講義録6-2 「論理的な文章と私の意見 荒茶のインフォームドコンセント」

(文意不明、文末の言い回しミス、誤字脱字は沢山あると思います。ご了承下さいませ。また、講義内容に大分加筆しています。)

 残りは、

 「製造物責任法の説明、荒茶問題を捉える」
   ↓
 「インフォームドコンセントから荒茶問題を考える」 
   ↓
 「論理的な文章構築によって出てくる私の意見」

です。今回で終わりたいですね。6-1をざっと読み返しましたが、講義中にクラスを回りながら学生の皆さんの解答を見せてもらって教えてもらったことが多いのに改めて気が付きました。本当に有り難いです。

 さて、問3 誰が「荒茶」検査で補償すべきですか?

 と製造物責任法から「荒茶」問題を捉えてみましょう。
皆さんの意見は「東電」というのが圧倒的で、他に国などが散見されました。これは心理的、あるいはこれまでの事実経過を見て出てくる答えでしょう。私自身も東京電力が賠償の中心である、とは考えています。ただし、東京電力はあくまで運転者です。発電所を国民の代表としてチェックしたのが原子力安全・保安院、また、原発政策そのものに責任を持つのは原子力委員会と原子力安全委員会、原発を推進してきた政治家たち、アメリカの軍需産業にも社会的責任はあります。ですから、心理的、あるいは事実経過を見ていて、こうした人々の社会的責任に気が付くことも大切です。

 例えば、バスが市内を回っています。大きな津波と地震が来ました。
 責任を取るのは運転手(東京電力)でしょうか?
それとも、バスは地震が来ても大丈夫だよと言っていた車検屋さん(原子力安全・保安院)でしょうか?
それとも、津波に耐えられないバスを作った自動車会社(三菱・東芝・日立、アメリカの軍需産業)でしょうか?
それとも、津波でもバスは大丈夫、大きい津波は考えないと言った人々(原子力委員会、原子力安全委員会)なのでしょうか?
はたまた、バスは社会のためになるから走らせろ、と言った政治家(自民党と民主党の一部の政治家)なのでしょうか?
はたまた、バスを壊れた後に対応を間違って使えなくした政府(菅内閣)なのでしょうか?
はたまた、津波が来ないよと言われていて信じていて従った日本国民(福島県の人々)なのでしょうか?

 これは倫理の欠点が出てきていますね。明確な基準がないのです。私は全てを一律に悪いとも言えないし、どこかだけ悪と言えないと考えています。だから、倫理だけではなく他の要素で判断しなければならない、と考える訳です。現実は、誰かに悪を押しつけて解決出来るほど単純ではない、と考えています。逆に誰かが善だ、誰かが悪だ、という構図が原発事故の最大の原因の1つだと考えています。原発推進は何が何でも善、原発反対は何も話すな何も聞かないのは悪だからという訳です。以上私見です。

 ですから、この問題を製造物責任法から整理してみましょう。
すると、製造物責任法の特徴①厳格責任「結果が悪ければ責任あり」、②立証責任は被告にある、です。

 足柄茶、静岡茶の生葉にセシウムをつけたのは、東京電力(など)の責任です。その「結果が悪いのだから東京電力に責任あり」となります。これは他の製造物なら当然で、新品のパソコンを買った時、初期不良という結果があればメーカーは無料で交換してくれます。これは製造物責任法が成立したからこそ当然の行為になったのです。感想で「日本のメーカーが優れているから、お客様を大切にしているからではないんですね。」と書いてくれた人がいました。私は現在No.1シェアを持つ海外メーカーのパソコンを買いましたが、日本のメーカーよりもこうしたお客様対応が良かったです。海外、日本に限らずメーカーは「結果が悪ければ責任あり」なのです。ですから、放射性物質をまいて被曝させたのですから経済的被害について責任を取らなければならなくなります。
 ②「立証責任は被告にある」からすると、東京電力(など)が賠償しないためには、「生葉についたセシウムは福島原発事故で出たものではありません」と立証しなければなりません。そうしなければ、製造物責任法からすれば全額賠償しなければならなくなります。

 余談を加えれば、日本国内で外気に触れて作られる全ての農作物(牛乳やメロン、蜜柑なども)は、こうした対象に含まれる可能性があるかもしれません。あるいは、セシウムは日本に住む全ての人間(日本国民だけではなく在留外国人も含めて)が、被曝しています。発がん率があがります。そうすると、「私がガンになったのは福島原発のせいである」と訴えた時、立証責任は東京電力にあることになるかもしれません。すると、ガンの治療費はもしかしたら東京電力が全て払うことになる可能性もあります。何故なら

「被曝後に長時間の潜伏期間を経て、臨床状態(白血病を含む悪性腫瘍、白内障、寿命の短縮など)を引き起こす晩発障害では、急性症状とは異なり線量と障害の関係を明瞭にすることは困難である」(社団法人日本食品衛生協会『食品中の化学物質と安全性』 2009年7月 101頁)

 であるからです。一般の法律では立証責任が原告(ガンになった人)にありましたが、厳格責任の製造物責任法では被告(企業)にあります。ですから、「あなたのガンは福島原発のせいではないです」と証明できない限り、治療費を払わなければならないかもしれません。あくまで法的にです。現実には無理でしょうから、煙草の被害のように数兆円~数十兆円規模のさらなる賠償額が出てくるかもしれません。書いていたら思いついたので余話終了です。今後の講義でお話しできればいいな、と思っています。

 以上のように、製造物責任法からすると、東京電力(など)が賠償しなければならなくなります。


 さて、次は、荒茶検査中止の要望書問題をインフォームドコンセントから観たいと思います。
長くなりましたから、整理しておきましょう。
 工学的安全からすると、
①製造物とすると安全対策を取っており、本質安全なので出荷出来る。
②食品とすると基準がないからはっきりせず検査の必要なし、なので出荷出来る。

 製造物責任法からすると、
①原料を汚染した時点で賠償責任は東京電力にある。
②賠償責任回避のためにはセシウムが福島原発事故ではないと立証しなければならない。

 最後にインフォームドコンセントです。
これは、荒茶検査中止の要望書で大切な問題である、と武田邦彦先生が個人ブログで書いています。神奈川県記事は要望書(http://www.pref.kanagawa.jp/prs/p309399.html)にあるように「基準値を甘く」という要望をした訳ではなく「基準をはっきりして下さい」と言っている点に多少事実誤認があります。
 ただ、根本的な指摘は的確です。
①汚染させた東京電力の責任を国民に転嫁するのは可笑しい。特に子供は食べるものを選択できません。
②食べ物を作るのは「は食べてもらう人のために作っている」のではないですか?という問いかけです。

 特に、子供たちは選択できない、という点はインフォームドコンセントの大切な要素、対象者の同意に沿うものです。インフォームドコンセントとは、情報公開と説明責任、それによる対象者の同意という意味です。
 そうすると、荒茶の検査中止の要望書は、インフォームドコンセントの情報公開に反していると考えられます。さらにはなぜ荒茶の検査中止を要望したかの説明責任が生じます。この点は、プリントにあったように各お茶屋さんや県レベルでの要望書の内容とその科学的理由を提示しなければならなくなります。この2点については満たされていると考えられます。また、消費者への同意は売買関係によって成り立つと思われます。

 インフォームドコンセントは実は、お茶の消費者だけに向けられるものではありません。
それは、お茶の組合にも向けられるものなのです。特に今回、国は法的な基準を明確にせずに検査実施を希望しました。これはお茶の組合に対するインフォームドコンセントに反している行為と見ることが出来ます。特に、生葉、荒茶、製品という段階のあるお茶の製造過程に対して一律の基準を用いる理由を説明しなければなりません。それは科学的な根拠、例えば、「生葉から水分が95%も抜ける」という根拠、をどのように解決するかです。1キロ当たりの単位であるベクレルを用いるのは適当ではない」というお茶の組合の説明に対して、科学的根拠に基づいた説明が必要なのです。さらには、法的根拠や科学的根拠が示されないまま、お茶の組合の同意を取り付けよう、あるいは同意なしに行われる行為はインフォームドコンセントに反しています。
 インフォームドコンセントをお茶の組合に向けてみると、このように国がインフォームドコンセントを満たしていない点が明らかになってきます。この点を国に求めていく神奈川県の要望書はインフォームドコンセントからすれば、至極まっとうな行為になるのです。

 以上をまとめると、
A)お茶の組合から消費者へのインフォームドコンセントは、情報公開の点で満たされていない。
B)日本国政府からお茶の組合へのインフォームドコンセントは、情報公開と説明責任と同意の点で満たされていない。
 となります。


 さて、やっと最後のチャートにきました。
 
 「論理的な文章構築によって出てくる私の意見」

です。これは

 問4 インフォームドコンセントから荒茶の検査中止は認められますか?

 で考えてもらいました。この問いについて、論理的にまず「認められる」か「認められない」が出てきます。その二択で迷うようになったら1つ成長だと皆さんに言いました。次の段階は「二択でう~ん?どっちだろう?私は」と考えないでね、と言いました。先週やったように「肯定側と否定側でみてから初めて自分の意見が出てくる」からです。どちらか一方の立場でしか考えないのは、実は自分の意見ではなく、どこかで聞きかじった意見を自分の意見と思い込む、ということが非常に多いのです。どこかで聞いた意見に自分の感情が付け加わって信念になって、それと反対の意見を言われると攻撃的になる。これは原発が工学的リスクが高い面を見ないようにしてきた原因の1つだと思っています。この攻撃的なのが加速して、ますます工学的安全対策が取られなかったのでしょう。今後みなさんと考えていきたいです。
 さて、ですから「認められる」という結論を決めて(自分の直感に反しても)、立論します。次に「認められない」と結論を決めて立論します。立論するということは、論拠で自分の考えを付け加え、適合する事実を探してくるということです。そこに客観的な視点が生まれてきます。これをさらに両面から見る訳です。

 私の結論は先に述べた通りです。
さて、最後に今回の荒茶検査中止の要望書について、私見を述べて終わりたいと思います。大分書いてきましたから、短めに。
 荒茶の検査は自主的にするべきだと思います。そして500ベクレルを超えても出荷すべきです。なぜなら政府の出荷停止要請は法的根拠、科学的根拠がないからです(お茶とホウレンソウの違いが判らないのかもしれません)。もちろん国民は不安になるかもしれませんし、一時的に売り上げが減るかもしれません。しかし、「国民が不安がるだろうから情報を出さない」という点に、現在の日本国民は強い嫌悪感を持っています。真面目に誠実に作って来て何の責任もない(放射性物質をお茶の組合の人々が付けた訳でではない)のですから、東京電力や日本国と同じことをしない方がいいと思います。飲料段階で極めて安全な値を示しているのですから、製品にパンフレットをつけるなどすれば日本国民はきっと理解してくれると考えます。

 以上で終わります。

 授業はギリギリの時間でした。問題を書く時間を削ってしまって申し訳ない、と感じました。感想に何人か書いてくれました。次回、気をつけたいと思います。

 
追記:資料使用のお礼として神奈川県にメールしようとしたら、メールアドレス廃止なのでFAXにししようと思う。静岡県は部署のメールアドレスがあったのでお礼をしました。
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