶつかると「どうしてなんだろう?」とか「私って駄目なのかな?・・・」となる。

 私の感情の肯定だけでは、先ほどの学生のコメントにもあったように、バランスに欠く。つまり、バランスが最も大切なのである。そうするとうつ病になる原因は、1つには世間からの要求が強い時、もう1つは自分の感情を肯定しない時となる。
 後者に特に触れたい。最近、女性の間でマッサージやエステなどが普及した。これも自分の体の感情を良くする=自分の感情の肯定として見られる。エステがない時はどうしていたか、と思われるかもしれないが、私はその答えが『リアル』の中にあると考えている。何巻だった忘れたが、久信くんのお母さんが過度のストレスと肉体的疲労で入院してしまった。その時に「今までは季節に気が付かなかった」という言葉を言っていたように記憶している。同じく漫画で細川貂々著『ツレがうつになりまして』でも、ウツから治る段階で「季節の移り変わり」に気が付かなかった台詞がある。これは、

 「自然の膨大な事実 →自分の感情で選択」

 がなかったことを意味している、と私は考える。当たり前のことだが、目の中には物理的に空や木などが入ってくる。その自然の膨大な事実を感情で選択しないと入ってこない。昔の人が、歌や俳句で自然の事物を歌ったのは、そうやって自然の事物を観察することで、自分の感情を肯定する、という意味もあったのだろう、と私は考えている。
 思想的な近代化によって、あるいは製造物がないと成り立たない日常生活になって、自然の膨大な事実に触れる機会は少なくなり、さらに歌や俳句を忘れて、自然の事物を自分の感情で選択する機会も大分減ってしまった。それが巡り巡って、うつ病の増大、統計の取り方にも疑問がない訳ではないが、日本はアメリカを抜いて世界No.1の精神病大国、あるいはNo.2の精神病大国になってしまっている。日本人の心のメンテナンスは自然の事物を自分の感情で選択することにあったのだろう、と考えているのである。 簡単に言うと、

 毎日、「ああ~今日はいい天気だなぁ~」
     「あ、あの木の緑は綺麗だなぁ~」
     「お水が飲めておいしいなぁ~」   と口に出して言いましょう。

 ということです。それが色んな事実から自分の感情で選び出して、その感情を肯定してあげる、ということです。何も難しくないと思います。難しくないけれどもしかしたら、女性の方が長生きする秘訣かもしれません。口に出して言うのが大切、というのは日本の思想「言霊(ことだま)」に適うことでしょう。「言葉には力がある」という言霊。日本人の生きていく智慧だったのではないでしょうか。推論に推論を重ねました。

 以上がうつ病の開放に向けて、の大きな方向性として観えてきたことです。
 私の頭の中だけのアイディアであるが、日本国の現状にお役にたてれば幸いです。



 荒茶問題の希望

 荒茶問題は第6回で詳しく取り上げ、第7回でも別の角度から考えました。

 静岡県が荒茶の検査中止要望書を出していましたが、最終的な決着として川勝知事が検査を受け入れることになりました。その理由は購入者のことを考えてでした。製造物責任法や食品衛生法などに照らし合わせてみると全く問題のない荒茶の検査中止は、そもそも荒茶の検査が科学的根拠無視、お茶の加工段階という特性無視、基準がそもそもない、検査要求が一方的な要望だったのです。ですから、中止の要望書は当然のことと考えられます。
 ただ1点、消費者へのインフォームドコンセント(製造者へのインフォームドコンセントではなく:詳しくは第6回をご覧ください)に反するかもしれない、という点でした。これは日本国の国民主権という観点からすると、肯定できる事実になると思われます。

 簡単に言うと、①国民を大切にすることが法律よりも最終的に選択される。
          ②国民の心理的な選択が購買行動にとって最も重要である。

 ということです。
②は共産主義国家のように計画経済=配給の下ではなかなか成立しません。また、物があまりない途上国や内乱や戦争状態の国でも成立しません。ここには日本の経済的成功の果実が見て取れます。現在はさらに物余り社会ですからより一層そうなったのかもしれません。お茶がイメージ悪いから(実際には日本の基準では安全なのに)、紅茶にしよう、ジュースにしよう、と選択出来るのです。実態よりもイメージが先行してしまう状態は、私見では80年以降に日本の消費活動の中心になったと思っています。

①は、空気をにおわせます。
ただ、今回の福島原発事故を見てみると、この①が根底に大きく関わっていると思われてなりません。現在民主党政権の内閣総理大臣が総辞職に追い込まれそうですが、それも国民を大切にする方向として動いています。私たちは選挙で国会議員を選ぶだけではなく、選んだ国会議員の1つ1つの行動が国民を大切にしているかどうかによって、辞任や退任に追い込まれることが何度もあります。それによって日本は首相が毎年変わるような政治実態になっています。これを海外の論調やそれに乗っかる評論家の方々は否定的に捉えますが、私は日本の民主主義の1つの形であると考えます。何故なら、

 「選挙で国会議員を選ぶ」→「国民ためにならなければ選挙で落とす」 も1つの完成形ですが、

 「選挙で国会議員を選ぶ」→「国民のためにならなければ途中でも止めさせる」 も1つの完成形

 だと考えるからです。
もちろん、法律に基づかないので「明確な基準がなく」、「罰則もない」という欠点を利用する政治家もいなくはありません。しかし、例えば二大政党制の根付いているスペインが現在、 「選挙で国会議員を選ぶ」→「国民ためにならなければ選挙で落とす」という完成形の弊害に対してデモを行っています。これを鎮圧して流血騒ぎが起きているのです。完成形と言えども欠点は必ずあるのです。欠点だけを取り上げて、否定するのには同意できません。

 私は、こうした観点から、今回の荒茶の検査中止要望書の撤回に、日本の民主主義の成熟を見るのです。この観点から、もう1回原発問題を洗い直していくエネルギーが産まれると考えます。実際に原発再開は非常に難しくなっています。しかしそれは安全性が確保されるまで、という留保条件が付いているのが成熟を感じさせます。ですから、この洗い流していくエネルギーが原発問題を解決していく、何を解決にするかは今後も議論が必要ですが、それに対しても、エネルギーがあるのだと考えました。

 これが希望のエネルギーなのではないか、と私は考えました。
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