講義録8‐2  「論拠の作り方」



(文意不明、文末の言い回しミス、誤字脱字は沢山あると思います。ご了承下さいませ。また、講義内容に大分加筆しています。)

 論拠までは自分の意見の肯定です。
 しかし、結論まで自分の意見だけの肯定になると、それは独善的、ということになってしまいますから、他人の意見を聞く必要が出てきます。そこで、グループワークをしました。

・4人1グループ(最後のクラスは5人一組もありました)
・前から座っている順に「1、2、3・・・」と当てていく(横の人は仲のいい人が多い)
・グループの場所は教員が指定

 そして荷物を持って動いてもらいました。

やること
①司会を決める
②司会の指示に従って、レポートに書いた論理的な文章を発表

だけです。どうも指示が上手く伝わらなかったようですが、以上でした。
1人1個ずつ発表、でも、1人が全部終わってから次の人に行く、でもまかせました。あるいは1人1個ずつで何周もになりました。あるクラスは、この「何周も」が伝わらなかったのかな?と思いました。

 問2は、他人の論理的な文章を名前を付けてうつす です。レポート用紙の裏側です。

気がついて欲しかったことは、

A)同じ事実を読んでも心が動く場所が一人一人違う
B)同じ事実を読んでも反対の論理的な文章が出てくることがある
C) 同じ事実を読んで全く同じ論理的な文章が出てくることもある

 特にA)は重要です。
人間は一人一人、心の声が違います。ですから、アンダーラインを引く場所が違います。違うから良いのですし、違うから他人の意見を聞くことが大切なのです。コンピュータは同じ事実(前提)と考え方を与えれば全く同じ答えを出します。感情がないからです。しかし、人間は感情がある方違うのです。(補足です。この一人一人違う、のは社会を決定する場合面倒くさいです。私たちの日本国は選挙でそれを引き受けます。世界の半分以上の独裁国家は権威や権力によって一人一人の違いを押しつぶします。どちらも優れた点も劣る点もあります。)

 B)から引き出されることは、
「だから専門家が賛成と反対に分かれることがある」です。むしろ、専門家が全て賛成側、あるいは反対側になることは、何かの社会的圧力が掛かっている考えるのが妥当です。多い少ないとして全体的な方向は出てくるにしても。そしてそれを私たちも知っておく方がいいと思います。教育界で、特に高校まででこうした捉え方、観方を伝える授業が欲しかったです。限られた高校だけでも良いですから。

 C)から引き出されることは、
人間の心が共通の点がある、という希望が観られます。それはとても良いことです。
しかし、同時に今回の講義の最も大きな失敗、と私が考える点も隠されています。それは、

 学生の皆さんが調べてきてくれた事故「前」の客観的事実が、「原発は危険だ」というものが多かったことです。いや、ほぼ100%そうでした。事故「前」としては、「原発は安全だ」と考える人が40~60%ほどいました。その根拠は「多重防御」や「耐震設計」などです。しかし、その事実を表記する学生が少なかったのです。これは私の教員としての態度、原発事故「後」という社会的態度が偏向をもたらしたのでしょう。ある学生の感想でこのことをはっきりと教えてもらいました。また、この点に気が付いていてくれた学生、もしかしたら何も書かなかった学生もまた気が付いていたのかもしれません、が居てくれたことを嬉しく感じました。
 この講義の目標は「公平さ」です。肯定と否定の両方から観る点から出発します。事実の選び方にもこれが当然当てはまります。今後の講義でこの点は気をつけていきたいと思います。

 さて、他人の意見を聞いてもらいました。
 そして最後に結論を出してもらいます。

問3 結論を書きなさい。

結論は自由です。これまでの講義を参考にすれば「だから、~なので原発推進すべきである(すべきでない」や「だから、~なので工学的安全である(でない)」や「だから、~なのでインフォームドコンセントを満たす(満たさない」です。他にどのような結論を書いてもOKです。

 そして、この流れが研究の流れです。論文作成の流れです。

膨大な事実→感情で事実を選ぶ→選んだ事実を論理的な文章に→他人の論理的な文章と比較→結論を書く。

他人の論理的な文章は、本や論文となります。ですから、基本的に議論がない場合が多いです。これが研究であり、論文の流れです。そしてこれまで講義でやってきた三段論法の具体的な作業とも言えます。

 グループワークで「他人の論理的な文章を書く」というのは、実はディスカッション(あるいはディベート)ではありません。聞いて、書くだけです。ですから、学生は自分の意見の発表と他人の意見の書きうつし、しかしないのです。これは双方向的なコミュニケーションではありません。する必要もありません。声が大きくはっきりとしていればいいのです。聞き取れればいいのです。
 双方向的なコミュニケーションを行うには、相手の意見をしっかり受け止めて消化する→他人の反応を予測して自分の言葉を選ぶ→相手からの反応を見る、という段階が必要です。これは大学生としてあるいは社会人として必要と言われています。しかし、私も理系の大学にいた人間だから判りますが、中々難しい。ある程度の訓練が必要です。是非、時間があれば学生にお伝えしたいですが、講義の本筋から離れますので、グループワークは「意見を言う」と「他人の意見を書く」に留めておきました。

 実は学生の皆さんからの反応は大変好評で、「すごく楽しかった」や「大変だったけれどまたやりたい」や「就職活動に役立ちそう」という肯定的な意見が100名を超えていました。「もうやりたくない」や「私にはつらかったです」は6名でした。170名前後中です。学生のニーズが多かったのは判りました。具体的な感想は次にまとめて書きます。

 最後に私のまとめです。
 私の個人的な考えですが、研究というのは、

膨大な事実→論理的な文章に→他人の論理的な文章と比較→結論を書く。

 です。しかし、原発は米ソ冷戦構造の中で、

「日本をアメリカの側にしておきたい。だから原発しなさい」

 という結論が先にありました。つまり、

選んだ事実←論理的な文章←結論を書く

 と矢印の向きが、「→」が「←」と逆になっているのです。
ですから、結論に合うように論拠を選ぶ。つまり「原発は安全です」以外を認められないのです。出てこないのです。そしてそれに合うように事実を選ぶ。合わない事実はなかったことにしなければならない。「原発は安全だ」という論拠が決まっているからです。ですから、原発には事故の隠ぺいや検査が自主点検だったりしてくる訳です。原発導入時は「原発の平和利用は日本のエネルギー政策の未来です」などがありました。「原発は石油より安い」という論拠もありました。そうするとそれに合う事実を選ぶ訳です。例えば、燃やす石油は燃料費だけれど、原発で燃やす核燃料は燃料費ではありません、という風にそうすると「原発は石油より安い」の論拠が成り立ち、「原発をやりましょう」という結論に結び付く訳です。核燃料は設備費だそうです。そして新聞は「燃料費だけを取り上げて石油を燃やすより1日5億円もかかる」という訳です。また、原発は東京や大阪から遠い場所にありますから送電で失われますが、その失われた分を引いた上で実際に使う量、で計算するのではなく、あくまで起こせた量、で計算します。そうしないと・・・
 現在、日本の大学界は大きな危機に立っています。それはアメリカと同じ支配構造が出てきたからです。
 東京大学の先生の言うこと=結論 となって、それに合う研究でないとお金が出ないそうです。理系は特に研究費が掛かりますからちゃんとした実験が出来なくなる。すると、地方の小さな大学で殆ど影響のない実験しかできなくなる。それが嫌なら東京大学の先生の言う結論に合うような研究をしないといけなくなってきたそうです。これは講義で度々引用している武田邦彦先生の紹介した本『原発大爆発』に載っていました。私は文系の人間ですし、殆ど本代しかかかりませんから良く解りませんが、理系の先生が億単位のお金がかかることは何となく知っています。
 これは大きな問題ですし、本当であれば危機ではないでしょうか。
 
 私の推測ですが、日本人でノーベル賞を取る人がアメリカに行っている人が多いのは、そういう理由があるのかな、と思いました。また、「ペットボトルのリサイクルがいいことだ」とか「福島原発事故の時、東京大学の先生ばかり呼ばれて「安全安全」と言っていた」のもそういう理由ガルのかな、と思いました。余談でした。

 以上で終わります。

 最後にコメント集と荒茶問題に希望の光がありましたので補足して終わります。
 作業とグループワークだったので一番短い講義録になると思ったのですが・・・あれ??れ?
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