講義録9-1 技術者倫理の3つの視点 トレード・オフ、リスクトレード・オフ、リスクヘッジ

 驚いた新聞記事があったので述べましたが、さて、技術者倫理の3つの視点です。

 配布プリント 2枚目
  (表) 講義録7の宿題 題1~題3 の1名の記入例A
  (裏) 講義録7の宿題 題1~題3 の1名の記入例B

念のため宿題を

 宿題

 題1:震災がれきは受け入れるべきである、と述べなさい。(技術的に安全であるとして)
 題2:震災がれきは受け入れるべきではない、と述べなさい。(技術的に危険であるとして)
 題3:題1と題2を踏まえて、自分の考えを書きなさい。


 は、これまで伝えてきた三段論法をきちっと踏まえ、しかも新しい工夫が入っている文章でした。大変素晴らしかったです。実は、今週、かみさんに手伝ってもらい、これまでの毎回提出のレポートをチェックしています。もう1度、今回の宿題をさらっと見直してみましたが、是非とも採用したい、と感じるレポートが何本もありました。嬉しい限りです。

 さて、記入例Aの良い所は、まず、①出典です。環境省、日本自治体労働組合総連合、越後ジャーナルを引用先が豊富でした。さらに、資料を丁寧に扱っています。次に最も良いのは、
 ②自然科学的知見に基づいて発言している所です。

 「放射性を帯びた廃棄物を焼却すれば放射線は散っていく。それが焼却炉の実態」

 自然科学的知見を踏まえることで、その散っていった放射性物質が危険であるかどうか、へと論点が移せます。そこで、国の基準とIAEAの基準を比較することで、国の基準を信用できない、と判断しています。この一連の流れが丁寧でした。その出発点に自然科学的知見を持ってきた所が良い点です。

 題3で自分の考えを述べる所も良かったです。今回の震災がれきと同じ事例として福島原発事故時の情報の不統一を持ってきました。自分の考えを述べる時、③過去の確定した事実「福島原発事故時の情報の不統一」を新たに持ってくる点が良かったです。
 さらに、②自然科学的知見「使用済み核燃料は埋められます。燃やすと放射能が広範囲に飛び散るためです。それは震災がれきにも言えます」を持ってきました。

 「放射線をフィルターごときで防げるとは考えられません」に事実(出典)があるとさらに良いですが、④既定のレポート用紙の9割を書いています。

 以上の①~④で素晴らしいレポートでした。

 次に記入例Bです。
 素晴らしい点は、①北九州市の測定結果という講義で提示した以外の出典を持ってきた点です。さらに、その測定値を、1キロ当たり100ベクレル(出典なし)を人間の人体が放つ量と比べた点が良い点です。計測データをそれ以前の測定データと比較した点が素晴らしいのです。

 次に、震災がれきは東北地方で約2年で完全に処理できるデータを挙げました。プラムフィールドでは、このデータを元に、自然科学的知見と復興を目指す東北からお金を取るのは可笑しい、などから反対します。

 しかし、問3で③同じ事実を採用して、反対の意見を提出します。この点が良い点です。同じデータを使いながら他の、あるいは反対の考えを主張することは、技術にとって、あるいは理論科学において最も大切な視点の1つです。もちろん、社会科学等でも同様です。そこで終わらず、

 「そもそも人間の体ですら1キロ当たり100ベクレルの放射線量を示しているのに0ベクレルを示さなければ受け入れうるべきではないというような考えはおかしく、たばこを吸っている方が発がんのリスクが高いということを知っているのかと思う」

 と④別の事例を挙げて、論拠を基礎づけています。肯定からの引用+プラスアルファの事実+さらに別の事例、で自分の考えを主張しています。①~④のように文章の組立てが素晴らしかったです。もちろん、内容はさらに深める必要が記入例A、記入例Bでもありますが、宿題をポーンと出してこれだけのものが出来るのは素晴らしいことです。感心しました。

 以上が宿題の記入例Aと記入例Bの総括です。

 そして、次に示したいのは、文章の論理的なつながり、に新しく3つの視点を加えたいのです。
 技術と社会を考える際に大切になる3つの視点だと考えています。これはリスク評価の考え方から出てきました。

①トレード・オフ :利益(ベネフィット)と損失(リスクや被害や費用)を比較して判断する

②リスクトレード・オフ :損失と損失を比較して判断する

③リスクヘッジ : どの場合でも出来るだけ損失を少なくなるように判断する

 この3つの視点を説明していきましょう。

「同時に達成できない要因があるとき、それらの「釣り合い」を計ることを「トレードオフ」という。トレードオフは、利益と損失(リスクや被害や費用)」を比較し、リスクトレードオフは、ある行為を行った場合の「リスク(または費用)とリスク(または費用)」を比較することである。具体的に書くと、

 飛行機を設計する場合、胴体の横についている主翼がトレードオフされる。

主翼を大きく⇒航続距離が伸ばせる、燃料費削減
主翼を小さく⇒速度が増す

であり、主翼を大きく、と主翼を小さくがそれぞれ特徴がある。ここで現在よりも主翼を大きくすることをとトレードオフで考えると、

主翼を大きくする⇒航続距離が伸ばせる、燃料費削減 =利益
主翼を大きくしない⇒速度が低下          =リスク(費用)

 これは工学的な設計上、両方の要因を同時に達成できないことが多いからである。工学の設計上、このようにトレードオフで評価され構造が決まっていく。アメリカ空軍の戦闘機F-15などは、高速が必要なので主翼を小さくし、ボーイング777などのジャンボ旅客機は主翼が大きく作られている。

 原子力発電に対する評価を3つの視点で整理していく。

①トレード・オフ :利益(ベネフィット)と損失(リスクや被害や費用)を比較して判断する

 原発の利益は安価な発電、石油への一極集中を防ぐ、アメリカとの良好な関係、潜在的な核武装などである
 原発の損失は発掘から最終処理までは損が大きい、作業員の被曝と死亡、過酷事故のリスク、テロの標的となるなどである。
 原発の利益と損益を比較すると、「原発は停止すべき or 原発は推進すべき」となる。
 
②リスクトレード・オフ :損失と損失を比較して判断する

 原発を導入「した場合」の損失は、発掘から最終処理までは損が大きい、作業員の被曝と死亡、過酷事故のリスク、テロの標的となるなどである。
 原発を導入「しなかった場合」の損失は、石油への依存、原発関係の優秀な技術の消失、アメリカとの悪化した関係などである。

 原発の損失を導入と非導入を比較すると、「原発は停止すべき or 原発は推進すべき」となる。

③リスクヘッジ : どの場合でも出来るだけ損失を少なくなるように判断する

 原発には過酷事故の可能性があるから、高価でも確実な対策を取る。原発にはテロの可能性があるから民間のガードマンを強化する。原発を導入しないとエネルギーの安全保障が脅かされるから導入する。・・・
 とリスクに注目して、現状維持を取るために、リスク分散を目指す。

 以上のように、3つの視点は全て違う視点であり、リスク評価をする場合に最も大切だと考える視点である。高木の昨年度の講義の結論の1つは、

 「50年前の原発導入時のリスク評価は、福島原発事故によって変わった。だから、もう1度きちっとやりなおすべきである」

 「その理由は、福島原発事故によって過酷事故が、確率的リスクから確定的リスクに変わったこと、冷戦構造が20年前に崩壊したことなどが挙げられる。」

 である。
 こうした3つの視点を導入して、さらに良いレポートを、論理のみならず意味内容を深めた文章を書いていってほしい。

 
付記として、3つの視点を身の回りの例、「結婚」でしてみましょう。

 世間一般では「結婚して当たり前」、「結婚して一人前」、「結婚はとにかくいいものだ」などと語られています。とにかく、それが良いことだ、として押しつけてきます。特に親は。当然ですよね、親は結婚(あるいはそれに近い状態)で出産をし子育てをしたのですから。でも、まだ結婚していない人からすると

 「結婚て・・・なに???」

となるでしょう。そこで、3つの視点で見てましょう。

①トレード・オフ :利益(ベネフィット)と損失(リスクや被害や費用)を比較して判断する

利益:好きな人と一緒に居られる。周りから一人前を認められる。お互いに助け合える人ができる。
損失:自分の時間がなくなる。自由に使えるお金が減る。親戚との付き合いが増える。

 普通は利益と損益を比較して結婚を考えるのではないでしょうか。

②リスクトレード・オフ :損失と損失を比較して判断する

結婚する損失:自分の時間がなくなる。自由に使えるお金が減る。親戚との付き合いが増える。
結婚しない損失:平均寿命が10年短くなる(統計的事実)。子供を作る機会を失う。仕事ができても認められにくい。

 このように損失同士で比較すると違うことが見えてこないでしょうか。

③リスクヘッジ : どの場合でも出来るだけ損失を少なくなるように判断する
 
結婚しないと寿命が平均10年短くなるのでした方がリスクが低くなる
結婚すると相手に掛かる金銭の損失が出てくる 
結婚した場合、伴侶(はんりょ)との相性が悪いと心身ともにボロボロになり、離婚にも非常に大きなエネルギーがいるというリスクがある(だからしない方がいい)
結婚した場合、伴侶との相性が良いと仕事の能率も質も高くなり、心身ともに充実するので人生のリスクがへる(だからした方がいい)
結婚した場合、老後に自分の怪我や病気を発見してくれる可能性が出てくるのでリスクが減る
結婚しなかった場合、金銭に余裕が生まれ有料老人ホームに入れる入れる可能性が出てくるのでリスクが減る

などなどです。

 結婚する、結婚しないは世間一般の価値観では結婚する、と決まっています。しかし、それを鵜呑みにするのではなく、きちっと3つの視点から自分なりに考えてみるのをお勧めします。具体的に相手が出てくれば、もっと絞り込めるので、さらにお勧めします。
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