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エッセイ「『書経』を知ろう」

「富士論語を楽しむ会」の同人誌に投稿した原稿です。
以下本文です。


 富士論語を楽しむ会で『書経(しょきょう)』が何度か出てきています。この本は内容も素晴らしく、来歴も面白い本です。『中国聖賢のことば』の五十沢二郎氏の分かり易い訳で、まずは、お読み頂きたいと思います。「」は補足です。

虞(ぐ)の書のおしえ=堯(ぎょう)と舜(しゅん)

・他人の運命を自分の立場で考えることはできない。それは、他人の立場においてしなければならない。

・平和な時に、たしなみを忘れるな。
 幸福な時に、つつしみを忘れるな。

・知らずに犯した罪ならば、どんなに大きかろうと、咎(とが)めてはならない。
 知りつつ犯した罪ならば、どんなに小さかろうと、許してはならない。

・自然に従順(じゅうじゅん)である時に、自然は征服される。そしてその時にこそ人間に不可能ということはない。

夏の書のおしえ=最古の王朝

・どんなに無能な人たちにも、なにか一つは勝(まさ)ったところがあるものである。

・ひとに気がつかれるのを気にすることはない。
 ひとの気がつかないようなことを、気をつけなければならないのである。

商の書のおしえ=殷(いん)の王朝、商人の由来

・他人の知識に敬虔であるということは、じつは最も豊富な知識をもつということである。
 が、自分の知識に傲慢(ごうまん)であるということは、じつは最も偏狭(へんきょう)な知識しかもたないということでしかない。

・個性は、生まれながらのものではない。むしろ、作り上げられるものである。
「原文 習い性と成る」

・天災から逃れることはできるかもしれない。
 が、自分で原因をつくった災厄(さいやく)から逃れることはできぬ。

・いつも同じだということは、いいかえれば、つねに新しいということである。

周の書のおしえ=孔子の理想とした王朝

・善人は、ただ善のためにのみ、孜々(しし:熱心に励むさま)として努力する。
 が、悪人もまた、ただ悪のためにのみ孜々として努力するものである。

・くだらないと思いさえしなければ、くだらないという物はない。

・異郷の物に心を奪われぬ者のところへ、異郷の人が心を寄せて来るものだ。

・鏡だけではわからない。
 「ひとのふり見て、わがふりなおせ」

・稼ぐということは、たいへんなことだ。
 稼ぐことの秘義(ひぎ)を知らない者は、いい気になって、かのせっせと働く人たちを指さしては、利(き)いたふうにいうーーー
「稼ぐよりほか、何にも知らない」と・・・

・どんなことでも、信念ひとつである。
 どんなことでも、努力ひとつである。

・畏(おそ)れを知らないと、恐(おそ)れに見舞われる。
「自動車の卒業試験で実感す」

・あなたの命令に従わない人々があるのではない。
 あなたの命令に人々を従わせるものがないのだ。

・ひとを批難することならば、誰にでもできる。ひとの批評のなかから聞くべきことを聞き入れるのができないことなのである。

 如何でしたでしょうか。心に残った文はありましたでしょうか。以上が『書経』です。次に、文中にあった、虞の書、商、周の順番の意味などを見ていきましょう。

来歴
 『書経』の来歴は面白いです。内容は支那(しな=秦)の最も古い時代を記しています。支那とは現在の中国を始皇帝が統一した国「秦(シン)」を西欧人がChina(しな)と発音し、それを日本語に移して「支那」としました。日本は古来、「漢(かん)」や「唐(から、もろこし)」などと呼んできました。
 その秦が統一したのが、現在から約二千二百年前です。その秦の前の時代が右のようになります。西暦で記します。
 
 堯(ぎょう)と舜(しゅん)の時代:神話時代
 ↓
 夏(か):紀元前二千年から千六百年まで
 ↓
 殷(いん、または商):紀元前千年前まで
 ↓
 周(しゅう):紀元前二百五十六年前まで
 ↓
 秦(しん):紀元前二百六年前まで

 『書経』は秦の前までの人々の言葉を集めています。最も古い歴史書としての位置づけになっています。
 しかしながら、『書経』は、孔子の時代に儒教の理想を書き加えられています。さらに、秦の後、漢を経て東晋(西暦四世紀)に紛失します。紛失後、偽書が提出されました。偽書とはいえ、他に最古の歴史書がないので正式な歴史書になっています。

孔子の理想としての『書経』
 孔子は、堯(ぎょう)や舜(しゅん)などの名君や周王朝などを理想としていました。その理想の形は『書経』に書いてあります。しかしながら、その『書経』が孔子の時代に書き加えられ、後代にはさらに多くの改変が加えられました。この点で、『書経』は最古の歴史書との側面と、儒教が理想とする政治の側面の二つを持っています。
 仏教でも同じく、仏陀の死後千年以上を経て「私は仏陀から聞きました」という書き出しで、仏典が作られています。その時代に合うように理想を作り替える作業は、どの時代、どの地域、どの文化でも行われてきています。『書経』は内容を書き加え、書き換える形で理想を作り替えています。実際、『書経』が偽書である、と示したのが南宋(西暦十二世紀)です。朱子(しゅし=朱熹:しゅき)が新しい儒教を作り上げる段階で、偽書と疑ったのです。
 先ほどの訳文の中にも、『論語』の言葉に近い内容が入っていたかと思います。今後、『論語』を読み進める中で、『書経』と読み比べるという点も楽しみの一つに加えて頂ければ幸いです。

引用書:五十沢二郎著『中国聖賢のことば』
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