拙文「原発に対して技術の視点を」が静岡新聞に掲載されました


 静岡新聞 平成24年3月15日 11面 ひろば に拙文「原発に対して技術の視点を」掲載されました。

 投稿した文章が採用されました。

 感謝と共に、皆さんのお役に立てればと思います。

 
 以下は私が投稿した文章です。静岡新聞掲載の記事と合わせてご参考くだれば幸いです。



「技術史から見る福島原発事故」
静岡理工科大学「科学技術者の倫理」担当 高木 健治郎

 福島原発事故は数々の議論を巻き起こしました。その中で技術史の視点が不足していると考えます。「福島原発構内の線量マップ」を日本政府よりもアメリカ(NRC)に渡していたニュースを題材にします(静岡新聞2月12日トップ)。
 3つ問題があります。1)国民の日本政府の公式情報への不信、2)技術発展の外的阻害、3)技術発展の内的阻害、です。1)は技術者倫理、2)と3)は技術史の問題です。
2)技術は自然科学と異なり「トライ&エラー」で発展します。福島原発事故は著しいエラーですから、エラー情報の蓄積と分析が発展につながります。しかし、そうした情報を日本国内に蓄積するのではなく、先に海外に蓄積するのであれば、技術発展が阻害されてしまいます。50年前にアメリカ主導であった原発産業は日本企業の涙ぐましい努力によって日本国内に移動しました。これまでの努力、経費やリスクなどに見合った技術の発展を阻害してはなりません。
 3)「原発技術」と「原発の政治性」を混同してはなりません。他方、技術史の視点からすると、混同によって最先端や最新鋭の技術が失われたり、海外流出したりしてきました。徳川幕府は国内の政治的安定のために大型造船技術を封印し、世界1優れた鉄砲技術を花火などに転化しました。その遅れを明治政府が担いました。「技術」と「政治性」が混同されて放棄される例は技術史に満ち溢れています。原子力開発は第二次世界大戦によって大幅に進歩しました。「技術」が「政治性」によって進歩しますが、同時に混同が「技術」を放棄させる要因にもなります。日本国の繁栄が優れた「技術」によってもたらされています。
 現在、原発は、放射能汚染やエネルギー政策として語られていますが、同時に「技術」としての視点も考える必要があります。その「技術」からもう1度、原発技術を考える必要があります。

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