エッセイ「 【石門心学】心の美しさ、とは何だろうか 」

 普段の生活で、「心の美しさ」は何かにつけて気にされています。ちょっとした気配りや心配り、家族や友人への思いやりのことばから、仕事で礼儀正しい振る舞いや、正しい敬語まで幅広いものです。「心の美しさ」は、普段の生活で大切なものですし、あればあったで、心地よい生活を送ることができるものです。誰だって、ギスギスした言葉づかいや、罵倒に近い命令口調を受けての仕事は、心地よくないものです。

ある留学生の就職
 専門学校で「ビジネス」と「ホスピタリティ(相互尊重と独立)」を教えています。三月に就職したある留学生が、「ビジネス」の授業前にお礼に来てくれたので、ちょっと強引に、

 「就職試験の具体的な内容や決め手、感想などを話して下さい。」

 とお願いしました。こころよく四十分話してくれ、クラスの学生十数名から感想と質問をしてもらいました。そこで観えてきたのは、日本人が「心の美しさ」を無意識に重視していることでした。

 就職したBさんは、学校に企業が集まる就職フェスタで、名古屋のA社を見つけました。学校から五名が就職試験を受験し、Bさんだけが採用されました。試験内容は以下の二つだけです。

①一日の接客アルバイト
②社長とお昼ご飯を食べること

 Bさんは、私に問いかけました。

 「先生、どうして私が採用されたのか判らないです。現在、日本語と英語の翻訳をやっていますが、日本人で一緒に就職した人はものすごい優秀です。私はパソコンも遅いので、スピードが遅いですし。それでも会社は私に一カ月の間に三回も研修をしてくれています。ホテルに二泊すると三万円、研修会社にもお金を払ってくれるのは私じゃなくて会社です。私の給料もくれます。私は優秀じゃないのにどうして採用されたのでしょうか。学校の受験生の中でも優秀な方ではなかったのに。」

 私は在校生に聴いてみました。

 「みなさん、どうしてか判りますか?」

 と。
 というのも、Bさんが話す前の「ビジネス」の授業で、田中真澄先生の『百年以上続いている会社はどこが違うのか?』という本を輪読していたからです。答えが丁度載っていました。直ぐに学生から反応がないので、少し整理して考えてもらいました。

 日本企業に就職する時に特に重視しているのは以下の三つの内どれでしょうか。

㋑資格・能力 
 :日本語能力試験や英語のTOEIC試験の点数が高いと就職できる。
㋺心の美しさ
 :思いやりの心や礼儀正しいと就職できる。
㋩人間関係(コネ)
 :親や知り合いがいると会社に就職できる。

 圧倒的に㋑資格を選びました。なるほど、と思いました。㋑資格に注目していては、資格や能力のそこそこのBさんが五人の中で唯一選ばれた理由が説明できないのです。

Bさんが就職できた理由
 私は、説明と質疑で八十分、時々座りはしましたが、ほぼ立ちっぱなしだったBさんへと手を向けて、
 「ここに答えがあります」

 と学生の視線を向けてもらいました。

 「姿勢がいい!」

 という声が飛びました。そうなのです、「姿勢がいい」ということがBさんの就職の理由なのです。

①一日の接客アルバイト
 ①一日の接客アルバイトで判断したのは姿勢の正しさが続くことだったでしょう。五月頃、Bさんが「どうしたら就職できますか?」と相談に来てくれた時がありました。当時、深夜明けのアルバイト後で学校の授業中に寝るようになっていた焦りもあったのでしょう。私は教師にとってだけ百㌫正しい「授業をきちんと聞きなさい」とは言いませんでした。彼の役に全く立たないからです。

 「アルバイトを一生懸命やりなさい。店長やリーダの言うことを眼を見て聴いて、姿勢正しく礼儀正しくやりなさい。それが就職活動で出るから。」

 一日の接客アルバイトで見られるのは接客の上手さではありません。通常のアルバイトなら一カ月もすればそこそこの仕事は誰にでも出来るものです。仕事の適性や笑顔が一日では判断できません。それよりも、なれないアルバイトを数時間こなして疲れてくると、普段、どのように仕事をしているのかが、判るのです。疲れると普段の癖が観える、つまり化けの皮が剝がれてしまうのです。孔子は、

 「子曰く、教えありて類なし。」
        <衛霊公第十五 第三十九章>

 「人は教育によって成長するもので、はじめから特別な種類はないのだ」
             <伊與田覺先生訳>

 と述べています。Bさんは自分で自分の体に姿勢の正しさを教えこんだのでしょう。

②社長とお昼ご飯を食べること
 ご飯を食べることは、案外その人の本質を理解する上で役に立ちます。学生の前で示したBさんの受け答えの誠実さが伝わったのでしょう。また、Bさん本人が「社長は留学生のことを良く知っている。」や「社長ならなんでも気軽に相談できる。」という感想は、ご飯の時に良好な会話があったことが推察されます。眼を見て、きちんとビジネス上の会話が成立したことでしょう。
 日本人でも、ご飯を自分だけのペースで食べ、食べ終えると、「ちょっと一服」、「先にデザート」の人や、会話を大切にしないで自分の話ばかりする人がいます。
 社長とのご飯は、一応ビジネス・マナーが問われますから、自分勝手は注意しなければならないのです。
 Bさんは、姿勢と眼を見て話すこと、まとめていうと「心の美しさ」に沿っていたのでしょう。私はそのようにBさんにお伝えしました。
 Bさんは賛同してくれ、クラスの学生は納得して頷(うなず)いてくれました。

外見と「心の美しさ」
 そもそも「心の美しさ」を心で見ることはできません。見えない、形のない心を、ガバッと開いて本心を見抜くことなどできないのです。ゆえに、夫婦喧嘩も親子の争いも起こるのです。ですから、行動で推測するしかありません。

 現代日本では、二千年前の『孝経』の影響が色濃く残っています。
 『孝経』には「心を外見(服装)で表す」と書いてあります。お葬式の時には、黒い服に黒ネクタイをするなどです。同じく、仕事のやる気がある、という心を就職用のスーツを着る、という外見で判断します。
 仕事上の専門的な資格を持っているのは同じでも、鼻や耳にピアスをして、Tシャツと短パン、ビーチサンダル。脚には刺青が入っている人と、スーツをしっかり着ている人と同じように扱いません。「心を外見(服装)で表す」からです。
 これは、ニュージーランドの刺青を入れる習慣のあるマオリ族の方々が銭湯や大浴場に入れないなど、時折話題になります。ただし、日本国内、日本人では問題にはならず、刺青の人はお風呂に入れない、のは当然とされています。ですから、『孝経』の「心を外見で表す」の影響が色濃く残っているのです。
 
 他方、ユダヤ教に始まるキリスト教やイスラム教では、見えない、形のない心を別の行動形式で考えています。「心を文字で現す」という別の形なのです。簡素にまとめると、明文化による誓約です。心を文字にして、その文章に本人を誓わせるのです。いわゆるサインする文化です。
 キリスト教では大分薄れましたが、イスラム教やユダヤ教では結婚式の前に、「財産は幾らある。」や「離婚の時の財産はどうする」などを書いた誓約書にサインをするのです。形がない心ですから、口約束ではなく、記述して約束するという形に落ち着きました。「心を文字で現す」文化もあるのです。

日本企業が重視している「心の美しさ」
 話をBさんに戻します。Bさんは、以下のように質問を投げかけてくれました。

 Bさん「先生、私は翻訳をしていますが、日本人に比べて全然できません。お休みの日に本を買って勉強していますが、うまくなるかどうか判らないんです。そんな私が二十万を超える給料を頂いて申し訳ないんです。どうしたらいいんでしょうか。
 さらに、四月からの一ヶ月間で三回も研修を受けました。私は就職するまでは『自分が就職できるかどうか』だけ考えていましたが、今は『自分が会社に何ができるか』を考えるようになりました。
 先生、どうやって考えたらいいか教えてもらえませんか?」

 私はBさんの「心の美しさ」を感じました。そのことを伝えつつ、日本企業が「心の美しさ」を重視している理由を説明しました。以下の二点になります。

ア) 日本企業の視点は十年
イ) 日本企業の視点は集団

 「心の美しさ」を日本企業や重視している合理的な理由はア)十年、イ)集団の二点です。

 現在、Bさんには研修費を含めて多大なお金をかけています。バブルの時代には一人当たり三千万ともいわれましたが、現在では一人一千万程度ではないでしょうか。もちろん中小企業で直ぐに現場に就く場合は百万円程度かもしれません。
 大企業では一週間前後の研修や、初任者研修、そして就職後の工場研修や数々の部署を回っていく長期的な研修もあります。この企業エリート育成は、公務員や教員でも数年で部署を異動することへと影響を及ぼしました。こうした現場の専門職養成よりも広い視点を持つ万能型人間養成の方法は、日本企業の強みだと称賛されてきました。それは、ア)十年単位の視点と、イ)集団を維持するための万能型人間形成を主とするからこそ可能なのです。

 対して、欧米では、即戦力の専門家を求めます。アルバイトなどの経験がないと優秀な知性や学歴がある人でも採用されないとよく言われます。それゆえ、学生の内からインターンと言って企業に数週間から数か月もアルバイトに行く習慣が欧米では根づいています。そこで経験を積まないと、幾ら学校の成績が良くても就職できないのです。

 アメリカのスポーツ選手を思い描くと判りやすくなります。
 単位は一年単位、給料より活躍すれば翌年は給料が上がる。活躍しなければ下がる、のです。


     給料    活躍     正負 
一年目 三百万円 → 六百万円分  +
二年目 六百万円 → 一千二百万円 +
三年目 一千二百万円→三百万円   -
四年目 三百万円 → 三百万円   (なし)

 メジャーリーガーの上原浩治(こうじ)選手は毎年の大活躍で四十一歳になっても現役選手です。

 「ダメならダメで直ぐにいなくなる。シャワーに行っている間にロッカーが空になることもあって厳しい世界なんだよ。」

 とあるインタビューで言っていました。スポーツ界なので通常の社会より短くなっていますが、基本、アメリカでは日本よりも短い単位での結果が求められています。
 欧米では基本として、一年程度の短い単位、個人の単位なのです。日本でも即戦力が求められる傾向が強くなってきてはいますが、欧米に比べるとまだまだ、全体として万能型の人間養成が根付いています。

Bさんへの助言
 以上のようなことを要点だけ掻(か)い摘(つま)んで説明した後に、助言しました。

 「まず、半年や一年以内は能力の低さはあまり気にしないで、一生懸命勉強して下さい。
 次に、半年か、一年経ったら先輩や上司に『このくらい出来るようになりましたが、次はどうしたら良いか教えてください』と聞いて下さい。
 もし翻訳等の能力が伸びなかった場合は、スペシャリスト(専門家)ではなく、ジェネラリスト(万能型の管理職)を目指して下さい。具体的には、現在は社長が百名前後の全員と良好なコミュニケーションが取れているようだけれど、それを補助する役割、例えば留学生独自の問題を聴きだして手助けする役目です。他には、意見の調整や根回しのように会社運営がスムーズにいくようにする役目です。
 どうですか?判りますか?」

 Bさん「はい。判ります。確かにそうですね。」

 「じゃあ、現在、会社が研修にお金を掛けてくれる理由です。
 日本企業は十年単位で考えています。一年目にマイナス一千万円でも、十年後にプラスマイナス(積算)で五千万円のプラスになればよい、と考えるんです。だから、現在のように周りの先輩から意見を素直に聞く心、授業では『心の美しさ』を無くさないでください。」

 Bさん「はい。」

 「じゃあ、学生のみなさんとBさんに質問です。十年後にプラス五千万円にならない人はどんな人でしょうか?」

皆「え?もう少し説明をしてください」

 「そうですね、マイナス一千万円からプラスマイナス、ゼロくらいになるのが二、三年後ですから、二、三年以内にやめてしまう人。あるいは、マイナスからプラスに出来ない人、つまり仕事が出来ないで十年過ごしてしまう人、です。」

 「どういう人が仕事を覚えないでゼロの人になり、どういう人が仕事を直ぐに辞めて会社にマイナスを与える人になると思いますか?」

学生の一人「わがままなひと!」

 「そう! その通りです。新入社員の時に知っている知識や技能は会社に入れば直ぐに古くなり使えなくなります。ですから、新しい知識や仕事のやり方を吸収できる人が大切になります。日本では、「心の美しい人」が謙虚で直ぐに仕事を覚えると考えています。だから、十年単位で考えると、現在の資格や能力よりも、「心の美しさ」で採用を考えたりもします。

 次に直ぐに辞めてしまう人は、「わがままな人、英語ではセルフィッシュ、です。」

 学生の一人「そういえば、『石の上にも三年』ってやりましたね、そういう意味ですか?」

 「そうです! よく覚えていましたね。『石の上にも三年』は、日本企業の人の育て方や、十年単位、集団単位で人を考える時に合理的になります。
 対して、一年単位、個人単位で考えると『石の上にも三年』は、『ただ、我慢しなさい』という非合理的な言葉になります。
 それぞれの文化での企業のあり方が違ってそれぞれ尊いのです。

 欧米は、マイクロソフトやグーグルのように世界から優秀な人材をガバーっと集めて、優秀で無くなれば直ぐに切っていく。こういう方法に向いています。対して日本は世界最古の企業があるように信用を第一にして人を育てていく方法に向いています。
 さて、Bさん、どんな風に考えていけばいいか、何となく判りましたか?」

 Bさん「はい。判った気がします。それに、もし無理な仕事なら、無理って言って下さい、って言われていました。それは辞めないで、という意味であり、会社に損を与える行為だからなんですね。よく分かりました、先生。」

「心の美しさ」をまとめた石田梅岩
 Bさんが帰った後、学生の皆さんと幾つか会話をしました。学生の中の日本人のみならず、留学生にとって大きな気づきがあったのが伝わってきました。
 私も「心の美しさ」をまとめあげた石田梅岩(西暦千六百八十五年から千七百四十四年)を教えていましたが、それが現代の日本の根本にあることが実感できました。
 梅岩の思想は、現代でも「石門心学(せきもんしんがく)」として受け継がれています。梅岩は、

 「神も仏も儒教なども全て同じである。どれであっても、心を磨くかどうかが問題である。」

 と宗教の違いや宗派の違いよりも、個人の行為を行う心を問題としたのです。

 「商人は自分の利益だけを考えるのは心を磨いていない。商売が出来るのは相手や環境があるからである。だから、それらを含めた利益を考えることが心を磨くことである。そしてそれが本当の心である。」

 としたのです。留学生への説明を引用してみます。

 「神=キリスト教のGOD(ゴッド)とイスラム教のアッラーは同じだと日本人は考えます。」

 というと留学生は、驚いたり顔をしかめます。

 「神と仏は同じです。」

 と言っても

 「神と人間である孔子が同じです。」

 と言っても同じです。けれども、日本には、静岡県にはそういう場所があります。

 「神と仏が一緒で人間に乗り移りました。徳川家康と言う人です。この人は仏の本性が神の形を取って乗り移った人間なのです。そういうのを権現(ごんげん)と言います。覚えなくてもいいですよ~(学生に向けて)。静岡市の日本平にある久能山東照宮にお祭りされています。あるいは日光東照宮にもお祭りされています。日本人は、神社にもお参りします。お寺にもお参りします。神と仏が一緒になった権現様(東照宮)にもお参りします。どこでもあまり変わらないんです。
 留学生の皆さんからすると、おかしいな?と思うでしょう。それが世界の標準です。当然です。でも、日本人はおかしいな?とあまり感じません。キリスト教会で「アッラーアクバル!」と唱えると危険だな、くらいは判りますよ。でも、神社と大社とお寺と神宮寺と東照宮の違いをあまり気にしません。なぜなら、神も仏も孔子も皆同じと考えるからです。例えば、日本人はその神社にお祭りされている神様の名前を全然気にしません。皆同じだからです。
 だから、宗教から考えると理解できない行動をします。皆さん、気がつきませんか?」

学生「・・・」

 「家に仏壇も神棚もあります。二つの宗教の施設があるのに、矛盾を感じないのです。なぜなら『全て同じ』と無意識で考えているからです。
 また、日本人は、特定の宗教だけしか認めない人をあまり好みません。日本人の最大のタブー、つまり嫌う話は宗教です。その意味は、一つの宗教だけを勧める人を好まない、という意味です。なぜなら、神も仏も権現様も『全て同じ』に反するからです。それを他人に押し付けるのは「心が美しくない」と感じるのです。
 宗教がタブーなのに、家に仏壇や神棚があり、神社やお寺にお参りをして、初詣や初日の出には数千万人もの人が出ます。世界の多くの宗教とは違うちょっと特殊な宗教観を持っていると言えるでしょう。その点を皆さんに理解してもらいたいと思います。」

 学生の一人「先生、ちょっと難しいです。」

 「はい、そうでしたか、意見を有り難う。じゃあもう少し具体的に言い直して終わりにしましょう。
 日本人は、眼と姿勢を見ています。資格も大切ですが、アルバイトを長く続けているのも大切に考えています。どうですか?」

 先ほどの学生「わかりました!!」

終わりに
 「学生は最高の先生である」という言葉を噛(か)みしめました。留学生は、時折、日本人であることを教えてくれます。有り難いことです。
 今後もさらに「心の美しさ」を大切にしていきたいです。
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