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【學問】新しい老子と古い孔子


 老子はこれまで何度か出てきましたが、今回は孫子を軸に最新の研究の一端をご紹介したいと思います。デレク・ユアン著『真説 孫子』を参考にして述べていきます。

老子に関する新発見
 と言いますのも、千九百七十二年に山東省銀雀山(ぎんじゃくざん Yin-ch'Uehshan)で孫子の竹簡(ちっかん:竹でできた札に文字が書かれたもの)が発掘されたのです。西欧では千九百九十三年に英訳されるなど、研究が遅れており、日本でも孫子の解釈がビジネスや人生訓などに偏って解釈されています。
 この「銀雀山漢墓竹簡」が示すのは以下のものになります。

 ①老子、孫子、孔子が同時代の人間であったこと。
 ②老子の『道徳経』が『孫子兵法』に影響を受けていること。
 ③孫子の『孫子兵法』が『道徳経』に与えた影響は戦略のアイディアであったこと(陰陽説)。

 他にも多くの点がありますが、今回関係するのは以上です。表にしてみます。
 時代で並べると、

 老子(人物)
  ↓
 孔子・孫子・『孫子兵法』
  ↓
 『道徳経』(老子の弟子達の作品)

 内容で並べると

 孫子・老子=戦略思想あり
 孔子=戦略思想なし

戦略思想と孔子
 戦略思想の内容について詳解は避けますが、「正攻法と奇襲法の両方が陰陽であり、望ましい結果を達成するために、矛盾する両方法の利用主張すること」です。例えば、平和を達成するためには、武器を放棄する方法と武器を相手よりも蓄える方法があります。人間世界は相手があるのでどちらの方法が平和を達成すべき手段であるかは、決まらないのです。この点を受け入れて両方法を利用する=戦略思想です。
 こうした視点は孔子の思想を書き残したとされる『論語』にはありません。

戦略思想の背景ー斉(せい)ー
 この様な戦略思想が生み出されてくる社会背景について、何度か述べきましたように、農業社会から商業社会への変換があります。いち早く商業社会への踏み出したのは「斉(せい)」という国家です。立国者太公(太公望)、管仲(かんちゅう)、晏嬰(あんえい)による改革で、斉は春秋時代を通して経済大国・有数の軍事国家でした。晏嬰は『論語』公冶長第五 第十七章に登場します。

 子曰わく、晏平仲(あんぺいちゅう)善く人と交わる。久しくして之を敬す。

 伊與田覺先生訳
 ○先師が言われた。
 「晏平仲は交際の道をよく心得ていた。久しく交わっても、益々人は彼を敬った。」
 ※一説、久しく交わっている人をも、敬って変わらなかった。
 ※晏平仲、斉の名大夫。晏は姓、嬰は名、仲は字(あざな)、平は諡(おくりな)。

 管仲は以下の言葉が有名です。
 「(民は) 倉廩(そうりん:穀物の倉庫)実(み)ちて則(すなわ)ち礼節を知しり、衣食足たりて則ち栄辱(えいじょく)を知る。」
             『管子』牧民

 この章の前半部から訳してみます。

 「土地を持って民を養う者は、一年中を通して穀物を貯蔵するのが大切である。国が豊かになれば、遠くから人がやってきて農耕を行って定住するのである。そして穀物をたくさん貯蔵してあれば人々は礼儀を守るようになり、衣服を着れるようになれば名誉や恥ずかしいことが分かるようになるのである。」

 前半部分も合わせて読みますと、産業振興を述べていることが判明します。
 「富国強兵」によって強国となった斉は、春秋時代に周王室の権力の低下を補う覇者を初めて出します。管仲が補佐した斉の桓公です。周王室の権力に従わなくなった各国の利害調整を行うのが斉の桓公であり、実行者は管仲だったのです。そこで求められるのは戦略思想でした。孫子は斉出身です。孫子自身の天才性もありますが、管仲にも見られる戦略思想、「富国強兵」、各国の利害調整などをまとめあげたのが孫子なのです。加えて産業の発展によって武器や食糧事情の改善もあり、新しい戦い方が出てきたことも戦略思想を深めることに寄与しています。
 また、孔子が斉の富国ぶりに驚くエピソードが残っています。『仮名論語』 述而第七 第十三章を引用します。

 子、斉(せい)に在りて韶(しょう)を聞く。三月、肉の味を知らず。曰わく、圖(はか)らざりき、樂(がく)を為すことの斯に至らんとは。

 伊與田覺先生訳

 「○先師が斉の国で韶の音楽を楽しまれ三月の間、好きな肉の味もおわかりにならない程だった。
 そうして言われた
 「音楽がこれほどまでにすばらしいものとは思いもよらなかった。」

 現代では孔子の聞いた音楽を耳にはできません。他方、音楽の素晴らしさによって豊かな経済に裏打ちされた強国であったことは推測されます。農業で貧しいだけの国家には音楽の楽器を作る職人、音楽家を育成する土壌がないのです。素晴らしい音楽を奏でるためには、洗練した楽器を作る職人や演奏家、音楽を作り出す音楽家など、生存に直結する農業生産に寄与しない人々を多数抱えるだけの経済的裏打ちが必要なのです。
 以上が戦略思想とそれを生み出す斉になります。

新しい老子と古い孔子
 老子と孔子の関係から引用します。

 「孔子が周王朝の「礼」〔周礼(しゅうらい)〕についての意見を聞くために老子を何度か訪れていたことは、多くの証拠から判明している。孔子がそうした理由は、老子がその分野の有名な専門家であったからだ。老子は周王朝の「守蔵室之史」(図書館の記録管)として知られていた。このおかげで老子は、孔子にとって不可能であった、当時すでに古典となっていた著者や歴史の記録にアクセスできる特権を持っていたとされる。孔子が老子に会ったとされるのがなぜ重要なのかと言えば、それは老子がすでに当時から「賢者」として有名であり、孫子が老子の人物やその思想について知らなかったとは考えづらいからだ。孫子と老子が使用している概念には無数の共通点があることからもわかるように、老子が孫子の著作に大きな影響を与えた可能性はかなり高いのである。」
       『真説 孫子』 八十三頁

 この引用文は以下のことに驚きました。

 ①老子が実在したこと。
 ②老子の役職が判明していること。
 ③孔子の勉強先が周王朝の図書館として判明していること。

 これまでは老子と孔子の関係が不明確でした。しかし、実在し両者の交流があったことが判明していたのです。いい勉強になりました。

 それでは本論に戻ります。まず、孫子と老子が実際に逢ったのかは推測の域ですが、思想上の概念の共通点は判明している点です。これは西暦十七世紀の王夫之(おうふし)等も戦略思想において、『孫子兵法』と『道徳経』の共通点を挙げています。
 斉がけん引する春秋時代の各国の「富国強兵」を生み出す戦略思想における共通点です。時代の流れを捉えているのが、老子であり孫子、であるのが判明します。時代の流れを捉えている、は言い換えれば新しい、となりますので、新しい老子と言えます。また、賢者として名高い、という意味は、周王朝の図書館の司書としてではなく、図書館の知識も知りつつ、産業社会を生き抜くうえで大切な知識や思想を教えてくれる、という意味だったことでしょう。この意味で、老子は賢者であり、新しい老子、と観られます。
 他方、戦略思想がなく、正攻法だけを主張する孔子は、周王朝の礼を学んでその精神を取り出そうとしています。農耕社会に通じる上下関係、王や大夫と農民との上下関係の固定、それから生まれる王の礼は王だけしか行えない、などの儀礼の階層化を目標としています。老子は古い知識を学びながら、目の前の現実社会を生きるための新しい知恵や思想を探しましたが、孔子は図書館の中にある何百年も昔の社会を肯定し、目の前の現実社会を戻そうとしたのです。それゆえ、孔子に、古いと付けました。断っておきますが、この解釈は高木に拠ります。
 孔子の好みは、どこから生まれたのでしょうか。本論では斉から孫子の戦略思想が生まれた点を観ていますので、孔子の古い社会を好む思想は、出身国である魯が産業化に遅れた社会という点から生じたのかもしれません。孔子が斉の音楽を聴いて感動して好物の肉の味を忘れてしまったことを引用しました。現代ならば、山奥から出てきた青年が、東京の巨大な何万人も入る会場で、映像やライトアップを使って、耳をふさぐほどの大音量で最新のアメリカ音楽を聞いて、茫然自失になってしまった例えが適切でしょうか。
 また、孔子の古い社会を好む思想傾向は、これまで述べてきたように、賢者を求める各国で孔子が政治家として採用されたなかった点からも推察されます。つまり、孔子の生きた時代は、生きた馬の目を抜くような、強烈な競争をしているのです。その政治状況の中で、農業国に戻って礼式だけを正しましょう、正しい方法だけを行いましょう、と言っている孔子に政治を任せられないのです。引用文で孔子が褒めている晏平仲は、孔子を遠ざけたのです。
 新しい老子と古い孔子とは以上のように、時代の流れを捉えた意味になります。

孔子自身の古い孔子
 孔子を好き、嫌い、尊敬する、見下す、ではなく、これらは手段に過ぎない、と捉えるのが孫子の戦略思想です。このように孔子を少し離れて観てみると、ある一文が思い起こされてきました。最後に引用して筆を置きたいと思います。

 子曰わく、我は生まれながらにして之を知る者に非(あら)ず。古(いにしえ)を好み、敏(びん)にして之を求めたる者なり。
          述而第七 第十九章

 伊與田覺先生訳
 ○先師が言われた。
 「私は、生れながらに道を知る者ではない。古聖の教えを好み進んで道を求めた者である。」

 これまでは孔子の一心不乱な姿勢を読みました。これに新しい解釈が加わったのなら幸いです。


引用書
○伊與田覺著 『現代訳 仮名論語 拡大版』 論語普及会 平成二十四年 第三十八刷
○デレク・ユアン著 奥山真司訳 『真説 孫子』  中央公論新社 二千十八年四月五日 第三刷
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