哲学15-1 私達の進むべき道を考える

 皆様、こんにちは。

 大寒に入り、全国の数箇所以外氷点下を記録し、沖縄で百年ぶりの積雪を観測したそうです。静岡市では肌寒さはありましたが、雪が降りませんでした。この気候の違いを乗り越えて、「日本」ができていると想うと、改めて感慨深くなります。先祖の遺徳がうっすらと浮かび上がってくるからです。それは雪に触れてみて、厳しい、寒い、というだけでなく、美しい、神々しい、オドロオドロシイという文化を育ててきたことでも判ります。世界でも有数の豪雪地帯を持つ日本と殆ど雪の積もらない日本、いづれもが文化上の調和を果たしている、というのは、今回の「私達の進むべき道を考える」の土台となるものです。子供三人を連れて、児童館の運動場に行きました。風が強すぎて3歳と1歳の娘は泣きついてきました。バスケットのリングにシュートをするとボールの軌道がずれるほどの強い風でした。彼女達に、そして学生の皆さんに、そして世界の皆さんにこの文化上の土台を元にしながら、日本人ならば日本を、各国の国民ならその祖国を考えてもらいたい、と想いました。

 それでは本文に入ります。

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 --講義内容--

 今回で最終回です。最初の4回は日本のロゴスについて、残りの8回は古代ギリシャの「哲学」そのものについて、残りの2回は西欧哲学(「哲学」+キリスト教)について、述べてきました。今回は、そうした数々の思想を土台にして、私達の進むべき道を考えてみましょう、という回です。

 哲学は諸学の王、です。数学や物理を基礎づけ、人文系の学問でも哲学的思考が必須です。西欧学問の発展もイスラム学問をよりよく哲学的思考を発展させたから、と観ることもさえ出来ます。こうした学問の本質から、日本の現状を考え、私達個人のみならず、私達の国家のあり方も考えてみたいです。具体的には、プラトン国家、アリストテレス国家、ロゴス国家、ノモス国家です。

 毎年、最終回の内容が変わります。本年度は、上記の4つの国家を整理して、学生の皆さんと共に考えていきたいです。私自身、答えが定まっている訳ではありません。ただ、敗戦後の極端な伝統文化排斥運動がロゴス国家であることを止めさせてしまったことは確かです。けれどもそれを踏まえた上で、新しくどのように祖国を考えていくか、に立ちたいです。この想いに至るきっかけは、坂本多加雄著『象徴天皇制度と日本の来歴』という本を読んだからです。アメリカも、中華人民共和国も北朝鮮民主主義人民共和国も大韓民国さえも、70年前の過去の囚われすぎています。そして最も囚われているのは日本なのです。そのことを批判するだけでなく、その囚われを事実として、出発点として今後の未来を考えたいのです。受講生には留学生もいます。留学生の皆さんいは日本の現状を見ながら、皆さんの祖国の未来を考えて下さい。

 私は、現代の日本をノモス国家として大いに批判します。それは現在の日本が、古代アテナイと同じように自分達のことだけしか考えない国民が選挙で政治家を選ぶ民主制だからです。最後の感想で最も印象に残ったと学生の皆さんがコメントしたプラトンの「洞窟の例え話」のように、縛られていることにさえ気が付かない者達が、日本の未来を決定しうるのです。ですから、私は批判します。

 こうした点を踏まえて、未来の進むべき道を考えていって下さい。

 それでは、同人誌に投稿した文章の引用から入ります。
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 日本の現状
 未来を考える前に過去に学び、現在を認識します。日本は本年で二千六百七十六年目を迎えます。世界最古の国となりました。同時代に成立した周王朝や古代ローマ(Roma)は、蛮族に命脈を絶たれてしまいました。少し前に成立した古代アテナイ(アテナ)は、アレキサンダー大王の父であるマケドニア王に支配されました。技術発展が遅かったのですが、江戸時代に数学が世界最高峰となり、技術の習得によって世界の一等国となりました。そして大東亜戦争の敗戦によって、建国以来初めて国土を他民族に支配されました。文化や技術では世界最高レベルにあるのは疑いようもありませんが、他方、国家単位で考えると憂うべき現状があります。これは古代アテナイがマケドニア王に支配される直前、つまり、哲学者ソクラテスやプラトンが命がけで哲学を訴えた状況と似通っています。

ノモス国家である日本
 ソクラテスと弟子のプラトンが訴えたのは、民主制ゆえに生じる問題です。民衆が自分の利益しか考えず、難しい問題や国際政治は誰かに任せながら、その人を非難するという問題です。そして同じアテナイ人でも難しい問題に巻き込まれると平然と見捨てる、という民主主義に反する結果を生み出してしまっていました。
 北朝鮮による拉致事件ですが、静岡県に関する方だけでも十二人います。同じ日本国民でも、北朝鮮というならず者国家という難しい問題に関わると、みな、見て見ぬふりをするのです。
 大東亜戦争の原因は、食糧不足とエネルギー不足です。けれども敗戦後、食糧はアメリカの穀物メジャー(大企業)から多くを購入し、エネルギーは石油をアメリカやイギリスのメジャーから、原子力発電さえもウラン濃縮をアメリカに依存したままです。戦争の原因を素直に認めて食糧自給や自国エネルギーの採掘をしていないのです。国連が西暦千九百六十八年に尖閣諸島近辺に石油と天然ガスの巨大な埋蔵を指摘しても日本は採掘しないのです。採掘をするとアメリカや中国(当時はソ連)のような強い国に怒られると嫌だからです。日本全体のエネルギー消費の少なくとも百年分は埋蔵されています。
 私達日本の国家の目標は何でしょうか?と聞かれて答えられない大学生が殆どでした。それは家庭でも学校でも考えないからです。日本全体が国家の目標を設定していないからです。

 「その場その場で、結果として平和であったから良い」

 という場当たりな思考が充満しているのです。嘆く人は「日本はもうお終いだ」と言っていました。けれども、阪神淡路大震災や東日本大震災で国民が、伝統文化を無意識に忘れていなかったことが証明されました。今後も危機の時には、伝統的な価値観が顔を出すことでしょう。けれども、普段は強いアメリカ、台頭する中国の顔色を見て決められない国家のままなのです。例えば、大学に行くのは将来、自分の就職に有利になるため、という言葉を小・中・高・大学の先生が疑いもなく信じ、そして学生に教えているのです。民衆が自らの利益だけを考えて疑いもしない、というのは滅びゆく古代アテナイとそっくりです。
 「ノモス」とは、人間各自が判断して自然の秩序(「ロゴス」)から逸脱することを意味します。人間は一人では生きていけず周りの多くの人に支えられている、という「ロゴス」から逸脱して、自分のお金のことだけを、自国の利益だけを考える、という「ノモス」が日本の現状なのです。
 日本はこのままで善いのでしょうか? 
 これから三つの進むべき道を提示しますので、合わせてどれが善いか、をお考え頂きたいです。

プラトン国家とは
 次に、プラトンの目指した国家を描き出してみます。とはいえ、日本は一時期プラトン国家でした。プラトン国家とは、プラトンの掲げた「イデア(完璧な形)」という理想を掲げて邁進(まいしん)する国家です。例えばローマ法王の統治するバチカン共和国はキリスト教の宗教の理想を実現すべき、という理想に燃える国家なのです。
 日本も、大東亜共栄圏を掲げて戦いました。大東亜共栄圏では、「八紘一宇(はっこういちう)」などを掲げました。簡単に言いますと、

 「人間は全て平等です。ですから、その土地に住む人が自分たちの生き方を決めましょう。」

 というものです。国際機関に世界で初めて人種等差別撤廃法案を提出したのが日本です。それを通常は過半数でよいのに、今回は全員一致でなければならない、と無理やり否決したのがアメリカです。何故ならアメリカが黒人の奴隷制によって成り立っている国だったからです。この歴史も現在のノモス国家である日本では多くの人が知らないのです。
 「人種差別、民族差別、性差別、階級差別等一切の差別をなくす」というのは「イデア(完璧な形)」です。
 目指すことは尊いですが、現実を見ずに主張してしまいました。当時のイギリスは世界の四分の一を支配して、インドやオーストラリアなどから富を得ていました。アメリカも奴隷を抱え、フランスはベトナムやアフリカ、小国のオランダさえインドネシア等から搾取を続けていました。そこへ日本が、軍事力もイギリスと対等、アメリカの半分以下なのに、既得権益を手放せ、と言ってきたのです。
 例えば、持ち家の人に、ホームレスの人が可哀想だから家をあげなさい、というようなものです。苦労して得た植民地を手放しなさい、と百%正しいこと言ってくる。これでは、英米も日本に対して経済封鎖などを行ってくる訳です。
 プラトン国家はプラトン自身が二回も政治改革に餓死者さえ出す大失敗をしたように現実にはほぼ不可能なほどです。
 明治時代の内村鑑三は西郷隆盛を『聖書』の聖人のように西欧に紹介しました。その中で

 「戦争に反対しながらも、日本はヨーロッパとアジアを仲良くさせる使命を神様から与えられている。」

 と言いました。ヨーロッパはキリスト教徒でないアジア人を人間とは思っておらず奴隷にし、植民地にしていた現状を踏まえない発言をしています。

 もちろん、プラトン国家の素晴らしい点もあります。アフリカでは白人国家南アフリカ等を含めて四カ国しか独立国がなかったのに、大東亜戦争後五十カ国以上独立国が出来ました。欧米から独立を果たしたアジア・アフリカ会議では「母なる日本のお陰で独立できた」と感謝されました。
 日本はもう一度「世界平和と差別撤廃」を目指してプラトン国家を目指すべきなのでしょうか。
 もしそうであれば第二次世界大戦の戦勝国だけが常任理事国で拒否権を持ち、日本とドイツには宣戦布告なしで攻め込める敵国条項のある「国際連合」は解体しなければならなくなります。

アリストテレス国家
 プラトンの弟子アリストテレスは古代アテナイを支配下に置いたマケドニア王国人でした。彼の教え子アレキサンダー大王は西欧がアジアに圧迫され続けた世界史の中唯一、中東に攻め込み十年足らずの支配さえした英雄です。彼は自国の平和のためにあらゆる可能性を現実にしていく力がありました。
 現在のアメリカが同じ考えをしています。アメリカ思想を「功利主義(プラグマティズム)」と言い、「利用できるものこそが価値であり、真実である」という主張です。目指すのは「自国の」平和です。
 アメリカは第一次世界大戦の時、イギリスなどの連合国側にもドイツの枢軸国側にも武器を売りまくりました。トラックなども合わせて売り、疲弊したイギリスを抜いて世界の中心に名乗りを上げます。それから百年を超える現在までアメリカは世界中に武器を最も売る国であり続けています。そして世界が平和になってくると武器が売れなくなるので、紛争やテロに積極的に支援してきました。オサマ・ビンラディンのアルカイダ、サッダーム・フセインのイラクなどはアメリカの軍事支援を受けて強くなったのです。ナチスドイツのヒトラーもアメリカから数々の支援を受けていました。ヨーロッパで大戦が起これば、アメリカが世界を完全に支配できるからです。それもこれも自国内の平和のためなのです。
 例えば、アルカイダがテロを起こせば、中東の石油で儲けたお金持ちは、安全なアメリカに資産を移します。

 「世界中に武器をばらまいて、紛争やテロが起こる→その地域のお金はアメリカに向かう」

 が、アメリカが百年間世界を支配している構図なのです。アメリカは「真珠湾攻撃をした日本は卑怯だ」と言いましたが、真っ赤なウソです。支那大陸(中国)でフライング・タイガースというアメリカ軍部隊が日本軍に先制攻撃をしているのです。また、イラクではアメリカは宣戦布告をせずに始めました。自国のためならば、嘘も隠蔽も何もかもが許される、先ほど述べた「あらゆる可能性を現実にしていく」ということです。これはアリストテレスの哲学の一部分を切り取った思想と言えるのです。

 日本は「自国の平和のためにあらゆる可能性を現実にしていく」ことを目標にすべきなのでしょうか。アメリカに替って世界支配を目指すアリストテレス国家を目指すべきなのでしょうか。

 もしそうであれば、まず核武装と、世界中に武器を輸出できる体制を整えなければなりません。軍事力の裏付けのない外交など現実の国際政治では一切無視されるだけだからです。理想だけを掲げるプラトン国家ではなく、「自国の」平和の現実化を目指すアリストテレス国家では軍事力は必須です。

ロゴス国家
 ソクラテスやプラトンが批判したのが「ノモス」と「ロゴス」です。「ロゴス」とは自然の秩序に従うことです。

 「天行は健なり
  君子は自ら彊(つと)めて息(や)まず」

 『易経(えききょう)』のことばです。しかし、務める、とはどういう基準で満たすと言えるのでしょうか。一人一人の判断で満たしている、とも言えるし、満たしていないとも言えるのです。こうした曖昧さを二人の哲学者は否定したのです。
 現在の日本で「ロゴス」と言えば伝統的な価値観を取り戻すことになります。

 「日本は何年前にできた国か?」
 「日本は誰が作ったのか?」
 「日本の建国時の目標は何であったか?」
 「日本ではなぜ信仰の自由を大切にするのか?」
 「日本で手本にすべき人は誰か?」

 などをきちんと国の歴史に基づきながら教えていくのです。『古事記』から、聖徳太子の偉業、石田梅岩、伊藤仁斎などの思想などが含まれることでしょう。ロゴス国家ではプラトン国家やアリストテレス国家のように世界戦略等から発して戦術などを起こしていくのではなく、何をすべきか、という現場の改善を積み重ねが重視されるでしょう。その欠点を補いつつ、道徳を高めていく様な国家になるのかもしれません。曖昧さを持ちながらも二千年を超える伝統を誇りにするのです。例えば、江戸時代の思想家石田梅岩は、現在、企業の社会的責任という観点からも見直されています。
 「実の商人は、先も立、我も立つことを思うなり。」
 意訳:本当の商売人は、取引先もお客も、そして私も皆が商売を続けられるように考えることです。

 「慈悲まこと正直も皆我身より現はれ出る光ぞと知る。」
 意訳:慈悲や誠や正直も、全て私自身の内側から現れる、ことを知りましょう。あるいは「至誠第一」。

 梅岩は何を基準に「立つ」とは示しませんが、道徳の積み重ねを奨めます。さらに、その道徳の積み重ねは、自分自身から出る、という自覚を大切にします。

 日本はロゴス国家として日本の伝統的価値をもう一度捉え直していくべきなのでしょうか。

 もしそうであれば、家庭で小・中学校の中できちんと国史(日本史)と道徳を教えなければならないでしょう。

 以上のように、四つの国家を簡単に描き出しました。現状のノモス国家、大東亜戦争時のプラトン国家、アメリカの様なアリストテレス国家、伝統を再解釈していくロゴス国家です。
 どのようにお考えになるでしょうか。一緒に話し合いたいと思っております。

 どの国家を選ぶにしろ、現在の日本は選挙により政治家を選ぶ国家です。私達が選んだ人が国家の方向を決めていくのです。その点を大切にしていきたいと考えます。


 -----(以上が同人誌より引用です。以下は昨年度の講義録より抜粋します)---

-日本の民主主義の物語

 日本の民主主義は先ほど述べたように「多数決による民主主義」ではありません。『古事記』で天照大神がお隠れになった時にみんなで話し合う民主主義なのです。つまり、「合議制による民主主義」です。そしてその手続きを具体的に示したのが聖徳太の十七条憲法です。ここでは「合議制による民主主義」を「多数の利害のための政治」にならず、「道徳を実行する政治」にする歴史を紹介します。

 -仁徳天皇

 第16代天皇である仁徳天皇は、日本で初めての大規模灌漑工事を行いました。堤防やため池を作り、民を水害や日照りから守ろうとされたのです。そのために税金を取られました。現在もその堤防は「茨田堤(まむたのつつみ)」として大阪に残っています。ただ、民のための政策で税金を取り、民は疲弊してしまったのです。神武天皇以来、民を「おおたから」と呼ぶ皇室の伝統を受け継がれた仁徳天皇は、民の疲弊に自ら気がつかれました。そこで「民のかまど」というお話が出てきます。

 - 「民のかまど」

 「かまど」とは火で食べ物を煮る装置です。昔は薪(まき)に火をつけてご飯やおかずを作りました。今はガスコンロで、パチンとひねれば料理できます。昔は料理をする時に薪を燃やしますから、当然、煙が出ます。ある時、当時の天皇陛下である仁徳天皇は(昭和天皇の「昭和」は亡くなられた後につく言葉なので、現在の天皇陛下は「今上(きんじょう)陛下」と呼びますが、これは近代以降の習慣です。補足しておきます)、民の家をみていました。夕飯の時間になっても、家から煙が出てきません。不思議に思った天皇陛下は

 「民が貧しいから食べるものが無いからだ」

と気がつかれました。

 「都でそうなのだから全国はもっと貧しいに違いない」

と3年間の税金を取らないことにしました。気候も順調で3年後に「民のかまど」から煙が出るようになりました。そこで、天皇陛下は、

 「私は豊かになった」

 と仰られました。皇后陛下は

 「住んでいる皇居の壁は崩れ、雨漏りもしている。着物もボロボロですし、食事のおかずも3品から1品に減りました。どうして豊かになったのですか?」

 と問われました。天皇陛下は、

 「民が豊かになったのだから、私が豊かになったのだ。」

 とお答えになりました。そこで3年間で豊かになった民が

 「皇居の修理などに税金を取って下さい」

 と申し出ましたが、天皇陛下は「まだです」と仰られ、さらに3年間、合わせて6年間の無税としました。大規模灌漑と豊作で豊かになった民は、誰の命令でもなく自分たちで皇居の壁の修理や、雨漏りの修理などを行いました。

 以上が「民のかまど」という物語です。

 ここに日本の道徳の確たる証拠があります。この「民のかまど」が出るためには、天照大御神が天岩戸に御隠れになった時に神々が集まられて知恵を出されたという「合議制による民主主義」がまず必要でした。次に、その民主主義を「多数決による民主主義」ではなく道徳「民が宝である」という基準が、初代の神武天皇によって宣言されることにつながりました。それを受け継がれた仁徳天皇が、具体的な政治政策として、民が宝である、民が豊かになれば嬉しい、という道徳を結実されたのです。紆余曲折ありながら、現在まで続いてきています。ここに日本人の道徳の出発点があります。

 -日本の民主主義

  「民のかまど」は『古事記』に乗っています。『古事記』は平成24年で編纂(へんさん)されて1300年が経ちました。編纂される前は、ギリシャ神話の『ホメロス』などと同じように口伝えで伝えられてきましたから、1000年、2000年くらい前からあったかもしれません。時代は特定できませんが、ずーっと伝えられてきた物語が「民のかまど」なのです。もちろん、他にも「いなばの黒うさぎ」や「山幸彦海幸彦(やまさちひことうみさちひこ)」や「ヤマタノオロチ」や「日本武尊(やまとたけるのみこと)の東征」などがあります。ちなみに、静岡市近くにある「焼津」や「草薙(くさなぎ)」などは、『古事記』の神話から名づけられました。

 さて、「民のかまど」にみられる考え方を学生の皆さんに聞いてみました。中々答えが出ませんでした。まず、基本的な考え方を抜き出してみましょう。

 王様(おおきみ=天皇陛下)よりも民を大切にする、という考え方です。

 「民を、主人公として大切にする考え方」です。

 「民」を「主」人公として大切にする「考え方(=主義)」です。

 「民」「主」「主義」です。

 つまり、

 民主主義です。

 ー問1 世界で一番大きいお墓はどこの国にありますか?

 仁徳天皇のお墓=仁徳天皇陵が世界最大のお墓ですので、日本が正解です。なぜ、世界最大になったか。それは「民のかまど」に見られるように、民が仁徳天皇のために奉仕したからに違いありません。ピラミッドのように大きな石を切り出し運搬する技術はありませんでした。秦の始皇帝陵のように人間そっくりの像を大量に作ることも、水銀を集める富も技術もありませんでした。当時の日本はエジプト、秦(支那:China)のように人口が多く、進んだ技術を保持していませんでした。しかし、世界最大の墓になったこと、そこに道徳の強さを見ることが出来ると思います。詳しくは、ブログ内の別記をお読みください。

エッセイ「【歴史】仁徳天皇と始皇帝」
http://takagikenziro.blog.fc2.com/blog-entry-383.html

 -物語は物語として

 「仁徳天皇のお墓」=「仁徳天皇陵」です。しかし敗戦後に「学術的ではない」などの理由で「大仙陵古墳」などの名称がつけられ混乱を極めています。日本の道徳を破壊しようというアメリカの政策の一つです。詳しくは江藤淳氏をご参考下さい。
 大切なのは、物語は物語として大切、という学術的な視点なのです。ギリシャ神話の中にある「アポロン」という太陽の神様が実際にいたかどうか? が古代ギリシャ神話の値打ちを損ねるでしょうか? そんなことはありません。同じ神話である「処女マリアのイエス出産」の話は現在の自然科学の事実に反しています。モーセが神の奇蹟で海を割ったことは嘘でしょうか。物語は物語としての価値があります。その神話を信じて、「だから倫理を守ろう」という文化や民族の出発点になる所が大切なのです。アポロンの神殿は物語を基に建築されました。ラファエルッロの「小椅子の聖母」は処女マリアの神話です。そして何よりもユダヤ神話がユダヤ教、キリスト教、イスラム教の道徳の源泉になっているのです。

 -仁徳天皇陵の画像

 仁徳天皇陵は、以下のHPの写真を参考にして下さい、土を掘って盛っただけのお墓です。技術も何も要らないのです。多くの人々が感謝の思いで手伝ったのでしょう。現代風の言葉で言えばボランティアです。

堺市 仁徳天皇陵古墳百科:http://www.city.sakai.lg.jp/hakubutu/ninhya.html

 この写真を見ると先ほど述べた「土を盛っただけ」というのがよく理解できると思います。対して、秦の始皇帝のお墓は、民衆を軍事力で集めました。1日でも遅れると、1人でも足りないと連れてきた役人も含めて全員が死刑になりました。ですから、役人も逃げ出しました。逃げる人が沢山になって山賊になりました。秦の始皇帝が死ぬとその山賊の中から次の皇帝、劉邦(りゅうほう)が出てきます。当時は、日本より秦の方が技術が進んでいますし、人口も格段に多かったのです。けれども、お墓の面積は仁徳天皇の方が大きい。それは嫌々やらされるより、感謝の心でやる方が成果が大きい、という一例かもしれません。

 「高き屋にのぼりて見れば煙(けぶり)立つ民のかまどはにぎはひにけり」

 声を出すと意味が分かる、ので是非ともお詠(よ)み下さい。新古今集にある仁徳天皇の御製です。
 以上で「民のかまど」を終わります。

 -「民のかまど」を引き継がれた明治天皇

 1000年以上前の「民のかまど」の精神は歴代天皇陛下に引き継がれてきました。明治維新を起こされ「合議制による民主主義」を復活された明治天皇も同じです。世界最大のお墓でないですが、明治神宮が臣民の奉仕で作られた点で現代の「民のかまど」、現代の仁徳天皇陵と言えるでしょう。講義では割愛しました。

 明治維新を成し遂げられ日本を欧米の侵略の危機から救われた明治天皇は、その御遺徳を日本国民が想い、数十万人が参加して「明治神宮」を作りました。「明治神宮」は後数十年で、人間の手から離れて完全リサイクルが出来るようになるそうです。ですから、全ての落ち葉を土に返すそうです。お正月に日本人が最も参詣する神社である理由が分かるようです。
明治新宮-自然・見どころ:http://www.meijijingu.or.jp/midokoro/index.html

 -大東亜戦争の責任は誰にあったのか
 
 昭和天皇は乃木大将より軍事学を学ばれ、また、英米の民主主義を尊ばれ、日米開戦、日英開戦に明確に反対でした。また、軍部も支那事変拡大には消極的でした。しかし、臣民が選んだ政治家は開戦と支那事変拡大を進めていきます。歴史的事実は以下のようになっています。

 昭和天皇陛下 :日米、日英等の戦争反対
 国民とマスコミ :日米開戦は止められない
  
 ↓ 以下のようにすり替わりました。

 昭和天皇陛下 :日米、日英等の戦争責任がある(あるいは軍部の一部が暴走)
 国民とマスコミ :戦争の責任はない

 敗戦後に日本人はこのアメリカから強要された「国民は悪くない。天皇と軍部が悪かった。」という嘘に乗っかりました。あるいはそういう「ごっこ遊び(江藤淳氏)」に付き合ったのです。私達日本人の民主主義に理想がない、理念がない、という欠点が現れています。現在、敗戦の理由を見なおそうと言う機運が盛り上がっていますが、「国民(臣民)の責任」を問わなければ、真実には近づけないと考えています。こうした点は敗戦直後は日本人全員が表では言えなくとも共有していました。ですから、法律に基づかない極東国際軍事裁判(通称東京裁判)によって犯罪者とされたA級戦犯に対して全ての名誉は回復されました。名誉回復のための国民運動が盛り上がり、人口の約半分の4千万人の署名が集まったのです。この認識が薄れてきて再び、A級戦犯という嘘が言いふらされるようになった歴史があります。
 ここで重要なのは、国民が「戦争の責任は自分たちにある」というのを知っていた、という現在とは異なる状況です。それを踏まえて「昭和天皇巡幸」を読んで下さい。

 -日本の道徳としての「昭和天皇巡幸」

 敗戦後、昭和天皇はマッカーサーに会いに行かれました。国際法上はエンペラー(皇帝)が敗戦しただけで、ジェネラル(将軍)に逢いに行くのです。あろうことかマッカーサーは出迎えもせず、数万人の軍隊に守らせていました。昭和天皇は通訳者1人だけを連れて逢いにいかれたのです。

 昭和天皇は、マッカーサーに逢われた時、まず最初に

 「私がどのような責任も負いますし、どのような処分も受けます」
 
 と言われました。そして

 「罪なき8000万人の民をいたわりたい」

 と言われたのです。
 つまり、昭和天皇は「私は戦争に反対であったから助けてくれ」とか「国民にやらされた」などと言われなかった。私は殺されてもよい、そのために通訳1名だけできたのでしょう、しかし、罪なき国民を救って欲しい、と願われたのです。そこに「天皇が偉い」、「天皇が国民の代表だ」などの意識はありません。「自分の命は国民のためにある」という意識だけがあったのです。この意識は、『古事記』の中で国譲り神話で語られている意識です。講義の4回目までに述べてきた日本人の伝統的道徳です。国旗国歌に込められた伝統的道徳です。
 イタリアは連合国に降伏後、日本に宣戦布告しました。そして戦闘行為を行っていないのに「戦争責任で賠償しろ!(お金くれ)」と言ってきました。イタリアは負けた後に言い訳をしています。ヒトラー亡き後のナチスドイツの幹部も同様でした。現在のドイツは「ナチスが悪かった」という決着をつけています。第二次世界大戦の責任は現在のドイツに一切ない、という立場です。しかし、日本は全ての責任を引き受けて国を続けています。得をする損をする、というA)ノモス的国家ではないのは明らかです。そしてB)イデアの残る国家ならば、理想を置き換えることで現実世界に合わせる選択肢をとったでしょう、ドイツにように。しかし、日本は道徳を中心原理とする国家です。その真っ先に昭和天皇陛下が立たれたのです。昭和天皇巡幸とはそういうお話なのです。これは仁徳天皇の「民のかまど」の話と同じです。仁徳天皇も民のために税金を課しました。ですから、天皇が我慢をする必要は一切ありません。しかし、仁徳天皇は無税とし、建物の補修、食事等を節約されました。今上天皇皇后両陛下が東日本大震災の時に率先して停電をされていたのと同じです。

 -道徳を体現された昭和天皇陛下 

 もう一度戻りましょう。陛下御自身としては明確に反対であった戦争であったが責任は私にある、と言われたのです。それだけであれば、自分の命乞いを言い方を変えただけである、と解釈もできましょう。しかし、その後昭和天皇は、巡幸で国民に逢いに行かれました。アメリカ軍を始め多くのヨーロッパの国々は、天皇陛下の巡幸で、陛下が害されると予想していたようです。
 同じアメリカに負けたイラクのフセインはどうなったでしょうか? 地下室に隠れ、発見されたところを少年兵によって笑いながら殺されました。
 天皇陛下の罪なき8千万人の中には、現在の日本人のみならず、支那人(Chinese)、朝鮮人(韓国人)、満州人、台湾人、蒙古人などがいました。その中に天皇陛下は入って行かれたのです。静岡県にも少なくとも4回は巡幸されています。「お茶の出来栄えはどうですか?」などのお言葉を下されています。昭和天皇陛下は約10年、数万キロの巡幸の中で国民に「天皇陛下万歳!!天皇陛下万歳!!」で迎えられます。その中に支那人(Chinese)、朝鮮人(韓国人)、満州人、台湾人、蒙古人などがいたのは言うまでもありません。
 敗戦後直後です。それは日本国民(もちろん、その後、朝鮮国籍や台湾国籍などに戻ってしまった日本国民も含めて)が天皇陛下の御心を知っていたからでしょう。私達は(アメリカから押し付けられたが)天皇陛下の御名御璽を下された日本国憲法を元にして、天皇陛下の経済の発展を願う、というお言葉通りに経済発展を成し遂げました。空爆、原爆によって荒廃した国土でありながら、中華人民共和国に現在の価格で80兆円以上(大学生全員を100年以上無料に出来る金額)、大韓民国に20兆円以上を始め、多くの国々に支援をしてきました。ドイツのように道義的な継続を切らずにあるためです。それだけに日本は道徳的な国であり、その中心に伝統的道徳があるのが分かります。

 -東日本大震災と皇室

 現在の天皇陛下、今上天皇陛下は、「被災地に赴いて人々と気持ちを分かち合いたい。が復興の邪魔をしないようにもしたい」と大地震発生後、直ぐに言われていたそうです。さらに、被災者に御用邸を解放され、被災者へのプレゼントを御自身で考えられたこと(公式には表明されていません)などとも共通します。そしてビデオでのお見舞いをなさりました。また、やっと日程の調整などが付き、被災者と逢われた時、膝をつき1人1人とお話しされました。「私が偉くてお前は下なんだ」という心持ならば、被災者と同じ視線になることなどありません。残念ながら、菅首相を始めとして閣僚の人々は最初、自分は立ったまま被災者と話をしました。節電が必要になると、自ら進んで東京の皇居を始められました。「国民が苦しんでいる時に分かち合いたい」という「民のかまど」の精神が現在まで脈々と続いているのです。
 高木は大学院時代、ある別の大学院のゼミにご厚意で参加させてもらっていました。その先生は、科学哲学の第一人者で天皇陛下から表彰を受けるため東京の皇居に行きました。行く前は「服装が面倒くさい」とか何とか言っていましたが、陛下にお会いになった後、絶賛されていました。

 「今までそんなに気にしていなかったし、右翼とか左翼とかじゃなくて、凄いんだよ。というのも哲学の深い部分まで理解して質問された。もちろん、レクチャーする人がいるのだろうけれど、凄い勉強力だよ。しかも、他に数人別の哲学分野の先生にも同じだったよ」

 と言っていました。春の園遊会などでも同じようにどのような人が来られるのか、どのような顔なのかも覚えられるのでしょう。それも全員です。お逢いになる1人1人を分け隔てなく尊重され、そのために予習をされている。なんというご努力でしょうか。どれだけご努力されているのでしょうか。怠け者の高木には決してできませんし、通常の日本国民でもこれほどの努力を常に行い続けることは難しいのではないでしょうか。私はこの道に進んでいますが、科学哲学の第一人者の先生をうならせる質問が出来るとは思えません。それが1日に何人も、年間何十人も、お会いになる人は数百人、数千人になるのでしょうか。しかも、その中には、不勉強で「天皇は形だけ」とか「天皇は戦争につながる」などと言う人もいます。繰り返しますが、歴史的事実を踏まえないこのような発言に対して、怒りあらわにし、説教を垂れることなく笑顔で包み込んで来られたのです。何という広いお心でしょうか。それは民を主人公を考えるから出来るのではないでしょうか。

 昨年も、福島原発事故の後も避難所にどのような人がいるのかを事前に出来る限り勉強されていかれるそうです。そのような行為を誰にも誇らずに、70歳を優に越え、入院を繰り返す中でその努力を繰り返されてきました。もう言葉を続けられなくなると感じます。

 別の例に行きましょう。
 
 私は、ある時期、京都大学の哲学サークルに参加していました。その帰り、何気なく御所(京都御所)に行ってみたのです。実は、御所の北東の方角が欠けているのは本当かな?と思って行ってみたのです。本当に欠けていました。これは全てが満ちると後は落ちるだけなので、完璧の1歩手前が最も良い、という思想による、と教えてもらったからです。この御所について後から別の話を聞きました。

 「御所の壁が低いのは民衆に殺される心配が無いからである。日本の天皇は民衆のために生きているから殺される心配が無く、そして実際、歴史上民衆に殺された天皇はいない」

 これは動画でも紹介した青山繁晴氏の動画にあった話です。「ヨーロッパの王様や貴族が大きな城に住むのは民衆に殺される心配があるからだ」とも述べていました。確かに日本でも大名の住む城は堀や塀が高いです。しかし、御所は2人で肩車をすれば中に入れるほどの低さでした。そして貴族や同じ天皇家の中での殺し合いはありましたが、民衆に殺された天皇は歴史上いませんでした。貴族や天皇家の中の殺し合いも、権力を手放した鎌倉以降はなくなっていきます。

 以上が「民のかまど」が現在まで生きている事例です。

 -私達の進むべき道

 「民のかまど」と「昭和天皇巡幸」の話を大多数の大学生は知りません。ですから、日本はC)ロゴス的国家になることは出来ないのです。共通のロゴス(道徳)がないからです。では私達は、今後どのような国家を目指すべきでしょうか。私達はの進むべき道はどういう形なのでしょうか。
 

  ---(以上、昨年度の講義録より抜粋終了)---

 補足します。

①プラトン国家:理想を目指し、善に溢れる動機で始められたが、結果失敗する例は歴史上、数多くあります。例えば、古代ローマ帝国の軍事力増強は、寒冷化による蛮族の侵入への対策でした。平和への善に溢れる行動だったのです。しかし、そのことが軍人への皇帝の偏りになり、内乱へとつならなり、都市ローマからコンスタンティのプールへの首都の移転、そして蛮族の侵入によって西欧の没落につながります。

②アリストテレス国家:悪意溢れつつも冷徹な計算、それは孫氏の言う「相手と私の関係によって兵法は無形である(意訳)」という政策が結果として繁栄につながるのです。イギリスや現在のアメリカです。

③アリストテレス国家:日本の漢字解体などは有名ですが、「3つのS(エス)」というのも紹介しました。「Screen(映画)、Sex(性産業)、Sports(スポーツ)」です。日本に対する愚民化政策です。学生のある人から「陰謀論めいている」とコメントがありました。なるほど、と思い、私が講義で話す時の立脚している本を紹介します。

有馬 哲夫著 『日本テレビとCIA 発掘された「正力ファイル」』  新潮社

有馬先生が自身でアメリカの国立公文書館でCIAの対日政策の中からファイルを探してこられた本です。特定の人間や会社ではなく、日米の構造的な視点で述べられています。こうした政策を日本人は許容できるのでしょうか、日本だけの「自国の平和」を目指すために。

④ロゴス国家:愛野駅前に立つ、二宮尊徳像について説明しました。「初夏なのに茄子が秋の味がした」というのは、ソクラテスと同じです。自分が美味しいものが食べられて嬉しい、ではなく、全員の幸福を常に考えていたから、気がつけたのです。天保の飢饉で餓死者が出なかった話、そして「分度(ぶんど)」という会計上の革新を行ったことを話しました。「分度」とは、あらかじめ税金の額を決めておき、後は自由にお百姓さん自身が、生産を増やしてよい、その分を自分で利益にしてよい、という方法です。現在の国、県、市などの予算は、目的が決まって予算が決まります。現場に最も近い公務員は目的を決められないのです。ですから、予算の中でどれをやるか、どのくらい配分するか、を公務員に自由裁量権を渡したらよい、と私は考えています。現場を見ていて、アイディアが沢山でることでしょう。少々の不正は出るかもしれませんが、私は日本人の良心を信じています。私が図書館関係でお世話になっている公務員の方々の公平さと実行力、そして自慢しない態度は素晴らしい、と感じてます。

⑤ロゴス国家:二宮尊徳の報徳の精神が、新幹線掛川駅を作るために、掛川市民達が1戸当たり10万円、地元の3つの企業が1億円以上払った話を紹介しました。愛野駅の隣の駅に、そういう素晴らしい国民が沢山いるのです。掛川市役所から引用します。

「第426回 新幹線掛川駅誕生以降のまちづくりは「報徳の教え」により実現!」
http://www.city.kakegawa.shizuoka.jp/sunkan/sunkan426.html

 私は掛川市民の方3人に裏取りをしています。その3人の方は、おもはゆい表情で仰られ、決して自慢するような、威張るような感じではありませんでした。そして、「もう今じゃあ出来ないですよ」と言っていました。「あの時代だったから・・・」と謙遜されました。何とも奥ゆかしい心でしょうか。女性だけでなく男性も同じでした。これは最初に述べた「はたらく=八方楽く」と相通じる精神だと考えます。



 以上で「哲学」の講義15回の講義録は終了です。ご拝読に感謝いたします。
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