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【随筆】『夜半のひとり言』とお蕎麦屋さんの夫婦


 蛇口から、

 っーー、
 ぽたぽた、ぼたぼた、
 ぼたん。

 とそば湯が落ち切った。

 甘口の汁に、ぼたんと白い蕎麦の花が広がっている。
 ぎゅっと引き寄せて、ぐい、と飲む。

 「・・・(うまいなぁ)・・・」

 口にはでないが、頭の中は、「うまい、うまい」の連呼、連呼であった。

 毎回うまい。
 これは凄い。ある蕎麦屋は、蕎麦の太さが違う。すると、ゆで時間が一定でなくなる。生煮えの蕎麦と煮すぎの蕎麦が入り混じる。この蕎麦屋は蕎麦の太さ、厚さが均一である。
 汁やネギ、わさびは季節ごとに少しずつ変わっている(と思う)。体は一年間、一定ではないから、うまいと感じるのも一定ではない。
 毎回うまい。
 これは凄い。

 蕎麦屋のご主人がそば職人である。いつも丁寧で明るく気風がいい。気持がいい。

 けれど、今日は怒っていた。
 声を荒げていた。珍しい、と思って、聞き耳を立ててしまった。

 「あの人たちはダメですよ。会社の金で飲み食いしているから、そばを悪く言うからダメですよ。」

 席の後ろの老人と話しているようである。

 「そうでしたか。」

 やわらかく返答があった。

 「小学生がおこづかいを貯めて七百円のそばを食べにきてくれる。でも、会社の金で飲み食いしているから、言いたい放題ですよ。もう来てほしくないですね。


 嬉しくなった。ここに職人がいる。魂まで燃えている職人さんがいる。その嬉しさで、そばを待つ間に読んでいた本を思い出した。

 『「新しきバイクに乗りて夫(せ)の顔の
           幼子のごと輝けり」

 あたらしもの好きの父が、ホンダのバイクを買った。勤務先でもほとんど持っている者などいなかったころのことである。(後略)』

 藤田先生にお借りした遠藤榮著『夜半のひとり言』の五十から五十一ページである。遠藤氏のお父様は、製紙の「色だし」職人さんで知事表彰を受けた方であった。その解説に、

 『(前略)「色の長さん」は、母にとっては大きい子ども以外の何ものでもなかったが、製紙技術では他の追随を許さぬ達人だったのである。』           百七十三ページ

 「色の長さん」とはお父様のことである。仕事に一心不乱に取り組み、熱い魂を込めるのが職人さんである。私は先ほどの蕎麦の職人さんと相通じると感じた。

 そして、それを支えるお母様も似ているかもしれない、と思った。先ほどの老人がゴールデンウィークの五名の予約をして帰った後、客は私だけになった。すると、穏やかで明るい奥さんが、職人のお父さんに話しかけていた。決して夫につき従うだけの話し声ではなかった。それでも、老人に客を選ぶような言葉を言った時、止めなかった。客は多いほうがいいに決まっている。でも、客を選ぶ基準を職人さんが握っているのである。「色の長さん」がバイクを購入する決定権を握っているのである。夫婦の関係が似ている。

 今日はおいしい食事ができるぞ。

 と嬉しくなって蕎麦屋の暖簾をくぐる。
 最初に汁をほとんどつけないで、そばの香りを楽しんで、あ~おいしい
 つけもので、あ~おいしい。鶏の麹上げで、あ~うまい。ねぎと蕎麦でまた別の、あ~最高。わさびを付けて、こりゃたまらん。そば湯のしめで、大満足。

 最後にお会計に立った。

 「ありがとうございました~」と奥さま。
 穏やかで明るい声。

 「いつも、ありがとうございます。」と職人さん。

 私は、お店ではほとんど口を開かないが感謝している。

 『夜半のひとり言』は、息子さんである遠藤榮氏がお母様の歌をまとめられた本である。そこに書かれたお母様は、夫にひたすら従う面、観音様のように無償の愛を子供に与える面が書かれている。
 ただ、実際は蕎麦屋のご夫婦のような睦まじい、夫婦にしか解らない面があったのかもしれないと、ふと、想いついた。

 さて、仕事に向かうことにしよう。
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