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国語ゼミ映画「千と千尋の神隠し」 質問返信集

 5月28日に国語教室で、ゆるやかなゼミが行われました。

 中学生から高校生まで一緒になって色々なテーマを考える、というゼミで、第1回に映画「千と千尋の神隠し」に加わりました。学生の皆さんの意見を聞いて、私の意見を最後に言う、というものです。

 私は「なぜ、映画「千と千尋の神隠しは大ヒットしたか」という論文を書いていますので、その引用が多いです。

 ゼミの途中でも幾つもの質問を受け付けまして、返信しきれない内容を当ブログで返信するとお約束しましたので、以下に質問返信集を掲載します。

――――――
 受講者の書いた本文はそのまま、とします。高木が補足する場合は()を付けます。○は受講者のコメント、★:は高木のコメントです。△は補足です。考察をつける場合もあります。

○千尋はうその名前を書いたのに自分の名前を忘れてしまって、「私、千になってた」というのはなぜですか? 魔法で忘れちゃったんですか?

☆(ゼミの中で「千尋の名字の方が違う字である」という説明を受けての質問です。) 
 人には名字と名前があります。その人により近いのは名前です。ですから、名前を変えることで支配されしまったのでしょう。ただ、名字を偽名にしたことによって自分の名前を想いだせた、とも考えられなくもありません。全て本名を書いていたら、リンなどのように名前を想いだせなくなってしまうかもしれないのです。この辺りは想像に過ぎませんが。

○お父さんは千尋の呼びかけにあまり応じてくれません。どうしてでしょう? 
eg 「お父さん大丈夫?」
  「この車は四駆だぞ」 ↓ずれていますよね?
  「帰ろう」など

☆お父さんと千尋の解答はずれていると私も考えます。お父さんは日本が経済成長をしている時のお父さんそっくりです。お金さえ稼いで来ればいい。子供を育てる役割はお母さんだ、という思考です。論理的な思考、倫理的な思考が出来ないのです。ですから、ずれている、のでしょう。世界で日本のサラリーマンの多くが(一流は違います)、議論下手、自分の意見を言わない、などの原因も同じででしょう。
 しかしまあ、子供の話をあまり聞かない、という父親は多いのではないでしょうか。宮崎監督は、実態を描きたかったのかもしれません。この辺はカオナシの存在の意味と共通してきます。

○千尋だけ、風が吸い込まれている、とか危険を感じていました。子供だからですか? もしくは千尋が1回川で死にかけたから、特別なんですか?

☆素晴らしい意見を有り難う御座います。「千尋が1回川で死にかけたから、特別なんですか?」は私は気が付きませんでした。言われてみればその通りですね。この理由と同時に、子供だから、というのがあると考えます。日本では神様の代理は「子供」です。神の世界から子供が出てきたと考えます。ですから、静岡の浅間神社の廿日会祭(はつかえさい)や京都の祇園祭などの多くの祭りで稚児という子供が神様の代理をします。神に近いから神の存在が分かるのです。対してキリスト教やイスラム教では大人、ローマ・カトリックなどでは成人男性だけが神の代理になれます。この辺は違う考え方です。
 その直感の優れた子供の千尋でさえ、豚の正体が両親であると見抜けませんでした。湯屋の国で神(死者)になることで正体が見抜けるようになるのです。

静岡の浅間神社の廿日会祭(はつかえさい)に是非いらしてください。
http://www.shizuokasengen.net/newpage14.htm

○ハクと千が別れるとき、ハクが「振り向かないで、行って。」と言ったのはなぜですか?

☆映画「千と千尋の神隠し」の世界観は『古事記』世界観です。特にイザナミとイザナキの神話そのものです。イザナキ(兄)は死者の国で妹のイザナミの醜い姿(死体)を見て洞窟を上がって逃げ帰ります。その洞窟をイザナミやその部下が追ってくるのです。ですから、振り返らないで、というのでしょう。洞窟で振り返らないで、という話しは世界各地域にあって、振り返ると引き戻された、という話しもあります。また、逆に生きている人間が死にかけて、死者の世界でおばあちゃんに逢ったという話しもありますね。そして生きている人間に呼びかけられて戻ってきた、という話しも。漫画JOJO(ジョジョの奇妙な冒険の中にも同じ話があります。岸部露伴の出てくる話です。)の中にハクは湯屋(死者)の世界に千尋が戻って欲しくなかったのでしょう。千尋が分からなくても、生きている世界で再び会いたかったのでしょう。

○なぜ、豚になったことを親達は何も知らなかったのだと思いますか?

☆これと似た話しは色々とありますが、覚えていない原因は「豚になったから」だと思います。豚、つまり人ではなかったので記憶を持たなかった、という意味です。豚は湯屋の世界では存在者ではありませんでした。餌になるだけの者でした。最近はゲームで架空世界(バーチャルな世界)が出来てきましたから、それで説明しましょう。例えばオンラインのドラゴンクエストでは人間が操作するキャラクターとコンピュータが操作するキャラクターがいます。コンピュータが操作するキャラクターはプログラムに従って行動し、特定の言葉しか話しません。対して人間の操作するキャラクターとはチャットで話が自由にできますし、行動が予測できません。豚はコンピュータの操作するキャラクターである、と考えれば判りやすいでしょうか。分かりにくかったでしょうか。何かあればコメントを下さい。

○宮崎さんはなぜこれを作ったのか。

☆宮崎監督自身が「ある10歳くらいの少女のために作った」と言っていました。「なぜ働くか?」を教えたかったそうです。

○千と一緒の働いている人たちは、けっきょく何なのか。

☆色々と説がありますが、私はそのままでいい、と思っています。湯屋の世界で働く者たち、という意味です。私達人間はこの生きている世界で役割を持った者たち、です。湯屋の世界で働く者たちが私達と似ていたり(リンなど)、似ていなかったり(カエルなど)でも良いと思うのです。もう少し考えてみますと、彼らは神様のお世話をすることで穢れや罪を払っているのではないか、とも考えられます。特にリンなどの女中(じょちゅう:給仕係)やカエルなどはそういう風に感じます。穢れを払いや罪を償った後、電車に乗ってもう1度、この生きている世界に生まれてくるのではないでしょうか。穢れを払った時、湯婆婆が電車の切符をくれるのかもしれませんね。そうだと良いな~って思いました。

○どうして死んだ人達の国と生きている人の国があるのか。

☆『古事記』の中には「もともと1つの国であったが、岩を置いたので別れた」と書いてあります。上の方でイザナミから逃げるためにイザナキが置いたのです。お盆やお彼岸、お正月などは死んだ人達の国から生きている人の国に死者が帰ってきます。日本人は2つの世界があることをお盆や、お彼岸やお正月に神社やお墓に行って実感しているのです。もちろん、『古事記』のないヨーロッパやアフリカなどでは、死んだ人達の世界はまだ現れていない、と考えていますから、お彼岸、お盆、お正月もありません。結論は日本人が『古事記』を信じているから、です。

○コントロールされているハクとは。

☆ハクは契約を湯婆婆と契約を交わしているので、千尋が千になったように意識をコントロールされてることがあります。映画を良く見てみて下さい、湯婆婆が湯屋のいる時のハクはコントロールされていて、いない時は自分で自由に動いています。名前を千尋の教えてもらって、そのコントロールが解けています。

○ぜにいばと湯婆婆はどう違うのか。

☆まず、銭婆(ぜにーば)と湯婆婆は双子と映画の中で語っています。仲が悪いので一緒にいない、とも。映画の外見上2人は全く同じです。性格は多少違うようです。銭婆は質素で優しく描かれていますが、クモジイは「こえーぞー」と言っています。湯婆婆は金に目がくらむ性格できつい感じに描かれていますが、どうでしょうか。これくらいでしょう。クモジイと銭婆と湯婆婆は恋愛でゴタゴタがあったのでは?という説も見たことがあります。そうだったら面白いですね。

○両親は千がいた時間何をしていたのか。

☆豚になっていました。豚になって沢山食べ、沢山寝て、ブクブク太っていました。私達現代日本人も、豚のような人々がいるのではないでしょうか。目標も立てず、祖国のためではなく、自分の贅沢のためだけに生きる人々です。他人物でも金を払えばいい、という千尋の両親の考え方や行動をしていないでしょうか。良い大学に入ればいい、良い企業に勤めればいい、だけの人生です。人生のはもっともっと尊いものがあるのです。

○あのどろ団子(?)は何ですか。

☆苦団子(にがだんご)と言うそうです。映画を見ていると悪い物を払ってくれる力がある団子です。「良薬は口に苦し」から来たのかもしれません。悪い物を払ってくれるものとして、神社では鈴の音や注連縄(しめなわ)などがあります。上の文で出てきているイザナキは死者の国に行った後、水で身を清めました。ですから、神社に入る前に手を洗うのです。それと同じものが苦団子だと思います。

 以上です。
 ゼミ中、学生の皆さんの意見の高さに驚いた。そして気づきをもらうことも多々あった。ゼミに参加できたことに感謝したい。有り難う御座いました。
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