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【學問】宮崎市定先生の訳された『論語』

 先月号「ふじの友 二月号」で、宮崎市定先生のご紹介を致しました。「【學問】『貞観政要』を読む」の『貞観政要』の読み方、十二頁二段目からになります。今回は、宮崎先生の訳文を味わっていただきたいと思います。

宮崎市定先生のご紹介
 岩波現代文庫等の著者紹介によりますと、宮崎市定(みやざき いちさだ)先生は、西暦千九百一年から九十五年没とご長寿でした。長野県のご出身で京都大学卒、東洋史学で研究に切磋琢磨された京都学派の中心人物でした。京都学派はいろいろな分野で独自性があり、定義がバラバラです。東洋史学(京都学派)は、「東洋支那学の至宝」と呼ばれた内藤湖南先生に始まります。孫弟子の宮崎先生は実証的研究に基づく画期的な業績を残されました。日本学士院賞受賞の『九品官人法の研究』、『科挙』、『論語の新研究』、『宮崎市定全集(全二十四巻別巻一)』などがあります。従三位勲二等旭日重光章受章です。
 論語の研究において、宮崎先生の研究なしに成立しない、と言われるほどで、多くの研究に引用参照されています。また、司馬遼太郎氏、谷沢永一氏、松本清張氏などが著作参照を明言しておられます。『現代語訳 論語』は宮崎論語の別名を与えられるほど名訳とされ、読み継がれています。
 他方、吉川幸次郎先生(京都大学)などは批判されています。、ふじの友「【學問】『論語』の人々の住む場所とは ―はたして日本は人の住む場所なのか― 」で吉川先生の御著書『東洋におけるヒューマニズム』を引用しました。

宮崎論語の訳文壱「学而第一 第一章」
 それでは、三つの訳文を『仮名論語と』読み比べてみたいと思います。高木の考察を最後につけます。最初は「論語」の冒頭です。

 宮崎先生の訓読
 「子曰く、学んで時に之を習う。亦(ま)た悦(よろこ)ばしからずや。朋あり、遠方より来る。亦た楽しからずや。人知らずして慍(いきど)おらず。亦た君子(くんし)ならずや。」

 宮崎先生の訳文
 「子曰く、(礼を)学んで、時をきめて(弟子たちが集まり)温習(おさらい)会をひらくのは、こんなたのしいことはない。朋(とも)が(珍しくも)遠方からたずねて来てくれるのは、こんなうれしいことはない。人が(自分を)知らないでもうっぷんを抱かない。そういう人に私はなりたい。」

 宮崎先生の解説(三十三行を高木意訳)
 「当時は祭政一致の強い時代であったので礼を学んで諸侯や貴族に就職させていた。習うとは復習であり、皆で集まって学芸会のように実演することである。朋友の語順は論語に八回出てくるが、ここでは友朋と逆になっている。その意味は、思いがけないことを意味していて、意外で格別な嬉しさを表現している。君子とは身分のある男子が元の意味であるが、立派な人格者の意味になり、孔子の一応の目標になっている。時には二人称(あなた)の意味になり、「諸君」の言葉のもとになっている。文章全体は二人称で訳した方が近いが、あえて、私もそうありたい、という一人称の意味に訳した。」

 伊與田先生の訓読
 「子曰(のたま)わく、學(まな)びて時に之を習う、亦(また)説(よろこ)ばしからずや。朋遠方(ともえんぽう)より来る有り、亦樂(たの)しからずや。人知らずして慍(うら)みず、亦君子ならずや。」

 伊與田先生の訳文
 『○先師が言われた。
 「聖賢の道を学んで、時に応じてこれを実践し、その真意を自ら会得することができるのは、なんと喜ばしいことではないか。共に道を学ぼうとして、思いがけなく遠方から同志がやってくるのは、なんと楽しいことではないか。だが人が自分の存在を認めてくれなくても、怨むことなく、自ら為すべきことを努めてやまない人は、なんと立派な人物ではないか」』

 高木の考察
 いかがでしょうか。同じ一文でも表現がこれほど異なるものかと感じました。ただ、丁寧に文意を読みますと、①習う=実践、②朋の来訪が突然であること、③自分自身の反省(一人称)、という点で一致しています。宮崎先生の訳文は何度も読み込んで、意味をくみ出す作業を読者に求める訳文であり、伊與田先生の訳文は意味をくみ取りやすい訳文である、と感じました。
 漢字でも違いがあります。「学」と「學」、「悦」と「説」、「楽」と「樂」の違いがあります。読み方も「慍(いきど)おらず」と「慍(うら)みず」と違います。現代語の漢字を使われるのが宮崎先生、漢字の原義へ近づいて使われるのが伊與田先生です。原文は同じ、例えば「説」は両先生共通ですから表現の違いは明確です。

宮崎論語の訳文弐「里仁第四 第八章」
 次に藤田先生のお好きな一章を引用します。

 宮崎先生の訓読
 「子曰く、朝(あした)に道を聞けば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり。」

 宮崎先生の訳文
 「子曰く、朝、真理を聞いて満足したなら、夕方に死んでも思い残すことはない(『全集四』四九頁参照)。

 伊與田先生の訓読
 「子曰(のたま)わく、朝(あした)に道を聞けば、夕(ゆうべ)に死すとも可なり。」

 伊與田先生の訳文
 『○先師が言われた。
 「朝に人としての真実の道を聞いて悟ることができれば、夕方に死んでも悔いはない。」

 ※世の中の人がすべて道を聞いて道を行うようになれば、自分はいつ死んでもよいという説もある。』

高木の考察
 訓読と訳文の表現上の違いは、ほぼありません。対して本文に対する両先生の思い入れが表れています。宮崎先生は訳文壱で見たように高木が意訳せざるを得ないほど、学而第一 第一章に解説をつけられています。三十三行です。第二章は二十四行です。第三章は三行です。その後、解説が長い訳文と解説がない訳文があります。ここでは参照を全集に挙げられており、解説をつけられておりません。
 対して伊與田先生は、殆ど解説は付けられません。しかし、この箇所では「~という説もある」と解説をつけられています。
 解説を多くつけられている宮崎先生が引用先のみ、殆ど解説を付けられない伊與田先生があえて付けられている。この両先生の違いに思い入れの違いがあるように読みました。そしてこの違いは、論語解釈全体の違いのようにも察せられます。それほど読み込んでおりませんので、あくまでも推測ですが。詳しくは次の章に記します。

宮崎論語の訳文参「泰伯第八 第十七章

 最後に前回の富士論語を楽しむ会で音読した章を引用します。

 宮崎先生の訓読
 「子曰く、学は及ばざるが如くするも、猶(な)おこれを失わんことを恐る。」

 宮崎先生の訳文
 「子曰く、学問は追いかけるようにしてついて行っても、それでも姿を見失いそうになるものだ。」

 伊與田先生の訓読
 「子曰(のたま)わく、學(がく)は及(およ)ばざるが如(ごと)くするも、猶(なお)之(これ)を失(うしな)わんことを恐(おそ)る。」

 伊與田先生の訳文
 『○先師が言われた。
 「学問は常に及ばないような気持で求めてゆくが、なおその気持ちを失いはしないかと恐れる」』

 高木の考察
 泰伯第八の全二十一章の内、宮崎先生の解説は二章に過ぎません。対して伊與田先生は、訳文が長いにも関わらず四章で六ヶ所に及んでいます。また、伊與田先生は「曰(のたま)わく」や「之(これ)」のように全ての漢字にルビをふられています。宮崎先生は人名や国名などを除くと少ないです。
 この読者に対する訳者の違いが、訳文の違いに現れているようです。宮崎先生は、

 「それでも(学問の)姿を見失いそうになるものだ。」

 と学問の奥深さに焦点を当てています。読者は学問の奥深さにみぶるいしながら、その奥底に分け入っていく勇気を求められています。対して伊與田先生は、

 「なおその(学問に対する)気持ちを失いはしないかと恐れる。」

 と自分自身の傲慢さに焦点を当てています。読者は学問をして、物知りになって周りから褒められて傲慢に自分自身がなっていないか、という反省をせまられながら、謙虚さを求められています。
 宮崎先生の訳文で浮かび上がる読者は、自ら勉学に励み、疑問が出てくればきちんとノートに書き留めて論語を読む姿勢を求められています。ですから、宮崎先生の解説は、徐々に少なくなり、漢字のルビも少ないのが、納得できます。
 伊與田先生の訳文で浮かび上がる読者は、どこから読み始めてもよく、全てを読まなくともよいという楽な気持を持つことができますが、そこから生じるゆるみや傲慢さに対する謙虚さが求められています。ですから、伊與田先生の解説は、全編を通して付けられ、ルビが全ての章に付けられています。この点がまさに読み取れるのが、「泰伯第八 第十七章」と考えます。

まとめ
 宮崎先生は『現代語訳 論語』の後語で、

 「中国での忠臣というものは、日本で言うような滅私奉公を理想としていない。ちゃんと自己の個性を守り、個性を守る立場において忠義を尽くすのである。」 三百四十三頁

 と書いています。論語の訳文も同じで、中国では注釈家が個性を守り、個性を発揮するので意味が分かりにくくなっている。宮崎先生は「意味を分かりやすくしたい」と御著書の趣旨を書かいています。
 後語に続けて、先ほど参照先に挙げた『宮崎市定全集』第四巻自跋(じばつ:あとがきのこと) では、「幸福感に浸っている日本共産主義にとってのただ一つ欠けたるものがあった」とし、それが公平な真理からの証言であるとします。その後、津田博士、内藤湖南博士、吉川幸次郎博士との経緯が語られていきます。吉川博士を儒家の継承者とされ、自らを異端と謙遜しながら、今後の学問上の課題を示して御著書を終ります。お亡くなりになる二年前、数え年九十三歳に自跋を書かれました。
 私は伊與田先生に御会いしたことがありませんが、お話を聞く限り朗らかで温かいお人柄であったようです。それが私には先ほど書いた「伊與田先生の訳文で浮かび上がる読者は、どこから読み始めてもよく、全てを読まなくともよいという楽な気持を持つことができるが、そこから生じるゆるみや傲慢さに対する謙虚さが求められている。」とつながっているように察せられます。
 対して、宮崎先生の授業は恐ろしかったようです。京都大学名誉教授の礪波 護(となみ まもる)先生は、

 『宮崎市定先生の「論語」の演習といえば、三回生の私達にとってはこわい時間であった。戦後の学校教育のせいで、漢文は高校に入ってはじめて習いだしたという学生ばかりだったから、予習はしばしば半徹夜であった。
 初冬の寒い日、石造りの教室で待っていると、廊下の暖房ラジエーターのかすかな音にまじって、遠くから先生の靴音がこつこととひびいてくるのをみんなが息をつめて聞いていた。次々と指名される学生の答が満足のいくものであれば、先生は「え」と一言、おっしゃる。そうでなければ、その「え」がいつまでも出てこない。その沈黙は、永遠かと思われるほど長かった。」 三百七十頁

 と書かいてます。宮崎先生のお人柄と教育熱心さが的確に表現されています。前述の解釈を書き終えた後、この一文に目を通しました。宮崎先生が学問の奥に分け入っていこうとする厳しい決意が、訳文の根底にあると実感しました。
 その厳しい決意から生まれる、平明で読みやすい現代語訳の論語が、名訳の理由だと推察しました。一度、目を通していただければ幸いです。

引用書

伊與田覺著 『現代訳 仮名論語 拡大版』 論語普及会 平成二十四年五月 第三十八刷

宮崎市定著 『現代語訳 論語』 岩波書店 二千十七年二月 第十七刷
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