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講義録15-1 事実を客観的に見続けると出る闇と嫌悪=学問の出発点

 前回の講義の感想で、「電力会社は残念」や「どうして原発をするのかへの怒り」や「マスコミなどの嫌悪」などが出てきました。

 否定的な感想です。

 現在、日本では「プラス思考」や「前向き」などが持ちあげられていますが、実は学問嫌いを増やしているのではないか、と疑ってしまいます。それは、学問のように

 「事実を客観的に見続けると出る闇と嫌悪」

 が必ず出てくるからです。古代ローマの繁栄を決定づけたユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)は、

 「人間は、自分が信じたいと望むことを喜んで信じるものである」

 という言葉があります。
以下のサイトに詳しい解説があります。http://www.kitashirakawa.jp/taro/latin25.html

 事実を客観的に見続けていくと、自分か信じたいと望むことが徐々に剥(は)がれてくるのです。例えば「東京電力が大きい会社だからしっかりやってくれるはずだ」、「日本の政府がウソとつくはずがない」、「あの人は家族同然だから悪いようにはしない」などなどです。そのウソが剥がれたのが、福島原発事故ではないでしょうか。政府の調査委員会でも、もちろん国会事故調でも「人災」が原因である、とはっきり書いてあります。先ほどの3つの「」の中は、自分が信じたいと望むことだったのです。
 それらの「闇」が客観的に観ることで見えてきた時、「裏切られた」や「嫌悪」や「不信」が出てくるのです。

 実はそこが学問の出発点なのです。

 その「闇」を再び手で覆ってしまったり、「嫌悪」で相手の全否定をしてしまうと学問には進めません。東京電力は解体すれば良い、日本の原子力に関わった全ての政治家は汚いから否定していいんだ、のように「闇」を葬り去ろうとしたり、原発を始めた中曽根元首相や正力松太郎に影響された日本テレビや読売新聞は二度と見ない、と「嫌悪」で相手を全否定してしまうと、そこで終わってしまうのです。学生の皆さんの世界は、徐々に閉じていきます。学問とは、現れた闇の中に何とか光を、希望と見つけようという行為だと高木は考えています。このアイディアは、マンガ「ナウシカ」から頂きました。原文では「いのちは、闇の中にまたたく光だ!!」です。
『風の谷のナウシカ7』 宮崎駿著 徳間書店

 恋人でもそうではないでしょうか。付き合うまでは相手の良い所しか見えませんが、つまり、自分が信じたいと望むことを喜んで信じているのです。付き合ってみると、相手の食事の仕方が気になる。お金の使い方が気になる。掃除しないのが気になるなどなど、客観的に観ると嫌悪が出てきます。それを「好きだから何でもいい」と「嫌悪」を覆ってしまうことも出来ます。しかし、後でドカーン!!と溜まって出てこないでしょうか。
 家族もそうでしょう。小さい時は親が世界一で格好良く見えたものです。しかし、小学校高学年から高校生くらいになると他の大人と比較して自分の親の欠点や情けない所が見えてきます。その時に自分の内面的成長も重なって親への嫌悪が出てくるのです。その嫌悪が出てくるのは思春期でも当然のことですし、それがなければ子供は大人になっていけないのです。
 学問における成長も同じでしょう。知識だけを暗記するだけでは学問とは言えません。ましてや大学や社会で通じません。必ず内面的成長と共に闇や嫌悪が出てきます。それを受け止めた時、質的な成長が現れることでしょう。
 現在、学生の皆さんにとっての就職も、現在は良い点ばかりが見えているかもしれませんが、実際に働きだして事実を客観的に見続けていくと闇や嫌悪が見えてきます。どの会社でも必ず問題があり、触れないようにしている部分があります。また、会社の将来性や仕事の面白さ、人間関係などに嫌悪することでしょう。そこで、「金もらうだけだからから、私は「闇」は見たくない。しらない。」という態度を取れば、仕事が出来ない人になります。日本社会は仕事の結果を出すには、人格的成長が不可欠と考えられています。この辺は昨年度の講義録15~講義録15-3にあります。

・講義録15「倫理は統一かそれぞれか 工学的倫理の可能性と限界 個人主義と集団主義 法治主義と人治主義 原発と地球温暖化説の共通点 技術とは」 http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-67.html
・講義録15-1「個人主義と集団主義」 http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-68.html
・講義録15ー2「法治主義と人治主義」 http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-70.html 
・講義録15-3「日本の倫理 「法治主義」と「人治主義」の中間」 http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-71.html

 今回の講義も、昨年度の講義録を前提にしています。

 それでは、技術者を取り巻く環境を、事実を踏まえて客観的に少しだけ見ていきましょう。そこでまず、学生の皆さんに問を出しました。

パターン①
 問1 なぜ、あなたは理系に来たのですか?

パターン②
 問1 なぜ、理系は人気がない?

 まず、客観的な事実から行きましょう。
『理系白書 : この国を静かに支える人たち』 毎日新聞科学環境部著 講談社 大学所蔵なので「402.1 Ma31」の第1章に「大学卒業の理系の生涯賃金は3億5000万円、文系は4億円」とあります。日本国は、尖閣諸島近辺に石油があり現在世界が原子力の次のエネルギー源と考えているメタンハイドレートを掘り出さないので、ほぼ全ての原材料とエネルギーを輸入して(もちろん、原発も)、技術で加工して輸出して現在の繁栄を築いています。ですから、日本の現在の繁栄は軍事技術、民生技術などを含めて理系の、特に技術者が支えていると言えるのです。その技術者が生涯賃金で文系よりも低いのです。
 例えば、東京電力の歴代社長は、東京大学の法学部が独占してきました。
全ての電力会社の一覧があるHPを発見しました。
http://www.toyokeizai.net/business/strategy/detail/AC/ac381c784b920832b6c7629ae61887bd/page/2/#yakuin

 他の電力会社は工学部出身が半分近くいるようですが、電力という純粋に工学系の会社で理系出身者が社長になれないのは逆に驚きではないでしょうか。JR東海もJR東日本も民営化して4代全て法学部で2代は東京大学法学部で、全て文系です。高木は大学時代にこれを聞き、ショックを受けたのを覚えています。つまり、理系の大学に進学しただけで、社長になれない、のです。こういう日本社会の閉塞(へいそく)感に嫌悪を持ったのを覚えています。
歴代社長辞典 JR東日本 【陸運業】 :http://rekidai.keieimaster.com/company/1874.html

 『理系白書』によると日本国の全社長の20%が理系だそうです。欧米では50~60%が理系だそうです。機械系で日本企業以上の技術が欧米にある訳ではないのに、社長の割合が低いのです。この問題は、実は女性の取締役が極めて低い点と共通しているかもしれませんが、話が脱線するので何時か勉強して書いてみたいです。

 学生の皆さんの個人的意見では、「理系の方が就職がいい」や「やりたい職業が理系だった」などがありました。また、高木と同じ「文転(理系から文系に変わること)は出来るのに理転(こういう言葉も聞いたことがありませんが)が出来ないから、自分の可能性を潰したくないので、取り合えず理系」という人もいました。

 そのようにして進んできた理系が、生涯賃金が平均で5000万円も低く、社長になれるのも難しい、という事実が見えてきます。

 さらに、技術者は低い評価を受け、多くは報われることがありません。
先ほど挙げた昨年度の講義録15-3 「日本の倫理 「法治主義」と「人治主義」の中間」で取り上げた青色LEDの中村修二先生の裁判を引っ張り出してみます。修正や加筆してあります。


  青色LEDの中村修二氏の問題を取り挙げましょう。

 青色LED裁判は、実は色々と複雑な問題があります。実際に使われた技術ではない、他の若い研究者が発明したものも寄与している、実は別に発明していた学者がいたなどなどです。昨年まではこれらの問題に触れながら考えてもらいましたが、今回は「法治主義」と「人治主義」に関わる点でのみ切り出しました。

 まず、第1審で600億円の対価が認められましたが請求額が200億円なので(請求するのにお金を預けなければならない制度なのです、日本の司法制度は)200億円となりました。

    第2審では6億円強の対価となりましたが、これは和解勧告によるものでした。

 また、第2審について中村氏は「日本の司法制度は腐っている」と発言しています。これは日本の「人治主義」を批判したものと解されます。日本の裁判の判決文には「社会を騒がせた罪は重い」という文章が載ります。しかしこれは明らかに可笑しいと私は考えます。何故なら「法律は法と証拠によって刑罰が決まる」からです。それなのに「社会を、つまり多くの人の心を騒がせたから罪が重い」というのです。人の心、あるいは人を沢山騒がせると罪が重くなる。これは「人治主義」の側面なのです。この極めつけの例がありました。尖閣諸島中国人漁船衝突事件です。「国際社会の状況を考えて」という「法と証拠」に一切基づかない行為を行いました。その後この事件は国民の判断で「強制起訴」(7月26日:最終講義日)になりました。この例は極端な例ですが、日本の司法では「反省しているようだ(悔悛の情)」という点も考慮されます(仮釈放の時の「改悛の状」とは異なり)。あるいは「社会通念に照らして(常識的に考えれば、世間で言えば)」という事もあります。
 中村氏の裁判は私も多少関心がありましたが、第1審が出た時に、大企業幹部、官僚、政治家が「高すぎる」と社会的圧力を欠けていたのを良く覚えています。その中に「技術者にこんなに対価を払わなければならなくなると日本企業はつぶれる」というコメントもありました。私はそれでつくづく「日本の技術者は偉いな」と感じました。というのは

 「技術者は好きなことをやっているから正当な対価はもらわなくてもいいだろう」

 という意味だからです。実際に『理系白書』では、大卒文系の生涯賃金4億円に対して理系は3億5000万円と5000万円も低いというデータがあります(この本が現在の技術者の問題が述べられている素晴らしい本です。最近3がでました)。日本は資源もなく、銀行や金融でお金を儲けるのではなく技術立国であり現在の繁栄を手にしました。しかし、その技術者には金銭としては報われないのです。また、理系離れが顕著に義務教育でも一般社会でも現れています。中村氏の所属していた日亜化学は世界のLED部門(中村氏の技術が必要?)で60%を超えていました(2008年)。
 中村氏(1999年まで勤務)の主張によれば、会社からの対価は2万円だったそうです。
 日亜化学の主張は「出世した分があるので7000万円弱」だそうです。

 ノーベル賞級とも一時は言われた発明です。この発明は中村氏の、あるいは中村氏の中心とするチームの発明であり白色LEDに貢献して数百億円~数千億円の売り上げに今も貢献しています。この点を考えると「出世」という間接的な対価で数千万円というのは極めて低いと判断されると私は考えます。
 中村氏はこの後、アメリカの大学で教えましたが、ある大学の先生は「日本企業で引きとめたかった」と発言しています。私は東京大学や京都大学などの国公立大学で引きとめるべきではなかったか、と考えています。中村氏は「日本企業からは、待ったのだけれど1社もオファーがなかった」と語っています。内部告発にも捉えられる中村氏の行動は、「技術者は対価を求めるな」と「育ててもらった会社を裏切った人物は信用できない」という「人治主義」的側面を感じさせる事件となりました。これも実態としての日本社会の倫理の1つではないか、と捉えます。その後、中村氏は世界初となる半導体レーザーを発明したそうです。
 1つ付け加えたいのは、現在の技術の現状についてです。これまでは大企業中心で、東芝やパナソニック、ソニーなどが競争しながら技術を蓄積してきました。しかし、現在は宇宙開発などのように国家間、あるいは国家単位で資本を注入する技術開発に移りつつあります。例えば、液晶の次の技術と言われている有機ELという技術は、日本が世界最先端でしたが、中国や韓国に追いつかれつつあります。これまで日本は300億円の資金を投入してきましたが、そろそろ製品化するので資金を中止します、という態度に変えました。これに対して中国や韓国は税法上の優遇も含めて1兆円以上の資金を投入し、さらに投資する姿勢を見せています。同じ「法治主義」を持つドイツは「技術は国家単位になりつつあるという現状を踏まえて国家で資金援助をしつづけています。
 こうした現状にあって求められる技術者が変わってきました。

 「非常に優秀な技術者を極めて高い対価を払って優遇すること」

 が最先端技術では大切になってきているのです。これまでは

 「優秀な技術者を平均的な対価を払って優遇すること」

 でした。韓国メーカーや中国メーカーの発展の陰に日本の技術者を「非常に優秀な技術者を極めて高い対価を払って優遇すること」があったのは言うまでもありません。日本の大企業が、このシフトを移行していかなければ、最先端技術で優位を取る分野は少なくなっていくでしょう。日本の技術者は優秀ですから無くなる訳ではないと希望的観測を持っています。ただ、開発機器を持っている普通の技術者と、開発機器を持っていない優秀な技術者では前者が勝つのです。その開発機器が数十億から数百億と高額になってきているのは事実です。
 この技術の現状を踏まえると、青色LED裁判が与えた影響は、日本の技術者にとってマイナスであったと私は考えます。「頑張って技術開発しても正当な対価は日本では報われないのではないか」という疑念を、多くの技術者に与えたからです。もちろん、福島原発事故後に見た日本人の美しい心があるので、一概に技術開発力の低下につながるとは言い切れませんが、心理的にマイナスであったと考えます。これを勘案すると、「技術者にこんなに対価を払わなければならなくなると日本企業はつぶれる」というコメントは、目先の利益しか見ていない、日本の技術者の心を思っていない発言に聞こえました。完全に私見です。また、中村氏を受け入れたいという海外のメーカーはあったのに日本のメーカーに無かったという点も残念に思われました。「人治主義」の欠点だと思われます。


 以上が昨年度の講義です。講義の目的は日本社会の倫理的態度、法治主義と人治主義の中間の態度を書きだすことでした。本年度は以上の文章から、「理系が報われていない」という点を引き出します。
 このように、技術者の環境を客観的に観ていくと闇と嫌悪が出てきます。

 次は、さらに理系の報われなさ、とその課題克服に向けて、にいきます。


 
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