講義録15-2 理系の報われなさ、と「はやぶさ」の大成功に観る克服方法と提言

 続けて、理系の報われなさ、と克服に向けて、を述べていきます。

 克服では「はやぶさ」の大成功は、研究費配分の大成功でもあった点を挙げます。


 では、もう1度中村氏の要点を述べます。

①理系の技術者は会社に貢献しても殆ど報われない
②会社から訴えられても会社を出ると日本社会では受け入れられない (企業も大学も)
③技術立国でも技術者は正当な評価を受けにくい

 さて、残りについて触れた後、日本社会全体で技術者の報われなさを見ていき、さらにその克服に目を向けていきましょう。

 中村氏は、発見の報奨金が2万円でした。
会社側は間接的に7000万円の報いていると主張します。会社の主張が正しいとして量産技術に結び付けるなど他の若手の研究者が数十億円の報いを受けた、というのを聞いたことがありません。つまり、理系、特に技術系は本業の研究で大きな成果を挙げても報われないのです。
 そういえば、自然科学系のノーベル賞受賞をする日本人は、最近アメリカで研究している人が多いのではないでしょうか。『理系白書』に島津製作所でノーベル賞を受賞した田中耕一氏も素晴らしい文章を書いています。ちなみに、国会事故調でも田中先生は委員として活躍されました。

 社会全体にも目を向けてみましょう。

 国公立大学は、独立行政法人となりました。独立行政法人とは「自分たちで大学の利益を確保しなさい」という意味です。これは理系、特に基礎研究を全く理解していない制度です。何故なら、基礎研究は利益が出ないのです。例えば最近発見されて一大ニュースになった「ビックス粒子発見」という基礎研究は、「ビックス粒子」を発見したから、物が売れる、とか、製品ができる、というものではありません。
 さらに、自然科学でも技術でも、失敗から成功が出てくる、というのは理系の歴史では当たり前すぎるほど当たり前なのです。この講義でも「ファイストスの円盤」という1000年以上最先端の技術が捨てられた事例、自動車や蒸気機関などが当初の目的とは違う形、あるいは社会的要請で発展した事例を説明しました。自然科学や技術を発展させようと考えたら、

 「失敗も含めて幅を広げておくことが重要」

 という事例があふれています。しかし、「利益を目的」とするとその失敗ができなくなります。失敗しなようになります。これは理系から考えると、自然科学や技術を発展させないようにしている、と解釈できなくもないのです。

 さらに、民間部門に目を向けてみましょう。ソニー新社長兼CEO平井氏は、不採算事業の売却・撤退と重点施策4点を挙げました。他の日本の製造企業も東日本大震災の影響もあり巨大赤字となり、これに続くかもしれません。
 韓国もメーカーが大成功した理由の1つは、量産技術を持った日本の技術者を日本よりも高額で待遇し、既に生産し始めている製品を人件費や税制上の優遇、ウォン安に誘導して日本製品よりも安く提供しました。ソニー新社長の考えを当てはめれば、最先端の開発技術者は、利益が出る、利益が出そうだから優遇するが、量産化して韓国や中国に追いつかれて採算が取れなくなってきている事業は、売却しよう、というのです。そこには当然、大勢の日本人の技術者がいるのです。高木には実は、最終的に首を絞めている、と考えられてならないのです。技術はそもそも失敗やアクシデントや偶然によって進歩したり、大きな成功に通じます。
 技術者の環境に引きもどしてみると、大学の研究機関、日本の技術を育ててきた大企業が、揃いも揃って技術者に厳しい環境を提出しています。

 さらに、ある京都大学の自然科学系の先生がブログで述べていましたが、研究費獲得のために霞ヶ関の官僚のもとに行かなければならないそうです。「私は京都だから1日で新幹線で帰ってこれるが、九州などの先生は丸2日も掛けて、書類に書いてあることをわざわざ説明しにいかなければならない。バカバカしいが、九州などの遠隔地の先生は大変だ」(意訳)と書いてありました。
 このブログは許可を取っていないので与太話ですが、霞ヶ関の官僚が理系の研究費を実質的に決定しているのは事実です。この事実は2つの点で問題です。

A)理系が分かってない人が研究費の配分を決めること

B)成功しそうな研究しか出来ないこと

 A)について
 先ほどの基礎科学でも述べましたが、「最先端の、特に理系の分野では数日の争いの中で研究が行われている」という現状があります。その際に大切なのは、研究費の配分が即決に近い形で、しかも重点配分が必要です。しかし、それは最先端の分野が分かっていない人、あるいはその研究構造が分かっていない人には中々認識できません。研究計画書を出して数カ月、あるいは1年もかかるようでは時間のロスが大きいのです。また、これまで講義で述べてきたように、日本の国家予算は単年度ですから、「今年もらえたけど来年はどうなるか分からない」などということでは研究が続けられません。理系は、分野によりますが機材や機器が1台数千万から数億円というのも当たり前にあるのです。その機材や機器がなければ、正確なデータが取れず研究できないことがあります。
 
A)-① 研究費配分までの時間ロスがあること
A)-② 研究費配分が単年度で継続性がないこと
A)-③ 研究費がないと研究できないこと

 がA)理系が分かってない人が研究費の配分を決めること、から出てくることです。

 B)について
 先ほどの基礎科学でも述べたように、経済的利益と研究が結び付かない分野が沢山あります。さらに、「失敗から成功が生まれること」も沢山あります。そして独創的な着想に基づいた「失敗するかもしれないけれど研究する価値がある」という研究があります。理系の研究者ならば、1度は夢見る研究スタイルではないでしょうか。この研究は、「失敗しても自然科学的価値がある研究」なのです。しかし同時に「失敗したら経済的価値がない研究」でもあります。ここで重要な視点は先ほど述べたように、

 「失敗も1つの技術のすそ野を広げる」

という視点です。すそ野を広げる価値が自然科学では認められています。しかし、霞ヶ関の官僚の多くの人はそうではありません。学生の皆さんには、大学の常勤向けの情報ボードを紹介しました。そこには研究費獲得のための情報がA4の紙に沢山書いてあります。よくよく注意してみると「目的が決められている研究」が殆どです。
 例えば「地球温暖化を防止するために意欲的な研究募集」、「交通事故を防ぐための機械工学からの研究募集」、「たばこの害を防ぐための創造的な研究募集」などです。
 全て「目的が決められている研究」なのです。この財団や官僚が予算配分を決める現在の研究費配分では、「二酸化炭素による地球温暖化などない」という目的で研究することは難しいのです。専門家が、例えば原発関係の専門家が電力会社や経済産業省などから研究費を受け取っていた、というニュースが後を絶ちませんが、このような研究費配分の構造になっているからなのです。もし、「原発は危険だ」という研究をしたい、と言っても予算配分をもらえない組織構造になっているのです。金の掛かる理系の研究者、特に自然科学の研究者は、予算配分と良心や独創的なアイディアと板挟みになっているのが現状なのです。まとめます。

B)-① 独創的な着想に基づいた「失敗するかもしれないけれど研究する価値がある」という研究が出来ないこと
B)-② 失敗も1つの技術のすそ野を広げるのが理解されないこと
B)-③ 研究費配分で構造的に癒着(ゆちゃく)が生まれやすいこと

 もちろん、全ての官僚が、A)-①~B)-③の弊害をもたらしている訳ではありません。その実例が、「はやぶさ」です。川口氏の本の中で再三繰り返されるように、「加点方式を理解してもらって飛ばせた」という箇所があります。さらに、高木が言い直していますが、川口氏は、独創的な着想に基づいた「失敗するかもしれないけれど研究する価値がある」という研究として「はやぶさ」を指摘しています。

 「はやぶさ」の大成功は、日本の研究費配分が独創性を摘みやすい欠陥を克服した大成功としても捉えられるのです。

 さて、ノーベル賞が毎年のように出るアメリカの研究費配分は、研究者集団が決めています。これが決定的な要因である、と高木は考えています。

 
A)-① 研究費配分までの時間ロスがあること
A)-② 研究費配分が単年度で継続性がないこと
A)-③ 研究費がないと研究できないこと
B)-① 独創的な着想に基づいた「失敗するかもしれないけれど研究する価値がある」という研究が出来ないこと
B)-② 失敗も1つの技術のすそ野を広げるのが理解されないこと
B)-③ 研究費配分で構造的に癒着(ゆちゃく)が生まれやすいこと

 の全てが克服されやすいのです。
 研究者ですから最先端の、理系の現状が分かっており、予算が200%Upよりも1カ月速い方が嬉しいことが分かっています。私たち一般人ならば、今月20万と来月40万円、今月22万と来月20万円なら前者の合計60万円の方が嬉しいでしょう。しかし、最先端の研究者は1カ月速い2万円の方が嬉しい場合が多いのです。
 自然科学でも技術でも継続性が大事です。予算が少なければ研究データが少なくなりますが、機材や機器の管理などにもお金が掛かります。ましてや多くの研究者と一緒にチームで研究しますから、予算がなくなれば研究者がいなくなり研究チームが維持できなくなります。せっかく、あと一歩で・・・という無意味さを理解しています。
 機材がないと研究できませんが、上で述べた様に研究チームや場所の確保でも研究費がいります。
 独創性に価値を見出す風土がアメリカにはありますが、それも含めて「失敗しても価値がある」ことは技術者や自然科学者が合意している点です。これは経済優先とは、長期的視点を入れないと相いれません。
 また、研究者自身が興味がある研究に予算を配分する訳ですから、目的が縛られにくく、研究上の興味関心で配分されやすくなります。そこには、一定の癒着が生まれにくくなります。

 こうしたアメリカ独自の研究費配分が出来たのは、核兵器開発が成功したからです。

 マンハッタン計画は、ドイツや日本との開発競争に勝ち、広島と長崎で40万人を殺し、後遺症を含めて100万人以上を苦しめたという意味で大成功でした。もちろん、アメリカの戦争犯罪で現在も謝罪せず許されざる行為です。

 この核兵器開発によってアメリカは研究開発を自然科学者に任せる、という組織が出来上がりました。そして自然科学者の自律性、自治性を認めるようになりました。アメリカの科学哲学者トマス・クーンは、この成功をアメリカの中で位置付けることに成功し、アメリカの拡大と共に大分売れました。有名な言葉は「パラダイムシフト」です。「研究者は通常、決められた枠組みの中で研究し、その枠組みが危機になった時に、次の枠組み(パラダイム)に変わる(シフト)」という意味です。これは自然科学の本質を述べていないのは明らかなのに、自然科学を扱った名著であると現在でも考えられています。

 「自然科学者「集団」の動き」と「自然科学の「本質」」とは異なるのです。

 しかもクーンは、「どういう時が危機か?」、「どういう時が通常科学か?」に答えていません。さらにクーンは自身の著書の内容を、核兵器開発を成功させたある学者の影響で差し替えました。ある学者と息子を死ぬまで尊敬し続けました。これもアメリカの大成功した「自然科学者「集団」の動き」を書きあげた点で評価を受けたのです。もちろん、日本の科学哲学者の中には、クーンの思想が自然科学の本質を捉えている=最高の科学哲学者である、と考える人もいます。評価の分かれる所です。

 アメリカがノーベル賞を連発するのは、敗戦前までの、あるいは敗戦後にも残っていた「黄色人種にはノーベル賞が与えられにくい」ではなく、研究費配分の素晴らしい特徴があるのです。

 今後は、日本でも官僚や財団から資金を集めて、配分を研究者集団に決めさせる制度を作っていくことが出来るのです。

 原子力発電を始めとして原子力政策の研究費配分も、研究者集団に配分を決定させる方法を取れば、福島原子力災害の対策における技術開発も、促進され、独創的なアイディアが出てきやすくなるのではないでしょうか。

 メタンハイドレートや地熱発電などに研究費配分が殆ど行われていませんが、これらも、官僚や財団が決めるのではなく、科学者集団が研究費配分をすることで、克服に向かうと考えます。

 「はやぶさ」の研究費配分は、理系に理解ある素晴らしい官僚がいたからです。しかし、民主党の事業仕訳で関連費が削られました。特定の個人や特定の政権に左右されない、研究費配分の制度を構築していくこと、それが今後目指せることは、福島原発事故災害の教訓であり、社会レベルでの再発防止策である、と考えます。

 ただし、日本の技術は、このような研究費配分の不効率を乗り越えた点で支えられてきました。というのも、世界レベルの技術を、町の小さな工場(こうば)が持っているという事例が多いのです。有名なのは携帯電話の充電電池や緩まないネジなどです。それは根本的に、「この製品で世の中を良くしたい」という日本人の倫理が根本にあるからではないでしょうか。研究費配分の体制は不十分な点がまだまだありますが、それに寄らない日本人の心、日本人の倫理が、日本の技術を支えてきたのでしょう。良く言われることですし、高木も少ない海外の体験で感じるのは「低賃金労働者の高いモラル、高いサービス」です。これは根本に日本人の労働観があると思いますし、日本人の倫理があると思います。
・日本人の労働観については、「講義録10-4 『聖書』と『古事記』に見る労働観」に述べています。
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-153.html

 そういう訳で次は、日本人の倫理の復活に向けて、です。

 
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ノートですが

テストの自筆ノートですが全抗議文が必要でしょうか?
つまり講義のノートと資料から出るんでしょうか?
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