講義録8-1 内部告発の2つの考え方

 講義録8で書いた図式をもう1回書いてスタートしましょう。

 内部告発の是非

教科書 :内部告発は「非」である =条件を考えたら無理だから
      ↑
     :義務になる内部告発はない =現実には会社がつぶれ、自分は解雇される
     :内部告発は「成功しない」
 ↑
:ディジョージの逆説 =内部告発の条件は、敢えて内部告発が無理なことを強調するためである

 ↓高木の解釈では

つまり、自分の利益と会社の利益 > 公衆の福利 


 VS

高木  :内部告発な「是」である =条件を考えたら無理だから(だから倫理的に善)
      ↑
     :義務になる内部告発はある =現実には会社がつぶれ、自分は解雇される
     :内部告発は「成功しうる」
      ↑
     :ディジョージの順説(言葉通り) =内部告発の条件は、内部告発で実際、倒産や解雇しても成功というためである

      ↓高木の解釈では

      つまり、自分の利益と会社の利益 < 公衆の福利



先ほどの図式の解説に行きましょう。ここでポイントなのは、内部告発と技術者倫理(公衆の福利)の関係です。

「教科書を92Pから96Pまで原文を丁寧に読んでいきました。意訳すると以下のようになります。

「内部告発には両極端の立場「いつでも絶対OK 」と「いつでも絶対NO」があるが、それは取らない。その場合、条件がいるのでディジョージの5つの条件を参考にする。
1. 一般大衆へ及ぶか?
2. 上司へ報告したか?
3. 内部的に可能な手段を試しつくしたか?
4. 自分に正しいことの証拠があるか?
5. リスクを考慮したか、成功する可能性はあるか?
1,2,3が満たされると内部告発は許される、4,5が満たされると義務になる。
ギルベイン・ゴールドの事例だと成功する可能性はあるのでしょうか? 
長いですが重要なので原文をそのまま引用します。95pです。
:「たとえば、内部告発によって会社が廃業に追い込まれると、それが成功でしょうか? 自分が職を失うことのほかに、社員がみな、職を失うのです。それを成功というでしょうか? 「個人が負うリスクとその人にふりかかる危険に見合う成功」とは何なのか、それが実現されることはほとんどないように感じられます。このように考えると、5番目の条件を満たすことは非常に難しいことがわかります。あるいは、義務になるような内部告発はほとんどないのだ、ということをディジョージは言いたいのかもしれません。」
 このようにディジョージの条件は「内部告発が成功しない」→「内部告発の条件は実際に無理なことを強調するためである」として捨ててしまいます。
次に、チャレンジャー事故のボイジョリー氏の例を挙げながら、「共犯理論:自分が不正の共犯になりたくない」という理論を挙げ、「1つの重要な視点を提供しています」とします。」

以上が、内部告発に対する教科書の考え方です。

 前提として「内部告発は会社を廃業に追い込み、解雇される例が殆どである」という点は共有していますが、その他がザックリと殆ど違います。まず、ポイントは先ほど図式に描いたように、

「自分の利益と会社の利益 > 公衆の福利」

という点です。廃業や解雇は自分や会社の利益です。しかし、内部告発は「公衆の福利」の実現を目的としています。教科書の視点では、自分の利益や会社の利益だけしか考えず、内部告発をした人が「公衆の福利」を守ったことを支持できないのです。ボイジョリー氏の個人的な心情は「共犯理論」で説明できるでしょう。しかし、ボイジョリー氏の行った行為は、NASAとその関連会社全体に蔓延(はびこ)る組織的問題や検査体制や技術者と経営者の関係などを改善する上で「公衆の福利」に適う行為でした。この点からボイジョリー氏の行動を正当化しないとなりません。「共犯者になりたくない」や「自分は悪いことをしたくないんだ」という個人の心理だけで判断すると「公衆の福利」という社会全体からの大きな視点が欠けることになります。このようになると、今後ボイジョリー氏に続いて「公衆の福利」を行おうとする人を支えることが出来なくなります。内部告発の現実は厳しいですから巡り巡って「内部告発」は不活発になり、技術者倫理の最も大きな目標「初期の事故予防」と「再発防止」が達成できなくなります。
内部告発を技術者倫理から見ると「自分の利益や会社の利益 > 公衆の福利」では、初期の事故予防と再発防止が出来なくなる、と考えます。
具体的に見てみましょう。福島原発事故を見てみましょう。「自分の利益や会社の利益 > 公衆の福利」であったからこそ、津波対策を含めた数々の安全対策を怠ったのではないでしょうか。
 これは、「国会 東京電力福島原子力発電所事故調査委員会」が5月17日に公表した「現時点での論点整理(第一回)」でも明らかです。5つの論点の内、3つに安全文化の問題がある、と述べています。これは組織の問題が非常に大きな要因であったことが示されています。

「現時点での論点整理(第一回)」:http://www.naiic.jp/wp-content/uploads/2012/05/c3c52ccda219200c479a68f7258449b51.pdf

 次に高木が、教科書の考え方と違う点があります。
① 「成功」が、個人の利益や会社の利益ではない点
② 神の義務を入れるかどうかで「成功」の意味内容が変わってくる点
③ 法律違反=内部告発OKではない点。(法律OKでも内部告発OKがある点)
次の公益通報者保護法につながります

 ①「成功」が、個人の利益や会社の利益ではない点、についてですが、先ほど多少述べました。この点を考える前に、前提であるディジョージの条件について、教科書と違う考えなので整理します。
 ディジョージの条件について、高木は理念としては良いが、条件とするには同意できません。具体的事例に即していないからです。前回の講義録7で詳しく触れた「ミートホープ事件の赤羽氏の事例」にディジョージの条件を適用してみましょう。学生の皆さんに答えてもらいました。
 赤羽氏の事例
1. 一般大衆へ及ぶか?
→NO:業者からのクレームは多かったが消費者(一般大衆)からのクレームはなかった。また食中毒など実害がなかった。
2. 上司へ報告したか?
→NO:上司である社長には直言しなかった。社長からは心理的圧力を受けたと言っている。
3. 内部的に可能な手段を試しつくしたか?
→NO:取引業者には色々と漏らしたし、新聞社等にリークは行っていたが内部的の手段はつくしていない。社長の独裁や社員がばらばらであったなどと言っている。
4. 自分に正しいことの証拠があるか?
→YES:農政事務所に食品偽装サンプルを持っていった。
5. リスクを考慮したか、成功する可能性はあるか?
→NO:自分の人生の最後を汚したくないという「共犯理論」を述べている。解雇のリスクは年金をもらっているので小さかった。他の匿名でのリーク段階での協力者はリスクを考慮して内部告発を辞退した。成功、の意味内容が異なる。ただし、赤羽氏は北海道に住めなくなり、家族と住めなくなり、親類から厳しく抗議を受けた。高齢もあるが再就職も出来ず、顕彰もされていない。一般社会の考えでは失敗である。

 このように、5項目で4つがNOである。赤羽氏の実名での内部告発はその後の日本社会と加工食品を大きく変える点で「公衆の福利」に適う行為であったが、ディジョージの条件を当てはめると内部告発は、「許可されない」や「義務ではない」事例である。このような意味において、ディジョージの条件は、(日本人の考えを踏まえた上での)実際には適用しにくい条件となる。しかしながら、ディジョージの内部告発には「許可」と「義務」があるという抽象的な考え方は、実際に適用できる。それは、②神の義務を入れるかどうかで「成功」の意味内容が変わってくる点に関わる。
 
 
②神の義務を入れるかどうかで「成功」の意味内容が変わってくる点も、問1で義務についてモーセの十戒で述べてきた。ポイントは「成功」が、人間世界だけかどうか、である。
教科書の言う会社の廃業や自分の解雇は、この世という人間世界だけの物差しで判断している。すると、当然、「成功」は難しいことになる。
他方、高木の推測でディジョージの「成功」は、あの世という宗教世界の物差しで判断している、と考える。すると、当然、廃業や解雇されても「成功」なのである。つまり、

「成功」は、この世か? あの世か?

の2択になる。
あの世の「成功」とは、当然、神の国=天国に行くことである。ユダヤ教やキリスト教、イスラム教は、この世が全て壊れた後、最後の審判がやってくる。その時、神(イエスの場合もある)の前に立って自分の名前を言う。神はこの世=宇宙全体、原子を始め自然科学では説明できない生命までも作り出した凄い存在であるから、嘘は容易に見抜く。そこで、「私は正しく生きました」と言えることが「成功」となる。この考えは現代の日本人では一般的ではないが、前にも述べたように人類では一般的である。世界の殆どの国々では倫理を守るために、このように神の存在を導入している。導入している、とは高木の日本人の視点に基づくが、結果として「死後の世界を考えろ!今目先の利益に動かされるな」というために、神を持ち出すのである。であるから、「無宗教です」と日本人が何気なく言うと世界の人々から信頼されないことになる。

「そうか、あいつは究極的に、倫理を守るものがないのか。信頼できないな」

という訳である。宇宙の創造から人間個人の倫理まで見事につながった論理(つながっているという意味)があり、地域や文化を超えてキリスト教やイスラム教は普及した。ユダヤ教はユダヤ人しか救われない、という前提に立っている。
 「神からの義務」にも欠点があります。それはA)「神からの義務」だから絶対に従わないといけないこと、とB)「神からの義務」を決めるのが人間であること、です。
 モーセの十戒は比較的分かりやすいものですが、生きていれば色々と問題が出てきます。その場合はどのようにしたら良いか?というのは、「神からの義務」で生きている人には問題になってきます。例えば、イエス・キリスト自身は「ユダヤ教の預言者」として死にました。それを後から「キリスト教の創始者」としたのです。ですから、キリスト教は経典や教義などが不十分でもめにもめて、キリスト教徒自身が決めるのではなく、ローマ皇帝に決めてもらいました。宗教の問題を政治が決めたのです。これはキリスト教、特にローマ・カトリックに大きな禍根(かこん)を残しました。

 この辺は、『神の歴史』 カレン・アームストロング著 柏書房 または読みやすいものとしては、『ローマ人の物語り 最後の努力[下] 37』 塩野七生著 の第3部です。この本は大変読みやすいですが、塩野氏の解釈である点も指摘されており、導入としてはお奨めです。私も全て読んできています。学術的なのは『神の歴史』です。

 このようにゆれ続けるキリスト教は、印刷技術が出てきて聖書を多くの人が読めるようになると矛盾だらけなのが暴露されてしまいます。当時は寒冷化していたのも一因で悪魔狩り、魔女狩りが起こります。ローマ・カトリックとそれに抗議する(プロテスト)宗派で御互いに「悪魔!」や「魔女!」と呼び合い殺し合います。大体1000万人(30万人~2000万人以上の説も)が殺されました。高木はアメリカの富を収奪するまでヨーロッパは世界で最も遅れた貧しい地域の1つであったから、口減らしの意味もあったと考えています。
 この魔女狩りの根本原因は、A) 神からの義務」だから絶対に従わないといけないこと、とB)「神からの義務」を決めるのが人間であること、だと考えています。B)で互いを悪魔としてしまう原因となったのです。映画「クルーシブル」を見ると、よく分かります。17世紀末の実際にあった魔女狩りの話を基にした映画です。前の学生に舞台となったマサチューセッツ州セイラムには魔女狩り博物館がある、と聴いたことがあります。調べてみたら本当にありました。

セーラム魔女博物館 - Salem Witch Museum 
http://www.salemwitchmuseum.com/

のアメリカでも魔女狩りが沢山行われていたこと、魔女がいることを疑う人は罰せられたこと、魔女がいると副知事が認めていたことなどが分かります。もう1つ「神からの義務」で自分の命のみならず愛する妻や胎児を殺し、2人の息子を捨てることも分かります。それほどまでに、「神からの義務」は、重く受け止められていました。これらは現代日本人からすると欠点になります。もちろん、キリスト教徒からすると欠点ではありません。そして、それゆえに、現代日本人に沿(そ)う倫理を考える必要があると思います。

 カントの倫理は、「人間の理性は神から与えられているが、倫理は全ての人に当てはまる考え方にしましょう」という義務倫理です。カントは微妙に神を表に出してきていませんが(『実践理性批判』)、高木の解釈では、魔女狩りで先ほどのA)とB)の反省を込めたように思われます。そして最後の『判断力批判』で道徳的理想として神を肯定します。
 高木からすると、カントは宗教による殺戮(さつりく)の反省と神の肯定を目的とした哲学に他なりません。ですが、日本の歴史では宗教による殺戮は驚くほど少なく、また鎌倉時代以降では、安土桃山時代にポツリ、キリスト教が巻き起こしたものがポツリ、とあるくらいです。さらに日本の神は、人間によって肯定される存在や、人間の道徳的理想としての神などではありません。『古事記』を読めば分かります。例えば大国主命は、嫉妬深い父親であり道理の分からない側面を持っています。
 ですから、カントの哲学を研究している日本の若手哲学科の人と話が合わなかったのもこの点でした。カントをやるだけでは全く意味がないと高木は考えていたのです。日本の神道や仏教を勉強しながら日本人としての無意識を開拓していかないと、カントの理解は、文字の上だけの理解になってしまう、と考えていたのです。私は哲学若手研究者フォーラム(旧「全国若手哲学研究者ゼミナール」)で発表や論文を書かせてもらいましたが、その時に、何人の人かとこういう話をさせてもらいました。もちろん私の感じたズレは埋まりませんでした。

 哲学若手研究者フォーラムは、飛び入りの私を快く迎え入れてくれ、色々なことを教えてくれました。
HP:http://www.wakate-forum.org/

 大変感謝しております。

 次は、法律違反と内部告発です。
 



 
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