講義録3-1「六本木ヒルズ回転ドア事件と6つの安全」

 六本木ヒルズ回転ドア事故は、TVなどで報道され注目された事故で、当時の記憶を持った学生も何人かいました。

 配布プリント2枚目(表)藤本温(代表) 『技術者倫理の世界 第2版』16,17Pが分かりやすいので読みあげていきました(補足も入れます)。

「2004年3月26日に「六本木ヒルズ」の2階正面入り口で、6歳の男の子が回転ドアに挟まれて死亡する事故が発生しました。(図を描く。図を指しながら) この部分が回転してきた羽根の部分です。そして方立(ほうだて)と呼ばれる固定部分との間に挟まれました。約2時間後、頭蓋骨圧迫による脳内損傷のため死亡しました。回転ドアは2.7トンありました。
 ヨーロッパやアメリカに安全規格がありましたが、日本にはなく、建築基準法も特に規制がありませんでした。メーカー独自でした。実は、開業から1年弱(2003年4月)で手動ドアも含めて32件があり、自動ドアは13件、16件は子供の事故で10件は救急車で病院に運ばれる事故でした。つまり、1か月に1回はドアで子供が救急車で運ばれていました。
 ドアの回転速度は最高速度、3.2回毎分で、天井からのセンサは80センチから120センチになっていました。男の子は117センチです。これは風でゴミや枯れ葉のようなものが飛んでくるなどで誤動作が続いため、とありました。
 しかし、問題は、センサ検知後にドアが停止するまで35センチ、さらに挟まれてもドアを逆向きにする安全装置がなかったことです。例えば、この大学のエレベーターは、ドアが閉まって来た時、手を入れて挟めば反対側に動きます。考えてみて下さい、あのエレベーターのドアが挟まれたと分かっても35センチも動くのです。さらに反対側に動かない。誰でも挟まれたらそれで終わりになってしまいます。だから、センサが機能しても事故が避けられないという構造的問題があった、と書いてあります。
 6月29日、わずか3カ月後に対策防止のガイドラインが出来、今の原発は「安全だ」と言っていますが、そのガイドラインが出来ていませんね。大飯原発再稼働でも関西電力は「何が原因なのか?」の分析を放棄しています。2005年8月にはJISで工業規格「自動回転ドアー安全性」を制定しました。
 さて、ここからが重要です、警視庁は、事故は「予見可能」だったと判断、森ビル責任者2名とメーカの元担当取締役を業務上過失致死罪で起訴し、執行猶予のついた禁固刑が言い渡されました」

 前回、技術者の倫理的責任で「予見可能」が基準、と述べましたが、法的責任でも「予見可能」は判断基準の1つです。また、六本木ヒルズは観光地になり人が大勢来ていました。いたずらなども相次ぎ、さらには回転ドアが遅いので人ごみが出来る、などの経済・効率の理由から、回転ドアを最高速度にし、センサーも120センチに挙げていました。しかし、製造物で問われたのは、

・経済や効率などは判断基準ではない
・「予見可能」が判断基準である

 ということです。現在の原発再稼働の動きを見て下さい。「電力が足りなくなるから」という経済的理由、「石油が高いから」という効率の理由は、技術者倫理でも法的責任でも採用してはならない、ということです。こうした事例は技術者倫理の中に沢山あります。前回のチャレンジャー事故もその一例かもしれません。すると、福島原発事故から希望が見えて来ます。

①福島原発事故で「予見可能」が広がった ⇒「事故」の責任範囲が広がった

 ということです。もう1つあります。
 ガイドラインが3ヶ月、JISの工業規格が2年半で出来ました。これまで全くなかったのですが、出来たのは、報道で注目されたから、です。良い悪いは別にして報道で連日取り上げられていますから、安全基準をガイドライン、工業規格で作るチャンスです。

②福島原発事故で報道され注目されている ⇒工業規格やガイドラインをしっかり作るチャンス

 なのです。現在のように事故対策にならないガイドラインではなく、事故の原因を究明した上できちんとした工業規格やガイドラインを作る、これが技術者倫理の「予見可能」から導き出される結論です。そしてこの工業規格を世界の各国に提示することで、放射性物質を世界に排出し、さらにエネルギー問題でも世界を震撼(しんかん)させた日本の責任の示し方であり、かつ、世界平和に貢献することにつながると考えます。良くも悪くも2011年はフクシマの年でした。

 さて、六本木ヒルズ回転ドア事故を、もう少し踏み込んでいきましょう。

 どんな製造物でも必ずリスクがあります。リスクは「許容可能なリスク」である場合に製造物は作れます。このリスクですが以下のように計算されます。

      リスク = 最悪事故 ×  その確率

具体的に行きましょう

 原発事故のリスク = チェルノブイリ事故(最悪事故) × ??(0)

 福島原発事故は最悪事故ではありません。チェルノブイリ事故よりも放出された放射性物質の種類が少ないですし、放射性物質の総量も半分以下です。その他、事故後の予測も軽度です。:『福島原発事故独立調査委員会 調査・検証報告書』の北澤先生は、

 「安全神話はもともと立地地域住民の納得を得るために作られていったとされますが、『いつの間にか』原子力推進側の人々自身が安全神話に縛られる状態となり、・・・」6P

 と述べています。『』は高木がつけたものです。私は『いつの間にか』ではなく、スリーマイル島の事故、チェルノブイリ事故が最悪事故となり、その確率を下げなければならなくなった、から安全神話に縛られた、と考えています。つまり、最悪事故が大きすぎるので、どうしてもその確率を「ゼロ(0)」ですよ、と言わなければならなくなったのです。しかも、原発は当初から現在まで、火力発電や水力発電など代替が可能です。地熱発電は原材料が要らない発電で、現在分かっているだけで、原発30基分の潜在的発電量が見込めます。地熱発電への投資を留めたのも、地熱発電が有効になると原発が全て要らなくなる、という代替が可能な発電なのです。その上、原発のリスクが高い、となると中止せざるを得ません。それゆえ、確率をゼロ、と言わなければならなくなったと考えます。
 原発ばかり問題にしていますが、リスクは基本的に自動車が基準になっています。飛行機と自動車を見てみましょう。

 飛行機のリスク = 最悪事故(ほぼ全員死亡) × 確率 10万分の1
 
 自動車のリスク = 最悪事故(死亡事故)   × 確率 1万分の1

(飛行機のリスクは、National Transportation Safety Board(NTSB)です。ちなみに日本の航空会社は10億分の1。自動車のリスクは日本人1億3千万人で1年間に1万人の死亡事故から導き出します。アメリカは7000分の1くらいです)

 こう見ていくと、最悪事故ばかりに目が行きますが、実はリスクが問題なのです。確率だけ見ると飛行機の方が「安全」ということになります。

 問1 飛行機は何分の1なら許容可能?

 各3人に書いてもらいました。1万分の1という人から1億分の1の人まででした。さまざまな考え方がありますが、理由を聞きました。例えば「人生で3回飛行機に乗るとして、1機に500人乗れて、その100倍で、3×500×100=15万 なので15万分の1」と示してくれた人もいました。

 ポイントは4つあります。

A) 「人の命を奪うのは許せない」や「事故は絶対だめ」という発想ではない、ことを認識してもらうことです。もし、この2つの発想なら毎年確実に死者を生み出す、自動車は無くさなければなりません。また、シートベルトなどの発達によっても死者数は下げ止まっています。しかし、自動車は無くならないのは、こうした発想に基づくからです。

B) 最悪事故だけに注目しない、という認識を持ってもらうことです。
 原発事故は最悪事故が、他のものと比べても最も最悪の部類に入ります。これ以上の被害は戦争や内乱になるほどです。しかし、日本の原発は、大きな事故を2回しか起こしていません。1999年の東海村JCO事故と福島原発事故です(原発内作業者が白血病やガンで死亡していますが、事故ではありません)。実験炉導入から50年が過ぎて、現在50機(福島を含めて54機)を運転して2回、というのは確率的にかなり低いと考えられます。フランスなどは最悪の事故を1回も起こしていません。

c)自動車が基準になっている、という認識をもってもらうことです。
 福島原発事故で有名なった「法律による被爆限度1[mSv:ミリシーベルト]は、これまでも被爆の経験から、大体1億人で5000人くらいが死ぬ、と推測された基準値です。自動車は日本では1万人が死にます。ですから、それ以下であるように、という基準で1mSvに決まったそうです。ただし、子供は大人の10~100倍以上の感度があり、5万~50万人以上が死にます。さらに、文部科学省は20[mSv]にしたのですから、この20倍、100万人~1000万人以上はOKと言ったことになります。専門家の中でこの基準についてカンカンに怒った人もいます。ただし、単純に20mSvが20倍になるかどうか、は判っていません。ただ、1mSvより20mSvの方が危険、大人より子供の方が同じ放射線でも被害が大きいと分かっているだけです。大切なのはその基準が、自動車の許容可能な基準、1億人で年間1万人が使われている点です。私個人の意見として、自動車は代替出来ないが、原発は代替出来るので同じ基準を当てはめることは出来ない、と考えています。


d) リスクの確率が出てこない分野もある、ということを認識してもらうことです。
 日本の技術の誇りである「はやぶさ」は、技術実証機です。つまり、1発勝負でリスクの確率が出て来ません。最初なのですから。川口さんはマイナス思考では新しいことが出来ない、と言いますが、製造物ではリスクの確率ばかりに目がいくと、どうしても革新が出来ません。革新の分野に、リスクの確率ばかりで計ってはならないと考えます。
 他の分野では、例えば、新薬があります。人体実験が出来ないのでモルモットを使いますが、限界があります。それを踏まえた上で投与側に説明をする必要がありますが、どのような効果、副作用があるか、のリスクは確率で示されません。

 さて、次に行きます。

 1人1人許容可能が違う、ことが発表で分かってもらいました。それは当然のことです。独裁国家なら独裁者が一括してどのくらい、と決めることが出来ますが、民主主義国家ではそうではありません。では、

 「何分の1ならOK?」

 という問題が出て来ます。この答えは「曖昧(あいまい)」なのです。社会によって変わります。時代や地域によっても変わります。例えば、先ほど述べた使用済み核燃料の問題のリスクですが、アメリカではリスクが高すぎる、として原発を止めてきました。日本では「何時か出来るよ」と望みを託してリスクは許容可能、としてきたのです。だからアメリカが優れている、訳ではありません。ここで問題なのは、

 「許容可能なリスクは社会が判断する。そして判断基準は数値化されず曖昧」

 という点です。福島原発事故によって「予見可能」が広がりました。しかし、そのリスク判断は私たち日本国民がする、あるいはその代表がする、ということです。

 さて、さらに問題が広がります。

 「では、許容可能が曖昧な判断基準なら、製造物の安全対策は曖昧なのか?」

 安全は、6つに分けられ、それぞれで対策が取られるべきである、と考えます。教科書では3つの安全ですが、私はそれでは不十分で6つ必要と考えます。

 6つとは、フール・プルーフの本質安全     フェイル・セイフの本質安全
             の制御安全             の制御安全
             の注意安全             の注意安全

 ちなみに、教科書などでは、本質安全、制御安全、注意安全の区別で3つです。
 具体例を六本木ヒルズ回転ドア事故で挙げましょう。フール・プルーフは「人は愚かなことをするからそれを防ぐ」です。電車で駆け込み乗車はおやめ下さい、と言っても絶えないので、フール・プルーフが必要になります。

フール・プルーフの本質安全 ⇒ ドアを軽くする
                ドアが2.7トンありました。実際に8500N(ニュートン)掛かったそうです。ドアを0.27トンと10分の1の重さにすると、850Nとなり(F=maから)、子供の頭が破壊される力1000N以下になります。大人の頭が2000Nですから最低限の安全が担保されます。電車のドアを考えてみて下さい。軽く作られています。挟まれ場合でも安全を確保するように軽くしてあるのです。このように本質で確保される安全を本質安全と言います。

フール・プルーフの制御安全 ⇒ ドアの回転速度を遅くする 挟んだ場合に反対の動きをするようにする
                ドアが挟まれた場合に制御(動き)で確保する安全を制御安全と言います。他の自動ドアなどについている制御安全を回転ドアにもつける必要があります。あるいは、停止ボタンなどの動きによって安全を確保する方法もあります(備え付けられていました)。

フール・プルーフの注意安全 ⇒ 貼り紙やガードマンや柵を立てるなどで注意を喚起する
                視覚や聴覚などで使用者に注意の喚起で確保される安全が注意安全です。この対策は取られていたようです。

 3つの安全の内、最も大切なのは本質安全、次に制御安全、最後に注意安全です。六本木ヒルズ回転ドアでは、本質安全、制御安全が不十分でした。また、事前に何度も重大事故(救急車による搬送、打撲や内出血など)が発生していたのに対策を取らず、経済・効率を優先したことが法的責任ありと判断されました。

 問2 フェイル・セイフの本質安全、制御安全、注意安全、をそれぞれ書きなさい。

 工学系の大学なので、さすが、と思う回答が多かったです。時間がないクラスでは高木の回答となりましたが、見回っていると是非とも板書してもらいたい回答がありました。高木の回答です。ちなみに、フェイル・セイフは「物が壊れるから被害を防ぐための設計をする」です。

フェイル・セイフの本質安全:材質を強くする 壊れても飛び散らないようにする 500N以上は壊れるようにする
              物は壊れるので人に被害を出さないようにする、と考えると、例えば地震の場合は、ドアの強度を上げるために材質を強くすることが求められます。同時に壊れても飛び散らないようにすることも。大学の窓には細い鉄線が入っている窓があります。これは地震の時に下の人に窓ガラスが刺さって怪我をしないように、というフェイル・セイフの本質安全対策です。鉄線が入っていない窓が横にあったので見比べてもらいました。また、講義では言いませんでしたが、人が挟まれることに注目すれば、500N以上でドアが壊れる、という材質にしておくのも本質安全です。ドア全てが壊れるのではなく接合部だけにしておけば修理も楽になります。

フェイル・セイフの制御安全:手動開閉(停止)装置をつけておく 
              エレベータでは地震の時、1階まで自動で降りる装置が付いています。このように自動で担保する方法もありますし、手動開閉装置のように手動の方法もあります。

フェイル・セイフの注意安全:災害の際の連絡先、対応の仕方を書いて貼っておく
              これは最近、海沿いの街で「海抜何M」と書いてあるのも一例でしょうか。堤防が壊れ水が市中に浸水してきた時にパニックにならないように事前に注意しておくという意味においてです。また、エレベータの中に貼り紙がしてあることもあります。

 以上が6つの安全になります。
私が3つではなく、6つに分けた理由があります。それは製造物の特性を安全対策に活かすためです。
例えば、回転ドアのドアですが、フール・プルーフの本質安全からすると、当然「軽い方が良い」ことになります。しかし、フェイル・セイフの本質からすると、「当然、強い方が良い」ことになります。
 結論として、軽いと強いは相矛盾します。軽い素材ならプラスティックを、しかし強度が弱くなります。他方、強い素材なら合金なら重くなります。このように、フール・プルーフとフェイル・セイフは時として相矛盾します。この材質選びの問題は、製造物を製造する場合に欠かせない問題であり、かつ、相矛盾する要素を取り込んで製造する製造物の相矛盾がぶつかり合う問題です。さらに、材料の価格などなど多くの要素が絡み合ってきます。これらを整理するために、高木は6つに分けました。

 「補足がいる人は手を上げて下さい」と言って手が1人でも上がれば補足をします。その補足は昨年も上げたマクドナルドのホットコーヒーの例です。ちなみに、今年の1月からマックに行った人は全ての学生の半分くらいでした。

 有名な話があってマクドナルドのドライブスルーでコーヒーを買った人が熱くてこぼして太ももにこぼれてしまった。それで熱さ対策をしていなかったとしてマックを訴えた。それで結局1億円(実際は64万㌦の判決後、60万ドル以下の和解金)を払うことになった。
 マックのホットコーヒーを紙コップにそのまま入れると、人は愚かな行為をする、つまり、自分で注文しておいて、さらに熱いと解っていてもこぼす。さらにそれは「予見可能」なのである。だから裁判でお金を払うことになった。アメリカの行きすぎた裁判の現状もあるが、判断基準は日本でも同じく「予見可能」である。そしてその中に「人は愚かなことをする」と「物は壊れる」は入れなければならない。これから、マックなどは熱い飲み物を入れる紙コップにプラスティックのコーティングをするようになった。また、アメリカの電子レンジには「猫を入れないでください」などの注意書きもある。説明書が異様に分厚くなり、むしろ消費者のためになっていない、と考えて、アメリカの行きすぎた裁判の現状と述べた。
 身の回りを見渡してみると、例えば、静岡県にあるハンバーグ屋チェーン店「さわやか」では、ハンバーグに紙が巻かれ出てきて「鉄板がお熱いのでお気をつけ下さい」と言ってくれる。あれは親切でいうのではなく、言わないと訴えられるなどの問題があった時に困るからである。同じようにペットボトルにも色々と注意書きが書いてある。それも、ここ10年前後のことで、「予見可能」という技術者倫理の考え方が社会の中に具体的に浸透していっている一例と考えられる。同じような例が身の回りに沢山あるので探してみて下さい。

 次は3段論法です。
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